39
リィンとポポンは、朝のうちに目的地へと辿り着いた。
廃坑道とも自然の洞窟ともつかない、半分崩れた横穴がある。
「ここか?」
リィンは腰を屈め、奥を覗いている。
ポポンが彼の背中に尋ねる。
「ダンジョンの気配は?」
「んん……あると言えばある。ないと言えばない」
「どっちだよ!」
ポポンがリィンの背中に裏拳を見舞った。
「アグッ!?……いっってえな!ボケたんじゃねーよ、ツッコむな!」
「あ、そうなの?ごめんごめん」
「こんの馬鹿力め……」
「情報だとここなんだけど――ん!リィン、これ見て!」
ポポンが両手で抱え上げたのは、朽ち果てた木製の看板だった。消えかけてはいるが、うっすらと『第三坑道』の文字が見える。
「ここだな。よし、十分後に突入だ」
「おー!……なんで十分後?」
「痛くて背中が伸ばせねえ」
「うう、ごめんリィン」
十分後。
暗く狭い坑道を時に屈み、時に這いつくばりながら二人は進む。
「うー、ハンマーが引っかかった」
「無理矢理通そうとするなよ。崩落するからな」
「わかってるよ。……よいしょっ」
「しかし狭いな。これじゃクリーチャーが出たら避けようがない」
「だねえ。『暗い』『狭い』『見えない』の三重苦だよ」
「……『暗い』と『見えない』が被ってないか?」
「相変わらず細かいねえ、リィンは」
「いや、これが真っ当なツッコミってもんで……おっ、少し開けたぞ」
リィンは立ち上がり、思い切り背筋を伸ばす。
「あー、背中痛え」
「その件はもう謝ったでしょ!……ねえリィン、そろそろ明かりが欲しいよ」
「だな。よっ、と」
リィンは小型のカンテラを取り出し、火打ち石を打った。ぼうっ、とカンテラの明かりが辺りを照らす。
二メートルほどの高さの天井に、五メートル四方の部屋。リィンとポポンが通ってきた坑道の反対側に、木製の扉が見える。
「んん?まさか……」
「リィン、どしたの?」
「この感じ……あの扉の奥が中心部だと思う」
「ええっ?まだ入って一時間も経ってないよ?」
「予想以上に小さいダンジョンのようだな」
リィンは扉の前まで歩いていき、そっと開いた。
「運営者さん、いらっしゃいますか?」
リィンが部屋の中に呼びかけるが、反応はない。
「……入りますよ、っと」
「お邪魔しまーす」
リィンがカンテラを掲げ、部屋に踏み込む。
ポポンはリィンの背中に張り付いて、後に続く。
リィンは部屋の中央まで進み、四方をカンテラで照らした。暗い壁があるだけで、何の気配もない。
「誰も――いないね」
「ああ」
「どうする?」
「確かに中心部だと思うんだが……」
カンテラを挟んで二人が相談していたとき。
突然、真上から男の子が降ってきた。
「うおっ!?」
「きゃあっ!!」
リィンは仰け反り、ポポンは後ろに転ぶ。
そんな二人を見て、男の子はおかしそうに笑った。
「ぷぷぷ。だいせいこー!」
立ち上がって怒りを顕にするポポン。
「あ、あなたねえ!子供がなんでダンジョンうろついてるの!危ないでしょ!」
「やめろ、ポポン」
「やめない!この手のイタズラっ子は厳しく叱っておかなきゃ、命に関わることだってあるんだから!」
「もう死んでる」
「……えっ?」
「よく見ろ。彼はゴースト。迷宮運営者だろう」
ポポンは一歩後ろへ下がり、改めて男の子を観察した。
男の子の体はカンテラの明かりなしでもはっきりと見え、そして背景が透けて見える。
そして何より、わずかに浮いていた。
「そうだぞ。僕は迷宮運営者だぞ!」
男の子は両手を腰に当て、胸を張った。
「……こんなに弱そうな運営者、初めて見た」
「なんだとー!」
男の子はポポンに突撃し、脛のあたりをポカポカと殴る。
霊体ゆえにダメージはなく、ポポンはうっとおしそうに男の子を手で払う。だがそれも相手が霊体ゆえ、うまくいかない。
ポポンは迷惑そうに眉を寄せながら、リィンに問うた。
「ねえ、リィン。この子ほんとに運営者?すっごく弱いんだけど」
「おそらくな。やたら元気だし、自分で運営者だと言ってるし」
「やたら元気って。そんな理由で断定できるの?」
「断定はできないが、ゴーストってのは基本的に陰気なもんだ」
「それはまあ、そうだけど」
「断定か。そうだな」
リィンは未だポポンのすねを殴る男の子に、膝を曲げて話しかけた。
「運営者さん。あなたは迷宮運営者ですから、他のゴーストとは比較にならない力をお持ちのはずです。俺達にその力を見せてもらえませんか?」
「ん〜……。いいよ!」
男の子は殴る手を休め、ふわりと天井近くまで浮き上がった。そして目を閉じ、なにやらブツブツと独り言を言い始めた。
ポポンは男の子を見上げ、リィンに言った。
「……ねえ、リィン」
「なんだ、ポポン?」
「あれ、魔法を使うときの呪文じゃないかな」
「ポポンもそう思うか」
「あのね、冒険者時代にリーダーがね」
「『テント横に食べ残しを捨てるな!』のリーダーか」
「そそ。彼によく言われてたんだけど」
「うん」
「魔法使いが呪文唱えてるときは、危ないから近づくなって」
「ほんと、良いリーダーだな。……ましてや運営者の魔法だ、いったい何が起こることか」
リィンとポポンは顔を見合わせる。
そして次の瞬間、二人は同時に叫んだ。
「逃げるぞ!」「退避ー!退避ー!」
二人は一斉に扉へと走る。
しかし、逃げ道を塞ぐように黒い霞が地面から湧き上がった。
「くっ!」
リィンが急停止して、男の子を振り返る。
男の子は浮いたまま笑みを浮かべている。
その口元は動いていない。
「間に合わなかったか」
「なに、この黒いモヤモヤ!どんな魔法!?」
「知らねえよ!」
二人が見守る中、黒い靄が揺れ始めた。
靄の中で何かが蠢いているようだ。
やがて靄が次第に晴れていき、中から姿を現したのは。
「スケルトン!?」
「……不死者召喚か」
その数、十五体。
揃ってゆっくり立ち上がり、リィンとポポンを見ている。
男の子は二人の頭上を飛び越え、スケルトン達の上に止まった。
「すごいでしょ!僕にはこんなに家来がいるんだ!でも、ほんとにすごいのはこれからさ!」
リィンが舌打ちする。
「チッ、戦闘になるな」
ポポンがハンマーを構えてリィンの前に出た。
「スケルトンは再生する。私がハンマーで叩くよ!」
「頼む。俺も援護する」
「了解!」
男の子はスケルトン達の前に降り、大きな声で言った。
「せいれーつ!」
彼の指示に、スケルトンが横一列に並ぶ。それを確かめると、男の子は更に指示を飛ばす。
「集まれ!スケルトン合体!」
リィンが青ざめる。
「スケルトン合体だと!?」
「リィン、あいつら何をする気なの!?」
「わからん、聞いたことがない!油断するな!」
「うん!」
固唾を飲んで見守る二人の前で、スケルトンが一斉に動き出す。
まず五体のスケルトンが、横に並んで四つん這いになる。更にその上に四体のスケルトンが四つん這いに並び、更に――。
「こ、これは」「リィン、これって……」
二人の前に出来上がったもの。
それは五段重ねのスケルトンピラミッドだった。
「どうだ!僕たちのスケルトン合体は!」
男の子は褒めてくれと言わんばかりに、大きく胸を張った。




