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 扉の奥は広大な空間だった。

 今までの坑道とは比較にならないほど広く、また天井も高い。

(……どこ?どこにいるの?)

 ポポンの瞳が迷宮運営者(ダンジョンマスター)の姿を捜す。

 部屋の中央には、見上げる高さの山がある。

(いらなくなった廃石を積み上げたのかな)

 ポポンは部屋の隅々まで見渡すが、運営者の姿は見つけられない。


「ねえ、リィン」


 囁くような問いかけに、リィンは振り返らずに答える。


「なんだ」

迷宮運営者(ダンジョンマスター)、どこにいるの?」

「……何言ってる。目の前だ」


 リィンはそれだけ言って、歩みを進めた。

 そして廃石の山の前で立ち止まり、深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、モッカピンショーさん。ご依頼いただきありがとうございます」


 すると微動だにしなかった山がググッと動き、頂上部分が二人を見下ろすように傾く。


「えっ?……ヒッ!?うあ……」

「失礼だぞ、お前も頭を下げろ」


 ポポンは慌てて、リィンに倣って頭を下げた。

 そしてそのままの姿勢で、瞳だけで強大な存在を見る。

 山のように見えたシルエット。

 それが丸々、迷宮運営者(ダンジョンマスター)たるバジリスクの巨体だった。

 廃石が積み上がっているように見えていたのは、ごつごつとした黒い皮膚。

 山の頂上は巨体のわりに小さい爬虫類型の頭。

 バジリスクの象徴たる魔眼は閉じられていて、顎の下からはたるんだ皮膚が髭のように伸びている。


「リ、リィン。私、怖い」

「大丈夫だ。モッカピンショーさんは運営者の中でもとりわけ穏やかな方だから。襲ってきたりはしない」

「……信じていい?」

「ああ、保証する。……だが、目は見るな。何かの拍子に開くかもしれないからな」

「わ、わかった」


 リィンはポポンの頭に手を置いた。


「こいつはうちの新入りです。失礼のほど、どうかご容赦を」


 するとモッカピンショーの口元から地鳴りのような声が響いた。


()か……()か……」

「ありがとうございます」


 ポポンが頭を下げたまま、リィンの服のすそを引っ張る。

(しゃべった!バジリスクがしゃべったよ!?)

(……俺と〈風鳴りの貝殻〉で会話してただろ)

(あっ、そういえば)

(運営者はたいてい話せる。種族によって聞き取りづらいこともあるがな。……仕事の報告をするから、少し静かにしていてくれ)

 ポポンは口を両手で押さえ、何度も頷いた。

 リィンはモッカピンショーに向き直り、再設置した罠について事細かに説明し始めた。

 モッカピンショーはときおり相槌を打つ程度で、あとは黙ってリィンの説明を聞いている。

 やがてリィンスペシャルの話に至り、それでようやく説明が終わった。


「――以上です。何か質問などありませんか?」


 モッカピンショーはわずかに頭を横に振った。


「よかった。では、お代のほうをいただきます」


 リィンは腰から下げていた鮮やかな刺繍入りの飾り袋を手に取った。

 つぎに飾り袋の口を開き、モッカピンショーに向けて掲げる。

 モッカピンショーは右前足を飾り袋の上に持ち上げた。

 そして指の腹をこすり合わせる。

 ――チャポン。

 リィンの持つ飾り袋から、水たまりに雨垂れが落ちるような音がした。


「確かに」


 リィンは飾り袋の口を閉じ、一礼した。


「それでは失礼します。帰りは裏道を使いますね」


 モッカピンショーはこくんと頷いて言った。


「また()……また()……」


 リィンは再び一礼すると、ポポンに「行くぞ」とだけ言って歩き出した。


「あ、うん!」


 ようやく顔を上げたポポンが、リィンの後を追う。

 早足でリィンに追いつき、彼の背中越しに囁いた。


「すごかったよ、迷宮運営者(ダンジョンマスター)!おとぎ話に出てくるドラゴンみたいだった!」

「バカ言え。そこらのドラゴンなんてモッカピンショーさんならひと睨みだ」

「うえっ、そうなんだ……ってか、そこら辺にドラゴンなんていないでしょ?」

「いるぞ。稀にだがよくいる」

「なによ、それ」


 リィンの奇妙な言い回しにポポンは吹き出した。

 そしてふと、後ろを振り返る。

 モッカピンショーは、右前足を別れを告げるように振っていた。

 巨体に似合わぬその様が、ポポンにはどこか愛らしく見えた。


「ふふ。いい人だね、モッカピンショーさん!」

「だろ?」


 ポポンはもう一度振り返り、今度は跳び跳ねながら大きく手を振った。

(すごい知り合いができちゃった!)

 ポポンが満面の笑みで前を向く。

 するとさっきまでは確かにいたリィンの姿が忽然と消えていた。


「あれ?……リィン?」


 焦って周囲を見回すが、リィンはどこにも見当たらない。


「リィン!どこ!?リィーン!!」

「叫ぶな。ここだ」


 ポポンのすぐ横の壁から、腕がにゅっと生えてきた。


「きゃあっ!」

「叫ぶなって」


 壁から生えた腕はポポンの腕を掴み、壁へと引き込む。


「わわわ!――って、あれ?」


 壁にぶつかるはずのポポンの体は、するりと壁をすり抜けた。

 壁の向こうは石造りの回廊で、その先には階段も見える。

 そして、目の前にはリィンがいた。

 ポポンが落ち着いたのを確認し、リィンは歩き出す。

 ポポンもキョロキョロしながらリィンに続く。


「……ここって?」

「〈裏道〉。言うなれば、迷宮の入り口と中心部をつなぐショートカットルートだな」

「こんなのあるんだ!冒険者に知られたら大変だね」

「冒険者は通れない。運営関係者専用だからな」

「運営関係者、って」


 ポポンがリィンを指差すと、


「そう、運営関係者」


 と、リィンは自分を指差した。


「私は?私は?」

「お前はまだ違う」

「でも、私も¨裏道¨通ってるよ?」

「俺と一緒だからな。注意しろよ?通路が具現化するのは俺の周りだけだから。離れすぎると壁に埋まるぞ」

「うえっ」


 ポポンはリィンに駆け寄り、彼の背中にくっついた。


「私も関係者になりたいなー、って思うんだけど。なれるかな?」

「これをもらったらな」


 リィンはネックレスに吊り下がった何枚もの金属製のプレートを、チャラッと鳴らしてみせた。


「これは〈代行印〉。運営者から管理代行を許された証だ」

「へ~。それがあれば〈裏道〉通れるの?」

「それだけじゃないぞ。クリーチャーに襲われない。隠された罠も見えるし、そもそも罠にかからなくなる。他にも――」

「あーっ!」

「――なんだ」


 話を遮られたリィンが、不機嫌そうに尋ねる。


「だから鉄球落ちてこなかったのね?」

「ああ、そうだ」

「ダンジョンなのにスイスイ歩いてたのも!」

「そういうことだな」

「なんだー。そっかそっか」

「何だか嬉しそうだな」

「えっ。……ううん、そんなことないよ」


 ポポンは慌てて否定した。

(リィンに頼りきりで自信失ってた、なんて言えないもん)


「おい」


(クリーチャーが出なかったのも〈代行印〉とやらのお陰なのね)


「おいって」


(案外、危険の少ない職場なのかも。あとはお給金が良ければ……って、私お給金もらえるのかな?そういえば、リィンがもらってたお代って)


「おい!」

「わっ!なによ、リィン」

「いつまでくっついてる」

「だって、離れるなって」

「もう外だぞ」

「えっ……早っ!」

「〈裏道〉だからな」


 とっぷりと日が暮れていてポポンは気づかなかったが、そこは確かに〈ラライ銀山第114号坑道跡〉入り口だった。

 リィンが夜空に向かって指笛を吹く。

 すぐに大きな羽ばたきの音がして、中空にヒッポグリフが現れた。


「うう、また乗るのね」

「ここに残るなら乗らなくてもいいぞ?」

「乗りまーす」


 着陸したヒッポグリフに、リィンがひらりとまたがった。

 ポポンはリィンが差し出した手に掴まり、胴体をよじ登る。


「出発!」

「早い!だから早いってば!……うっきゃああ!!」


 ヒッポグリフが再び宙を舞う。

 ポポンはリィンの背中に顔を埋めたまま、風の音に負けないよう声を上げた。


「ねえ、リィン!聞いていい?」

「またか。お前、質問が多くないか?」

「だってわからないことばっかりなんだもん!新入りには優しくしてよねー?」

「へいへい。で、なんだ?」

「お代のこと!あれ、お金じゃないよね?」

「ああ、そのことか」


 リィンは右手を手綱から離し、腰に下がった刺しゅう入りの袋に手を置いた。


「マナだ。うちではマナをお代としてもらう」

「マナって、魔法使い(マジックキャスター)が魔法を使うときに必要だっていう、あのマナ?」

「魔法を使うときだけじゃない。あらゆる生物が生きるためにマナを必要とする。俺達も含めて、マナなしで生きていける生物は存在しない」

「へー!そうだったんだ!」

「マナは大地を循環していているんだ。ちょうど人の体を流れる血液のように」

「ほー」

「だが、その流れをダンジョンはせき止めてしまう」

「……ふーん」

「そこで対価としてせき止めていたマナをもらい、それを大樹さまが世界樹に――って、聞いてるか?」

「……ん」

「お前が聞いたから説明してやってんだぞ?」

「……るい」

「あん?なんだって?」


リィンがイライラした様子で振り向くと、ポポンが真っ青な顔で言った。


「ぎもぢわるい」

「おいおい、もうヒッポ酔いか?」

「……吐く」

「えっ。……待て、落ち着け!とりあえず俺の背中から顔を離してだな――」

「……エロロロロロ」

「あ゛ーっ!!」


 月夜を駆けるヒッポグリフは、異臭を放ちながら飛んでいった。


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