32
リィンは再びマグマの河の前にきていた。
先程までは何者も通さないとばかりに波打っていたマグマは、明らかにその量を減らしていた。
「よしよし。ちゃんと仕掛けのレバーを操作したみたいだな」
なおもマグマの河は痩せ細っていき、やがて小さなマグマだまりが点在するだけとなる。そのマグマだまりも冷え固まり、濃灰色の岩となった。
「ポポンと合流するには……井戸だな」
リィンはまだ熱を持つ岩を踏み越え、先を急いだ。
緩やかな上り坂を越えると、その後は急な下り坂が続く。坂の突き当たりの扉を開くと、彼が井戸と呼ぶ場所にたどり着いた。
そこは、円筒状の大きな部屋だった。
床は半径二十メートルほどの円形で、天井は高すぎて見えない。それはまさしく、巨大な井戸のようであった。
井戸の壁面には、螺旋階段が巻き付いていてる。
リィンは円形の床の真ん中に立ち、螺旋階段を目で追った。その場で回転しながらポポンを捜すが、彼女の姿はない。
「まだ来てない、か。……んっ!?」
リィンの視界の端に、赤いものがボトリと落ちてきた。赤く光るそれはマグマそのもので、でも何かが違う。
リィンがそれに気をとられているうちに、ボトボトと同じものがいくつも落ちてきた。
見上げると、それらが自ら蠢きながら螺旋階段から落ちてくるのが見えた。
「マグマゴーレムか」
最初に落ちてきた赤いものが、グネグネと波打ち人の姿へと変わる。
体表は赤く泡立ち、その大きさはリィンの背丈の倍以上。続いて落ちてきた赤いものも次々と人型へと変形し、リィンは瞬く間にマグマゴーレムに取り囲まれた形となった。
最初に変形したマグマゴーレムが拳を振り上げ、リィンを襲う。
「……シッ!」
リィンは体を低くしてそれをかわし、離れ際に剣を抜き打った。剣閃はマグマゴーレムの振り下ろした腕を捉え、切断された赤い腕はぼとりと落ちる。
だが。
「……だよなあ。ゴーレムと言っても不定形クリーチャーに近いもんな」
切断された腕は液状に戻ると、マグマゴーレムへと流れていった。マグマゴーレムの足元までくると本体に吸い上げられ、失った腕がボコン!と生えてきた。
マグマゴーレムは腕をぐるりと回すと、再びリィンへと向かう。それを合図に、他のマグマゴーレムも一斉に襲いかかってきた。
その数は十数体に及び、今もなお増え続けている。
「……クソ運営者め。ダンジョンじゅうのマグマゴーレムを集めやがったな?」
いくら数が多くとも、緩慢な動きのマグマゴーレムが風の如く動くリィンを捕まえることは不可能に近かった。
だが、その体が放つ熱気がリィンの体力をじりじりと削る。
「これがアクアゴーレムだったら、コアの位置が丸わかりなんだが、なっ!」
リィンの放った剣閃がマグマゴーレムの頭を斬り飛ばす。だがそれもまた、すぐに元通りになってしまう。
ゴーレム種はコアと呼ばれる最重要部位と、それ以外の部分で構成されている。コアさえ砕けば倒せるのだが、流体素材のゴーレムはコアの位置を移動させることが可能だった。
リィンはマグマゴーレムの間を縫うように移動しながら攻撃しているが、完全に当てずっぽうで剣を振るうしかなかった。
「あー、クソッ」
滝のように流れる汗を拭い、リィンはチラリと上に目をやった。
何か使えるものはないか。
螺旋階段を上手く利用できないか。
いっそ、思い切って退くべきか。
様々な考えがリィンの脳内で交錯する。
そんな中で、望外のものが彼の目に飛び込んできた。
「……ポポン?」
螺旋階段の、二つ目の踊り場。
階段の陰から見える、ふわりとした赤い癖っ毛。
「ポポン、いいところに!」
「あ、リィン。ここにいたんだー」
ポポンは冷めた態度でリィンを見下ろした。彼女の様子に、リィンが怪訝そうに言う。
「どうした、ポポン?……まさか、ウィルオウィスプの混乱スキルでも喰らったか?」
「べっつにー。いつもどおりだよー」
そう言ってハンマーに腰掛け、明後日の方向を眺めている。
「いいから手伝え!お前のハンマーならコアごと潰せる!」
リィンがマグマゴーレムの攻撃を避けながら叫ぶ。
が、ポポンの反応は悪い。
足元の小石を拾い上げては、どこかへほうり投げている。
「どーしよーかなー」
「はあ?」
「うーん。……やっぱ、やめとくー」
「なんでだよ!」
「ここ、落ちるには高いし」
「いや、何で落ちる。階段下りれば……」
「んーん。私って突き落とされるのがお似合いみたいだしー」
「……さては、さっき押したこと根に持ってんのか」
「リィン、押さないでって言ったのに私のこと押したしー」
ポポンはそう言って癖っ毛を指に絡ませる。
「そんな細かいこと――」
「じゃ、行かなーい」
「その話は後でする!とにかく今は手伝え!」
するとポポンは、ビシッとリィンを指差した。
「助けを求める人間の態度じゃない」
「ぐっ。……どうしろってんだ!」
声を荒げるリィンに、ポポンは耳を小指でほじりながら言った。
「リィンは知ってる?誠意って言葉。リピートアフタミー、せーい。はい」
「……マグマへ突き落とすべきだったか」
「はい?聞こえませんよー、リィンさん?」
リィンはグッと下唇を噛み、それから大声で叫んだ。
「俺が悪かった!もう崖から突き落としたりしないから!だから助けてください、ポポン様っ!」
ポポンはにまっと笑った。
「しょうがないなあ」
むくりと体を起こし、ハンマーを肩に担ぐ。
そして勢いよく、踊り場を飛び下りた。
「とうりゃあ!ポポン流星撃!」
勢いそのままに放たれた跳び蹴りが、マグマゴーレムの胴を捉える。
「グギッ!?」
まともに喰らったマグマゴーレムは後ろ向きに倒れ、そのまま壁に衝突した。
(結局、階段使わず飛び下りるのか)
リィンの心の中のツッコミなど露知らず。
ポポンはハンマーをぶんぶんと振り回し、マグマゴーレム相手に啖呵を切った。
「さあ、このポポン様が相手よ!どこからでもかかってきなさい!……って、あれ?」
マグマゴーレム達はポポンには目もくれず、相変わらずリィンを追い回していた。
「俺を狙うよう、命令されてるようだ、なっ!」
スタミナを振り絞り、マグマゴーレムの攻撃をかわすリィン。
「んー、それはそれで好都合?リィン、私の前に一体ずつ持ってきて!」
「ッ!わかった!」
意図を理解したリィンは、ポポンがハンマーを振り上げた場所へマグマゴーレムを一体だけ誘導した。
ポポンの振り下ろすハンマーは、マグマゴーレムを頭から足まで一撃で叩き潰す。
これまでであれば再生が始まるはずだが、ドロっと崩れたまま戻らない。
そしてやがて冷えたマグマと同じく、濃灰色の岩となった。
「ようし!どんどん持ってきて!」
「任せろ!」
リィンは追い回してくるマグマゴーレムを一体ずつ、ポポンの元へ誘い込む。
後はポポンが一撃で葬り去るだけ。
単純な作戦だが、みるみるうちにマグマゴーレムの数は減っていった。
「どうなることかと思ったが。これならいけるな」
リィンが疲労の中で相棒の頼もしさを痛感していたとき。
『赤毛を狙え』
突然、誰のものともつかない声が部屋中に響いた。
「何、今の声!?」
「あの野郎、こそこそ見てやがるな」
「もしかして……運営者!?」
「――よそ見するな、ポポン!」
声に戸惑ったポポンはマグマゴーレム達から目を離し、リィンを見つめてしまった。
自分に狙いが変わったことに気づいていないポポンを、マグマゴーレム達が取り囲む。そしてこれまで叩き潰された仲間の怨みを晴らすかのように、一斉にポポンにのしかかった。
「うわー!」
「ポポン!」
ポポンの姿がマグマゴーレムの群れの下に消える。その上からも他のマグマゴーレムが積み重なり、マグマの小山ができ上がった。
リィンは剣を構え、そのまま固まる。
(ポポンごと斬り刻むわけにはいかない。どうする?他に手は……)
リィンが考えを巡らせていると、マグマゴーレム達の体が少し浮き上がった。
それはまるで、マグマの中から大きなあぶくが浮き上がってきて表面が膨張しているようだった。膨張は続き、やがてあぶくが弾ける直前のように膨らむ。
そして――。
「うおー!爆!発!ポポン大噴火!」
「――は?嘘だろ!?」
ポポンの雄叫びとともに、あぶくが弾けた。
マグマゴーレム達の体は砕け、千切れ、飛散する。
「くっ……あちっ!」
リィンはしゃがみ、体を小さくして飛んでくるマグマゴーレムの破片から身を守る。
マグマの雨が止み、リィンが再び目を戻すと。そこにマグマの小山はなく、湯気立つポポンが仁王立ちしていた。
「あ、危なかったー!」
「……ポポン、何をした?」
「何って、あの中でハンマー振り回したんだよ。無理矢理振り回し続けた感じ?」
「それだけか?なんか大仰な技の名前を叫んでたが」
「技名は振り回しながら考えた」
「……そうか」
「いやー、久しぶりにピンチだったなあ」
そう言って、ポポンは服についた破片を払う。
「……無事で何よりだ」
リィンは、ポポンのことを心配するのはもう止めようと心に決めるのだった。
ポポン流星撃
ジャンプ中↓+キック
ポポン大噴火
↓ため↑+パンチ




