表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/51

19

「煮るなり焼くなり、好きにしやがれ!」


 そう言い放ち、ぬかるみの上に胡坐をかくマルス。

 ポポンはきょとんとした顔で樹上のリィンを見る。が、彼もまた首を捻っていた。


「降参するってこと?」


 おずおずと尋ねるポポンに、マルスが頷く。


「俺の首が欲しいんだろ?さっさとやればいい!俺ァ、命乞いはしねえぞ!」

「命まで取る気はないんだけど」

「あァ?おめぇ、『確!殺!』とか言ってたじゃねえか!」

「あう。それは言葉のあやで」


 マルスは「ウソだな!」と首を振った。


「お前らライカン狩りの冒険者だろう?知ってんぞ、ライカンの首は銀貨一袋と交換できるそうじゃねえか!」


 ポポンは銀貨の詰まった革袋を思い浮かべ、目を輝かせた。


「そうなんだ!?すごいねえ、ライカンの首ってとっても価値があるんだね!」

「いやあ、それほどでも……って違う!お前らが金と交換するつもりだろう、と言ってるんだ!」

「そんなことしないよ!」

「ウソつけ!だいたい、絶滅危惧クリーチャー保存会だって?そんなの胡散臭い組織、誰が信じるか!」

「そ、それは」


 ポポンは戸惑い、樹上のリィンに責めるような視線を向けた。

 リィンは一つため息をつき、枝からひらりと飛び降りた。


そいつ(・・・)はウソだが、首がいらないのはウソじゃない」


 マルスがリィンにも疑いの目を向ける。


「信じると思うか?」

「そんな汚え首いるかよ」


 リィンの言い様に、ムッと顔をしかめるマルス。


「じゃあお前ら、本当はどこの誰なんだよ!」

「俺達は――」


 リィンは一瞬言うべきか迷い、それから言った。


「――ダンジョン工務店の者だ」


 マルスは喉奥が見えるほど、ぽかんと口を開けた。

 彼の両眼は信じられない、といった様子でリィンを見ている。


「……言いたいことあるなら言っていいぞ?」

「まだそんな見えすいたウソをつくのか!?それじゃあ、さっきの絶滅危惧クリーチャー保存会のほうがまだマシだぞ!」

「ま、そうなるよな」


 リィンが頭を掻く。


「ダンジョン工務店!?意味わかんねえ!いったい何をする店だってんだよ!」


 するとポポンが懐を探り、一枚の紙を取り出した。

 そしてペコリと頭を下げ、マルスに手渡す。


「こういうお店です」

「おっ、こりゃご丁寧にどうも」


 頭を下げながら受け取るマルス。

 その紙を覗き見たリィンが、ポポンに囁いた。


「……お前、うちのチラシを持ち歩いてるのか?」

「名刺代わりになるかなと思って。ダメだった?」

「いや、構わないが」


 マルスはふんふんと頷きながらチラシに目を通し、読み終えると驚いた様子で言った。


「いやあ、変わった店もあるもんだな!恐れ入ったぜ!」

「俺達は迷宮運営者(ダンジョンマスター)の依頼を受けて、スミロドン減少の理由を調べていた。で、その原因たるお前に聞きたい。なぜスミロドンばかり狩る?目的は何だ?」


 マルスは悪びれもせずに言った。


「目的も何も、食うためさ」

「いや、だから。なんでスミロドンばかり食うんだ?」

「それ以外、食うもんねえからだ。このジャングルにはろくな獲物がいねえ。ライカンの俺が虫とか食ってられねえし」


 ポポンが「そういえば」と口を挟む。


「このダンジョンって動物系クリーチャー少ないもんね。昆虫系とか不定系は多いけど」

「だろう?俺はこれでも味にうるさいんだよ」

「私も昆虫はちょっとなー。えんじ星ガニは美味しかったけど」


 頷き合う二人と違い、まだ納得していない様子のリィン。

 彼は更に質問を重ねた。


「そのグルメなライカンが、なぜジャングルに居座る?迷って出られないってのは、それこそウソだろう?人の村にでも行って家畜襲うのがライカンらしい行動だと思うが」

「それだよ」


 マルスがリィンを指差す。


人狼(ライカンスロープ)は人や家畜を襲うもんだって決めつけてやがる。別にそんなことする必要はないんだよ。普通に狩りでもして暮らしゃあいいんだ」

「確かに、あんたは狩りが上手いようだしな」

「そうさ。ライカンは生まれつきの狩りの達人だからな。無理に人や家畜を狙う必要はないんだ」


 そこまで話して、マルスは不機嫌そうに目を細めた。


「ところが、当のライカン達まで人や家畜を襲うもんだって思いこんでやがる」

「どういう意味だ?」

「俺はな、群れの仲間に言ったんだよ。村を襲うのはやめないか、狩りをしながら静かに暮らさないか、ってな。人間はひ弱だが数が多い。村を襲い続けてりゃ、いつかこっちがやられるのは目に見えてる」


 リィンは目を見開いてマルスを見つめた。


「……お前、変わったライカンだな」

「仲間にもそう言われた。俺に賛同するやつなんていなかった。果てはひ弱な人間を恐れる臆病者、なんて言われる始末さ。さすがに頭にきてな、群れの集落を飛び出しちまった」

「ふんふん、それでどうなったの?」


 いつの間にか話に聞き入るポポンが、続きを促す。


「三年くらいか。あちこちを放浪してから集落に戻ることにしたんだ。もう一度説得してみようと思ってな。……だが戻ってみたら、集落は酷い有り様だった」


 マルスの声が悲哀の色を帯びる。


「家屋はすべて焼け落ちていた。槍や剣の残骸があちこちに落ちてて、その傍らに仲間の亡骸が転がってた。まるで、石ころみたいにな」

「酷い……」


 声を震わせるポポンに、マルスが言った。


「酷くはねえ。やったことをやり返されただけの話さ」


 マルスが視線を落とす。


「俺は亡骸を数えて回ったよ。四十四。全滅だった」


 そしてマルスは自嘲気味に笑った。


「亡骸はすべて首が落とされていた。でもな、それでもどれが誰かわかっちまうんだよ。笑えるよな」


 そうしてマルスは天を仰ぐ。


「そのとき気づいたよ。あいつらはやはり俺の仲間、家族だったんだ。だが、もう二度と戻ってはこない」


 泥と雨と涙が混じり、顔をグチャグチャにしたポポンが訴える。


「ぐすっ。リィン、こいつ悪いライカンじゃない。良いライカンだよ!」

「……お前、騙されやすいって言われないか?」

「えっ、なんでわかるの!?」

「あー、もういい。――マルス、まだ俺の疑問に答えていないぞ。その仲間を失ったライカンが、なぜこのジャングルに居座る?」

「放浪していたとき、流れの吟遊詩人に聞いたんだよ。ダンジョンには迷宮運営者(ダンジョンマスター)ってのがいて、そいつはクリーチャーを好きに生み出せるんだ、ってな」


 マルスは立ち上がり、大声で宣言した。


「俺は迷宮運営者(ダンジョンマスター)になる!そして人狼(ライカンスロープ)を大勢生み出し、ライカンの帝国を作る!!」


 その熱量にあてられたポポンも立ち上がる。


「すごい!私も応援するよ!」


 一人冷めたリィンが呆れたように二人を眺める。


「で、どうやって運営者になる気なんだ?」


 マルスは自信満々に答えた。


「運営者を倒して、ダンジョン乗っ取るのさ!」


 それを聞いたポポンがリィンに身を寄せる。

(そんなこと、できるの?)

(いや、運営者を倒しても乗っ取れるわけじゃない。乗っ取り自体は不可能ではないが)

 マルスはコソコソと話す二人に構わず、話を続ける。


「だがなあ……いねえんだよ。運営者の野郎がいくら探しても見つかんねえ。きっと俺にビビって隠れてやがるんだ」


 そしてマルスは二人の手を取った。


「あんたら運営者に会ったんだろう?どこにいる!?教えてくれ!」


 ポポンがマルスの手を振り払う。


「ごめん、マルス。応援するって言ったけど、依頼者は売れないよ」

「あっ、そうだな。そうなるか。……すまん、今のは忘れてくれ」


 するとリィンは無言で二人の元を離れ、歩き出した。


「どこ行くの、リィン?」


 リィンはポポンの問いかけには答えず、マルスに目配せした。


「ついてこい」

「どこへだ?」

「運営者に会わせてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ