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song1〜音楽に恋した少年

 初めて、音楽に恋したーーそう感じた瞬間だった。



 その日、僕はバンドのメンバーと些細なことから口喧嘩になった。よくある、音楽の方向性の違いってやつだった。

 授業が終わって、メンバーと集まった。こいつらとは高校に入ってから知り合ったけど、音楽性でも、普通の友達としても気が合う奴らだった。

 他愛もない話をした後、いままではコピーをやってきたけど、そろそろオリジナル曲もやってみようか、という話になった。

 僕は基本的には賛成だった。ただメンバーがやろうとしているのがバラードだった。

 僕がやりたいのは激しいロックであって、バラードではない。そこで意見が対立した。

 よりによって、最初のオリジナル曲がバラード。それはどうしても譲れなかった。

 バラードなんて、しょせんお涙頂戴の、薄っぺらい曲だ。もっと爆音で魂を揺さぶるような、そんな激しい曲を僕はやりたかった。そんなことを言ったら、ずいぶんと攻められた。

「なぁ翼、ただ激しいだけの曲こそが、薄っぺらいと思わないか」

 お前は根本的に間違っている、そう言われた気がして僕はカッとなってしまった。だったら辞めてやるよ、そんなことを言い放ってメンバーとは別れた気がする。

 外に出ると、かすかに霧がかかったいた。先が見えないーーまさに今の気分そのものだった。



 夕方、つきあっている明日香から電話があった。どうせあいつらが僕のことを言ったに違いない。

「バンドはどうするの?」

「どうするって、やりたくないものやったってしょうがないだろ」

「でもバラード調のギターを弾く翼くんも見てみたいけどなぁ」

 明日香は優しく答えてくれる。もしかしたらバンドのメンバーから頼まれているのかもしれない。だけど明日香に言われると、すこし躊躇してしまう。

「静かにギター鳴らすのってイメージが湧かないんだよなぁ。そんなので観客が満足できるなんて思えないんだよ」

「ふーん……あ、そう言えばnoomのライブって今日じゃなかったっけ?」

「あ」

 思い出した。今日は話し合いの後、バンドのメンバーとnoomのライブに行くと決めてたんだった。


 noomノーム

 地元ではカリスマ的人気を持つアマチュアバンド。ボーカルのSAYOと、ギターのKIRITOからなる、2人組ユニット。

 バンドをやってる地元の人だったら誰でも知ってる。僕も名前だけは知っていた。ただ彼らもバラード中心だということを聞いていたから、さほど興味はなかった。

 だけど数日前、バンドメンバーの1人が、人数分の招待チケットをもらった、せっかくだから見に行こう、と誘ってきた。

 今思えばあれも、自作曲はバラードで、という伏線だったのかもしれない。オリジナルの参考にするために見に行くつもりだったのだろうか。

 電話先で、明日香が相変わらず、優しく声をかけてくる。

「どうするの?チケットもらってるんだから行ってみてもいんじゃないの?」

 確かにチケットはもう持っている。行こうと思えば行けないことはない。

「一人で?しかも聞きたくないバラードを?あいつらと会ったら気まずくないか?」

「うーん、まぁ勉強がてらにさ」

「勉強、ねぇ……」

「だってすごい人気なんでしょ?それだけでも行く価値あるんじゃないの?次は一ヶ月後なんだし」

 そうだ、noomのカリスマ的人気の秘密は、ライブをする日にある。

 彼らは、月が見えない、新月の夜にしかライブをやらない。だからだいたい1ヶ月に1回だ。

 なぜかは誰も知らない。ライブ以外、どこで何をしているのか、誰も知らない。実は超大物アーティストだという噂もあるけど、結局何も分かっていない。正体不明なところも、カリスマ性の一つなのかもしれない。

 そのカリスマが奏でるバラード。どんな音楽なのだろう。お涙頂戴の薄っぺらい曲か、それともーー

 急に気になってきた。noomの音楽とは何だろう。

「そうだな、とりあえず行ってみるよ、何か感じるものがあるかもしれないし」

「お、やる気になってきたじゃん。終わったら感想教えてね」

「分かったよ、それじゃあまた」

 行くだけ行ってみるか。何か分かればそれはそれで一つの収穫だし、何もなかったら、noomとは気が合わなかった、ただそれだけだと思っていた。



 そしてーーそれは衝撃だった。

 わずかなライトが照らすステージで奏でられるnoomの音楽。

 それはふとすると消えてしまいそうな弱さ、儚さの中にも、決してぶれることのないしっかりとした芯があった。

 ボーカルのSAYOは、か細い声でも心にしっかりと響く、そしてその透明な声色は、月のない夜だからこそ響き渡る強さがあった。

 KIRITOの奏でるギターは、SAYOの声をどこまでも届ける乗り物のようで、優しく、しかし心強く支えている。

 曲調で言えば確かにバラードだ。でもこれは、今まで聞いたどんな音楽よりも、魂を揺さぶる。耳で聴くというよりも、心の中に響く。

 それに気づいたとき、僕はすっかりnoomの音楽が好きになっていた。いや、好きなんてものじゃない。これはーーー


 これは、恋だ。

 今まででも好きな音楽はあった。だけどこれは、それらを通り越した感情、衝動。恋だ。

 僕は初めて、音楽に恋した。


 いつの間にか、僕は最前列にまで詰め寄っていた。noomを目の前で、その声を、音を聞きたかったから。

 そして曲の合間に、SAYOは言った。

「ライブって言うと、どうしてもこっちから一方的に話すことが多いと思うんですけど、私たちはなるべくみんなと話をしたいな、て思ってます。毎回、何人かから質問もらって答える、ていうことをしてます。じゃあ最初は……水色のシャツを着たあなた!」

 え、僕?近くにいたスタッフらしき人からマイクを渡される。どうしよう・・・

「えーっと……初めて聞いたんですけど、すごいカッコよかったです。こんなに奇麗なバラードを聞いたの初めてで……感動しました。あ、質問、ですよね。じゃあ……こんなに上手でセンスもあると思うんですけど、CDデビューしたりとかって話はないんですか?」

 それまで柔らかく笑っていたSAYOが、一瞬顔を曇らせた。KIRITOも、唇を噛み締めているように見えた。

 なんだろうこれは。何か言ってはいけないことでも言ってしまったのだろうか。

 わずかな沈黙を気にしたのか、KIRITOが口を開いた。

「それはよく聞かれるんだけどね、僕たちはライブじゃないと、僕たちの音は伝わらないんじゃないかなって思ってる。もちろんCD出したり、テレビに出たりすれば、もっと多くの人が聞けるんだろうけど、でもそれは……本当の自分たちの音楽とは違う気がするんだよ」

続いてSAYOが答える。

「みんな知ってるように、私たちは新月の夜にしかライブをしないの。それは真っ暗な夜だからこそ見えるものがあるし、光り輝くものがあるし、響くものがあると思うから。新月だからこそ、そしてこのライブハウスだからこそ、私たちの音楽が一番響くの。だから、いつでもどこでも聞ける音楽……それはちょっと私たちの音楽じゃないの、やっぱり」

 うまくかわされたような気もするけど、なんだか妙に納得してしまった。しっかりとした芯があると感じたからだ。

 僕みたいに、バラードだからやりたくないとか、そんな軽い気持ちで、彼らは音楽をやっていない。そんな姿勢に、僕は恋したんだと思う。

 SAYOが続ける。

「でも、実は今日ね、あるレコード会社の人が見学に来てくださってるの」

 観客から声が上がる。驚き、歓声、拍手。

「もちろんどう評価されるか分からないけど、私はライブで声を伝えたいの。この新月の夜に、このライブハウスで」

「そして僕はギターを鳴らす、と」

「そう、それがnoomだから、ね」



 ライブが終わり、2人はステージから消えていった。

 ふと横を見ると、昼間に喧嘩したバンドのメンバーがいた。気まずい、なんて全く思わなかった。僕は近づいていって、こう言った。

「なぁ……バラードも、悪くないな」

 メンバーは笑ってくれた。noomみたいな音楽を奏でてみたい、そう心から思ったからだ。

 だけど1つだけ気になることがあった。僕が質問したとき、noomの2人が一瞬、表情を曇らせたことだ。

 新月の夜にしかライブをしない。ライトアップされた表舞台にはいっさい出ない……何か事情でもあるのだろうか。


 ライブハウスから外に出ると、まだ霧は残っていた。どこかしっくり来ないーーーそんな気分を表しているかのようだった。

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