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 赤い屋根。

 黄色い壁。

 青い、色つきの窓ガラス。

 灰色一色のこの街にあって、この建物だけが異常に派手派手しい姿をしている。

 建物の入り口は厚い木の扉が開けっ放しになっていて、扉の上には『ウーゴファイナンス』と書かれた看板が掲げられている。


「おい、押すなよ!」


 リィンは、真後ろにいるポポンに抗議の声を上げた。

 だが、ポポンは無言でリィンの背中をグリグリと押し続ける。

 彼女の怪力に抗えず、少しずつ少しずつ、入り口に近づいていくリィン。


「やめろって!当事者はお前だろう!?違うかポポ之助!」

「某は無理でござる!リィン殿、頼みまする〜!」

「頼むか押すかどっちかにしろっ!」

「頼みまする〜!」

「ぐうっ。こんの、馬鹿力め……」


 抵抗虚しく、リィンは入り口に押し入れられてしまった。

 受付らしき女性が、笑顔で応対する。


「いらっしゃいませ〜。融資のご相談ですか?」

「いや、あー」


 リィンが振り返るが、ポポンは小さな体を更に小さく丸め、隠れて出てこない。

 リィンは頭をボリボリと掻きむしり、それから言った。


「返済だ。ここで一番偉いのを出してくれ」


 ◇       ◇       ◇


「社長はすぐ参りますので」


 テーブルにコップを三つ置いた受付嬢は、頭を下げて応接間から出ていった。


「……おい、座らないのか?」

「某、ここでいいでござる」


 リィンの座るソファの後ろに隠れたポポンが、声だけで返答する。


「いや、出てこいって言ってんだよ」

「某は隠密ソルジャーでござるから、常に隠れていなければならないのでござる」

「まだその設定続ける気かよ。ったく……」


 応接間の外からドスドスと乱暴な足音が聞こえてきて、リィンは扉に目を向ける。

 扉を開き入ってきたのはスキンヘッドに眼帯をした、いかにも乱暴そうな大男だった。


「待たせたな。社長のウーゴだ」

「リィンだ」


 リィンは腰を浮かせ、自分から手を差し出した。二人は握手を交わし、同時にソファに腰を下ろす。

 まず、リィンが切り出した。


「いい会社だな、ウーゴさん」

「だろう?だがちっとも儲からなくてな。慈善事業みたいなもんさ」


 ソファの裏からポポンが囁く。

(ウソよ。大ウソ!)


「そりゃ大変だ」

「おうよ。社員を食わせるだけで精一杯さ」


(ぜーったいそんなことない!)


「わかるぜ、俺も小さな会社をやってるから」

「へえ、そうかい!」

「上に立つとわかるが、思ったほど儲からないもんだ」

「まったく、ほんとその通りだよ!あんたとは気が合いそうだ」


 ウーゴはにこやかに笑ってコップをあおり、そして真顔でリィンを見た。


「で。リィンさん、要件は?初対面の相手と無駄話してるほど暇な身ではないんだが」

「ああ、そうだな」


 リィンはチラリと後ろを見、ウーゴに視線を戻した。


「以前あんたから金を借りた奴を覚えているかい?ポポン、って女だ」


(本題きたぁー!)

 リィンは口を動かさず、ソファ裏に小声で話しかける。

(後ろでブツブツ言われるとやりにくいんだが)

(あう、ごめん)

 ウーゴはソファに背をもたれ、忙しく瞳を動かした。


「……ポポン。赤毛の癖っ毛の小娘。この俺から大金を借り逃げしてくれた、忌々しいドワーフ。ああ、覚えている。覚えているとも」


 恐ろしい形相で吐き捨てるように言う、ウーゴ。

(あわわ……)


「へえ、すごいな。その頭には金を貸した奴らのデータが全部入っているのかい?」

「俺から踏み倒そうとした奴だけさ」

「ポポンのことも捜していたのか?」

「当然だ。回収専門の社員が世界中を探しているし、近隣の町には手配書も回している」


(私って、ほんとにお尋ね者になってる!?)


「そこまで人と金をかけても大損じゃないか?捕まえても金なんて持ってないだろう?だから逃げたわけだし」


 ウーゴはわずかに口角を上げた。


「そこは期待していない。筋を通してもらうだけさ」

「……そうか」


 リィンはふうっと息をつき、それから言った。


「そいつの借金を返済したい」

「……あんたが立て替えるってことか?」

「そうだ」


 ウーゴは表情を緩め、リィンを観察するようにしげしげと見つめる。


「安くねえぞ?」

「わかってる。借りた金には利子がつくことも理解している」

「ふむ、それなら話が早い。まあ、こっちは払うもん払ってくれれば文句はないんだ。……で、いくら出せる?」


 ウーゴの問いに、リィンは語気を強めた。


「おいおい!そんなストレートに交渉相手の懐具合を聞くか?まずは値を言え、話はそれからだ!」


 ウーゴはバツが悪そうにスキンヘッドを掻いた。


「そうは言ってもなあ……嬢ちゃんに貸したプランは利子が高いんだよ。あんたにだって、払いきれるかどうか」


 だが、リィンは譲らない。


「とりあえず、言ってみろ」

「うむ……おい!誰かいねえか!」


 ウーゴが扉の外に向かって叫ぶと、社員らしき男がすっ飛んできた。ウーゴは彼に耳打ちすると、彼はまた応接間の外へ飛び出していく。


「正確な数字を出す。少し待ってくれ」

「ああ、わかった」

「ところで――一応尋ねておくが、後ろの(・・・)は何だ?」

「薄々勘づいているだろうが、気にしないでくれ」


 ソファ裏のポポンが、自分の後ろを振り返る。

(ねえ、リィン。後ろって何のこと?窓しかないけど)

(……ほんと幸せな奴だよ、お前は)

(何が?)

 呆れたリィンが深いため息をついたとき、社員が大きな封筒を抱えて戻ってきた。

 息を切らしながら、ウーゴにその封筒を手渡す。


「ご苦労。……借金の総額はこれだな」

 ウーゴは封筒から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。ソファの裏からポポンが、こっそり紙を覗きこむ。

(ウソでしょ!?借りたときの百倍以上なんだけど!?)


「ずいぶんな額だな」

「これが契約書だ」


 ウーゴが封筒からもう一枚取り出し、リィンに渡す。


「ふむ、確かにポポンのサインだ。……こんな契約交わす奴の神経を疑うよ」

「確かに。同情するぜ」


(あれ?なんだか針のむしろ!?)


「だがな、社長。こんな雪だるま式に増える契約だと、全額回収は諦めていたはずだ。逃げられてから、日にちが経ちすぎてる」


 ウーゴは答えず、ただ薄ら笑いを浮かべている。


「利子は払う。だが、もう少し負けろ」

「金貸しが言われるがままに負けると思うか?」


 リィンはフン!と鼻を鳴らした。


「借金回収できない金貸しが、金貸しの道理を語るかね」

「……何だと?」

「だいたい、なんでこんな額をポポンに貸しつけた?一冒険者に貸す金額だとは思えないが?」


 ウーゴはイライラした様子で言い訳した。


「赤毛は――ポポンは、それなりに名の通った冒険者だったんだよ。『火の玉ポポン』って言やぁ、この街で知らない者はいない」

「へえ、そうなのか」


 リィンは意外そうな表情を浮かべ、またソファ裏をチラリと見た。

 それから姿勢を正し、ウーゴを見下ろす。


「なあウーゴさんよ。俺はな、道徳心はあるほうだ」


(えっ)


「仲間たちには“慈悲深きリィン”なんて呼ばれてる」


(ええっ!?)


「そんな俺でもな。あまりに欲深い人間を見ると、もうどうでもよくなってしまうことがある。ああ、こいつは俺の慈悲で救える範疇を越えてるな、って」

「……」

「どうだい、ウーゴさん。あんたは俺の範疇に収まる人間かい?」


 ウーゴがドンッ!とテーブルに拳を落とした。そしてリィンの顔を下から覗き込む。


「おい、てめえ!誰を脅してるかわかってるのか!?」

「わかってるさ。地の果てまで追ってくる借金取りだろ?」

「おうよ!どこへ逃げても捜し出す!貸したもんは家族を質に入れてでも返してもらう!」

「俺はあんたに追われた借金ドワーフを隠し通せる人間だ。今の今まで見つけられなかったのが、その証明だ」

「ッ……!」

「負けろ。でなければ、お前さんが死ぬまでポポンを隠し通す」


 リィンを下から睨むウーゴと、それを冷たく見下ろすリィン。

 両者の睨み合いは長い間続き、先にウーゴが視線を逸らした。


「……はあ、負けたよ。これでどうだ」


 ウーゴは四本指を立てた。


「まだ高い。これだ」


 リィンは親指を立てる。


「はあぁ?お前、マジか。マジで言ってるのか」

「ああ、大真面目だ」

「それじゃ回収費用にも足りねえ!これで最大限だ!」


 ウーゴが三本指を立てる。


「回収は筋を通してもらうためだから、採算度外視。そういう話だったな?」

「……チッ」

「欲張るな、ウーゴ。ポポンの借りた額に真っ当な利子。それに借り逃げしたペナルティを加えても、これが正当な金額だ。これ以上はビタ一文負けられない」

「……」


 ウーゴはソファに深く身を埋め、それからハッと気づいた。


「ふざけんな!なんでそっちが負けてる雰囲気出してやがる!負けてやってるのはこっちだろ!?」

「おっと、そうだったな。……で、いくら負けてやってくれるんだ?」

「いちいち言葉尻を……」


 ウーゴは言葉に詰まり、それからテーブルをバンッと叩いた。


「負けた!チクショウ、負けたよ!それでいい!赤毛は持ってけ!」

「ありがとよ。ところで今、手持ちがないんだが」

「なにっ!?てめぇふざけ――」

「これでいいな?」


 リィンは腰の革袋から何かを取り出し、テーブルの上にゴトリと置いた。


「……こ、れ、は」


 それは金色に輝く宝石だった。

 ウーゴだけでなく、ポポンまでもがその宝石を凝視する。


「……〈マナ琥珀〉、か」


 ウーゴの言葉に、リィンが一つ頷く。


「足りるか?」

「十分だ。何なら釣りが出るぜ。……この感じなら初っぱなの金額でも払えたんじゃないか?」

「どうだかな」

「はは!本当に気に入ったぜ、エルフの旦那!どうだ、うちで働かねえか?」

「小さな会社やってるって言ったろ?放り出すわけにはいかない」

「そうか。ま、気が向いたら来てくれや。ナンバー2のポスト開けて待ってるぜ」

「それは嬉しいね」


(借金取り同士、友情が芽生えてる……)

 ポポンの見つめる前でリィンとウーゴは熱い握手を交わし、互いの肩を叩きあって別れを惜しんだ。

 別れが済むと、リィンはソファの後ろに叫ぶ。


「行くぞ、ポポ之助!」

「――はいっ!」


 リィンに続き、ポポンはそそくさと応接間を出ていくのだった。


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