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こちらダンジョン工務店~迷宮のお悩み解決いたします~  作者: 朧丸
火山の中心で怒りを叫んだエルフ
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「あんんのケチ腐れ運営者!ふ、ざ、け、やがってー!!」


 リィンの怒号が吊り橋の上に響き渡る。


「リ、リィン!?」


 戸惑いを隠せぬポポンは、ただリィンの背中を見つめた。リィンは大扉に両手をついたまま、肩で息をしている。

 ポポンだけでなく、周囲のクリーチャーまでもが動きを止めてリィンを見つめていた。

 リィンはやがてふうっと大きく息をつくと、ゆっくりと振り返った。いくぶん冷静さを取り戻したようだが、その整った顔にはまだ激怒のなごりが眉間に刻まれていた。


「……すまない。つい、キレちまった」


(あ。ここまでキレなきゃ、リィンにとってキレた内に入らないのね)

 ポポンは一つ頷き、彼に尋ねた。


「なんでキレたの?」


 リィンは親指で背後の大扉を指差し、ポポンに説明を始めた。


「この大扉が迷宮運営者(ダンジョンマスター)がいる中心部へ続いてるはずだった」

「うん。……ん?はずだった?」

「そう、はずだった。もうこれは扉ではない」


 ポポンは意味がわからず、ただ問うた。


「どっ、どういうこと?」

「運営者がな。自前で模様替え(・・・・)しやがったんだ」


 ポポンは懐を探り、例のチラシを取り出した。


模様替え(・・・・)って、迷宮の改築のことだよね?ほら、工務店のチラシにも書いてある」

「そうだ。だが、工務店でやる模様替え(・・・・)と運営者がやる模様替え(・・・・)は全く違う」

「どういうこと?」

「工務店でやるのは、とどのつまり工事だ。掘ったり埋めたり。建てたり整えたり」

「うん」

「だが、運営者のは一瞬だ。望みの構造を思い描き、マナを捧げる。するとあっという間に構造が変わる」

「えええ……。それってもし、ダンジョン潜ってるときにやられたら危なくない?」

「危ない。避けようがないからな。運を天に任せるしかない」

「そっか。……そんなに危険なら、リィンが怒るのも仕方ないね」

「あ?……いやいや、それが理由でキレたんじゃない」

「そうなの?」

模様替え(・・・・)が行われたのは、俺達が井戸にいるときだ。井戸ってのは、マグマゴーレムと戦った部屋な」

「あっ、あの地震!」

「そう。そして、俺達は模様替え(・・・・)に巻き込まれなかった。さすがに殺すのは不味いと思ったんだろうな。ここにクリーチャーを集めたのも、避難のためだろう」

「そうなんだ?……じゃあ、怒ることないじゃん」


 リィンは怒りを吐き出すように、大きく息を吐いた。


「なぜ運営者達はダンジョン工務店に模様替え(・・・・)を頼むと思う?自分でやれば一瞬で終わるのに」

「あ、そういえば……なんで?」

「運営者の模様替え(・・・・)は大量のマナを消費するからだ。仕掛けを作ったりクリーチャーを作製するのとは比較にならない、膨大なマナをな。だから普通はクリーチャーにやらせるか、うちに依頼する。現に、ここの運営者も火トカゲ人(サラマン)対策の模様替え(・・・・)をうちに依頼している」

「そっか、節約のためなのね」

「なのに、だ」


 リィンのこめかみに、血管がにょろりと浮き出る。


「奴はうちへの支払いを踏み倒そうとしたばかりか、俺から逃れるために自前で模様替え(・・・・)をしやがった。……この意味がわかるか!?」

「えっと、えっと……」

「自前で模様替え(・・・・)をできるんだから、うちに払うマナは十分にあったんだよ!」

「あー!」

「しかも、そのマナを俺達から逃げるために浪費しやがった。模様替え(・・・・)でマナを使っちまったから、今はもう本当にマナを持ってないかもしれない」

「……でも模様替え(・・・・)したのは、私達が追い立て過ぎたせいかも?」

「……かもな。だが、ただ待っていれば払ってくれたとも思わない。俺は滞納者ってのは追っかけなきゃ払わないもんだと思ってる」


 するとポポンが突然、頭を下げた。


「反省してます。ごめんなさい」


 リィンが首を傾げて彼女を見つめる。


「なんでポポンが謝る?」

「あ、ごめん、つい。ほら、私も借金から逃げてる身だから」

「あー、そうだったな。……それも近々片付けておくか」

「ん、何?」

「いや、何でもない。それより今後の作戦を立てよう」

「諦めたわけじゃないんだね」

「当たり前だ。ここで泣き寝入りすれば、あっという間に他の迷宮運営者(ダンジョンマスター)の知るところとなる。そうなれば、新たに支払いを渋る迷宮運営者(ダンジョンマスター)も出てくるだろう」

「そういえば、迷宮運営者(ダンジョンマスター)は事情通だって言ってたねえ」


 リィンは吊り橋に座り込み、そして思い出したように周囲を見渡した。

 大勢のクリーチャー達の視線は今もなお、リィンに注がれている。


「お前達、もういいから。ここにいても主人には会えないぞ?」


 クリーチャー達はリィンの意思を理解したようだが、遠巻きに見つめたまま吊り橋から離れる様子はない。


「クリーチャー達、逃げないね。私達に怯えてるのに」

「……怯えてる原因は俺達じゃなく、主人を見失ったことなんだろう。運営者はよかれと思ってクリーチャー達をここに集めたが、大扉が中心部につながっていない事実が思いの外、彼らに動揺を与えたようだな」

「ふうん。クリーチャーって、忠誠心が強いんだね」


 ポポンは不安げなクリーチャー達を眺めつつ、リィンの対面に座った。


「ほとんどのクリーチャーは運営者に作られてるからな。親子の関係に近い」

「そっかあ。……で、私達はダンジョン攻略やり直しってわけ?」


 リィンは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「……だな。最初っからやり直しというわけでもないが」

「でも構造が丸っきり変わったんなら、最初からやり直しでしょ?」

「いや、さすがに丸っきりではない。運営者にとってダンジョンとは、マナを溜めておける貯金箱のような存在だ。溜めておける量はダンジョンの規模に比例して増える」

「ふむふむ」

「で、だ。知り合いの運営者が言うには、模様替え(・・・・)に必要なマナはその模様替え(・・・・)をする範囲に溜めておけるマナと同量らしい」

「えーと」


 ポポンはあごに人指し指を置いて考え、それから再度尋ねた。


「つまり、どういうこと?」


 リィンは短くため息をつき、それから答えた。


「つまりだな、ダンジョン全体を模様替え(・・・・)するにはダンジョンにマナが満杯で、なおかつそれを全て消費する必要がある」

「あー。それはないね」

「ないな。特に、ここのケチ腐れ運営者は絶対にしない。そもそも、マナが満杯になるまで溜め込む運営者なんてほとんどいないしな」

「じゃあ、どこを模様替え(・・・・)したんだろ?この広間周辺?」

「加えて、土ぼこりの出てた階層も確定だろう」

「土ぼこり……あ、黄色く霞んでた通路!」


 リィンが頷く。


「となると、この中心部の部屋に通じる通路を全部閉ざして籠城してる感じかな?」

「いや、それはありえない。必ずどっかの通路とつながっている」


 ポポンは片眉を上げて尋ねた。


「それ、絶対?」

「絶対だ。間違いない」

「ふーん」


 ポポンは納得しかねつつも、そういうものかと言葉を飲み込んだ。そしてリィンの背後にある大扉を見上げる。


「これってさ、扉じゃなくなっただけで向こうに中心部があるんだよね?なら、私がしゅぱぱっとトンネル掘っちゃおうか?」

「おお、その手が――」


 リィンはそのアイディアに目を見開いたが、すぐに後頭部を掻いた。


「――いや、この向こうが今も中心部とは限らない。ほとんどの運営者は一か所を中心部と決めたらそこに居座るものだが、中心部は自由に動かせるんだ」

「そうなの?じゃあ、模様替え(・・・・)で新しく部屋を作って、そこに中心部を移したかもしれない?」

「あるいはそう思わせたいのかもしれない。あの運営者のことだ、この辺りを模様替え(・・・・)して怪しませといて、上層部でふんぞり返っている可能性も十分にある」


 ポポンはぽかんと口を開けた。

 そしてリィンに尋ねる。


「……えっ?ダンジョンの中心部って、最深部にあるもんじゃないの?」

「たいていは最深部にあるが、特にそのような決まりがあるわけじゃないな」

「なんだかダンジョンのことがわからなくなってきたよ。……結局、中心部ってなんなの?」

「中心部ってのはつまり、迷宮運営者(ダンジョンマスター)が現在いる場所だ。そここそが、そのダンジョンの中心部となる」

「それが細~い通路でも?」

「運営者がその通路をほっつき歩いていたら、そこが中心部だ」


 ポポンは座った姿勢から、バタンと後ろに倒れた。


「それって、運営者がどこにいるか見当もつかないってことじゃん!やっぱり最初からやり直しじゃん!」

「……そうだな」


 それっきり、二人は黙りこんだ。

 ポポンは寝転んだまま頬を膨らませ、リィンは顔を伏せて考えている。


「ねえ、リィン」

「なんだ?」

「もう諦めよ?」

「……」


 ポポンはガバッと跳ね起きて、言葉を続けた。


「だって、運営者がずっと移動していたらどうするの?どんなに探索しても、ずっと行き違いになるかもよ?」

「……そうなるかもな」

「また一から探索して、ここまで潜って。そのときに運営者が、あのふよふよ(・・・・)が浮いてた最初のフロアで嘲笑ってるかもしれないよ!」


 リィンがゆっくりと顔を上げた。


「ポポン」


 真顔のリィンに、ポポンが焦る。


「な、何よ」


 するとリィンは、まっすぐポポンを指差した。


「それ、採用」

「へっ?何が?」

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