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「あーっ!ポポ之助の覆面と間違えたぁー!」
リィンが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「お前なあ!ぐるぐる巻きの覆面とステルスマスク、どうやったら間違えるんだよ!」
「慌てちゃってぇー!とにかく顔を隠さなきゃって思ってぇー!」
「バッッカ野郎!!」
「はうぅ〜」
ロザリンドは一瞬呆気に取られていたが、すぐにリィンの声のするほうを鋭く睨んだ。
「なんだい、もう一人いるのかい?」
「……はあ。もう、いいか」
リィンはステルスマスクを外した。
リィンの姿がスーッと現れる。
「へえ、そのマスクで姿を消せるのかい?面白いもん持ってるねえ……よこしな」
リィンは手元のステルスマスクを見つめて言った。
「渡せば見逃してくれるかい?」
ロザリンドは両手を広げて笑顔を浮かべる。
「ああ、もちろんさ」
リィンは汚物でも見るように目を細めた。
「……ガッカリだ。聖女様の演技はなかなかだったが、とっさのウソは下手クソだな」
「……アタシ達のこと、色々知ってるみたいだねえ」
「知ってたら、どうする?」
「決まってる。……口封じさ!」
ロザリンドはニタッと笑い、大声で叫んだ。
「ヤン!カーチス!殺っちまいな!」
「「はい、喜んでー!!」」
ロザリンドの前に躍り出た二人が、そのままリィン達に襲いかかってきた。
「なっ……速い!?」
小太りなヤンと筋肉質なカーチスが、見た目からは想像できない俊敏さでリィン達に迫る。
先に攻撃してきたのはカーチス。
大きな体を仰け反らせ、拳を振りかぶる。
「あばよ、エルフの兄ちゃん!」
カーチスの拳が唸りを上げて、リィンの顔面を襲う。
「チッ!」
リィンは空気を切り裂くカーチスの拳をギリギリでかわし、後方へバックステップした。
頬には、刃物でできたような一筋の傷。
「……一発もらうと死ぬな」
「沈め!」
間髪与えず、カーチスが追撃に入る。
「リィン!」
「おっと、お嬢さん!よそ見は危ねえですぜ!」
小太りなヤンは、体を丸めてポポンにぶちかます。
「きゃんっ!」
衝撃で転がされたポポン。
むくりと立ち上がるが、ヤンは目の前から消えていた。
「どこに……あうっ!」
ヤンに背中を痛打され、前につんのめるポポン。
背中をさすりつつヤンを見れば、彼は丸い体を活かして転がりながらポポンの周囲を回っていた。
その動きは一見滑稽ながら、ポポンは目で追うのがやっとだ。
ポポンは当てずっぽうでハンマーを振るう。
「それっ!それっ!」
しかし、ハンマーはヤンに当たらない。
「も〜、すばしっこいな!……きゃん!」
「へへっ、よそ見は危ねえと言ったはずですぜ?」
分断され、苦戦を強いられるリィンとポポン。
互いに自分の身を守るので手一杯だ。
そこへ……。
「アタシをお忘れじゃないかい?オラッ!オラオラッ!」
ロザリンドがドレスの中に隠し持っていたムチを振るう。
普通のムチに倍するリーチとその狙いの正確さは、まるでベテラン弓兵の援護射撃のようだった。
ポポンはおろか、リィンでさえもかわしきれずにムチを腕に受ける。
「チッ、調子に乗りやがって……!」
「リィン、ボレアスは!?」
「森に置いてきたっ!」
「なんで肝心なときに!」
「必要ないと思っ――ポポン!またムチの射程に入ってるぞ!」
「しまっ――くううっ!」
両腕を上げ、ムチの連打から顔を守るポポン。ガードした腕が、みるみる赤く腫れ上がる。
「こいつらやっぱり只者じゃない!冒険者だとしたらトップクラスだよ!」
するとロザリンドが嬉しそうに言った。
「その通りさ、お嬢ちゃん。アタシらは元、三ツ星級の冒険者さ」
「なっ……!ウソでしょ!?」
驚くポポンにリィンが叫ぶ。
「ポポン!トリプルスターってなんだ!」
「冒険者のランクよ!百年に一人しか誕生しない英雄級を除けば、最上位の冒険者!……あうっ!?」
ムチに気を取られたポポンの腹に、ヤンの体当たりがクリーンヒットした。
堪らず横倒しになるポポン。
「すいやせんね、お嬢さん。褒められてつい、頑張っちまいやした」
「むうう、腹立つな〜!」
ポポンはむくりと起き上がり、怒りを滲ませた。
カーチスの攻撃を避け続けるリィンが、ポポンに叫ぶ。
「あまり攻撃を受けるな!いくら頑丈なお前でも限度があるぞ!」
「私だって避けたいけど、避けられないのっ!……リィンこそ、少しは反撃しなさいよ!」
「捌くので手一杯なんだよ!」
「私なら殴られても殴り返しますけど!?」
「お前と一緒にするな!……ポポン!」
「何よっ!?」
「代われ!」
「……!りょーかいっ!」
リィンとポポンはそれぞれの相手から同時に距離を取った。
そして二人は交差して、今までとは逆の相手へ突っ込む。
「うおりゃぁぁあ!!」
カーチスに向かい、ハンマーを振り抜くポポン。対してカーチスは渾身の右フックで迎え撃つ。
ガチィン!!と激しい衝突音。
「うう、手が……」
ポポンはハンマーを取り落とし、しゃがみこんだ。
一方のカーチスも右手を押さえてうずくまる。
「……やるな、お嬢ちゃん」
「あんたこそ」
「力比べ、やるかい?」
「望むところよ!」
両者は同時に立ち上がり、相手に掴みかかった。
ポポンの右手とカーチスの左手。
カーチスの右手とポポンの左手。
それぞれ組み合い、手四つの体勢に入った。
「ぬぬぬ……す、ごい、力……」
「こっ、ちのセリ、フだぜ、お嬢ちゃ、ん……その体の、どこに……ぐっ」
力比べは一進一退。
ポポンが押せば、カーチスが押し返す。
「お、お、おらあああ!!」
カーチスが身長差を活かし、一気に上から押さえこまんとした、そのとき。
「とぉりゃあああ!ポポン式スープレックス!」
ポポンが全身の力を使って、カーチスを反り投げる。
跳ね上げられたカーチスの体は、凄まじい勢いで天井に激突し、そして落ちた。
崩れた天井の瓦礫がカーチスの上に降り積もる。
「げふっ……」
瓦礫に埋まったカーチスは、そのまま伸びてしまった。
「カーチスが、力で負けた!?」
驚きを隠せない、ヤン。
そこへリィンが低い姿勢から短刀を差し込む。
「ぐっ!」
「よそ見は危ねえんだろ?」
「やるじゃないですか、兄さん!」
ヤンはググッと体を丸め、ポポンを翻弄した動きを始めた。
「後ろですぜ!いや、もう前!ほらほらほら!」
挑発的に周囲を回るヤンと、それを目だけで追うリィン。
しばしこの状況は続き、そして。
「ここか」
「お、えっ!?」
リィンはヤンの動きを先読みし、あっさりと彼を組み伏せた。
「……な、なんで」
「お前の動きってさ、適当に動いてるようだけど……こういう武術なんだろ?パターンあるもんな」
「パターンを見切って!?……まだ戦い始めたばかりだ!そんなハズないっ!」
「いや、ポポンとやってるときから横目で見てたから」
リィンは腕を極めたまま、ヤンの耳に顔を近づけた。
「お前の敗因は――」
リィンは空いた腕をヤンの首へ回す。
「技の見せ過ぎ、だ」
「あぐ……きゅぅ」
ヤンは二秒とかからず白目を剥いた。
リィンは腕を解き、ロザリンドに相対する。
ロザリンドの背後からは、ハンマーを携えたポポンがやってきた。
リィンは冗談めかして言った。
「降参するかい、聖女様?」
ロザリンドは唇を噛む。
「……舐めるんじゃないよ。降参なんざ、死んでもするかい!」
「その意気や良し!じゃあ行く――」
「待て、ポポ之助」
「はう」
気勢を削がれ、よろめくポポン。
「ロザリンド。戦う前に教えてくれ。なぜ、迷宮運営者になりたいと願う?」
「……盗み聞きは感心しないねえ」
「答えろ」
ロザリンドはフン!と鼻を鳴らした。
「ま、いいけどね。……さっき言ったとおりアタシ達はさ、これでも凄腕冒険者だったんだよ。迷宮運営者討伐こそ達成していないが、国を代表する冒険者パーティ様さ」
ポポンが頷く。
「三ツ星級なら、そうだろうね」
「そんなアタシらに、千載一遇のチャンスがやってきた。ついに迷宮運営者と相見えたのさ。その迷宮運営者は……人間の少女だった」
ロザリンドはリィンとポポンの反応を窺い、それから続ける。
「あんた達は驚かないんだねえ。……アタシは心底驚いたよ。人間の、それもこんな少女が迷宮運営者だなんてね」
リィンが続きを促す。
「……それで?」
「急かすんじゃないよ。……戦う前に少し話したんだがね。そいつ、三百歳だって言うんだよ。私は腹が立ってねえ。二十代後半のアタシが目尻にできたシワを気にしてるってのに、三百歳のババアが水も弾くような肌してやがる。ムカつくったらないよ」
「それで、迷宮運営者に負けたのか?」
「ハンッ!ボロ負けさ!でもそれが良かったのかね、命までは取られなかった。アタシはその後すぐに冒険者を辞めた。……なんでかって?決めたからさ。私は迷宮運営者になる。絶対に永遠の若さを手に入れてやる、ってね!」
「そうか、よくわかった。……やはりお前には教えてやれないな」
「フフ、何を教えてくれるんだい?」
「何でもない、こっちの話だ。……行くぞ?」
棒立ちだったリィンが、瞬きも許さぬ速度でロザリンドに迫る。
ムチの間合いを一瞬で殺されたロザリンドは、すぐさま得物を短刀に持ち替える。
「くっ……」
つむじ風のようなリィンの攻撃。
ロザリンドは慣れない得物なのか、防戦一方だ。
そこへ、リィンが叫ぶ。
「今だ、ポポン!『超必殺!ポポンカタストロフ!』だっ!」
「なにっ!?」
ロザリンドは慌ててポポンのほうを振り向いた。
そして両腕を上げ、防御を固める。
しかしハンマーを構えたポポンは、ぽかんと口を開けたまま、言った。
「そんな技、ないよ?」
「はあっ!?なんだいそりゃ……ウッ!?」
空いたみぞおちに、リィンの短刀の柄がめり込んだ。
「隙ありー」
苦悶の表情を浮かべたロザリンド。
恨めしそうにリィンを振り返り、そして前のめりに倒れた。
「うわぁ……」
「何だよ」
「んーん、何にも!……それにしても、罠対決とか言いながら肉弾戦になっちゃったねー」
「そもそも誰のせいだよ」
「……あっ、私のせいか」
リィンは大袈裟にため息をつく。
「はあ〜。なんでこんなポンコツのために大金払ったんだろ」
するとポポンはニヤリと笑って口走った。
「……ポポンコツ。なんちゃって」
リィンは刃物のように冷たい視線をポポンに向ける。
「返品しよう。うん、そうしよう」
「いやー!見捨てないでー!」
二人はステルスマスクをつけ、ダンジョンから冒険者を運び出す作業を始めた。
中には意識のある冒険者もいたが、運ぶときにジャンに恐ろしげな顔をして近くを飛んでもらった。
彼らは霊現象だと思い込み、外に出ると一目散に逃げ帰った。
すべての冒険者を運び出し、最後に縛り上げたロザリンド達を外に出す。
「こんなとこだな」
「ふう、罠作りより疲れちゃった」
仕事を終えた二人に、ジャンが飛びつく。
「リィン兄ちゃん!ポポン姉ちゃん!怖い人達を追い出してくれて、ありがとう!」
「ああ」
「どういたしまして!」
顔色を変えないリィンと、満面の笑みで応じるポポン。
「リィン、ロザリンド一味はどうするの?」
「ヒッポでどこか遠くへ運ぶさ。とびっきり辺鄙な場所にな」
「でも……それでもここに戻ってきそうじゃない?迷宮運営者を倒すのが目的なんだから」
「かもな。だが、その頃にはジャンも強くなってるだろうから」
「どういうこと?」
「通路を拡張した理由はそこにもある。迷宮運営者が強いのは、並外れた量のマナを扱えるからだ。そして溜めておけるマナの量は、ダンジョンの規模にほぼ比例する」
「それって、このダンジョンは大きくなったからジャンも強くなるってこと?」
「すぐじゃないがな。このダンジョンは今、空っぽの貯金箱だ。時間と共にマナが溜まり、ジャンの力となる」
「そっかあ〜」
リィンはジャンに顔を寄せ、彼の瞳を見つめた。
「ジャン、理解できたか?」
「んー……うん!たぶん!」
「ジャン、このダンジョンはお前の家だ」
「うん」
「だから、お前が守るんだ」
「……」
ジャンは目を伏せ、押し黙った。
「怖いか?」
「……うん」
「しょうがねぇな」
リィンは頭をボリボリと掻きながら、ジャンの頭のてっぺんに手を置いた。
「困ったりわからないことがあったら、俺達を呼べ。すぐに飛んでくるから」
ジャンは満面の笑みを浮かべ、「うんっ!」と頷いた。
「ま、そのときは代金を貰うがな」
「うん?」
「もう、リィン!一言余計だよ!」
――数日後。
草木も疎らな険しい岩山。
視界の果てまで同じような景色が続く。
ロザリンドとカーチスは岩肌に背をもたれ、そんな景色をぼんやりと眺めていた。
「姉御、そろそろ決めようぜ。北へ行くかい?それとも南?」
「……西」
「おっ、ようやく勘が働いたか?」
「日が沈むほうへ移動すれば、日中が長いだろう?そのぶん進めるってもんさ」
「カーッ!相変わらず考えることメチャクチャだな、姉御!」
「そんなつもりはないがね」
「姉御ー!」
岩山の斜面を器用に駆けてくる、ヤン。
「ツイてる!ヤマペリカンの卵を見つけやした!」
ロザリンドはジトッとヤンを睨むと、ヤンの持ってきた卵を奪い取った。
そして卵を殻ごと口に運ぶ。
「あーっ!」「そりゃねえぜ、姉御……」
恨めしそうな二人の視線を無視し、ロザリンドは卵を咀嚼する。
そして、遥か西の空を睨んだ。
「リィン……覚えたよ」
これにて「聖女の願い」終幕です。
再開は年明けとなります。
皆様、よいお年を!




