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下り階段を下りると、次のフロアは静まり返っていた。
「クリーチャーの気配がないね。ここも楽勝フロア?」
「いや、ここから襲ってくる奴もいるはずだが……もしや、さっきの爆発で逃げちまったか?」
「あー。それはあり得るかも」
リィンを先頭に引き続き警戒しながら進むが、またしても何事もなく下り階段にたどり着いてしまった。
それは次のフロアも。
そして、その次のフロアも同様だった。
「やっぱりクリーチャー出てこないねー。……よっ、と!」
ポポンが投げた石が地面に接した途端、その場所にガチャン!と鉄格子が落ちる。
リィンが石をポポンに手渡しながら答える。
「あの爆発で一斉に襲ってくると思ってたんだが、そう来たかって感じだな。……次は五メートル奥、左の壁。立って手をつくくらいの高さだ」
「そう来たか、ってどう来たの?……よいしょっ!」
ポポンの投げた石が見事な放物線を描く。
石がリィンの指定した壁に当たると、周囲の床、壁、天井からクロスボウが飛び出し、誰もいない場所へ矢の雨が降り注ぐ。
「お見事。肩が良いのは予想してたが、コントロールもいいな」
「でしょでしょ?冒険者の頃からこれだけは得意だったんだー」
「投擲スキルがあるのかもな。俺の投げナイフを分けておこうか?」
「ううん、重くて丸っこい物じゃないと上手く投げられないの」
「なんだそりゃ?器用なんだか、不器用なんだか……」
「それよりもさ、さっきの『そう来たか』ってどういう意味?」
「どこかにダンジョン中のクリーチャーを集めているんだろう。数に物言わせて俺達を潰す気でな。セコい運営者殿らしいぜ」
「えっ、それってヤバくない?」
するとリィンは腰の剣を叩いた。
「なあに、コイツとポポンのハンマーがあれば楽勝さ。さて、罠は今ので最後だ。また階段目指そう」
「りょーかいっ!」
警戒しながらも早足で進むリィンと、それに意気揚々とついていくポポン。
そして、次の下り階段がある部屋に入ったとき。
リィンはピタリと足を止めた。
「どしたの、リィン?」
リィンは黙ったまま、階段のほうをあごで指し示した。
すると脇の通路から、物陰から、そして下り階段から。ずらずらとクリーチャーが出てきた。
人間より一回りサイズが大きく、二足歩行。
ハ虫類のような見た目で体表が赤い。
それぞれが鎧や槍、剣を装備している。
その数、およそ五十体。
先頭に立つクリーチャーが、たどたどしい言葉遣いでリィンに言った。
「だ、だんじょん屋。我ガ主ハ、オ前ヲ呼ンダ覚エハナ、ナ、ナイト言ッテル」
リィンは片眉を上げて答えた。
「へえ、そうかい」
「ド、ドウイウツモリダ」
リィンはわざとらしく首を傾げた。
「どういうって……ダンジョン攻略?」
「チ、血迷ッタカ、だんじょん屋」
クリーチャーはチャキッ、と槍の穂先をリィンに向ける。
「ア、主ガ許サンゾ。ココハ通サン」
リィンの背に隠れたポポンが、恐る恐る尋ねる。
「……赤い、トカゲ人?」
「リザードマンの亜種、火トカゲ人だ。そもそも、ここで請け負った仕事はこいつらのための模様替えだった」
「そうなんだ?」
「元々このダンジョンは、そこかしこからマグマが流入する灼熱の迷宮だった。こいつら火トカゲ人もそれなりに火に耐性はあるんだが、それにも限度があってな。……そこでマグマの流れを変えて一か所に集め、こいつらの生活圏に流入しないように改築したんだ」
「なんか……聞くからに大仕事だねえ」
「苦労したぜ。俺は暑いのが苦手だが知恵を絞り、手を尽くした」
リィンがギロリと火トカゲ人達を睨む。
「……なのにこいつらときたら。その俺に刃を向けやがる」
先頭の火トカゲ人は申し訳なさそうに後頭部に手を置いた。
「オ、オ前ニハ感謝シテイル。ダガ、ソレデモ我々ノ第一ハ主――」
「言い訳無用!立ち塞がるなら蹴散らすまで!」
「ちょ、リィン!まだあっちは喋ってる途中――」
「くらえっ!」
「ええっ!?」
リィンは腰の剣を抜くや否や、そのまま振り抜いた。
剣閃は見えざる風の刃となり、一体の火トカゲ人を捉える。
「ギャウッ!」
悲鳴を上げ、倒れる火トカゲ人。周囲の火トカゲ人は、その様を呆然と眺めている。
火トカゲ人と同じように呆然としていたポポンが、ハッと気づいてリィンの腕を掴む。
「リ、リィン。殺しちゃまずいんじゃ……」
「殺しちゃいねえよ。ま、死んでも一向に構わんが」
(リィンってば、やっぱりキレてる!)
先頭の火トカゲ人が言う。
「オ前、何ヲシタ。ソノ剣ハ何ダ」
「こいつか?こいつはボレアス。不可視の斬撃を放つ、風の魔剣さ。一つ振らば一刀両断。二つ振らば三等分。何度も振らば細切れよ」
「オ前ッ……我ガ主ハ貴様ノ大事ナ顧客ノハズ。我ラハソノ配下ナノダゾ」
「違うな」
リィンはそう、言い切った。
「マナを払う奴は顧客だが、お前らの主人は違う。……だよな?」
先頭の火トカゲ人は言い返せない。
リィンは更に続ける。
「……呼んだ覚えはない?主が許さないだと?許さねえのはこっちのほうだ!おらあっ!」
リィンは火トカゲ人の群れに向けて駆け出し、更に剣を何度も振り抜く。
見えざる斬撃の雨が唸りを上げて火トカゲ人を襲った。
「ぎゃー!」
「コノえるふ、イカレテヤガル!」
「だあれが、イカれエルフだゴルァ!」
「げえっ!」
「コッチ来ルナ!イヤァー!」
「ヤメテヤメテヤメヤメヤぎぇぇ……」
逃げ回る火トカゲ人達を、鬼の形相で追い回すリィン。
「ああリィン、なんて容赦ない……その人尻尾丸めて怯えてるのに、そんな……うわあ」
ポポンが膝を震わせて見つめる中、リィンは宣言通り火トカゲ人達を蹴散らした。短時間のうちに半数が倒れると、残りの火トカゲ人は這々の体で逃げ出していく。
「主に言っとけ!こちらから押しかけたから、どうぞお構い無く!震えて待ってろってな!」
逃げる背中に怒声を浴びせたリィンは、すっきりした顔で振り返った。
「行こうか、ポポン」
その顔にビクンと肩を跳ねさせたポポンは、恐る恐る言った。
「リィン……私、恐い」
するとリィンは爽やかな笑顔を浮かべた。
「心配するな、俺がついてる」
「あう」
「あう?」
「ううん、何でもない」
「おかしな奴だな」
「ごめんごめん」
ポポンは笑顔を貼り付けて謝りながら、心の中で叫んだ。
(恐いのはクリーチャーじゃなくてリィンです、なんて言えないー!)




