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――ロビザ火山。
標高三千メートルを越える活火山である。
頂上に位置する火口からは常に噴煙が立ち上ぼり、火口付近は夜であってもマグマに紅く照らし出されている。
その様から¨大巨人のかまど¨の別名でも呼ばれ、人々の信仰の対象となっている。
また、ロビザ火山とはダンジョンの名でもある。
草木の一本も生えない火口付近。
その一部にぽっかりと開いた洞穴があり、その中に下り階段が続いている。
つまりロビザ火山の地中には、広大なダンジョンが存在しているのだ。
火口を吹き抜けとした多層構造の迷宮で、その奥底には火山の主、炎の化身が住んでいると言われている。
◇ ◇ ◇
ヒッポグリフが噴煙を避けつつ、火口の上空を旋回する。やがて頂上付近に下降すると、二つの影がその背から飛び下りた。
影が無事着地したのを見届けたヒッポグリフは、逃げるようにロビザ火山から遠ざかっていく。
「うー。酷い臭い!」
ポポンが自分の鼻をつまむ。
「ガスが出てるからな。マスクしろ」
「私、マスクなんて持って――あ、あった」
二人の着用している〈ダン工ジャンパー〉はいつの間にか変形していて、フードにゴーグルとマスクがついていた。
「〈ダン工ジャンパー耐熱服仕様〉だ。火に弱いかわいそうな森エルフの俺は、これがなきゃとても困るわけだが……そういえば穴ドワーフはどうなんだ?」
するとポポンは小さな胸をドン!と叩いた。
「穴ドワーフはとーっても火に強いよ!それを活かして鍛冶仕事で食べてる人が多いくらいだもん!」
「そうか。今回は頼りにしてるぞ」
「まっかせといて!――げほっ」
ポポンは再びドン!と胸を叩いて咳き込んだ。
「ここのダンジョンは頂上から入って、下りていくパターンだ。さ、行くぞ」
リィンが火口の縁を歩く。
ポポンはリィンの後ろをそろそろと歩きながら、恐々と火口を覗いた。
火口の奥底には、紅く光る液体が盛んに流動している。
「わわわ……あれがマグマってやつ?」
「だな。足、滑らすなよ?」
「う、うん」
少し歩くと、そこだけこんもりと土が盛り上がっている場所があった。
その中央には鉄製の扉があって、火山を信仰する人々が作った祠のようでもあった。
「ここ?」
「そうだ。行くぞ」
リィンが扉を開くと、火山の山頂には不釣り合いな地下へと続く階段が口を開けていた。
階段を下りるとそこは薄暗く、空気はひんやりとしていた。
「意外。中のほうが涼しいんだね。ガスの臭いもあんまりしないし」
「ああ」
リィンはマスクを取り、フードを脱いだ。
ポポンもそれに倣いつつ、リィンの腰に目をやる。
「ん?リィン、珍しいね。剣を差してるなんて」
「ああ、今回は本気装備だ。ポポンは……またハンマーなんだな」
「そう!斬るより潰すほうが向いてるって気づいたんだ!」
そう言って、ポポンはハンマーをぶん、と振り回した。
「そうかい。俺には当ててくれるなよ?」
「おっけー。……それって、当ててくれってフリ?」
「んなわけあるか!」
フロアを歩いていると、奇妙な球体を見つけた。球体はいくつもあって、ふよふよと浮いている。
「一応聞くけど……これ、クリーチャー?」
「ブラストバルーン。クリーチャーだな」
「やっぱり。なんか、やる気なさげなクリーチャーだねえ」
「自分から襲ってはこないな」
「ふうん。無害なクリーチャーってたまにいるよねー」
「無害ってわけでもない。こいつらの中には可燃性のガスがつまってる。知らずに斬りつけようものなら、火花が引火してボンッ!だ」
「うええ」
リィンは近くを漂っていたブラストバルーンを指でつん、とつっついた。ブラストバルーンは押された方向へふよふよ漂っていく。
「ま、火気厳禁ってだけで、それ以外に害はない。このフロアはこいつら以外のクリーチャーは配置されていないはずだが、俺に気づいた運営者が配置替えしてるかもしれん。油断せず行くぞ」
「うん!」
注意深く進む二人だったが、特に変わったこともなく。ただ歩いているだけで次の下り階段にたどり着いた。
「これ下りたら、次のフロア?」
「ああ、そうだ」
「ふよふよ以外、出てこなかったね」
「……だな。どうやら運営者殿は危機感が足りてらっしゃらないようだ」
奇妙な敬語の中に怒りを感じたポポンが、リィンの顔を覗き込む。
「リィン、まだキレてる?」
するとリィンはふん、と鼻を鳴らした。
「まだも何も、俺はキレちゃいねえよ。ただ、追い込むと決めたらとことん追い込むだけだ。相手が運営者だろうがな」
(それ、たぶんキレてる)
「キレちゃいないが、ちょっと狼煙を上げておこうと思う」
「のろし?」
リィンは下り階段を離れ、今いるフロアのまだ通っていない通路へ向かった。
歩き始めてすぐに曲がり角に差し掛かる。
リィンは角の手前で立ち止まり、顔だけで奥を覗いた。
「ここだな」
リィンの下からポポンも顔だけ出す。
「ここ?何もないよ?」
そこは通路というには幅広く、部屋というには細長い、奇妙な空間だった。
同じ幅で真っ直ぐに延びているが、薄暗いせいで突き当たりは見えない。
「この先は行き止まりなんだが、最奥に宝箱がある。そしてその手前の床は俺が設置した地雷原になっている」
ポポンが眉を寄せる。
「火山で地雷ってヤバくない?」
「ヤバいぞ。いつ誘爆するかわからない、とっても素敵な地雷源だ」
「素敵の使い方、間違ってると思う。で、何をするの?」
しかしリィンはそれに答えず、あごに手をやった。
「――どうせならあれも使うか」
そう呟くと、ポポンの肩を軽く叩いた。
「ちょっとここで待っててくれるか?」
「いいけど」
「すぐ戻る」
リィンはそう言い残し、足早に今来た通路を引き返していった。
そして、待つことしばし。
「よっ、んっ?……えいっ!もうっ!ふんぬー……どうだ!」
ポポンがどこからか取り出した知恵の輪を力尽くで解いていると。
「あっ、戻ってきたかな?」
通路の奥に動く影を見つけ、ポポンは立ち上がった。
「あれ?……わわわ!」
ポポンの見つけた影は二つ三つと増えていき、ついには二十、三十という数になってこちらに向かってくる。
「これって、ブラストバルーン!?なんでこんな大群に……」
「すまん、待たせた」
「リィン!?」
ブラストバルーンの群れの最後方に、リィンの姿はあった。どうやら彼がブラストバルーンをつっついて、こちらへ移動させてきたようだった。
「フロアじゅうのブラストバルーンを集めてきた」
「なんでそんなこと。って、こっちにやらないでよ!」
「そのまま曲がり角の奥へ流してくれ」
「あ、そういうことね。りょーかいっ!」
リィンがつついて流れてきたブラストバルーンを、ポポンがつついて方向を変える。
壁や他のブラストバルーンに当たってぽよんと跳ねながら、通路の奥へと流れていく。
「ちょっと楽しくなってきた!」
「楽しむのはいいが、油断するなよ?」
「ほいほーい!」
そうして全てのブラストバルーンは曲がり角の向こうに流され、地雷原の上に漂う状態となった。
仕事を終えたリィンがポポンのそばへ歩いてきた。そして曲がり角の壁を背に、投擲用のナイフを抜く。更に腰のポケットから小瓶を取り出し、中に入った液体をナイフの刃先に塗った。
液体の色と粘度を見て、ポポンが尋ねる。
「油?」
リィンは一つ頷くと、刃先に向けて片手で火打ち石を打った。火花はすぐさま火となり、刃先を覆う炎となる。
リィンは壁から背中を離し、地雷原に向かって狙いをつけた。
ナイフを構えたまま、ポポンに告げる。
「爆発するぞ。隠れろ」
「ひえっ!」
ポポンは曲がり角の壁に隠れてしゃがみこむと、両耳を手で塞いだ。
リィンは彼女の様子を確かめると、すぐさまナイフを投擲した。そしてナイフの行方を見もせずに、ポポンの隣に体を滑らせる。
ナイフは糸を引くように一直線に飛び、ブラストバルーンの群れの中央にいる個体にめり込んだ。
そして、その途端。
ドガアンッ!!
という轟音とともに、ダンジョンが大きく揺れる。
同時に、壁の向こうから大量の土ぼこりを含んだ爆風が吹き抜けてきた。
「ひゃああっ!」
耳を塞いだまま悲鳴を上げるポポン。
対してリィンは満足げに頷いていた。
「これなら運営者殿にもよく聞こえただろう」
「私は耳がジンジンするよう!」
土ぼこりが治まると、リィンは先程と同様に顔だけ出して地雷原を覗いた。ポポンも同様にリィンの下から顔を出す。
壁、床、天井。
そのすべてが黒く変色していた。
空間の形自体も歪なものに変化していて、床のあちこちから煙が上がっている。
「ちょっと見てくる」
そう言うと、リィンは軽快なフットワークで奥へと消えていった。
そうして、ポポンの耳鳴りも治った頃。
リィンは黒焦げの箱を持って戻ってきた。
「それ……宝箱?」
「中身も焦げてた。加減が難しいな、ハハッ」
「その笑い方、なんかヤダ」
「ああ?何でだよ――っと、忘れるとこだった」
リィンは宝箱の残骸を使い、手際よく立て看板を作り上げた。
最後に看板に『順路→』と書き込み、下り階段近くの地面に刺した。
「これでよし」
「それ、ほんとにやるんだ……」




