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「これからどうする?ここ、行き止まりみたいだけど」
ポポンが問うと、リィンは井戸の底の床を指差した。
「いや、ここに隠し階段がある」
「へえ、そうなんだ?どこ、どこ?」
そう言いつつポポンが近づくと、リィンは一歩下がる。
「……何で逃げるの?」
「いや、逃げてないぞ?」
「そう?」
ポポンが更に一歩近づくと、リィンはまた一歩下がる。
「逃げてるじゃん!」
「だってお前、まだ湯気立ってるから!」
「あ、そういうことかあ」
ポポンは自分の体から立つ湯気を見、それからにまっと笑った。
「リィ〜ン」
「来るな、バカ!」
「ほーら、ホッカホカのポポンだよ〜?」
「おまっ、ふざけるのも大概に――」
そのときだった。
「何だ!?」
「わっ、わっ!」
ズシン、ズシンと部屋全体が大きく揺れる。
ポポンは元より、リィンでさえも立っていられないほどの揺れ。それはまるで、いにしえの大巨人の足音のようだった。
揺れは一分以上は続き、そしてようやく治まった。
「何だったの、一体……」
「とりあえず――」
リィンが真顔に戻り、言った。
「この場に留まらないほうがいい」
リィンの意見にポポンも賛同し、二人はすぐに井戸の底の隠し階段を下りることにした。
階段の下は細い通路が一直線に延びていて、その奥は黄色く霞んでいる。
「ガスか?」
リィンがマスクとゴーグルを装着し、ポポンもそれに倣う。二人は警戒を強めながら通路を歩き始めた。
「リィン。さっきのって、ただの地震なのかな?」
「わからん。普通に考えれば噴火なんだろうが……」
「そっか!ここ火山だしね」
「ただ、なんかこう……不自然な揺れだった。リズミカルというか、まるで大巨人が作業してるみたいな」
「そうそう!なんだか人工的な音だったよね。そういう仕掛けがあるんじゃないの?」
するとリィンは首を横に振った。
「そんな仕掛けはないはず。少なくとも俺は知らない。……この通路が黄色く霞んでいるのも、理由に見当がつかない」
「それってリィンでもわからない何かが、このダンジョンで起こってるってこと?」
「だな。十分に注意しよう」
「うん」
二人は細い通路を進み、黄色く霞む場所までやって来た。
「ガスじゃないな。……ただの土ぼこりか?」
「粉っぽいねえ。クリーチャーが砂浴びでもしたのかな?」
「それにしては広範囲すぎるな」
リィンが背を伸ばし、通路の奥を見渡す。
ポポンもその横で背伸びして、奥を見渡した。
「奥まで黄色い……見通し悪いねー」
「ポポンの人生みたいだな」
「私の人生のことはほっといて!」
視界の悪い中を、より警戒して進む。
リィンはクリーチャーの不意討ちがあることを半ば確信していたが、何事もなく踏破してしまった。
細い通路が終わり、急に視界が開ける。
「ここ広いねー!」
ポポンが感嘆の声を上げた。
そこは三階層吹き抜けの、巨大な劇場のような空間だった。
二人が立つのは劇場でいうバルコニー席部分。
舞台にあたる方向には、遠くにマグマが煮えたぎっているのが見える。
「このダンジョン中、最大規模の部屋だ。中心部前の広間は大きく立派に、ってのが運営者のこだわりらしくてな」
「ん?ってことは……」
「目的地はすぐそこだ。行くぞ」
「うん!」
ポポンはバルコニー席部分から床に飛び下りようとして、ピタリと動きを止めた。
「どうした?」
「リィン、背中押しそう」
「……はあ。しばらく言われそうだな」
リィンはポポンの横に並び、先に飛び下りた。
ポポンも続き、すでに駆け出しているリィンの後を追う。
リィンが走りながら振り向き、マグマを指差した。
「あのマグマは、城でいう堀だ。跳ね橋があるからそれを下ろしてその先の大扉が中心部に――んっ?」
「わわ、急に止まらないで――むぎゅ」
ポポンはリィンの背中に顔からぶつかった。
「痛た……何なのよ、もう」
鼻を擦りつつ、リィンの脇から前方を覗く。
「あ。跳ね橋、すでに下りてるね」
「ああ。しかもクリーチャー大集合ときてやがる」
横幅五メートルはある、大きな跳ね橋。
その上が、クリーチャーでごった返していた。
大斧を担いだ牛の獣人、ミノタウロス。
咎人を縛りつけた炎の車輪、バーニングホイール。
空中には人を惑わす鬼火、ウィルオウィスプ。
炎のたてがみを持つ馬、グルファクシ。
大勢の火トカゲ人の姿も見える。
「運営者が集めたのかな?」
「そりゃそうだろう。だが……」
「何?」
「本拠地の真ん前に全軍集めるとか、作戦としては下の下だろ?ましてや吊り橋に押し込むなんて意味がわからん」
「確かに。……なんか、ただ混み合ってるだけだもんね」
「あれじゃ身動きとれないだろうに」
「ここの運営者さんって、頭がちょっと足りない方?」
「いや。ケチ腐れではあるが、バカではない」
「じゃあどうする?様子見る?それとも撤退?」
リィンは一瞬だけ考え、それから首を横に振った。
「正面突破だ。炎系は任せるぞ?」
「いよいよ最終局面、だね!」
ポポンは腕をまくり、ハンマーを構えた。
「やる気だな」
「なんか最近、調子いいんだよねー!冒険者時代より、力が湧いてくる感じ!」
「そりゃ何よりだ。じゃあ、俺の合図で――」
「突撃ー!!」
「おい!?……ったく!」
ポポンがハンマーを構えたまま勢いよく飛び出し、リィンは彼女をピタリと追走する。
初めに気づいたのは、手前にいた火トカゲ人だった。
「……!えるふ!鬼畜えるふ、来タ!」
リィンを指差し、大声で叫ぶ火トカゲ人。
「誰が鬼畜エルフだ、ゴルァ!」
「ヒィィッ!」
火トカゲ人の動揺は波のように伝播し、跳ね橋の上のクリーチャーが目に見えて慌てふためきだした。
「リィン、なんか変だよ?火トカゲ人以外も怯えてる!」
「確かに妙だな。だが好都合だ。このまま突っ込む」
「了解っ!押しとーる!!」
ポポンはハンマーを横に構え直し、跳ね橋のたもとに低い姿勢で滑り込む。そしてそのまま横薙ぎにハンマーを振るった。
「ぎゃん!」「ウボォ……」「ゲグッ!」
最初の火トカゲ人を含めたクリーチャー数体が、まとめて吹っ飛ぶ。
その光景を見た跳ね橋の上のクリーチャーは、混乱の極致に達した。
秩序なく散り散りに逃げる者。
その場で右往左往するだけの者。
ポポンがハンマーを構えただけて、屈強なクリーチャーが悲鳴を上げて逃げ惑う。
(借金取りから逃げてた私が借金取りをするなんて。……でもちょっとクセになりそう?)
ポポンはハンマーを構えたまま、クリーチャーを追い回した。
「おらー!金払えー!」
「待て、ポポン!」
ポポンが振り向くと、リィンが鋭い視線で睨んでいた。
「ごめ、調子に乗っちゃった。……そうだよね、自分も借金あるくせに何様だって話だよね」
「マナだ」
「へっ?」
「金じゃない、マナだ。マナ払え、が正しい」
「あ、そこ?……リィン、細かいね」
「大事なことだ」
「わかった。……マナ払えー!」
ポポンは再びクリーチャーを追い回し始めた。
ポポンとクリーチャーが大騒ぎしている最中にあって、リィンは腕組みして考えていた。
(やはり、おかしい。いくら何でも混乱しすぎだ)
リィンがチラリと視線をやる。
その先では、炎のたてがみを持つ馬が他のクリーチャーを蹴飛ばしながら暴れていた。
(好戦的なミノタウロスや、強クリーチャーであるグルファクシまでもが逃げ惑ってる。なぜだ?)
リィンは考えるのを止めた。
すぐそばで頭を抱えてうずくまっていた火トカゲ人の襟をむんずと掴むと、そのまま自分の目線まで引き上げた。
「ヒイッ!イカレえるふ!」
「誰がイカれエルフだ!……正直に話せば見逃してやる。なにがあった?お前達は一体何に怯えているんだ?俺が恐ろしいだけが理由ではないだろう?」
火トカゲ人は牙をガチガチと鳴らしながら、たどたどしく話し始めた。
「オッ、俺達、集メラレタケド、扉ジャナクナッタカラッ」
「扉じゃなくなった?意味がわからねえ、説明しろ」
火トカゲ人は跳ね橋の先、中心部へとつながる大扉を指差した。
「扉ジャナクナッタンダッ!」
「……まさ、か」
リィンは火トカゲ人の襟から手を離した。火トカゲ人がどしゃっと地面に落ちる。
リィンはそれに構わず、大荒れの跳ね橋をつかつかと進む。火トカゲ人の証言と、つい先程までの現象が頭の中で結びつき、リィンの顔を歪める。
やがて大扉の前にたどり着き、扉に両手で触れる。
何かを確かめるように扉を手のひらで撫で、耳を押し当て、両手で押して、靴先で蹴って。
確信に至ったリィンは、天井を向いて絶叫した。
「あんんのケチ腐れ運営者!ふ、ざ、け、やがってー!!」




