9
「城まで拡張して――」
「――ひとつのダンジョンにする?」
困惑した面持ちでリィンの言葉を繰り返す、エリシャとアントニオ。
ポポンも同じような表情で、リィンに問う。
「そんなこと、できるの?」
「簡単さ。城と洞窟の間をトンネルでつなげばいい」
「それだけ?たったそれだけで一つのダンジョンになるの?」
「きちんとした通路でつながれば問題ない。急にデカくすると別の問題も出てくるんだが……この洞窟とあの城の規模なら大丈夫だろう」
「あの、リィン様」
エリシャが手を挙げる。
「お城もダンジョンになるのですよね?それって、危険はないのですか?クリーチャーが城の人間を襲ったりしませんか?」
「クリーチャーっていっても、あのスライムだけだろう?」
「でもお城もダンジョンになるのなら、城内に他のクリーチャーが生まれたりするのでは……」
「それを決めるのは迷宮運営者。つまりエリシャ、お前次第だ。お前が望まなければ、クリーチャーが勝手に発生したりはしない」
「そう、なのですか」
自分の迷宮運営者という立場の重さを感じてか、エリシャはキュッと口を結んだ。
今度はアントニオが口を開く。
「城までは結構な距離がある。トンネルでつなぐとなると、大仕事だぞ。何日かかることか……」
「穴掘りはこっちに任せてくれていい。伊達に¨ダンジョン工務店¨なんて名乗ってないからな」
(嫌な予感……)
ポポンが訝しげにリィンを見るが、彼はその視線に気づかず話を続ける。
「さて、問題は城のどこにつなげるかだが……地下室とかないか?広間なんかの厚い床をぶち抜くより楽でいいんだが」
「あります!城の中心の――」
「ゴホン!」
エリシャの話を遮るように、アントニオが咳払いした。
「姫様。城の中心部の構造は機密情報でございます」
エリシャはハッと両手で口を覆った。
リィンが面倒そうに後頭部を掻く。
「おっさん、まだ俺達を信用できないか?」
「いや、信用はしている。気に入らんがな」
リィンは「気に入らない」と言われたわりに、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だが機密情報の公開は、国王様であっても一存ではできぬのだ」
「しかし、目的地がわからないとダンジョンとつなげられんぞ?」
「……そうだな。ううむ」
揃って腕組みするリィンとアントニオに対して、ポポンが手を挙げた。
「じゃあ、こういうのはどう?私達は洞窟から掘り進めて、地下室からはアントニオさん達が掘るの。で、互いのトンネルがぶつかって完成!ってわけ。どう?名案でしょ?」
「ううむ、そう上手くぶつかるか?」
腕組みしたまま唸るアントニオ。
「あれ、駄目だった?どうかな、リィン?」
リィンもまた、腕組みしながらブツブツと呟いている。
「どう考えても行き違いに……いや、あいつらなら?……いける、か」
リィンは独り言を止め、一つ頷いた。
「よし、それでいこう。細かいコースはこちらで修正するから、おっさんと……騎士達になるのか?あんたらはだいたいこのダンジョンの方向に掘ってくれればいい」
「……それで本当に大丈夫なのか?」
疑わしげに見るアントニオに、リィンが大きく頷く。
「ああ、任せてくれ」
「そうか。……しっかりやれよ?適当な仕事をしてたら、我ら騎士だけでトンネルを完成させてしまうぞ?」
リィンがクックッと笑う。
「冗談はやめてくれ。計算上は九割九分、俺達が掘ることになる」
「なんだと?我らは鍛え上げた騎士だぞ?」
「こっちは専門家だ」
アントニオが胸を反らせて笑う。
「フハハ!痩せっぽちの小僧と小さなお嬢さんではないか!」
「そこまで言うなら賭けてみるか?トンネルがぶつかったときに多く掘り進めていたほうの勝ち。そっちが勝ったら報酬はゼロでいい。しかし、こっちが勝ったら相場の二倍の報酬をもらう」
「穴掘り勝負というわけか。面白い!」
「……どうだ、エリシャ?」
リィンが問いかけると、エリシャは小さく頷いた。
「いいでしょう。私は騎士達を信じています。お受けいたします」
「もったいなきお言葉!姫様、アントニオはやりますぞ!うおおおっ!」
やる気を漲らせたアントニオが、洞窟の入り口へと走る。
「お待ちなさい、アントニオ!走ってはスライムが……アントニオ!」
エリシャもアントニオを追いかけていった。
二人の背中が見えなくなったとき、ポポンがリィンの手の甲をギュッとつねった。
「いてっ!なんだよ」
「リィンったら、またアントニオさんを煽るようなこと言って!」
「なんだ、自信ないのか?」
「ふん、わかってるよ!どうせ私一人に掘らせる気でしょっ!」
「いや、お前一人じゃない」
「へっ?リィンも掘るの?」
リィンは答える代わりに、腰のポケットから筆とインク壺を取り出した。
「これを使う」
「なあに、それ?また魔道具?」
「そうだ」
「いろいろ持ってるんだねえ」
「仕事道具だからな。このインクでこうして……円を……描く」
リィンは筆先にインクをつけて、洞窟の壁にドアくらいの大きさの楕円を描いた。
「で、どうするの?」
「しばし待つ」
ポポンがリィンの言葉通り待っていると、楕円の内側だけが変色を始めた。
モザイク模様のように様々な色が現れては消え、また現れる。
やがてモザイクの色が緑系統の色彩に統一されていき、モザイク自体も小さくなる。
そうして変色が治まったとき、楕円の内側は美しい森を映していた。
「これは〈次元ダコの墨壺〉。同じ壺の墨を使って円を二つ描くと、円同士がつながるんだ」
「つながる?」
楕円を眺めながら首を傾げるポポン。
「とりあえず、入ってみろ」
「えっ、入るって……壁に?」
「はい、行ってらっしゃーい」
「わわ!リィン!?」
リィンに背中を押されたポポンは、楕円の中に吸い込まれるように消えた。
十秒ほど経ってから、楕円からポポンの顔だけニュッと出てきた。
「リィン!も、森!森だったよ!えっ、洞窟なのに、森!?」
「俺達の住むユグドラシル樹海だ」
「えっ!?」
ポポンの頭が引っ込み、すぐにまた出てきた。
「ほんとだ!世界樹あった!」
「あらかじめ、世界樹のそばに円を描いてあるんだ。ダンジョンに大きな物を持ち込んだりするときに使う魔道具なんだよ」
「へえ~、便利だねえ」
「わかったら、もう一度行ってこい」
「ん?何を持ってくればいいの?」
「連れて来るんだよ、お前の大事なあいつらを」
「あー、そっか!そういうことね!」
ポポンは一つ手を打ち、再び楕円形の森の中に消えていった。




