26
翌日。
冒険者達は夜も明けきらぬ時分から行動を開始した。足回りのロープだけを解かれたポポンが真ん中を歩き、それを取り囲むように冒険者達が移動する。
そして昼を大きく回った頃。
ようやく目的地に到着した。
森の中に現れたダンジョンの入り口を見て、ポポンは目を見開く。
(ここは……モッカピさんち!?)
岩壁に口を開いていたのは、紛れもなく〈ラライ銀山第114号坑道跡〉の入り口だった。
頬に傷のある男が汗を拭いながら言う。
「ミゲル、なんでここを選んだんだ?」
「こいつに先導させるわけだが……この状態じゃ目立つだろう?ロランワース近隣のダンジョンは冒険者の目が多すぎる」
頬に傷のある男が上半身ぐるぐる巻きのポポンを見やる。
「確かに目立つな。正義面した連中に文句つけられると面倒だぜ」
「それもある。が、まず怪しまれるのを避けたいんだ。腹を探られると動きづらくなるし、こいつの素性を知られたら奪おうとする連中もいるかもしれん」
「なるほど」
ミゲルはポポンに近寄り、冷たい目で見下ろした。
「ロランワースにいたってことは、お前はこの辺りのダンジョンで仕事してるんだろう?」
ポポンは目を伏せ、答えない。
「このダンジョンにも来たことはあるな?」
「……」
無言のポポンにミゲルが更に問う。
「もう下手なウソはつくなよ?こっちの仕事が済めば解放してやるつもりだが、気が変わるかもしれん」
「……」
髭の男が、ポポンの肩をそっと叩いた。
「嬢ちゃん、このミゲルは口だけの男じゃない。大人しく従ってくれや」
ポポンはポツリと言った。
「……ある」
「ようし。じゃあ、中のこともわかるな?」
ミゲルの問いに、こくんと頷くポポン。
その様子を見ていた冒険者達の瞳が、欲望の色に染まった。
◇ ◇ ◇
ぐるぐる巻きのポポンを先頭に、ダンジョンを進む一行。
ロープの端を持ったミゲルがポポンから五メートルほど距離を置いて後ろを歩き、更にそのすぐ後ろを他の冒険者達が続く。
「クリーチャーや罠は極力避けろよ?」
ミゲルの呼びかけに、ポポンは思わず振り向いた。
「罠の位置はだいたいわかるけど、クリーチャーはわかんない」
「ああ?なんでだよ」
「……仕事のとき、クリーチャー出てこなかったから」
「はんっ、そいつはうらやましいこった」
それからポポンは、かつてリィンと通った道を記憶を辿りながら歩いた。
間違えないようしっかりと道順を確認し、罠の位置を思い出しては後ろに伝える。
「そこ、落とし穴がある」
「おっと。……ここか?やべえな、近くで見てもわかんねえ」
そうしてダンジョンの奥へ奥へと潜っていく。クリーチャーが出現しないこともあり、一行の道行きは順調だった。
そんな中。
道を進んでいくうちに、ポポンの心に新たな迷いが生まれていた。
(このまま進んで……モッカピさんのとこまで案内しちゃうの?)
ポポンの足取りが重くなる。
(モッカピさん、良い迷宮運営者だった。なのに、裏切るの?)
「おい!」
ポポンの歩みの遅さにイラついたミゲルが、ロープを強く引っ張る。
「……ごめん、疲れた。休ませて」
「こっちは疲れちゃいねえ」
「いいじゃねえか、ミゲル。クリーチャーこそ出ねえが、ずいぶん歩いたからな」
髭の男に窘められ、ミゲルは舌打ちした。
「チッ。……少しだけだからな。妙な気は起こすなよ?」
ポポンを外れに置いて、冒険者達は車座になった。
「だいぶ来てるよな。俺達がこのダンジョンの最深到達者なんじゃないか?」
頬に傷のある男が興奮気味に言う。
「嬢ちゃん、最深部まであとどのくらいなんだ?」
膝を抱えて背を向けるポポンが、短く答える。
「……半分くらい」
「おお!やっぱり最深到達者だろ、俺達!」
「しかし、クリーチャーがまったく出ないのは変です」
眼鏡の男の疑念に、ポニーテールのラジリが答える。
「この娘が同行しているから、じゃないか?」
「それはそうかもしれませんが」
冒険者達が雑談する中、ポポンの迷いは深まるばかりだった。
(この人達に従わなければ人を裏切ることになって、最深部まで案内すればモッカピさんを裏切ることになる……ううん、もう裏切っているのかも)
ポポンは膝をギュッと抱き込む。
(どっちにしても私は誰かを裏切るのか)
そしてポポンは大きくため息をついた。
(今日は人生最悪の日だ……)
「ようし、行くぞ」
ミゲルが立ち上がり、他の冒険者達も続く。
ポポンもロープを引っ張られ、しぶしぶ立ち上がった。
ポポンの心とは裏腹に、その後もダンジョン攻略は順調に進んだ。
深い場所のほうが罠の位置をよく覚えていたし、クリーチャーは相変わらず影も形もない。
ポポンが歩みを遅らせれば、途端にロープを引っ張られる。
そうこうしているうちに、ついに最後の下り坂までやってきてしまった。
これを下りれば、モッカピンショーのいる中心部が存在する最深フロアである。
(どうしよう、どうしよう!もう、モッカピさんとこ着いちゃうよ!)
どうしてよいやらわからない。
だがミゲルの視線を背中に感じ、足を止めて考えることもできない。
ポポンはもう、泣き出しそうだった。
うつむいたまま、坂を下る。
そして下り続けてふと、気づいた。
(……あれれ?この坂、こんなに長かったっけ?)
訝しみながら、更に坂を下る。
だが坂の終わりは見えず、ただ同じような下り坂の景色が続く。
(やっぱり!この坂、前来たときより絶対長い!)
ポポンが戸惑いを隠せずにいた、そのとき。
「おい、嬢ちゃん!!」
突然の後ろからの大声に、ポポンが跳び上がる。
「はひっ、なんれすかっ!?」
ポポンが慌てふためきながら問い返すと、髭の男が「前だっ!前を見ろっ!」と叫んだ。
「えっ?――あわわっ!」
ポポンのすぐ前方に、獣系クリーチャーがいた。
見た目は大きな犬そのもので、毛は一本も生えていない。特徴的なのはどこを見ているのかわからない、不気味な瞳。
クリーチャーが「グルッ……」と低く唸ると、その後ろから一頭、また一頭と数が増えていく。
眼鏡の男が叫ぶ。
「邪眼の魔犬っ!二、三……七頭!まだ増えてますっ!」
「ダンジョン屋!てめえ、ハメたな!?」
ミゲルににらまれ、ポポンはぶんぶんと首を横に振る。
「し、知らないもん!下に下りる道はここしか知らないし!」
「ミゲル、詮索は後だ!指示を!」
髭の男にそう言われ、ミゲルは舌打ちした。
「チィッ!……ダニエルとセドリックは俺と前列だ!盾を高く構えて、瞳を直視するな!」
「おうっ!」「了解!」
頬に傷のある男と髭の男がミゲルに並ぶ。
「ラジリは俺ら越しに狙撃!俺に当てたら許さんぞ!」
「任せろ」
ラジリが弓に矢をつがえる。
「アンリはバックアップ!前列が倒れたらそこに入れ!」
「はいっ!」
眼鏡の男がショートソードを抜いて前列とラジリの間に立った。
「あの、私は……?」
ポポンがおずおずと尋ねると、ミゲルは「引っ込んでろ!」と吐き捨てるように言った。
「来るぞ!集中しろっ!」
「「応っ!!」」
冒険者達の鬨の声をきっかけに、ゲイズハウンド達が躍りかかる。
戦いの行方を呆然と眺めるポポンだったが、ハッと気づく。
「そうだ、今のうちに逃げなきゃ……!」
ゆっくりと後退り、十分に距離を取ってから踵を返す。
そして駆けだそうと一歩踏み出して、ポポンは信じられないものを見た。
「……リィン?」
それは、壁から生えたリィンの生首だった。
新手のクリーチャーかと、リィンの生首から距離を取る。すると、リィンの生首が口を開いた。
「何してる。こっちだ」
今度はリィンの首の横に手がニュッと生えてきて、ポポンを手招きする。
ポポンは不審に思いながらも、警戒しながら近づいていく。
「……リィンなの?リィン系クリーチャーじゃないよね?」
「そんなクリーチャー系統があるか」
リィンの生首が呆れ顔に変わる。
「いいから来い」
と、壁から生えた手がポポンの肩を掴んだ。
そしてそのまま、壁の中へとポポンを引き込む。
「わあっ!……あれ?」
壁にぶつかると思い、目をギュッと閉じるポポン。
だが再び目を開くと、そこは石造りの細い回廊だった。
「……そっか!ここって¨裏道¨?」
「そうだ。ついて来い」
リィンは無言で先を歩き、ポポンもまた無言でその後を歩く。
やがて¨裏道¨は大きな螺旋階段へと突き当たった。
「この階段は見覚えがある!」
「ああ。こっからはお前も通った¨裏道¨だ。……ちょっと待て」
リィンは今通ってきた細い¨裏道¨に手をかざす。
「迷宮運営者モッカピンショーの名の元に、代行者リィンが命ず。裏道よ、閉じよ」
すると通路の床や壁や天井が、咲いていた花がつぼみに戻るように渦を描きながら閉じていった。
「……すごい」
ポポンは思わず感嘆の言葉を漏らす。
作業を終えたリィンは、ポポンのロープを解きながら説明した。
「代行者権限で、あの坂まで¨裏道¨を拡張したんだ。それももう閉じたから、奴らは追ってこれない」
「……ほんとに?」
そう尋ねるポポンに、リィンが頷く。
「ああ、もう安全だ」
するとポポンはくしゃっと顔を歪め、リィンの胸に飛び込んだ。
「うわぁーん!リィン!助けてくれるって信じてたよぉー!」
「そりゃ助けるさ。……っておい、離れろよ」
「うえぇぇー!怖かったぁー!」
なおも泣きじゃくるポポン。
「……ったく」
リィンは宙を見上げてため息をつき、それから仕方なさそうにポポンの頭を撫でるのだった。




