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こちらダンジョン工務店~迷宮のお悩み解決いたします~  作者: 朧丸
火山の中心で怒りを叫んだエルフ
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 ユグドラシル樹海。


「紹介する。新しい相棒のポポンだ」


 リィンがポポンを手で指し示すと、彼女は両手の人差し指を突き合わせて相手を見上げた。


「えと、えと……」


 見上げた相手は、筋骨隆々の半裸の戦士。

 大振りな曲刀を両腰にそれぞれ差していて、背丈は二メートルをゆうに超えている。

 小柄なポポンと並ぶと、もはや大人と子供というより大人と赤子である。

 しかしその体格より特徴的なのは、その頭部だった。人間の戦士の体の上に、黒豹の頭が乗っていたのだ。


「念のため言うが、被り物じゃないからな?」

「わ、わかってるよ、リィン」


 ポポンは口をキュッと真一文字に結び、それから黒豹の瞳を正面から見た。


「ポポンです!よろしくね!」


 黒豹の獣人もまた、その太い腕を組みポポンを見下ろした。


「……」

「……」


 しばし見つめ合う二人だったが、沈黙に耐えかねたポポンがリィンに助けを求めた。


「ねえ、リィン。私、何か失礼なこと言った?」

「いや?なぜそんな事を聞く?」

「なぜって……黒豹さんが返事してくれないから」

「したじゃないか」

「えっ?」

「なあ?」


 リィンが黒豹の戦士に話を振ると、彼はわずかに頷いた。


「もしかして。森の戦士の秘密の合図とか、そういうのがあるわけ?」

「何を言って……ああ、聞き取れなかったのか。彼は図体のわりに声が小さいからな」

「そうなの?」


 すると黒豹の戦士は、


「ぉぅ」


 と、答えた。

(声、ちっちゃ!)

 ポポンが呆気にとられていると、また黒豹の戦士が口をモゴモゴと動かした。


「はい?」


 ポポンが聞き返すと、また口がモゴモゴと動く。だがポポンがどんなに耳を傾けても、聞き取ることができない。

 だか、リィンは。


「そうか、わかった」

「えっ?なんて言ったかわかったの!?」

「巡回の途中だから、もう行くとさ。会えて良かった、とも言ってる」

「……そっか」


 黒豹の戦士は踵を返し、森の中へと歩いて行った。

 はじめこそ彼の姿に恐怖を感じていたポポンだったが、今はその背中が優しい男の頼もしいそれに見えた。


「黒豹さん!またね!」


 ポポンが大声で叫ぶと、黒豹の戦士は振り返らず手だけ挙げて応えた。

 彼の姿が森に消えると、ポポンは懐からメモ帳を取り出した。


「聞き取れなかったんだけど、黒豹さんって名前言ってた?」

「彼の名はェッグォシ。豹の獣人(オセロメー)の戦士だ。彼は変異種で黒豹だが」

「エッグヲシ?」

「違う、ェッグォシ。他種族の名前は発音しにくい物も多いが、間違えると失礼にあたるぞ」

「モッカピさんとかも変わった名前だもんね。気をつけるよ」

「その、運営者の名前を略す癖も程々にしてくれよ?」

「はいはーい」


 ポポンは適当に返事しながら、メモ帳にェッグォシの名前と特徴を書き加えた。


「マメだなあ」


 リィンが覗き込むと、ポポンは胸に押し当ててメモ帳を隠した。


「しょうがないでしょ!覚える名前が多すぎるんだもん!」

「お前が言い出したんだぞ?『そろそろ森の仲間を紹介しろ』ってさ」

「そうだけど!……こんなに多いとは思わなかったんだもん。今覚えてるのは、牢獄柳(ジェイルウィロウ)のジェ爺でしょ」

「ジェイル爺さんな。ほんとすぐ略すよな、お前」

「泉の五つ子ニンフちゃんなんて、最後まで判別できなかった」

「ミリ、サリ、シロル、ケナ、ビジーナケルトラルな。ま、あの辺の判別は雰囲気だ」


 ポポンは赤毛を掻きむしった。


「あー、もう!この愚かな頭が恨めしい!いつか、皆の名前を覚えられるのかなあ」

「……皆は無理だと思うぞ?」

「そんな悲しいこと言わないでよ!」

「いや、俺だって覚えていないから」

「そうなの?」

「この森に無数にいる木人(ウッドフォーク)なんて、数千体はいるからな」

「はあっ?数千!?」

「今回は紹介する奴を厳選したんだ。だから、このくらいは覚えてくれ」

「うう、わかった」


 ポポンがメモ帳を抱いてうなだれたとき。


「リィーン!」「リィンリィーン!」


 中空から甲高い声がした。

 ポポンが見上げると、二体の妖精がこちらへ向かって飛んできた。

 手のひらにすっぽり収まってしまうほど小さな羽根妖精で、頭のてっぺんから羽根の先まで半透明でキラキラと光っている。


「わあっ!かわいい!」


 ポポンが目を輝かせると、リィンが紹介した。


「スプライト。こいつらもここの住人だ」

「よろしくね!えーと……」

「ミララだよ」「プルルだよー」

「よろしく!ミララ、プルル!」

「こいつらはこれで優秀な連絡係でな。ほら、工務店のチラシあるだろ?あれを配ってるのはこいつらだ」

「へー、そうなんだ!」

「そんなことよりリィン!ほーしゅー!」「ほーしゅー!ほーしゅー!」

「わかった、わかった」


 リィンが腰のポケットから淡いピンク色の小粒を一つ取り出すと、ミララとプルルはそれを引ったくるように奪い取った。

 そして二人で大事そうに抱え、両脇から嘗め始めた。


「あま~い」「あまいね~」


 だらしなく頬を弛ませるスプライトを見て、ポポンが尋ねる。


「あれ、なあに?」

「世界樹の花の蜜から作った花蜜糖。マナをたっぷり含んでて、妖精達はこれに目がない」

「へえ~」

「私も嘗めたいとか言うなよ?」

「嘗めたい!」

「ダメだ」

「けちー!」

「妖精はともかく、人間はマナ当たりするんだよ。……で、ミララ、プルル。例の件はどうだった?」

「あつかったー」

「あつかったねー」


 それだけ答えて、また花蜜糖を嘗めるスプライト達。


「そういうこと聞いてるんじゃなくてだな。首尾はどうだったかと――」

「あ、リィン。これ、返すー」「返す返すー」


 ミララがリィンの前に突き出したのは、鮮やかな刺繍入りの飾り袋だった。


「それは……マナを入れるやつだよね?」


 ポポンが尋ねると、リィンが頷く。


「ああ。報酬を支払ってくれない運営者がいてな。こいつらに回収を頼んでたんだ」


 リィンは飾り袋を丁寧に受け取り、それから重さを確かめるように左右に揺すった。


「……ん?あんまり増えていない気がするが」

「あのね、だめだったのー」「だめだめだったー」

「またか?また、不在とかふざけたことをぬかしやがったのか?」


 そう言って、リィンが眉を寄せる。

 ポポンが取り成すように言った。


「不在なら仕方ないでしょ?また回収にいけばいいんだから、そんな言い方しなくても」

「最初は俺もそう思っていたさ。だがこれで三度目だ。それに……迷宮運営者(ダンジョンマスター)がダンジョンに不在なんて言い訳、通用すると思うか?」

「あ……」


 ポポンはダンジョンから出られないエリシャのことを思い出した。


「でもね、こんかいは会えたの」「会えた会えた」

「そうなのか?それで?」

「ミララね、マナはらって?って言ったの」「プルルもそう言ったー」

「そしたらね、はらえないって」「そう、はらえないって」

「かつかつ?なんだってー」「うん、かつかつー」

「……チッ。ずっとそんなこといってんな。で、どのくらい回収した?姿を現したってことは、少しは払ったんだろう?」

「ううん、ぜーんぜん!」「ちーっとも!」


 リィンは目を見開いて固まった。

 そして、肩を震わせながら問う。


「……ひと雫もか?」

「うん!」「ひとしずくも!」

「でね、じゃあ、いつはらえますか?ってきいたの」「そしたらね、さあ?って」

「いつかはわからないって」「はらう気になったときかなー、だって」

「むしろはらう必要あるのか、って!」「いだいな運営者のもとではたらけてよかったな、だって!」


 そこまで聞いたリィンは、そばに転がっていた朽ちて倒れた木の元へ歩いていった。そして、


「もう勘弁ならねえ!」


 と、朽ち木の幹に思い切り蹴りを入れた。

 朽ち木は砕け、破片が飛び散る。


「リ、リィン!落ち着いてよう」

「これが落ち着いていられるか!野郎、散々こき使っておいて代金踏み倒す気だ!」

「マナがないなら仕方ないんじゃないの?」

「あの規模のダンジョンの運営者が、少しも払えないわけがないんだよ!」


 そして朽ち木の破片を蹴飛ばして、言った。


「なんのことはねえ!ただ、ケチってやがるんだよ!」


 リィンの荒れように、ミララとプルルが顔を見合わせる。


「リィンたら怒りっぽいねー」「ねー」


 ポポンの頭にふと、疑問が浮かんだ。


「なんでリィンが自分で行かないの?代金の回収とか、真っ先に行きそうなのに」

「火山にあるダンジョンでな。俺は暑いの苦手だから、仕事したとき以来行ってない」


 火山の暑さを思い出したのか、リィンの顔が苦痛に満ちる。だがすぐに、怒りの表情がそれを上書きする。


「だが、もう限界だ。ただじゃすまさねえ」

「まさか……迷宮運営者(ダンジョンマスター)に喧嘩を売る気?」

「売るんじゃねえ、売られてんだ。俺を火に弱い森エルフだと侮ってやがる」


 ポポンはオロオロとうろたえた。


「お、穏便にいこうよ。迷宮運営者(ダンジョンマスター)だよ?返り討ちにされちゃうよ!」

「向こうもそう思ってんだろうな。だが、やりようはある」

「どうするの?」

「乗り込むのさ。片っ端から罠を解除してやる。向かってくるクリーチャーも容赦しねえ。ポポン、宝箱好きだったな?全部開けていいぞ」

「あ、ありがと。でもそれって……冒険者みたいにダンジョンを攻略するってこと!?」


 リィンはゆっくりとポポンを指差した。


「その通り。ダンジョン専門業者による、完璧なるダンジョン攻略だ。ついでに中心部までのルートに『ダンマスはこちら→』とか立て看板立ててやる」


 そしてリィンは怒りを決意に変え、低い声色で呟いた。


「専門職をなめた報い、受けてもらうぞ」

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