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 翌日。

 冒険者達は夜も明けきらぬ時分から行動を開始した。足回りのロープだけを解かれたポポンが真ん中を歩き、それを取り囲むように冒険者達が移動する。

 そして昼を大きく回った頃。

 ようやく目的地に到着した。

 森の中に現れたダンジョンの入り口を見て、ポポンは目を見開く。


(ここは……モッカピさんち!?)


 岩壁に口を開いていたのは、紛れもなく〈ラライ銀山第114号坑道跡〉の入り口だった。

 頬に傷のある男が汗を拭いながら言う。


「ミゲル、なんでここを選んだんだ?」

こいつ(ポポン)に先導させるわけだが……この状態じゃ目立つだろう?ロランワース近隣のダンジョンは冒険者の目が多すぎる」


 頬に傷のある男が上半身ぐるぐる巻きのポポンを見やる。


「確かに目立つな。正義面した連中に文句つけられると面倒だぜ」

「それもある。が、まず怪しまれるのを避けたいんだ。腹を探られると動きづらくなるし、こいつ(ポポン)の素性を知られたら奪おうとする連中もいるかもしれん」

「なるほど」


 ミゲルはポポンに近寄り、冷たい目で見下ろした。


「ロランワースにいたってことは、お前はこの辺りのダンジョンで仕事してるんだろう?」


 ポポンは目を伏せ、答えない。


「このダンジョンにも来たことはあるな?」

「……」


 無言のポポンにミゲルが更に問う。


「もう下手なウソはつくなよ?こっちの仕事が済めば解放してやるつもりだが、気が変わるかもしれん」

「……」


 髭の男が、ポポンの肩をそっと叩いた。


「嬢ちゃん、このミゲルは口だけの男じゃない。大人しく従ってくれや」


 ポポンはポツリと言った。


「……ある」

「ようし。じゃあ、中のこともわかるな?」


 ミゲルの問いに、こくんと頷くポポン。

 その様子を見ていた冒険者達の瞳が、欲望の色に染まった。


 ◇       ◇       ◇


 ぐるぐる巻きのポポンを先頭に、ダンジョンを進む一行。

 ロープの端を持ったミゲルがポポンから五メートルほど距離を置いて後ろを歩き、更にそのすぐ後ろを他の冒険者達が続く。


「クリーチャーや罠は極力避けろよ?」


 ミゲルの呼びかけに、ポポンは思わず振り向いた。


「罠の位置はだいたいわかるけど、クリーチャーはわかんない」

「ああ?なんでだよ」

「……仕事のとき、クリーチャー出てこなかったから」

「はんっ、そいつはうらやましいこった」


 それからポポンは、かつてリィンと通った道を記憶を辿りながら歩いた。

 間違えないようしっかりと道順を確認し、罠の位置を思い出しては後ろに伝える。


「そこ、落とし穴がある」

「おっと。……ここか?やべえな、近くで見てもわかんねえ」


 そうしてダンジョンの奥へ奥へと潜っていく。クリーチャーが出現しないこともあり、一行の道行きは順調だった。

 そんな中。

 道を進んでいくうちに、ポポンの心に新たな迷いが生まれていた。


(このまま進んで……モッカピさんのとこまで案内しちゃうの?)


 ポポンの足取りが重くなる。


(モッカピさん、良い迷宮運営者(ダンジョンマスター)だった。なのに、裏切るの?)


「おい!」


 ポポンの歩みの遅さにイラついたミゲルが、ロープを強く引っ張る。


「……ごめん、疲れた。休ませて」

「こっちは疲れちゃいねえ」

「いいじゃねえか、ミゲル。クリーチャーこそ出ねえが、ずいぶん歩いたからな」


 髭の男に窘められ、ミゲルは舌打ちした。


「チッ。……少しだけだからな。妙な気は起こすなよ?」


 ポポンを外れに置いて、冒険者達は車座になった。


「だいぶ来てるよな。俺達がこのダンジョンの最深到達者なんじゃないか?」


 頬に傷のある男が興奮気味に言う。


「嬢ちゃん、最深部まであとどのくらいなんだ?」


 膝を抱えて背を向けるポポンが、短く答える。


「……半分くらい」

「おお!やっぱり最深到達者だろ、俺達!」

「しかし、クリーチャーがまったく出ないのは変です」


 眼鏡の男の疑念に、ポニーテールのラジリが答える。


「この娘が同行しているから、じゃないか?」

「それはそうかもしれませんが」


 冒険者達が雑談する中、ポポンの迷いは深まるばかりだった。


(この人達に従わなければ人を裏切ることになって、最深部まで案内すればモッカピさんを裏切ることになる……ううん、もう裏切っているのかも)


 ポポンは膝をギュッと抱き込む。


(どっちにしても私は誰かを裏切るのか)


 そしてポポンは大きくため息をついた。


(今日は人生最悪の日だ……) 


「ようし、行くぞ」


 ミゲルが立ち上がり、他の冒険者達も続く。

 ポポンもロープを引っ張られ、しぶしぶ立ち上がった。

 ポポンの心とは裏腹に、その後もダンジョン攻略は順調に進んだ。

 深い場所のほうが罠の位置をよく覚えていたし、クリーチャーは相変わらず影も形もない。

 ポポンが歩みを遅らせれば、途端にロープを引っ張られる。

 そうこうしているうちに、ついに最後の下り坂までやってきてしまった。

 これを下りれば、モッカピンショーのいる中心部が存在する最深フロアである。


(どうしよう、どうしよう!もう、モッカピさんとこ着いちゃうよ!)


 どうしてよいやらわからない。

 だがミゲルの視線を背中に感じ、足を止めて考えることもできない。

 ポポンはもう、泣き出しそうだった。

 うつむいたまま、坂を下る。

 そして下り続けてふと、気づいた。


(……あれれ?この坂、こんなに長かったっけ?)


 訝しみながら、更に坂を下る。

 だが坂の終わりは見えず、ただ同じような下り坂の景色が続く。


(やっぱり!この坂、前来たときより絶対長い!)


 ポポンが戸惑いを隠せずにいた、そのとき。


「おい、嬢ちゃん!!」


 突然の後ろからの大声に、ポポンが跳び上がる。


「はひっ、なんれすかっ!?」


 ポポンが慌てふためきながら問い返すと、髭の男が「前だっ!前を見ろっ!」と叫んだ。


「えっ?――あわわっ!」


 ポポンのすぐ前方に、獣系クリーチャーがいた。

 見た目は大きな犬そのもので、毛は一本も生えていない。特徴的なのはどこを見ているのかわからない、不気味な瞳。

 クリーチャーが「グルッ……」と低く唸ると、その後ろから一頭、また一頭と数が増えていく。

 眼鏡の男が叫ぶ。


邪眼の魔犬(ゲイズハウンド)っ!二、三……七頭!まだ増えてますっ!」

「ダンジョン屋!てめえ、ハメたな!?」


 ミゲルににらまれ、ポポンはぶんぶんと首を横に振る。


「し、知らないもん!下に下りる道はここしか知らないし!」

「ミゲル、詮索は後だ!指示を!」


 髭の男にそう言われ、ミゲルは舌打ちした。


「チィッ!……ダニエルとセドリックは俺と前列だ!盾を高く構えて、瞳を直視するな!」

「おうっ!」「了解!」


 頬に傷のある男と髭の男がミゲルに並ぶ。


「ラジリは俺ら越しに狙撃!俺に当てたら許さんぞ!」

「任せろ」


 ラジリが弓に矢をつがえる。


「アンリはバックアップ!前列が倒れたらそこに入れ!」

「はいっ!」


 眼鏡の男がショートソードを抜いて前列とラジリの間に立った。


「あの、私は……?」


 ポポンがおずおずと尋ねると、ミゲルは「引っ込んでろ!」と吐き捨てるように言った。


「来るぞ!集中しろっ!」

「「応っ!!」」


 冒険者達の鬨の声をきっかけに、ゲイズハウンド達が躍りかかる。

 戦いの行方を呆然と眺めるポポンだったが、ハッと気づく。


「そうだ、今のうちに逃げなきゃ……!」


 ゆっくりと後退り、十分に距離を取ってから踵を返す。

 そして駆けだそうと一歩踏み出して、ポポンは信じられないものを見た。


「……リィン?」


 それは、壁から生えたリィンの生首だった。

 新手のクリーチャーかと、リィンの生首から距離を取る。すると、リィンの生首が口を開いた。


「何してる。こっちだ」


 今度はリィンの首の横に手がニュッと生えてきて、ポポンを手招きする。

 ポポンは不審に思いながらも、警戒しながら近づいていく。


「……リィンなの?リィン系クリーチャーじゃないよね?」

「そんなクリーチャー系統があるか」


 リィンの生首が呆れ顔に変わる。


「いいから来い」


 と、壁から生えた手がポポンの肩を掴んだ。

 そしてそのまま、壁の中(・・・)へとポポンを引き込む。


「わあっ!……あれ?」


 壁にぶつかると思い、目をギュッと閉じるポポン。

 だが再び目を開くと、そこは石造りの細い回廊だった。


「……そっか!ここって¨裏道¨?」

「そうだ。ついて来い」


 リィンは無言で先を歩き、ポポンもまた無言でその後を歩く。

 やがて¨裏道¨は大きな螺旋階段へと突き当たった。


「この階段は見覚えがある!」

「ああ。こっからはお前も通った¨裏道¨だ。……ちょっと待て」


 リィンは今通ってきた細い¨裏道¨に手をかざす。


迷宮運営者(ダンジョンマスター)モッカピンショーの名の元に、代行者リィンが命ず。裏道よ、閉じよ」


 すると通路の床や壁や天井が、咲いていた花がつぼみに戻るように渦を描きながら閉じていった。


「……すごい」


 ポポンは思わず感嘆の言葉を漏らす。

 作業を終えたリィンは、ポポンのロープを解きながら説明した。


「代行者権限で、あの坂まで¨裏道¨を拡張したんだ。それももう閉じたから、奴らは追ってこれない」

「……ほんとに?」


 そう尋ねるポポンに、リィンが頷く。


「ああ、もう安全だ」


 するとポポンはくしゃっと顔を歪め、リィンの胸に飛び込んだ。


「うわぁーん!リィン!助けてくれるって信じてたよぉー!」

「そりゃ助けるさ。……っておい、離れろよ」

「うえぇぇー!怖かったぁー!」


 なおも泣きじゃくるポポン。


「……ったく」


 リィンは宙を見上げてため息をつき、それから仕方なさそうにポポンの頭を撫でるのだった。

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