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蛇行する一本道を進むこと、しばし。
一行は崖に辿り着いた。
道が切り取られたように途絶えていて、五メートルほど向こうにまた道が続いている。
中央には丸太の一本橋がかかっていた。
「うえー、ここ渡るの?」
ポポンが怖々と下を覗くが、底は暗くてよく見えない。
エリシャが説明する。
「ここは¨勇気の谷¨です。今は橋がかかっていますが、試練の際は撤去します。試練を受ける者は飛び越えて進まねばなりません」
「えっ、危なくない?エリシャ様、さっきはあんなこと言ってたのに」
「まあ待て」
リィンはそう言うと、崖の際まで歩いて行った。そして地面に転がっていた小石つまみ上げ、崖下へと落とす。
すると、すぐにポチャンと水音が聞こえてきた。
「川が流れていますので、死ぬようなことはありません。失敗しても川下で騎士が助ける手はずになっています」
「そっかそっか。なるほどねー」
一行は丸太橋を渡り、さらに進む。
するとすぐに先頭のアントニオが立ち止まった。
今度は崖などではなく、通路の真ん中だ。
エリシャが先程と同じように説明を始めた。
「ここは¨絶望の道¨です」
「絶望って、何が絶望なの?」
エリシャが天井を指差す。
「上をごらんください」
「上……ひゃっ!」
ポポンが悲鳴を上げる。
通路の天井には何十ものゼリー状のクリーチャーが張りつき、ぐねぐねと蠢いていた。
「確かに、スライム嫌いには絶望的だな」
リィンも眉をひそめる。
「ここ、通らなきゃいけないの?」
恐る恐る問うポポンに、エリシャが頷く。
「走り抜けようとすると反応して落ちてきますが、ゆっくりと通れば大丈夫です。さ、参りましょう」
そう言うと、アントニオとエリシャが歩き出した。
一方ポポンは、天井を凝視したまま動けないでいた。
「うう、落ちてこないよね?ほんとに大丈夫だよね?」
躊躇するポポンに、リィンの声が飛ぶ。
「おーい、置いてくぞー」
いつの間にかエリシャ達だけでなく、リィンまで¨絶望の道¨の向こう側にいた。
「ま、待ってよリィン!置いてかないでー!――って、いやぁぁー!」
「……なんで走るかね」
ポポンの上にスライムが積み上がっていく光景に、リィンはため息を漏らした。
◇ ◇ ◇
「これが¨最後の壁¨。その名の通り、試練における最後の難関です。この上にある騎士の証を手に入れることができれば、晴れてリッターラの騎士となるわけです」
「ふむ、高いな」
リィンが腕組みして見上げる。
¨最後の壁¨はほぼ垂直の絶壁で、その高さはゆうに十メートルはある。
ひっかかりも少なく、素手で登るのは困難が予想された。
「……今のお前なら楽に登れそうだがな」
「うっさいなー」
スライムの粘液でベトベトのポポンが、リィンを睨みつける。
「リィン様、登りますか?」
「うーん。登った先も洞窟は続いているのか?」
「いいえ。騎士の証が置いてあるだけで、行き止まりです」
「なら、登らなくてもいいか。……もうひとつ聞く。その騎士の証ってのは誰がどうやって置くんだ?」
「私が木の小箱に入れて、騎士が設置します」
「そうか、わかった」
リィンは腕組みしたまま、一つ頷いた。
エリシャがリィンに尋ねる。
「これで洞窟はすべてお見せしましたが……参考になりましたか?」
「ああ、十分だ。……そうだな、なぜこの洞窟がダンジョン化したか、その理由から話すとするか」
「それは不思議に思っていました。この洞窟は曾祖父の代から存在する最終試練の場なのに、なぜいきなりダンジョンなんかに……」
「ダンジョン三大要素というものがある」
「ダンジョン三大……要素?」
聞き慣れぬ言葉に戸惑うエリシャ。
リィンが説明を続ける。
「つまりダンジョンになる条件だな。それが大きく三つあるわけだ」
リィンは右腕を突き出し、人差し指を立てた。
「まず、第一の要素。それは怪物だ。クリーチャーが徘徊していない場所はダンジョンじゃない」
ポポンが頷く。
「それはそうよね。クリーチャーがいないダンジョンなんて、想像つかないもん」
リィンは続いて中指を立てる。
「第二の要素は罠・仕掛け。これらがない場所もダンジョンじゃない」
「あー。それもダンジョンにつきものよねー」
再びポポンがうんうん、と頷く。
続いてリィンが薬指を立てる。
「第三の要素は宝箱。これもお決まりだな。宝箱がない場所はダンジョンじゃない」
~ダンジョンの掟~
ダンジョンとは、怪物、罠・仕掛け、宝箱の三つが存在する場所である。
リィンは更に説明を続ける。
「これら三大要素がそろったとき、その場所はダンジョンと化す。そしてダンジョン化を主導した者が迷宮運営者となる。……さて、エリシャ。宝箱というのはお前が騎士の証を入れる小箱のことだ。残りの二つの要素についても心当たりがあるんじゃないか?」
エリシャは真っ青な顔で頷いた。
「……以前、罠を仕掛けるようアントニオに指示したのは私です。スライムのいた¨絶望の道¨は、試練の難易度を上げるために今回新たに作ったものです。……もちろん、私の命令で」
「騎士の証、罠、スライム。これで三大要素が揃い、この洞窟はダンジョンと化した。そして主導したエリシャが運営者となったわけだ」
「そう、ですか。私自身のせいだったのですね……」
「姫様……」
肩を落とすエリシャの背中を、アントニオが擦る。
話が一段落したと見て、ポポンがビシッと手を挙げた。
「はい、リィン先生!質問があります!」
リィンは片眉を上げてポポンを指差した。
「なんだ?」
「それ、前に言ってたダンジョン法?ってやつで決まってるんだよね?」
「そうだ、ダンジョン運営法で決まってる」
「それってさ、誰が決めたの?」
「二つ半だ」
「フタツハン?」
「語尾は上げない。二つ半、だ」
「ふたつはん……」
「そう、二つ半」
「……」
「……」
ポポンは首を傾げすぎて、体ごと傾いていた。
「うー、リィンの説明って知らない言葉ばっかり!もうわかんないっ!」
「諦めるなよ。すぐ考えることを放棄するのは、ドワーフの悪い癖だぞ」
エリシャがおずおず手を上げる。
「リィン様、私もよく理解できませんでした。フタツハンとはどなたかの名前なのですか?」
「そう、名前だ。そうだな……エリシャが洞窟の入り口で聞いた、不気味な声。それが二つ半の声だ」
「あれが!?」
「人ならず、神ならざる者。もちろんクリーチャーでもない。俺達がどう足掻こうが届かない、はるか高みにいる存在だ。……そうだな、ダンジョンの大元締めだとでも考えてくれればいい。エリシャはあのとき、運営者が迷宮から出るというダンジョン運営法違反を犯しそうになった。だから警告されたわけだ」
ポポンが恐る恐る、尋ねる。
「この前、違反したら消されるって言ってたよね?具体的にどうなるの?」
「二つ半直属の抹消クリーチャーが襲来する。ダンジョンごと消されるな」
「なんか聞くからにヤバそう」
「ま、そうビビる必要もない。逆に言えばダンジョン法の範囲内なら好きにできるってことだからな」
「あの、リィン様。そのダンジョン運営法なるもののこと、ご教示いただけませんか?」
「ああ、そのつもりだ。知る限りのことは教えよう」
「良かった、ありがとうございます」
そのとき、ずっと黙っていたアントニオが口を開いた。
「……で、肝心の方法はどうなのだ?」
「方法って、何の方法?」
そう問い返したポポンを、アントニオがギロリと睨む。
「姫様をダンジョンから出す方法だ!」
「そうでしたっ!……リィン、出す方法あるんだよね?」
ポポンが助けを求め、リィンに話を振る。
だがリィンは首を振って否定した。
「エリシャはダンジョンから出られない。そう繰り返し言ってるはずだ」
「貴っ様……!引き受けておいて今更何を!」
こぶしを握り締め、今にも殴りかかってきそうなアントニオ。
だがリィンは余裕たっぷりに言った。
「ダンジョンからは出してやれない。だが、城へは戻してやる」
「ああっ!?どういう意味だ!?」
「なに、簡単なことだ」
リィンがニヤリと笑う。
「この洞窟を城まで拡張し、一つのダンジョンにすればいい」




