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「らっしゃい、らっしゃーい!ダン工特製スペシャルポーションだよー!」
かわいらしい声を張り上げるポポン。
兎のように耳の長い部族が、それに気づいて声をかけてきた。
「姉ちゃんがあのリィンか?」
「いえ、私は売り子のポポンです!リィンはこのポーションを作った同僚です!」
「やはりこれがリィンポーションか……一つくれ」
「はい!まいどありー!」
小瓶と金を交換し、耳の長い部族の背中にお辞儀するポポン。
すると入れ替わりに顔中に紋様の入った部族が二人、カウンターへやって来た。
二人は顔が瓜二つの若い双子だった。
双子の一人が問う。
「なあ、お嬢ちゃん。これがほんとにあのダンジョン工務店スペシャルポーションか?」
「ええ!そうですよ?」
ポポンが朗らかに答えると、
「ほら、見ろ」「いや、まだ信じられない」「じゃどうすんだよ」
と、双子の間で揉めだした。
もう一方の双子がポポンに問う。
「姉ちゃん、確かめさせてくれや」
「確かめる?」
「臭い嗅がせてくれればいい」
「構いませんが……臭いですよ?」
双子は「いいからよこせ」と揃って手招きした。
ポポンは小瓶のフタを回し開け、二人に差し出す。
「……くん」「……すん」
双子がポーションの臭いを嗅ぐ。
すると、二人は同時に膝から崩れ落ちた。
「ヴォェッ!!」「ゲェェ……」
「ほらー。だから臭いんですって」
ポポンが顔をしかめつつ、小瓶のフタを閉める。
四つん這いになった双子が、互いの土気色の顔を見て頷き合う。
「一瞬、意識が飛ぶほどの悪臭……」
「ヘドロのような色……」
「間違いねえ、伝説のポーションだ」
「これでジッ様も元気になるんだな?」
「そのはずだ」
そして四つん這いのまま、互いの肩を叩きあった。
しかし、双子の一方がハッ!と目を見開いた。
「どうした?」
「ショック死しねえか?」
「あ?」
「この臭いにジッ様は耐えられるか?」
「……わからねえ」
四つん這いのまま、考え込む二人。
ポポンは事の推移を見守っていたが、ふと双子の後ろに並んだ客に気づいた。
「あの、どうされます?後ろに次のお客様が並んでいるのですが……」
双子は四つん這いのまま振り向き、
「先にいいぜ」「お先にどうぞ」
と、四つん這いのまま場所を空けた。
そこへ並んでいた客が歩み出る。
獅子のたてがみのような毛髪をした、壮年の男性だ。
「わりぃな、兄ちゃん達。――姉ちゃん、ポーションいくつ残ってる?」
「えー、ちょうど二十本ですね」
「全部くれ」
「二十本全部ですか?」
「ああ、そうだ」
「はーい!まいどありー!」
ポポンが満面の笑みでそう言うと、双子が勢いよく立ち上がった。
「おぉぉい!」「ちょっと待て!」
「はい?」
「全部売んじゃねーよ!」「俺達のぶんは!」
「えーと。ではご購入ということで?」
「ああ!」「買う!」
◇ ◇ ◇
「すいません、ポーション売り切れちゃいました!」
「まじかー」
ポポンがもう何度目かわからない謝罪をして、頭を上げると。
「よ、お疲れ」
荷物を抱えたリィンがカウンターの前に現れた。
「お帰り、リィン。見て!全部売れちゃった!」
「言ったろ、人気商品だって」
そう言って、リィンは木箱をゆっくり地面に下ろした。
ポポンが木箱を漁る。
「いっぱい買ったねぇ。何を買ったの?」
「食堂のおばさんに頼まれた香辛料と調味料。あとは住人達の嗜好品などなど」
「ふーん……あ、タバコ」
「それは俺のだ」
「へ?リィン、タバコ吸わないじゃん」
「それは風虫タバコ。仕事用のアイテムだ」
「へー、そうなんだ。……で、どうする?さっそくヒッポで例のダンジョン探しする?」
「いや、聞き込みからだ。場所がわからないからな」
「ん?地図に黄色の印をつけてた場所でしょ?」
「あれは大樹さまの感覚による、だいたいの場所だ。正確な地点というわけじゃない」
「そうなんだ……でも、ヒッポでくまなく探せば見つからないかな?」
「忘れたのか?再三、飛行可能なホークマンが探して見つかっていないんだぞ」
「あ……ってことは、空からじゃ見つからない場所にある?」
「あるいは視覚をごまかすトリックか……いずれにしても、見つからないのには何らかの理由があるはず。だがこの地に住む者なら、何か知っているかもしれない」
「なるほど……」
リィンは周囲を歩く部族を見回し、頭をガシガシと掻いた。
「でも、この辺の部族ってよそ者を警戒するんだよな。どっかに口の軽い事情通はいねーかなあ」
ポポンも同じように周囲を見回し、ふと目を留めた。
「あの双子、どうかな?」
「双子?」
リィンがポポンの見つめる二人に目をやる。
顔中に紋様の入った若い双子は、何やら言い争いをしている様子だ。
「知り合いか?」
「お客さん」
「ああ、うちのポーション持ってんな」
「事情通かは知らないけど、よく喋る人達だったよ」
「ふむ。……当たってみるか」
リィンとポポンは双子の元へ歩いていった。
やはり揉めているようで、二人はリィン達に気づかない。
「あのー、お客さん」
ポポンが声をかけると、双子が同時に振り向いた。
「あんたは」「さっきの」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……その前に何だか揉めてますね」
「ああ」「まあ、な」
「そのポーションが原因なら、よければ聞かせてください」
双子は顔を見合わせ、それから交互に事情を話し始めた。
「このポーションを買ったのは祖父のためだ」
「祖父は重い病でな」
「医者も匙を投げた」
「だが医者は最後にこう言った」
「あとは伝説のポーション職人が作ったスペシャルポーション(地獄味)を飲ませるしかない、ってな」
ポポンがリィンに囁く。
(味も悪いの?)
(あの臭いだぞ。美味いわけがないだろ)
「集落を出て、噂を辿り」
「やっと購入者を見つけた」
「噂は嘘じゃなかった」
「また噂を辿り、大市場でたまに売り出されることを知った」
「そして今日、ようやく手に入れた」
双子の説明が途切れ、ポポンが首を傾げる。
「うん?あとはそのお爺さんに飲ませてあげるだけじゃない?」
すると双子が同時にポポンの肩をガッ!と掴んだ。
「ジッ様、死なないか?」
「えっ?」
「この臭いを嗅がせたせいで、俺達がジッ様にトドメ刺しちまうことはないか?」
「ああ、そういう……」
ポポンは考えた。
この年若い双子や、体力に自信のある自分でさえ、意識を飛ばされる激臭。
さらに味も悪いという。
高齢の、しかも重病人が耐えられるだろうか。
「わかんないな……リィン、どう思う?」
すると双子は目を剥いてリィンを凝視した。
「リィンだって!?」「あの伝説のポーション職人の……?」
「ポーション職人に転職した覚えはないんだが」
リィンは面倒くさそうに首筋を掻いた。
「ま、あらましはわかった。……飲ませていいぞ」
「しかし、ショック死する危険は!」
「そのリスクはある。だが、問題ない」
「何が問題ないんだ!」
「そのポーションの効能には『死にたての人間の蘇生』も含まれる」
「なにっ!?」「なんと!!」「はあ!?」
双子に加えてポポンも驚愕する。
すぐに小瓶を持ち上げ、三人は小瓶に書かれた細かい字に目を走らせる。
「「「……本当だ」」」
「ショック死しなければ問題なし。仮にショック死してもポーションが命を繋ぐからリスクなし。飲ませろ」
「わかった!」「恩に着る!」
すぐにでも走り去ろうとする双子を、ポポンが引き止めた。
「悪いけど。その恩、すぐに返してくれるかな?」
「ぬ?」「もう金はないぞ?」
「情報が欲しいの。この辺りに住む人しか知らない情報が、さ」
「そんなことか」「どんな情報が欲しい?」
「この辺りにダンジョンがあるらしいんだけど、どこにあるか知らない?」
「ダンジョン?」「なんだそりゃ?」
ポポンはしばしポカンと口を開け、それからリィンに言った。
「どうしよう!この人達、ダンジョン自体知らないよ!」
「そのようだな」
リィンはポポンに代わり、質問を始めた。
「この辺りにあやしい場所はないか?」
「あやしい場所……」「と言われてもな……」
揃って首を傾げる双子。
「そうだな。例えば……遠くからは見えないのに、近づくと存在がわかる場所。あるいは、普段は見えてるのに見えなくなることがある場所とか」
「ああ」「それなら」
双子は互いを指差し合った。
「「飛び山だ!」」
「……飛び山?」
リィンが聞き返すと、双子は交互に説明を始めた。
「岩山なんだがな」
「たまに消えるんだ」
「で、しばらくするとまた戻ってる」
「飛び立つところを見たって奴もいる」
「ああ、いたな」
リィンが再び問い返す。
「飛び立つって……山が、か?」
「「そうだ」」
「……これだな」
リィンは一つ頷き、ポポンを見た。
しかしポポンはフルフルと首を振った。
「なんだ、異論があるのか?」
「あのね、リィン」
「なんだ」
「山は飛ばないよ」
真顔で言うポポンに、リィンは一歩後ずさった。
「い、いや、確かにそうだが。ダンジョンならあり得る――」
「ダンジョンも飛ばない。リィン聞いたことある?飛ぶダンジョン」
「いや、それは――」
「山やダンジョンがどんな理屈で飛ぶっていうの?」
「うっ」
リィンはまた一歩後ずさり、それからふーっと息を吐いた。
「お前、なんでそんな常識的なこと言うんだよ」
「だって常識人だもん」
「なんだろう、すごくムカつく……」




