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男の子の名はジャンと名乗った。
なぜゴーストになったのか、なぜ迷宮運営者になったのか。
それらはまるで覚えていないようだった。
確かなのは、気がつけばこの坑道を遊び場としていたこと。そして、この坑道を我が家のように感じていて、迷宮運営者だという自覚があること。
それだけだった。
自己紹介を終えたジャンが二人に問う。
「で、兄ちゃん達は誰なの?」
「こういう者です!」
ポポンがバッと後ろを向いて、背中のジャンパーの『ダン工』の文字を見せつけた。
ジャンは小首を傾げる。
「……どういうものなの?」
「ポポン、きちんと説明を」
「はいっ!」
ポポンはジャンに駆け寄り、懐から出したダン工チラシを手渡した。
「んむむ……」
「あ、読めない?」
コクリと頷くジャン。
「ポポン。読んで差し上げろ」
「はーい。……さっきから偉そうだよね、リィン」
「いいから」
「はいはい。……えー、お住まいの迷宮に関してお困りごとはありませんか?迷宮っていうのはダンジョンのことね」
「うん」
難しい言葉のわからないジャンに、解説を交えながらポポンが読んでやった。
「――お気軽にご連絡ください。終わり!どう?わかった?」
「うん、わかった!」
自信満々に頷くジャン。
ポポンが疑わしげな目で問う。
「ほんとかな。わからないとこは遠慮なく聞いていいんだよ?」
しかしジャンは首を横に振った。
「わかったってば!困ったときに助けてくれる人。そうでしょ?」
「うん。まあ、そんなとこ」
ジャンがチラシをピラピラさせながら質問した。
「二人はなにしに来たの?僕は困ってないよ?……もしかして、遊びに来た!?」
リィンが苦笑いを浮かべて答える。
「いやいや、遊びに来たわけじゃない。顔見せだな」
「顔見せ?」
またも小首を傾げるジャンに、ポポンが説明する。
「お互いに自己紹介して、これからよろしくね?っていうことかな」
「そっか!わかった!」
今度はリィンが疑わしげな目で問う。
「本当にわかってるか?」
「友達になるってこと!そうでしょ?」
「……ま、そんなとこだ」
「やっぱりね!とっもだち〜♪とっもだちぃ〜♪」
ジャンは『友達』ができたことがよほど嬉しいようで、床から天井まで駆け回った。
そのうちにスケルトンも交えて踊りだす。
ポポンはジャンを見つめながら言った。
「色んな運営者がいるもんだね」
「こんなの序の口だぞ?アンデッド運営者の中では可愛いもんだ」
「アンデッドの運営者……変わり者多そうだねー」
「そりゃあ、もう。前に会ったゾンビ系運営者ときたら――」
「ヒッ!?」
突如、ジャンが悲鳴を上げた。
先程までの喜びようは鳴りを潜め、肩を抱いて震えている。
「どうしたの、ジャン!?」
ポポンが駆け寄ると、ジャンは彼女にすがりついた。
「大人が来た!たくさん、たくさん!」
ポポンが周囲を見回す。
「大人なんてどこにも……」
「僕、わかるんだ!僕を殺そうとしてる。怖い!怖いよう!」
「リィン、これどういうことだろ?」
リィンはしばし考え、それから答えた。
「坑道に誰かが入ってきたのだろう。迷宮運営者の中にはダンジョン内部を感覚的に把握している者もいる。ジャンはそのタイプのようだな」
「侵入者ってこと?でもこの怯えよう……私達のときと違うよ?」
「大人が怖い、ってのはまあ……ジャンの死因に関わることかもな」
「死因……」
「まずは確かめよう」
リィンは這いつくばり、地面に耳を押し当てた。
「多いな。二十二、二十三……三十人以上いる。全員武装してる」
「そんな大勢!?冒険者パーティにしては多すぎるよ」
「忘れたか?ガレンティンで昨日見たこと」
「……そっか!聖女様の!」
「おそらくな」
ポポンは自分の胸に顔を埋めるジャンを見下ろした。彼は顔を伏せたまま、小刻みに震えている。
「どうしよう!このままじゃジャンが討伐されちゃうよ!」
リィンは体を起こし、ジャンに顔を寄せた。
そして耳元で囁く。
「運営者さん。お困りごとですか?」
ジャンは目を瞬かせてリィンを見た。
穏やかに笑うリィンの顔に、ようやくその意図を察する。
「守って……くれる、の?」
スン、スンと鼻を鳴らすジャン。
彼の問いかけに、リィンは力強く頷く。
「リィン、私……」
対してポポンは気乗りしない様子だった。
「わかってる。ガレンティンの冒険者が相手だ、知り合いも多いだろう」
「でもね、リィン。ジャンを守りたいのは私も同じだよ!」
「それもわかってる。直接戦わず、聖女様達に出て行ってもらうとしよう」
「どうするの?」
「いつも通りさ」
リィンは立ち上がり、部屋を見渡した。
「まずは、中心部を移す。ここじゃどう考えても手狭だ。ポポン、頼む」
「移すって、どこに?ここが最深部でしょ?」
「新しく最深部を作るんだよ。ほれ」
リィンはどこからか取り出した折り畳み式スコップを彼女に手渡した。
「……!掘ればいいのね!了解っ!」
ポポンはスコップを手に駆け出し、すぐに立ち止まった。
「どこをどう掘ればいいのかな?」
リィンは腕組みし、あごに手を当てた。
「とりあえず、この辺の目立たない場所から細ーい通路を掘ってくれ。お前が通れるギリギリの幅でいい。十分な距離を掘って、それから中心部となる小部屋を作ってくれ。そこにジャンを移して中心部とする」
「でも、それじゃリィン通れないよ?ジャンはゴーストだし通れるだろうけど」
「それでいいんだ。それだけ細ければ大人の冒険者は通れないだろう」
「あ、そういうこと。……でもそれってダン法的にどうなの?通路でつながってることになるの?」
「お前やジャンが通れるなら、問題なく通路と判定される」
「なんか、冒険者的にはズルい話だね」
「そうかもな。ダン法ギリギリを攻めるのが、難攻不落のダンジョンを作るコツだ」
「ふーん。……で、リィンはどうするの?」
「俺は俺の仕事をする。あ、あとな」
「なに?」
「ポポンの腰回りで通れるなら、俺も余裕で通れるから」
「ムッ!」
「それと……ジャン」
リィンは頬を膨らませるポポンから、ジャンに視線を移す。
「なあに?」
「急いで仕事するつもりだが、時間的に余裕がない。もし、俺達の仕事が間に合わなかったら、不死者召喚で時間を稼いでくれるか?」
「う、うん……」
自信なさげなジャンに、ポポンがドン!と胸を叩く。
「大丈夫!私、穴掘り得意だから!怖くなったらすぐ、私の掘った穴に飛び込んでおいで!」
「……うん!」
「ポポンは穴掘り。ジャンは時間稼ぎののち、避難。二人とも、できるな?」
リィンの問いかけに、二人は頷く。
「よし!行動開始!」
「「おー!!」」




