35
「ねえ、リィン。そろそろ教えてよう」
「待て、もうちょっと……」
リィンは壁に向かってしゃがみこみ、忙しく何かを弄っている。
ここは火口の入り口から入ってすぐの、ふよふよが浮いてる最初の階層だ。
何か思いついたらしいリィンは急にダンジョンを上り始め、ついにはこの階層まで戻ってきてしまった。
ポポンはわけもわからないまま彼についてきたが、未だ一言の説明もない。
「よし。開くぞ」
「開く?」
リィンが離れると同時に、壁の一部が上へ吊り上がっていく。
「……隠し部屋?」
「そうだ」
「お宝でもあるの?」
「んー。あるといえば、ある」
壁が動きを止めると、リィンは隠し部屋の中に踏み入った。ポポンも後に続く。
室内はいっそう薄暗く、だが部屋の奥だけが赤く照らし出されている。
その光の方へ歩いていくと、そこには三メートル四方の堀があった。赤い液体がなみなみと煮えたぎっている。
「うわ、またマグマ」
「ああ。最後の戸締まりだな」
リィンは堀から離れ、部屋の左隅へと向かった。そこでしゃがみこみ、また何やら操作する。すると間もなく、壁からレバーが飛び出てきた。
「隠しレバー!」
「ポポンはここに立ってくれ。まだレバーには触るなよ?」
「ん、わかった」
ポポンがレバーの前に立ったのを確認して、リィンは部屋の右隅へと移動した。そして再び何やら操作し、同じように隠しレバーが飛び出す。
「レバーを同時に下げないと解除できない仕掛けだ。いくぞ?3、2――」
「ちょっと待った!」
ポポンが慌てふためいてカウントを止めた。
リィンが顔をしかめる。
「何だよ」
「それって3、2、1でガシャン?それとも3、2、1、0でガシャン?」
「3、2、1だ。いくぞ?3、2――」
「ストーップ!」
「おい!今度は何だよ!?」
「3、2、1の1と同時にガシャン?それともワンテンポおいてガシャン?」
「ワンテンポおいてだ。今度こそいくぞ?3、2、1、下ろせ!」
二人が同時にレバーを下げる。
一瞬の間をおいて、マグマの堀の底から地響きのような音が響き始めた。
音とともにマグマの量がみるみる減っていき、ついには堀の底が露となった。
マグマの排出が完全に終わると、今度は堀の底が迫り上がってきた。堀の底は床の高さを越えて、ポポンの腰の辺りでようやく止まる。
それはまるで、簡素な祭壇のようだった。
祭壇の中央には、マグマよりも赤く光る卵大の宝玉がはめ込まれている。
「わお!お宝だー!」
ポポンが思わず駆け寄る。
「〈不死鳥の瞳〉。炎を御する強力な魔道具だ」
「きれい……」
そう呟いて、ポポンが宝玉に手を伸ばす。
「おい!ポポン――」
リィンが何か言い終える前にポポンは宝玉を手にし、そして取り落とした。
「あつぅい!」
「ったく、素手で触る奴があるか!」
「マグマゴーレムも平気だったし、大丈夫かなって。でも熱かったー!」
「そりゃ熱いだろうよ、今しがたまでマグマの中にあったんだから。……ほんとに大丈夫か?」
リィンが心配そうに覗き込むと、ポポンは指先に息を吹きつけていた。
「ふー、ふー。……あちち、やけどしちゃった」
「……その程度で済むのもどうかと思うが」
「あんまりきれいでつい、手に取ったけど。これ、外しちゃ不味かった?」
「いや、問題ない。それを外すために隠し部屋に入ったんだからな」
「……そう」
ポポンは床に転がった〈不死鳥の瞳〉を見つめ、それからジトッとした目でリィンを見た。
「……なんだ?」
「私が思わず手に取ると思ってわざと注意を遅らせた、なんてことない?」
「何を馬鹿なことを……」
そう言って、そっぽを向くリィン。
ポポンは彼の視線のほうへ回り込み、再び問う。
「本っ当に?」
「いやあ、暑いな……」
「誤魔化してる!」
「ぃゃぁ、ぁっぃ……」
「声、ちっちゃ!」
◇ ◇ ◇
二人は隠し部屋を出て、下り階段の前にやって来た。奥に行けば大爆発を起こした素敵な地雷原がある場所だ。
「で、これからどうするの?」
ポポンが問うと、リィンは腕を組み、壁にもたれた。
「待つだけさ。あとは運営者のほうから来てくれるだろう」
そう言って、リィンは目を閉じた。
ポポンはそんな彼を激しく揺さぶった。
「なんで?ねえ、なんで?教えてよう!」
リィンは迷惑そうに薄く目を開き、懐から〈不死鳥の瞳〉を取り出した。
〈不死鳥の瞳〉は、冷えた今でも赤い輝きを放っている。
「これがはまってたさっきの祭壇は、マグマの制御盤だ。ダンジョンに流入するマグマを制御するために俺が拵えたものだ」
「ふーん。リィンってば、何でも作れちゃうのねえ」
「こういう強力な魔道具さえあれば、あとは組み合わせるだけだからな。……まず流入するマグマを一か所に集め、それから仕掛けの方へ流れる仕組みになってる」
「一か所に集めるって、どこに?」
「本来はこの第一階層と次の第二階層の間にもう一層あってな。そこを丸々マグマの貯蔵庫にあてていた。……だが、仕組みの核となっていた〈不死鳥の瞳〉を外した」
「だよね……どうなるの?」
「溜まってたマグマが貯蔵庫から流れ出る。〈不死鳥の瞳〉による制御を失い、重力のままに下へ、下へとな。今頃、第二階層はマグマで溢れてるだろう」
「うえっ。そうなの?」
ポポンは恐る恐る階段に近づき、下を覗く。
だがふいに振り向き、リィンに駆け寄ってきた。そしてリィンの胸ぐらにすがりつく。
「吊り橋にいたクリーチャー達はどうなるの!?マグマで全滅させる気!?そんなのかわいそうだよ!」
リィンはポポンを払いのけ、答えた。
「それはねーよ」
「信じていい?」
「ああ、最深部には届かない。〈不死鳥の瞳〉の制御を離れたマグマは、流れるうちに冷えて固まっていく。あらゆる場所で通路を塞ぎながら、な」
そう言って、リィンはニヤリと笑った。
「……それで?」
「運営者がここへ来る」
「だから、どうしてそうなるの!?」
そのとき。
ゴゴゴ……と地面が鳴った。
地鳴りは壁から天井にまで伝わり、石の欠片がパラパラと落ちてくる。
「うええ、また地震!?」
ポポンが頭を抱えてしゃがみ込む。
リィンは壁から背を離し、下り階段に目を向けた。
「おいでなすったぞ」
ポポンもリィンの視線に気づき、階段を注視する。
地鳴りはなおも続き、揺れはますます大きくなる。それは振動の発生源が近づいてきていることを示していた。
「リィン、私こわいぃ〜」
「なに、ケチ腐れ運営者が姿を見せるだけだ。恐がってると相手が図に乗るぞ?」
「そんなこと言ったってぇぇ!」
ポポンがリィンに叫んだのとほぼ同時。
階段が、周囲の床ごと吹き飛んだ。
地雷原での爆発のときと同じように、大量の土ぼこりが舞い上がる。
「けほ、けほっ。……ん?……うひゃあっ!」
ポポンは驚きのあまり、後ろに倒れ込んだ。
今の今まで下り階段があった場所。
そこにできた大穴から、炎に包まれた巨大な魔神の頭が突き出していたのだ。
炎の中に見えるその肉体は、焼けた石炭のよう。頭の形状こそ人間の男そのものであるが、耳の上あたりから水牛のような角が生えている。
赤く燃えるその頭の中で、唯一皿のような瞳だけが緑色に光っていた。
ポポンはその容姿に思わず口走った。
「あっ、悪魔!?」
「フレイムロード。見た目は悪魔っぽいが、精霊の系統になる。彼が迷宮運営者の――」
「吾輩こそは爆炎の化身!ロビザ火山の主!迷宮運営者、ロード・プリオデス三世である!小さきものどもよ、ひれ伏せい!!」
それはまるで、火山の噴火のような大音量。ポポンはその勢いに吹き飛ばされるように後ろに一回転し、そのまま土下座した。
「うひゃっ!……へへーっ!」
その様子を満足げに見下ろし、それからリィンをその恐ろしげな瞳で睨みつけた。
「リィン……何をしたかわかっておろうな」
「俺としても誠に遺憾ではありましたが、これしか方法がなかったのでね」
「吾輩、初めて警告を受けた。三千年生きる吾輩が、初めてだぞ!?」
「ほう。それはいい経験をなされましたな」
「貴っ様……覚悟はできておろうな」
纏う炎が逆巻き、リィンに迫る。
だが、リィンはぴしゃりと言った。
「支払いケチって逃げ回るほうが悪い」
途端、炎の揺らぎがピタリと止まる。
「……逃げ回ってなどおらぬ」
「そうですか?それは安心しました。では、遅れている支払いのほうをお願い致します」
そう言ってリィンは腰の飾り袋を手に取り、フレイムロードに向けて口を開いた。
「ぐっ、むっ……」
先程までの勢いが鳴りを潜め、フレイムロードは口ごもった。纏う炎も弱々しく揺らめいている。
「ねえ、リィン」
座り込んだままのポポンが、リィンに囁いた。
「なんだ?」
「ロープリさんはなんでここに来たの?」
「すぐ略すよな、お前。まあ、今回は大歓迎だが」
リィンはこほんと咳払いし、ポポンに体を向けた。
「ダンジョンってのは必ず入り口があるよな?」
「何よ、突然」
リィンは答える代わりに、体をズイッとポポンに近づけた。
「あるよな?」
「う……そりゃ、まあ。ないと入れないし」
「ダンジョンにはもう一つ、必ず存在するものがある」
「えっ。……何だろ」
「ダンジョンには運営者がいるから――」
「わかった!中心部!」
「そう。そしてその二つは必ずつながってなくてはならないんだ」
~ダンジョンの掟~
ダンジョンにおいて、入り口と中心部は必ず繋がっていなければならない。
「ま、そりゃそうだよね。どんなに頑張っても中心部にたどり着けないダンジョンなんて詐欺だもん」
「それは冒険者目線の話だな」
「運営者目線でも理由があるの?」
「理屈は簡単だ。……そうだな、リッターラのエリシャから請け負った仕事を覚えているか?」
「もっちろん!」
「あのとき、どうやって城とダンジョンをつなげた?」
「私とモール族でトンネル掘って――リィンったら、ほんとに手伝ってくれなかったよねえ」
「それはもういいだろ。……で、だ。あの仕事からわかるのは、ダンジョンってのは通路などで繋がってる範囲を指すってことだ。逆に言えば、つながっていない場所はダンジョンではない。例えダンジョンに周りをぐるりと囲まれていてもな」
ポポンは納得しかねる様子で首を傾げた。
「う〜ん。でも冒険者時代、どれだけ探索しても進むルートがなかったダンジョンあったよ?」
「それは何らかの仕掛けで隠れているんだ。難解な仕掛けを解かなきゃ入れないとか、鍵付き扉で塞がれているとか。通路じゃなくて梯子だとか、水路だとか。そういうのはいいんだ。だがどうやっても開かない、完全に閉ざされた空間はダンジョンの中にあってもダンジョンだと認められない」
「じゃあ、運営者が通路を塞いで部屋に閉じ籠ったりするのは不可能なのね」
「不可能ではないさ。だがその部屋はダンジョンの一部だと見なされなくなる。するとどうなる?これもエリシャのときを思い出せばわかるはずだ」
「えーと、えーと……そっか!運営者がダンジョンから出てるわけだから、頭痛くなって警告がくる!」
リィンはニッと笑い、ポポンを指差した。
「正解だ。で、今回はその状況をこちらから作ったわけだ」
「マグマで通路を塞いだから、その下がダンジョンじゃなくなった……!?」
「そういうこと。ロビザ火山はマグマを撤去するまで浅い階層のみのダンジョンとなったわけだ」
「そっかあ……だからロープリさんは慌ててここに来たのね」
「通路を完全に塞ぐのって結構難しいんだが、マグマのおかげで上手くいった。この手は他で応用できるかもな……」
そのとき、フレイムロードの纏う炎がごうっ、と激しさを増した。
「そうだ!それはどうしてくれる!」
「それ、とは?」
「お主が我がダンジョンの通路をあちこち塞いだことだ!我がダンジョンは甚大な損害を被ったぞ!?」
「まあ、それは確かに俺のせいですが」
「認めたな?では吾輩は、ダンジョン工務店に損害賠償を請求する!!」
「……そんな小難しい言葉、よく知ってますね」
「伊達に三千年生きておらぬわ」
フレイムロードがフンッと鼻を鳴らすと、鼻の穴から炎が渦巻いた。
「仕方ない。滞納してる分から損害分を差し引きましょう」
「……ぬっ!?待て待て!どう安く見積もっても相殺であろう!?」
「貸したものには利子がつくのです。数千年生きておられるならご存知でしょう?」
「利子!?この吾輩から利子を取るというのか!?」
「うちでは十日で一割となっています」
「トイチだと!?がめつすぎるぞ、ダンジョン屋!」
リィンはため息をつきつつ、大袈裟に首を振った。
「本来は利子なんて必要ないのですよ。なんせ、ほとんどの運営者はその場で払ってくれますから。滞納する運営者なんて、ほんとあなたくらいですよ?」
「ぬぬぬ……」
「どうします?結論出ないなら待ちますよ?」
「何っ、真か!?」
「その間も利子はつくけど」
「悪魔か貴様!」
「あなたに言われたくないですね。で、どうします?利子のことを考えれば、損害賠償は置いといて最初の支払いを済ませておくことをお勧めしますが」
「うぬう……!」
フレイムロードの表情が憤怒のそれに変わり、炎が更に赤く染まる。
「お主、わかって言っておろう!?吾輩は模様替えをしてマナがないのだ!」
「それはそちらの都合です。だいたい、なんで模様替えまでして逃げたんです。それこそ大損でしょうに」
「吾輩にも体面というものがある!襲撃されたから『はいどうぞ』と差し出すわけにはいかん!それは弱者の行いである!」
リィンは呆れたように笑った。
「あなたって、ケチなのに見栄っ張りですよねえ」
「やかましい!ダンジョン屋ごときに運営者の苦悩はわからぬわ!」
「……ま、払う意志さえ見せてくれれば、残りは無利子で待つのもやぶさかではないです」
するとフレイムロードは皿のような目を輝かせた。
「意思は、有る!」
「どうぞ行動で示してください」
リィンはすかさずそう言って、飾り袋を掲げた。
「ぬっ……」
フレイムロードは苦悶の表情で飾り袋を見つめていたが、やがて観念したように両目を閉じた。
飾り袋の中からチャポン、と水音が響く。
リィンは袋の口を閉じ、左右に揺すった。
「これだけ、ですか?」
「それが精一杯だ!もう、ひと雫も払えんぞ!」
そう言って、フレイムロードは頭だけでふんぞり返った。
黙って経緯を見守っていたポポンが、ボソリと呟く。
「いるよねえ、情けない行動してるのに態度だけは大きい人……」
それが耳に入ったフレイムロードが、カッと目を見開く。
「娘、無礼であるぞ!」
ポポンは慌てふためき、言い訳した。
「すいません!つい、本音が口に出ちゃいました!次からは心で思うだけにします!」
「……娘、それはそれで傷つくぞ」
リィンは飾り袋を腰に結い、フレイムロードに深々と頭を下げた。
「今回はこれで。残りはまた後日」
「うむ。……これで利子はつかぬな?」
「ええ、つきません」
リィンは踵を返し、ポポンを見下ろした。
「用は済んだ。行くぞ」
「うん」
ポポンはお尻を叩いて立ち上がり、リィンに続く。
入り口に向かう二人に、フレイムロードが呼びかけた。
「あー、リィン」
「何です?」
振り向いたリィンにフレイムロードが言う。
「お前はもう、来なくてよいぞ」
「は?」
「んー、そうだな。あの小さき妖精をよこせ。うむ、それがよい」
「ああ、そういう意味ですか」
リィンは天井を見上げ、それからニヤリと笑ってフレイムロードを見た。
「また来ますね。今後ともよろしく」
そう言ってリィンは再び歩き出す。
背中から聞こえてきた、「頼むから、もう来ないでくれ!!」という悲鳴のような叫びに、リィンは今日一番の笑みを浮かべたのだった。
『火山の中心で怒りを叫んだエルフ』これにて終幕です。
次章『聖女の望み』(仮題)は来週末より開始です。
 




