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文字通り姿を消したリィンとポポンが、出来たばかりの通路を戻っていく。
かつて最深部だったジャンの部屋のすぐ手前まで戻ると、そこには大勢の冒険者が行列をなしていた。
二人はそれを遠巻きに見る位置に陣取る。
「間に合ったか」
透明なリィンが呟く。
声の位置からリィンが座っているのを知り、ポポンも腰を下ろす。
「ねえ、リィン。次の仕事は?」
「働き者だな。まだ仕事してえのか」
「そうじゃないけど。じゃあ、私達はここで何をするの?」
「んー、観戦?」
「そんな、悠長な……」
「どっちにしろ待機だよ。この通路は行き止まりだから、どこかで冒険者とすれ違う必要がある。だが姿を消しているとはいえ、あの人数の横を通り抜けるのは危険だ。出来た通路はそう広くもないしな」
「それはそうね」
「あと、勝負の結果も見なきゃならん」
「リィンったら、そっちがメインの理由でしょ!?」
「……じゃあ見るのやめるか?」
「見るっ!」
「エールとつまみ持ってくりゃよかったな」
二人は冒険者達に視線を移した。
冒険者達は行列をなしたまま、動かない。
原因は、先頭グループがなかなか通路に踏み込まないためだった。
「ねえ、リィン。冒険者の目の前の床に、いくつかこんもりしてるものが見えるんだけど……あれ、罠だよね?」
「ああ、虎ばさみだ」
「ここからでも見えるって、罠としてダメじゃない?」
「そんなことはない」
「でも――あ、動きがあるよ!」
先頭グループを割って出てきたのは、いかにも身軽そうな軽装の冒険者。一回二回とその場でジャンプしてから、虎ばさみに挑んだ。
彼は足を伸ばし慎重に床のふくらみをまたぐ。当然、虎ばさみは発動しない。
「あらら、リィンさん。やっぱりバレバレみたいですよ?……むふふ」
「いやーわかってないですなあ、ポポンさんは」
「はあ?」
軽装の冒険者が次の虎ばさみをまたいだとき。罠の向こうに着地したはずの足の下から、カチリと音がした。
冒険者は青ざめ、動きを止める。
次の瞬間、壁から放たれたスリングショットが大きく開いた股間に命中した。
冒険者は悲鳴を上げてうずくまり、泣きながら手を振ってギブアップの意思を示している。
「1ポイントゲット」
「むう……やるわね」
冒険者達は未だ悶絶する軽装の冒険者を回収し、今度は槍を持った冒険者が進み出た。彼は長いリーチを活かし、床をつついて罠を作動させながら進む。
そして彼の通った安全地帯を、残りの冒険者が続いていく。
「おっ、いいね。そうこなくちゃ」
「あら、負け惜しみですかリィンさん?」
「いやいや、ポポンさん。ここで終わられちゃあ、残りの罠がムダになりますから。……おっ、次はポポンさんの番ですよ?」
虎ばさみ地帯を抜けた槍使いの前に、横長の落とし穴が現れた。
上を隠してあるわけでもないので、もはや城の堀のようである。
「んー、これこそ見え見え過ぎませんかね、ポポンさん」
「ふっふっふ。……まあ、見てなさい」
落とし穴を覗き込む槍使い。
横長とはいえ縦にも長く、向こう岸まで結構な距離がある。
跳び超えるには遠すぎると判断した槍使いが、荷物からロープを取り出すべく屈み込んだ、そのとき。
後ろにいた五人の冒険者が一斉に駆け出し、一斉に落とし穴へ落ちた。
巻き込まれた槍使いも一緒に落ちていく。
「くくく……6ポイントゲーット」
「バカな、なぜ落ちる!それもいっぺんに六人だと!?」
「ふふ。解説しましょうか、リィンさん?」
「クッ。頼む……ッ」
「それでは、落とし穴の奥の壁をご覧ください」
「壁?……何だあれは!?」
そこには、鮮やかな色の落書きがあった。
落書きは長方形で、やたらキラキラしている。
「穴掘りしてるとね、綺麗な石を拾うことがあるのです。宝石じゃないから価値はないんだけど……石壁なんかにこすりつけるとキラキラの絵が描けるのですよね」
「それが冒険者の行動にどうつながる――はっ!?まさか!」
「気づきましたか。……そう。まるで宝箱みたいでしょ?」
「確かに……正面から見れば豪華な宝箱に見える……だが、だからってあんな見え見えの落とし穴に落ちるなんて……」
「宝箱に目が眩んだ冒険者の迂闊さを、甘く見てはいけないわ。落ちるの。落ちるのよ。それが冒険者。今、目の前で証明されたでしょ?」
「クッ……」
前評判を覆すポポン大量リードで始まった罠対決だったが、その後は一進一退を繰り返した。
ポポンが冒険者の特性を熟知した配置で落とし穴にハメれば、リィンは粘着床に睡眠ガス、捕獲網と様々な罠で冒険者を捕える。
そして――。
「甘いな、これで決まりだ」
最後の冒険者が、リィンの仕掛けたクロスボウに倒れる。
「ちょっと!今の死んだんじゃないの!?」
「死んでない、死んでない。見ろ、矢も刺さってないだろ?」
「あっ、ほんとだ……じゃあ、なんで倒れたの?」
「毒だ。それも倒れるギリギリに加減してある。俺の弓加減、毒加減も捨てたもんじゃないな」
リィンはステルスマスクを外し、ニヤリと笑った。
「17対13。俺の勝ちだ」
ポポンもステルスマスクを外し、悔しがる。
「くっそー。無念……」
「ま、ポポンもよくやったよ」
「……思ったよりもやるな、って思ったでしょ?」
「まあ、な」
ポポンは罠分野でもリィンに認められた気がして、少し嬉しくなった。
「よーし!じゃ、動けなくなった冒険者の処分だね!」
「処分て……サラッと怖いこと言うな」
「えーと、排除?排出?とにかく、ダンジョンから運び出さないとね」
「いや、まだだ」
「……なんで?」
「聖女様をまだ見てない」
「あっ!」
二人は奥へ進む冒険者達を見ながら一緒に進んできたが、まだ聖女ロザリンドの姿を見ていなかった。
「最後尾にいるのかな?」
「あるいは、旗色の悪さに撤退したか」
リィンはもう一度ステルスマスクを身に着けた。
「捜しつつ、もう一度通路を戻るぞ」
「うん!」




