41
ジャンが中心部として使っていた小さな部屋。その片隅の壁の下のほうに、小さな穴が空いていた。
ちょうど動物の巣穴くらいの大きさで、そこからほふく前進の要領で這いずり出てきたのは、土に塗れたポポンだった。
「ポポン姉ちゃん!」
ジャンがポポンの元へ文字通り飛んでくる。
ポポンは顔についた土を払い、にっこりと笑った。
「お待たせ!できたよ、ジャンの秘密の部屋と避難通路!」
「ありがとう!すっごい早いねえ!?」
「ふふーん。まあね。……こっちはどう?聖女様はまだ来てないようだけど」
「えっとね、部屋の前まで何人か来てるけど……たぶん、みんなが集まるの待ってるみたい」
「そっか、あっちの通路も狭いから、いっぺんに通れないもんね」
ポポンは木の扉を見つめ、それからもう一度ジャンに尋ねた。
「そう言えば、リィンは?」
「あっちだよ!」
「あっち?……え゛っ゛」
ポポンは思わず驚きの声を上げた。
それはポポンの掘った穴と、部屋を挟んでちょうど反対側。
壁の一部が綺麗に切り取られ、その奥に通路が続いていた。
「これ……リィンが掘ったの!?私より早いし立派じゃない!」
ポポンが通路に近づくと、その通路の奥から見覚えのある人物が顔を出した。
「おや、お嬢。お疲れ様です。そっちは終わりやしたかい?」
「あなた、なんでいるの!?」
それはモグラの獣人、モール族のリーダー格の男だった。
「リィンの旦那に呼ばれたんでさあ。緊急事態だ!ってな具合にね。それで例のタコ壺のインクで来たんでさ」
「おっ、ポポン。終わったか」
モール族の後ろからリィンも顔を出す。
「リィン。これ、何してるの?」
「見ての通り通路作ってるのさ。この部屋はあくまでダンジョンの途中で、奥に続いてますよー、って感じでな」
「……わかった!そっちに冒険者を誘導するのね!」
リィンが頷く。
「今も他のモール族が拡張中だ」
「私も手伝ってくる!」
そう言ってスコップ片手に駆け出そうとしたポポンの腕を、リィンが掴む。
「待て待て。それよりこっちを手伝ってくれ」
「手伝うって、何を?」
「今掘ってる通路に罠を仕掛ける。それもありったけな」
「……そっか!誘導するだけじゃ意味ないもん。諦めさせなきゃいけないよね」
リィンが頷く。
「そういうことだ。ま、ポポンは適当に落とし穴だけを掘ってりゃいいから」
ポポンがムッと口を尖らせる。
「……何よ、その言い方」
「何って、お前は落とし穴しか仕掛けられないだろう?」
「それはそうだけど……よーし、すごい落とし穴掘っちゃおっと!それもたーくさん!冒険者はみーんな落ちちゃうくらい!……あー、そうなるとリィンの罠が意味なくなっちゃうなー」
「……落とし穴だけでそうはならんだろ」
「どうかな?私に頼むってことは、リィンも自分で仕掛けるより私の落とし穴のほうがすごいって思ってるんでしょ?」
リィンがそっぽを向く。
「そんなことは、ない」
「またまたー」
肘でつつくポポンを邪険に払い、リィンは言った。
「ようし。そこまで言うなら勝負だ」
「勝負?」
「罠対決だ。どちらの罠がより多くの冒険者を行動不能にできるか」
「ほうほう」
「殺しはナシ。一人の冒険者を行動不能か撤退させたら一ポイント。万が一死亡させてしまうようならマイナス百ポイント」
「乗った!」
二人はまずジャンを秘密の部屋に避難させた。
それから新しくできた通路に罠を仕掛け始める。
リィンはダン工経験を活かし、様々な罠を手際良く仕掛けていく。
ポポンのほうは落とし穴一辺倒だが、リィンに倍する数を仕掛ける。
二人は脇目も振らず罠作りに没頭し、いつの間にか通路を拡張中のモール族達のところまでやって来た。
「ふう、ふう。追いついちまったか」
「あー、くたびれた。こんなに掘ったの久しぶりだよ」
リィンが片膝を立てて床に座り込むと、ポポンもその隣に胡座をかいた。
「お嬢!リィンの旦那!」
入り口のほうからモール族のリーダー格が走ってくる。
「冒険者が最初の部屋に踏み込みやした!じきに通路へ突入してくるはずでさあ!」
「来たか」
リィンは懐から〈次元ダコの魔墨〉を取り出し、壁に円を描いた。
「お前達はここまでだ。ご苦労だった、脱出してくれ」
モール族は手を止め、リィンの元へ集まる。
〈次元ダコの魔墨〉で描いた円に森が映ると、リィンがモール族を見回した。
「本当に助かったぜ、恩に着る」
するとモール族達はつるはしやスコップを掲げて、勝鬨を上げた。
そうして一人ずつ、円の中に入っていく。
「ご苦労さま、また森でね!」
「このくらい、お安い御用でさあ!また呼んでくだせえ!」
モール族のリーダー格は手を振り、最後に円に入っていった。
「よし、いよいよだな」
リィンが円を足で消しつつ、通路を睨む。
「ん?……私達はどうするのよ!そうだ、隠れる穴掘らなきゃ!はわわ……」
慌ててスコップを手に、穴を掘る場所を探すポポン。
それをリィンが片手で制した。
「その必要はない。いいものを持ってきたから」
リィンは懐を弄り、変わったマスクを取り出した。
マスクを手渡されたポポンが、それをまじまじと見つめる。
顔の前面を覆うタイプのマスクで、妙な手触りの革製だった。
「なあに、これ?」
「〈ダン工ジャンパー〉迷彩仕様用アタッチメント、ステルスマスクだ。ヒュージカメレオンの皮でできてる」
「めいさ……ステル……何?」
「ま、論より証拠。使って見せよう」
リィンはマスクを顔にはめ、上から〈ダン工ジャンパー〉のフードを被った。
するとみるみる間に彼の体が透けていき、ついにはどこにいるかポポンにはわからなくなった。
「リィンが消えちゃった!」
驚いて立ち上がったポポンは、キョロキョロと辺りを見回す。
そのポポンの後頭部をペチッ、と叩かれる。
「ふぎゃっ。……誰もいない!なに!?どういうことなの!?」
「こういうことだ」
慌てふためくポポンの前に、マスクを外したリィンがスーッと姿を現した。
「……そのマスクしたら、姿を消せるってこと?」
「その通り」
「すごいっ!私も――」
ポポンがマスクをつけてフードを被ると、同じように体が透けていく。
「これ、すごいよリィン!」
ポポンがいた場所から、興奮した声だけが響く。
「ほんとに消えるわけじゃない。見えなくなるだけだからな?音や匂いでバレることもあるから、近づきすぎには注意だ」
「りょーかいっ!」
姿を消した二人は、冒険者達のいる通路の入り口へと向かっていった。




