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「すごいね、それ」
「ん?何がだ?」
「その剣のことだよ。ぼれあす、だっけ?振っただけで、びゅうっ!って」
「ああ、これな」
リィンは腰の剣に手を置いた。
柄は色鮮やかな羽根で飾られ、鞘もまた見事な彫刻が施された逸品だった。
リィンが親指で鍔を押し上げると、わずかに半透明の刀身が覗く。
「魔剣ボレアス。気性の荒い北風の神の力を宿した剣だ」
ポポンは興奮して両手を握りしめた。
「神の力!?すごいっ!それって神話級アイテムってことじゃない!」
「だな。ま、これはその贋作なんだが」
「……はっ?贋作?」
「前に古い文献を読んでたら、魔剣ボレアスが話に出てきてな。んで、大樹様に何の気なしに言ったんだよ。ああ、こんなの持ってたら荒事が起きたとき楽だろうなあ、って」
「うん」
「次の日の朝、起きたら枕元にこれがあった」
「ええ……子供へのプレゼントみたい」
「大樹様は自分じゃないとおっしゃってたが、たぶん作ってくださったんだ。そのとき徹夜明けみたいな疲れた顔されてたからな」
ポポンは、目の下にクマを作ってとぼける大樹の乙女を思い浮かべた。
「大樹様、かわいい」
「俺はこれを〈ボレアスMkーⅡ〉と呼んでる。贋作ではあるが品質はポポンも見た通りだし、大樹様自ら作られた正真正銘神話級アイテムでもあるからな」
「いいなあ、私も欲しいなあ。……全てを叩き潰すデストロイハンマーとか!」
「……それ、本当に必要か?」
二人は更に下へと進む。
何度も階段を下り、薄暗い通路を歩き、火口に渡された頼りない吊り橋を渡る。
「うう。この吊り橋、大丈夫?」
「たぶんな」
そこが平地であるかのようにスタスタと歩くリィン。ポポンは手すり代わりのロープに掴まり、必死に彼の後を追う。
「暑いね……ってか熱い。リィン、大丈夫?」
「……ああ」
返事も億劫そうなリィン。
動きこそいつも通りだが、明らかに顔色は悪かった。足元からの熱気に当てられ、あごからは大量の汗が滴り落ちている。
ようやく吊り橋を渡りきり、再び薄暗い下り坂を進んでいく。すると、進むべき道の先が明るくなってきた。
「日の光じゃないね。赤い……篝火?」
「いや、これは……」
更に光源のほうへ進むと、そこにはマグマの河が流れていた。熱気と、ぬらぬらとした赤い光が二人の行く手を遮る。
「チッ。やっぱりか」
「やっぱり、って?」
「俺が作ったマグマの仕掛けさ。運営者が仕掛けを弄ってマグマの流れを変えたんだ」
「通れない、よね?」
「厳しいな」
「森エルフ秘技!マグマ渡り!……とかないの?」
「ねーよ、そんなスキル」
リィンは目を閉じ、こめかみに手を当てた。
頭の中にある迷宮地図を呼び出し、とるべき選択肢を探す。
「……このダンジョンは、吊り橋のひとつ上の階層で二つのルートに分かれるんだ。このAルートとBルートはどちらも中心部へつながっているんだが、マグマがどちらかを塞ぐ仕掛けになってる」
「じゃあ、もう一方のルートは通れるんだね?」
「今は、な。俺達が引き返しているうちに、また仕掛けを弄るかもしれない」
「それじゃずっと通れないじゃん!」
「だな。だから俺達で仕掛けのレバーを動かす必要がある。こっちのタイミングでマグマの流れを変えるわけだ」
「仕掛けのレバーってどこにあるの?」
「一つは深層、一つはこの近くだ」
「近くなら、早速行こうよ!」
「ああ」
二人は来た道を引き返し始めた。
ほどなく火口の吊り橋の前にたどり着くと、リィンがピタリと足を止めた。
「どしたの、リィン?熱いけど、頑張ろうよ!」
「そうじゃない。ここだ」
「ここ?」
「正確には、この下だ」
足踏みをして確かめるポポン。
「何もないけど?」
「そういう意味じゃない」
リィンは吊り橋のつけ根から火口を指差した。
ポポンが身を乗り出して覗きこむ。
「下ってそういうこと。……うわわ、おっかないなあ」
火口からの熱気を直接顔に受けながら、ポポンは自分の真下、火口の壁面に視線をやった。
吊り橋の真下には出っ張りがあり、そこからダンジョンへと続く洞穴が見える。
「あの洞穴?」
「そうだ」
「けっこう高さあるね……」
「そこから入った小部屋に仕掛けのレバーがある」
「そっかあ。……で、どうやってあそこに行くの?」
するとリィンはポポンの肩をポン、と叩いた。そしてにこりと笑う。
「頼む」
「へっ?」
「ポポンに任せた」
「いやいや!リィンのほうが身軽じゃん!」
「俺、無理。そうやって覗きこむのも辛い」
「よくそんなんで、このダンジョンの模様替えできたね?」
「苦労したって言ったろ?じゃ、頼む」
「いやいやいや!軽く言わないでよ!私だって無理だよう!リィンみたいに跳び移ったりするの苦手だもん!」
「跳び移る必要はない。落ちろ」
「はああ!?」
「真下だからな。ジタバタしなきゃ大丈夫だ」
そう言って、グッと親指を立てるリィン。
「落下の勢いで転がったら?マグマに落ちちゃうじゃん!」
「大の字にビターン!と落ちろ。世界樹から落ちたときもビターン!って落ちてたろ?」
「そっ、そのときはそのときよ!」
「万が一マグマに落ちても、穴ドワーフは火に強いから平気、平気」
「それにも限度があるからっ!」
リィンはふうっとため息をつき、悲しそうな瞳でポポンを見た。
「……このダンジョンの入り口で、俺がポポンに『頼りにしてる』って言ったとき。ポポンは何て返した?」
「うっ」
「何て返しましたか?」
「敬語止めてよ!……まっかせといて、って」
「よし、任せた!」
「ぐむむ……性悪エルフめ……」
「じゃ、ほれ」
「ちょっ、背中押さないで!わかったから心の準備だけはさせて!」
「了解、了解」
リィンは両手を挙げ、ポポンから一歩離れた。
ポポンは再び火口を覗きこみ、出っ張りを凝視した。
「まっすぐ落ちれば平気。まっすぐ落ちれば大丈夫。……うう、高いなあ。恐いなあ」
「……」
ブツブツと独り言を言うポポンの背中を、リィンが腕組みして見つめる。
「マグマ、熱そうだなあ。ぶくぶくいってるよ……落ちたら焼きドワーフだよ、焼きポポンになっちゃうよ……」
「ポポン」
「えっ。何?」
リィンは音もなく、ポポンのすぐ後ろに立っていた。そしてポポンの背中に手を当てる。
「いってらっしゃーい」
「えあっ!?」
リィンに押され、宙に浮いたポポン。
大きな瞳を真ん丸に見開いてリィンを見、そのまま落ちていった。
「押さないでって言ったのにいぃぃぃ……」
落ちていく悲鳴は、ズシン!という落下音と共に途絶えた。
「……本当に大丈夫だろうか?」
リィンはフードを被りマスクをつけ、火口を覗きこんだ。
熱気に顔をしかめつつ見下ろすと、件の出っ張りの上には赤毛の少女が大の字に寝そべっていた。
リィンは一つ頷き、体を起こした。
「ビターン成功だな。よし、俺は俺の仕事!」
フードを脱いだリィンは、再び下り坂へと向かった。
性悪エルフから鬼畜エルフへクラスチェンジ。




