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「落ち着いたか?」


 リィンの問いかけにこくんと頷くポポン。


「……えへへ。安心したらつい、涙出ちゃった」


 ポポンが照れ隠しに笑うと、リィンはそれ以上聞かなかった。


「じゃ、行くか」


 リィンは立ち上がり、螺旋階段を下り始める。


「あれ?帰るんじゃないの?」

「モッカピンショーさんに会ってからだ」

「そっか!お騒がせしました、って謝らなきゃね!」

「まあ、それもそうなんだが……いい機会だ、説明しておくか」


 リィンは立ち止まり、ポポンのほうを向いた。


「代行者ってのは、迷宮運営者(ダンジョンマスター)特有の行動をかなりの部分で再現できる。道中のクリーチャーを遠ざけたり、ゲイズハウンドをけしかけたのも俺だ。代行者権限でな」

「そんなこともできるの!?いいなあ、私も代行印欲しい!」


 だがリィンはチッ、チッと指を振った。


「ここで重要なのは、あくまで代行という点だ。むやみやたらに代行者権限を使う奴は、代行者に向かない」

「うん?どういうこと?」

「¨裏道¨を拡張したり、クリーチャーに命令したり。こういう迷宮運営者(ダンジョンマスター)特有の行動は、例外なくマナを消費する。では代行者である俺がこういう行動をしたとき、消費するマナはどこから出ると思う?」

「どうって……リィンが消費するんでしょ?生物はみんなマナを持ってるんだよね?」


 リィンは首を横に振る。


「それは不可能だ。俺の体にあるマナだと、裏道を十センチ拡張しただけで干上がっちまうだろう」

「ってことは……もしかして、リィンのぶんもモッカピさんが?」

「そうだ。代行者の行動分もダンジョンに溜まったマナから支払われる」


 ~ダンジョンの(ルール)

 代行者が運営能力を行使するときに必要なマナは、ダンジョンに蓄積したマナから消費する。


「つまり、顧客の財布で買い物するようなものなんだ。だから乱用は許されない」

「そっか。さっきリィンは私のために代行者権限を使ったから、マナを消費したことを謝りに行くんだね」

「ま、そんなとこだ」

「モッカピさん、怒ってるかな?」

「事前に断りを入れたから大丈夫だろう。だが礼は言わなきゃならん」

「そだね、感謝しなきゃ」


 リィンがふと、思い出したように手を打つ。


「ああ、それと。お前がラライにいると教えてくれたのもモッカピンショーさんだ。俺が街を捜しているときに、貝殻に連絡くれてな」

「そうなんだ!?ますます感謝しなきゃ!」

「ああ、感謝しろよ?」


 二人は螺旋階段の終わりまで下り、突き当りの壁をすり抜けた。

 広大な空間に、山のようなシルエットが見える。

 シルエットのほうへ歩いていき、その手前で二人は立ち止まった。

 シルエットの主である、巨竜のごときバジリスクがゆっくりと首をもたげる。

 リィンが一歩、歩み出た。


「モッカピンショーさん。うちの従業員を無事救出することができました。お力添えいただき感謝いたします」


 そうして深々と頭を下げた。


()か……()か……」

「うちでできることがあったら、ぜひご用命ください。もちろん、今日使ったマナぶんは無料でやらせていただきます」

「ん……ん……」


 リィンはモッカピンショーの顔色を窺い、それからポポンに目配せした。

 ポポンがリィンの横に並ぶ。


「モッカピさん、ポポンです!助けてくれて、ありがとうございましたっ!」


 そういて地面につくほど頭を下げた。

(おい、略すな!)

 リィンの囁き声に、ポポンはハッと口に手を当てる。


「しまった!モッカピンショーさんでしたっ!」


 するとモッカピンショーは、ふるふると大きな頭を振った。

 ポポンが恐る恐る尋ねる。


「……もしかして。モッカピさん、と呼んだほうがいいですか?」


 するとモッカピンショーはうんうん、と頷く。


「わかりました!これからはそう呼びますね!……モッカピさん、穴掘り仕事なら私に任せてください!モッカピさんのためなら、特別いい穴掘りますから!」

「ん……ん……」


 少し顔色の悪いリィンが、もう一度頭を下げる。


「それではモッカピンショーさん、今日のところはこれで失礼します」


 ポポンは元気よく手を振った。


「お騒がせしましたー!また来ますね、モッカピさん!」

「また()……また()……」


 山のようなシルエットに見送られ、二人は部屋を後にした。


 再び¨裏道¨へ出て、螺旋階段を上っていく。

 先を行くポポンがリィンのほうを振り向き、嬉しそうに言った。


「モッカピさん、やっぱり良い人だね!」


 リィンが顔をしかめる。


それ(・・)、止めろよな……。さっきは肝が冷えたぞ?」

「いいじゃん!モッカピさん、喜んでたみたいだよ?」

「俺の寿命が縮まるって言ってんだ」

「エルフの寿命は長いから、多少縮んでもへーきへーき!」

「……そりゃまあ、な」


 そんな話をしてる間に螺旋階段は終わり、出口までやってきた。

 夕暮れ間近のオレンジ色の光が、ダンジョンの中に射しこんでいる。


「相変わらず、帰りは早いねえ」

「¨裏道¨だからな」

「あっ、ヒッポ!」


 出口の前には、ヒッポグリフが翼を休めて待っていた。ポポンはヒッポグリフに駆け寄り、首元に抱き着いた。


「預けっぱなしでごめんねぇ……」

「クゥィィ……」

「さ、日が暮れる前に帰るとしよう」


 リィンはヒッポグリフにひらりとまたがり、ポポンに手を差し伸べた。だがポポンはその手を取らず、ダンジョンのほうを振り返る。


「どうした?」

「……あいつら、どうなるの?」

「あいつら?」

「私を拐った冒険者!」

「ああ」


 リィンはポンと手のひらにこぶしを落とした。


「あいつらね……聞きたいか?」


 ポポンは黙って頷く。

 リィンは意地の悪い笑みを浮かべ、語り始めた。


「うちの社員を拐ってくれたんだ、ただじゃ返せねえ」

「まさか、殺す気!?」

「命までは取らないさ。だが、しばらくはあの坂から抜け出せないだろう。ループにハメたからな」

「ループ?」

「無限ループってやつだ。これを使った」


 そう言って、リィンは懐からインク壺を取り出して見せる。


「それは――なんだっけ、タコ墨?」

「〈次元ダコの魔墨〉だ。新品のな。まず、坂の終わりにこいつで線を引く。床から壁、天井をぐるっと囲むようにな。次にお前達が坂を下りていったのを確認してから、坂の始まり部分を同様に囲む。これで坂の終わりと始まりがつながって、即席の無限ループが完成!ってわけだ」

「そっか、だから坂が長い気がしたのね!……あいつら、抜け出せるのかな?」

「心配なのか?」

「……少し」

「〈次元ダコの魔墨〉で描いた線は、転移するたびに薄くなる。何度も転移することになるから、そのうちループは消える」

「そっか」


 少しホッとした顔のポポンに、リィンが続ける。


「だが、その後はあいつら次第だ。すぐに脱出を図るなら、どうにかなるだろう。罠の位置はわかっているし、モッカピンショーさんは逃げ出す奴に追い討ちかけたりしない」

「……もし、迷宮運営者(ダンジョンマスター)の元に向かったら?」


 ポポンの問いに、リィンは断言した。


「一蹴されるな。モッカピンショーさんはかなり強い運営者だ。生きては帰れない」

「……だよね」

「さ、帰るぞ。日が暮れちまう」

「ん」


 ポポンはヒッポグリフにのろのろと乗り込み、リィンの腰に手を回した。


  ◇       ◇       ◇


 二人を乗せたヒッポグリフが夕焼け空を滑空する。

 赤と紫と濃紺の織りなすグラデーションは鮮やかで、ヒッポグリフも気分良さげに風を切っている。

 だが、ポポンの目に美しい風景は映っていなかった。


「ねえ、リィン」


 ポポンがリィンの背中にギュッとしがみつく。


「なんだ?」

「私達って、人類の敵なのかな?」

「ずいぶんとスケールのでかい話だな」


 ポポンには、背中越しでもリィンが笑っているのがわかった。


「あの冒険者に言われたの。ダンジョンに罠を仕掛けて、人を裏切って。悪いと思わないのかって」

「……そういうことか。どうして連中をぶっ飛ばして逃げないのか不思議だったんだ」

「私達の仕事って人を傷つけているんだな、って思い知らされたの。リィンは罪悪感とかないの?」

「罪悪感か……あまり感じないな」

「リィンは人と迷宮運営者(ダンジョンマスター)なら、迷宮運営者(ダンジョンマスター)の味方なんだね。私、やっていけるか自信なくなっちゃった……」

「いや、味方とかそういう話じゃなくてだな……」


 リィンが後頭部をボリボリと掻く。


「なあ、ポポン。考えてみろよ」


 思いがけない言葉(・・・・・・・・)にポポンは目を見開いた。

 そしてリィンの肩越しに彼の横顔を覗く。


「ダンジョンってのはな、迷宮運営者(ダンジョンマスター)にとって家だ。我が家なんだよ」

「うん?……まあ、そうだよね」

「そして宝箱は迷宮運営者(ダンジョンマスター)の財産だ。ダンジョン法で定められているから置いてるだけで、別に取られたいわけじゃない。そして、罠や仕掛けは防犯設備にあたる」

「うん、まあわかる」

「なのに、勝手に入ってくる人間がいる」

「……冒険者」

「そうだ。彼らはそこが危険と知りつつも、富や名声を求めてダンジョンに飛び込む。迷宮運営者(ダンジョンマスター)から見るとな、武器持った連中が無断で押し入ってきて、目を血走らせながら金目の物を物色してるんだ。一般的にこういう奴らのことを何ていう?」

「ど、泥棒?」

「強盗だ。迷宮運営者(ダンジョンマスター)はたまんないぜ?強盗に入られる上に、人間の間ではそれがさも正しいことのように言われているんだから」

「それは……そうかも」

「確かに俺達は冒険者の敵かもしれない。だが、断じて人間の敵じゃあない。だって、人間イコール冒険者ではないだろう?むしろ冒険者なんて人間の中では少数派だ。加えて、迷宮運営者(ダンジョンマスター)にも人間はいる」

「そっか、エリシャさん!」


 リィンは一つ頷き、更に続けた。


「俺だって冒険者を痛めつけたいわけじゃない。冒険者パーティに同族(エルフ)がいたら気を揉むしな。……でも、冒険者が危険を承知でダンジョンに入る以上、そこは自己責任だよ。ポポンが負い目を感じる必要なんて、何一つないんだ」


 ポポンはしばし黙りこみ、そして――。


「えっへっへっへ」


 と、突然笑い出した。

 リィンはわずかに振り返り、横目でポポンを見やる。


「……泣いたり笑ったり忙しい奴だな」


 ポポンは風になびく赤毛を押さえつつ、リィンの耳元に口を寄せた。


「リィン」

「何だよ。……まさか!また吐くのか!?」

「ふふっ、違う違う」


 慌てふためくリィンにポポンは笑い、そして耳元で囁いた。


「初めて私のこと、ポポンって呼んでくれたね?」


 リィンは一瞬固まり、それから首を傾げた。


「……そうだったか?」

「そうだよ!いつもお前、お前って」

「忘れたな」

「もう、しらばっくれてー」

「ほんとに呼んだか?」

「呼びました!二度も!」

「そもそもお前の名前ってポポンだったか?」

「そこからとぼける気!?」

「うん、呼んでないな」

「もー、恥ずかしがらずにもう一度呼んでみて。ほら、ポ・ポ・ン・ちゃん!」

「ちゃんづけなんてしてねーよ!」

「ほうら、覚えてるじゃない。……むっふっふ」

「よせよ、その気持ち悪い笑い方!」

「うえっへっへっへ!」

「だから、よせって!」

「よさないもーん!」


 ポポンはリィンの背中に顔を埋め、心の中で『今日は人生最悪の日』という評価を訂正するのだった。

これにて『人生最悪の日』終幕です。

ストックが切れたので、ここから週2回更新となります。

次章『火山の中心で怒りを叫んだエルフ』は、今週末開始予定です。

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