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「死屍累々だねえ」

「死んでねーけどな」


 急造の通路のあちらこちらから、うめき声が聞こえる。

 リィンとポポンはステルスマスクで姿を消し、行動不能となった冒険者を跳び超えながら通路を戻る。


「しっかし、この人達も向こう見ずだよね。前を行く冒険者がどんどん罠にハマってるのに、構わず突き進んで来るんだもん」

「聖女様への信心の現れかもな」

「もしくは、死んでも復活させてもらえるから、かな?」

「あー。……ほんとに死んでも復活できるのか?」

「遺体が新鮮で、傷が少ないならね。それでも半々とかだと思うけど」

「遺体が新鮮、か。嫌な響きだ」

「……リィン。さっきから声の位置が高かったり低かったりするんだけど」

「ああ。冒険者の顔を確認しながら歩いてるから」

「なんで?」

「いや、ビルいねーかなと思って」

「いないよ!いないからっ!」

「静かに……いたぞ」

「ええっ!?ビルが!?」

「シッ!……聖女様のほうだ」


 急造の通路のちょうど真ん中辺りに聖女ロザリンドはいた。

 近くには護衛役らしき冒険者が二人いる。

 三人は立ち止まり、何やら話し込んでいた。


(……近づくぞ)

(うん)


 リィンとポポンは息を殺し、三人の会話が聞こえる距離まで移動した。


「あーっ!腹が立つ!」


 聖女ロザリンドが忌々しそうに叫ぶ。


「姉御、落ち着いてくださいよー」


 小太りの冒険者がなだめるが、彼女の怒りは収まらない。


「これが落ち着いていられるかい、ヤン!」


 聖女ロザリンドがドレスの裾をまくり、落ちていた石ころを蹴飛ばす。

 勢いよく転がった石は昏倒した冒険者の尻に命中し、冒険者は「ハウッ!?」と悲鳴を上げた。


「これじゃ、こんなナリまでして冒険者を集めた意味がないじゃないか!」

「クックッ。お似合いですぜ、姉御?」


 背の高い筋肉質な冒険者が笑う。


「元々あんたの案だろう、カーチス!迷宮運営者(ダンジョンマスター)を確実に討つために物量作戦はどうか、ってな!」

「おおっと、それは失礼」


 おどけてみせるカーチスに、ロザリンドは「チッ!」と舌打ちした。

 ヤンと呼ばれた小太りな冒険者が、ロザリンドに尋ねる。


「……ギブアップしやすかい?」

「バカをお言い!誰が諦めるものか!私は迷宮運営者(ダンジョンマスター)を討伐して、迷宮運営者(ダンジョンマスター)になってやるんだ!」

「……じゃあ、どうしやす?」


 ロザリンドは考え込み、カーチスに話を振った。


「カーチス。出来立てダンジョンの迷宮運営者(ダンジョンマスター)は弱い、ってのは間違いないんだよねえ?」

「ダンジョン研究の権威、Dr・セトから直接聞きましたからね。彼が言うには、『迷宮運営者(ダンジョンマスター)の強さはダンジョンの規模にほぼ、比例する』『人間が倒しうる迷宮運営者(ダンジョンマスター)は、出来立ての小規模ダンジョンの主のみ』ってことらしいですぜ」

「ふむ……」


 ロザリンドは再び考え込み、それからニヤリと笑った。


「初めから数に頼るのは性に合わなかったんだ。――いつも通り、三人で殺るよ」

「へいへい」「そうこなくちゃ!」


 会話を盗み聞きしていたリィンが、ポポンの耳元で囁く。


(一旦、離れよう)

(うん)


 リィンとポポンは三人から離れ、入り口のほうへ向かった。

 十分に距離をとって、リィンがステルスマスクを外す。


「ふう。面白いもんが見れたな」


 ポポンもステルスマスクを外し、興奮した様子で頷いた。


「あれが素の聖女様なんだね!まるでごろつきみたいだった!」

「そうか?俺にはまるで、冒険者のように見えたが」

「……あー、そうかも。小石蹴ってたけど、身のこなしが普通じゃなかったもん」

「そして、目的は迷宮運営者(ダンジョンマスター)を倒して迷宮運営者(ダンジョンマスター)になること、か」

「マルスパターンね」

「……マルス?」

「うん。迷宮運営者(ダンジョンマスター)を倒せば迷宮運営者(ダンジョンマスター)になれると思い込んでた、マルスと同じパターン。……リィン、まさかマルスを忘れたの!?」

「誰だっけ?」

「ほら、ジャングルで!人狼の!」

「……おお、人狼の!」

「もう、あんな特徴的な奴をよく忘れられるね。……ねえ、リィン。ふと思ったんだけど」

「何だ?」

「聖女様が迷宮運営者(ダンジョンマスター)になりたいのなら、成り方教えちゃうのはどう?」


 途端、リィンの顔色が曇る。


「いや、それは……」

「わかってる。ダンジョン増えるのはダンジョン工務店の理念に反するもんね。でも、ケースバイケースだと思うの。なり方を教えればこのダンジョンにこだわる必要はなくなるから、ジャンの安全を確保するためにも――」

「あー、いや。待ってくれ」


 リィンがポポンの話を遮る。


「何?」

「別に困らないんだ」


 ポポンは一瞬きょとんとして、それからリィンに質問を浴びせた。


「なんで!?ダンジョンはマナを堰き止めるんだよね!?ダンジョン増えたら大樹さま、困るよね!?」

「確かにマルスの(あの)とき、ポポンはそう言って俺も否定しなかった。……でも、違うんだ」

「違う?」

「運営者のなり方を教えても大樹さまは困らない。なぜなら、ダンジョンは増えないから」

「……は?増えるでしょ?」

「増えない。増えたときにはその前に減ってるから」

「……は?意味わかんない」

「ダンジョンには天井(・・)があるんだ」


 ポポンが上を見上げる。


「天井?そりゃあるでしょ。あ、屋外型にはないけど」

「そうじゃない。数の限界って意味だ」


 ~ダンジョンの(ルール)

 世界に存在するダンジョンの総数は百八か所。それ以上増えることはない。


「そうなの!?……でもでも、ジャンは最近迷宮運営者(ダンジョンマスター)になったんだよね?ってことは、増えてるじゃん!」

「その直前に減ってんだ。ジャンが迷宮運営者(ダンジョンマスター)になったということは、どこかでダンジョンが潰れてたということでもある」

「あ、そういうことか!……消えた瞬間に増える。なんだか運命的だね」

「だな」

「ねぇ、リィン。天井があるんならさ、別にマルスに教えても良かったんじゃ?」

「んー……」

「やっぱダメなの?」

「これは言うつもりはなかったんだが……」


 リィンはそう呟いて、頭をボリボリと掻いた。


「これから話すのは俺の考えだ。大樹さまも工務店も関係ない。もちろん、ポポンに無理強いするつもりもない。その前提で聞いてほしい」


 リィンの前置きに、ポポンが真面目な顔で頷く。


「……ん。わかった」

「俺は、迷宮運営者(ダンジョンマスター)ってのはなるべき者がなるべき時になるものだと思ってる」

「さっき言った、運命ってこと?」

「そうだ」


 リィンは一つ間をおいて、それから続けた。


迷宮運営者(ダンジョンマスター)のなり方はわかるよな?条件を満たした者がある日突然、迷宮運営者(ダンジョンマスター)となる」

「お姫様のエリシャみたいに」

「そうだ。だが、そのためにはダンジョンが減っていなければならない。……ではダンジョンが潰れるのはどういう状況だろうか?」

「う〜ん……迷宮運営者(ダンジョンマスター)が倒されたとき?」

「ほぼ正解だ。正確には、迷宮運営者(ダンジョンマスター)が死んだとき。……では、迷宮運営者(ダンジョンマスター)が死ぬのはどんなときだ?」

「それこそ倒されたときでしょ?あ、あと老死とか?」


 リィンは首を横に振った。


迷宮運営者(ダンジョンマスター)が倒されるなんてことは極めて稀だ。老死にいたってはまず、あり得ない」

「じゃあ、なんで……?」


 首を傾げるポポンに、リィンが言った。


「故意的なダンジョン法違反。――つまり、自殺だ」


 意外な答えに、ポポンは目を丸くする。


「ど、どうしてそんなこと!」

「俺は迷宮運営者(ダンジョンマスター)じゃないからわからない。だが、想像することはできる。……迷宮運営者(ダンジョンマスター)の寿命はとても長い。俺達エルフやドワーフも長命だが、比較にならないほど長い時を生きる」

「そう言ってたね」

「ダンジョンのマナが枯れない限り、肉体はピークを維持し続ける。不老と言ってもいい。……だが、精神はどうだろう?」

「精神?うーん、迷宮運営者(ダンジョンマスター)ってそんなに普通の人と変わらないような」


 リィンがポポンの顔を指差した。


「その通り。色んな種族がいるから一概には言えないが、精神性――性格は人間とそう変わらない」

「……心は老いる、ってこと?」

「老いなのかはわからない。だが、永遠に近い時の中で、心が磨り減っていくんじゃないだろうか。そうして、いつの間にか終わりを求めるようになる」

「……」

「だから俺は、誰かに迷宮運営者(ダンジョンマスター)のなり方を教えたくない。ケチってるわけでもないし、大樹さまも関係ない。ただ、その誰かの人生に対して責任を取れないから」


 ポポンは黙り込み、リィンも言葉を止めた。

 二人の間に沈黙が流れる。

 静けさの中、ポポンが絞り出すように言った。


「なんだか、悲しいね」

「湿っぽくなっちまったな、すまん」

「ううん、いいの。話してくれてありがと」

「ああ。……んっ?」


 リィンが壁に耳を当てる。


「聖女様、戻って来やがった!」

「ええっ!?諦めないんじゃなかったの!?」

「いいから、すぐにステルスマスクをつけろ!」

「あわわ……」


 ポポンは慌てて懐にしまったステルスマスクを探す。

 同時に、通路奥からロザリンドの声が響いてきた。


「やーっぱり、最初の部屋が怪しいと思うんだよねえ」


 倒れた冒険者を踏み越えていく、ロザリンド。

 小太りなヤンが問う。


「根拠あるんですかい、姉御?」

「ねーよ、そんなもん!」

「またですかい……」


 筋肉質なカーチスが笑う。


「クックッ。諦めろ、ヤン。それに姉御の勘は不思議と当たる」


 ポポンがリィンの肩越しに囁く。


(リィン、どうしよう!?)

(まずいな……避難通路が見つかるかもしれない)

(穴はちっちゃいから、何かで隠す?)

(……いや。適当に隠しても見つかるだろうし、きちんと隠すと通路判定されなくなるかもしれない)

(ああ、そっか……どうしよー!)


 そのとき。

 ロザリンドがリィン達のほうをキッと睨み、大声で叫んだ。


「あんた、誰だい!!」


(うっ)(気づかれた?)


 息を殺して様子を伺うリィンとポポン。

 だがロザリンドは一歩一歩確実に、二人へと近づいてくる。

 そして二人を指差し、再び叫んだ。


「誰かと聞いているんだ!答えな!」


 リィンの頬を冷や汗が流れる。


(囁きが聞こえたとしても、位置までこうピンポイントでわかるものか?……さては特別な知覚スキル持ちか、あるいはそれに類する魔道具(マジックアイテム)――)


 そこまで考えて、リィンは気づいた。

 ロザリンドは明らかに自分達のほうを指している。

 だが厳密には、前に立つリィンではなく後ろにいるポポンを指しているようだった。


(どういうことだ。ポポン?……うっ!?)


 リィンは振り返り、驚愕した。

 そこには、おっかなびっくりといった様子のポポンが、姿丸出し(・・・)で立っていた。

 顔にはステルスマスクではなく、いつかの覆面が巻かれている。


「ポ〜ポ〜之〜助ぇ〜!!」


 リィンの怒声に、ポポンはようやく気づく。


「あーっ!ステルスマスクとポポ之助の覆面、間違えたぁー!」

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