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「煮るなり焼くなり、好きにしやがれ!」
そう言い放ち、ぬかるみの上に胡坐をかくマルス。
ポポンはきょとんとした顔で樹上のリィンを見る。が、彼もまた首を捻っていた。
「降参するってこと?」
おずおずと尋ねるポポンに、マルスが頷く。
「俺の首が欲しいんだろ?さっさとやればいい!俺ァ、命乞いはしねえぞ!」
「命まで取る気はないんだけど」
「あァ?おめぇ、『確!殺!』とか言ってたじゃねえか!」
「あう。それは言葉のあやで」
マルスは「ウソだな!」と首を振った。
「お前らライカン狩りの冒険者だろう?知ってんぞ、ライカンの首は銀貨一袋と交換できるそうじゃねえか!」
ポポンは銀貨の詰まった革袋を思い浮かべ、目を輝かせた。
「そうなんだ!?すごいねえ、ライカンの首ってとっても価値があるんだね!」
「いやあ、それほどでも……って違う!お前らが金と交換するつもりだろう、と言ってるんだ!」
「そんなことしないよ!」
「ウソつけ!だいたい、絶滅危惧クリーチャー保存会だって?そんなの胡散臭い組織、誰が信じるか!」
「そ、それは」
ポポンは戸惑い、樹上のリィンに責めるような視線を向けた。
リィンは一つため息をつき、枝からひらりと飛び降りた。
「そいつはウソだが、首がいらないのはウソじゃない」
マルスがリィンにも疑いの目を向ける。
「信じると思うか?」
「そんな汚え首いるかよ」
リィンの言い様に、ムッと顔をしかめるマルス。
「じゃあお前ら、本当はどこの誰なんだよ!」
「俺達は――」
リィンは一瞬言うべきか迷い、それから言った。
「――ダンジョン工務店の者だ」
マルスは喉奥が見えるほど、ぽかんと口を開けた。
彼の両眼は信じられない、といった様子でリィンを見ている。
「……言いたいことあるなら言っていいぞ?」
「まだそんな見えすいたウソをつくのか!?それじゃあ、さっきの絶滅危惧クリーチャー保存会のほうがまだマシだぞ!」
「ま、そうなるよな」
リィンが頭を掻く。
「ダンジョン工務店!?意味わかんねえ!いったい何をする店だってんだよ!」
するとポポンが懐を探り、一枚の紙を取り出した。
そしてペコリと頭を下げ、マルスに手渡す。
「こういうお店です」
「おっ、こりゃご丁寧にどうも」
頭を下げながら受け取るマルス。
その紙を覗き見たリィンが、ポポンに囁いた。
「……お前、うちのチラシを持ち歩いてるのか?」
「名刺代わりになるかなと思って。ダメだった?」
「いや、構わないが」
マルスはふんふんと頷きながらチラシに目を通し、読み終えると驚いた様子で言った。
「いやあ、変わった店もあるもんだな!恐れ入ったぜ!」
「俺達は迷宮運営者の依頼を受けて、スミロドン減少の理由を調べていた。で、その原因たるお前に聞きたい。なぜスミロドンばかり狩る?目的は何だ?」
マルスは悪びれもせずに言った。
「目的も何も、食うためさ」
「いや、だから。なんでスミロドンばかり食うんだ?」
「それ以外、食うもんねえからだ。このジャングルにはろくな獲物がいねえ。ライカンの俺が虫とか食ってられねえし」
ポポンが「そういえば」と口を挟む。
「このダンジョンって動物系クリーチャー少ないもんね。昆虫系とか不定系は多いけど」
「だろう?俺はこれでも味にうるさいんだよ」
「私も昆虫はちょっとなー。えんじ星ガニは美味しかったけど」
頷き合う二人と違い、まだ納得していない様子のリィン。
彼は更に質問を重ねた。
「そのグルメなライカンが、なぜジャングルに居座る?迷って出られないってのは、それこそウソだろう?人の村にでも行って家畜襲うのがライカンらしい行動だと思うが」
「それだよ」
マルスがリィンを指差す。
「人狼は人や家畜を襲うもんだって決めつけてやがる。別にそんなことする必要はないんだよ。普通に狩りでもして暮らしゃあいいんだ」
「確かに、あんたは狩りが上手いようだしな」
「そうさ。ライカンは生まれつきの狩りの達人だからな。無理に人や家畜を狙う必要はないんだ」
そこまで話して、マルスは不機嫌そうに目を細めた。
「ところが、当のライカン達まで人や家畜を襲うもんだって思いこんでやがる」
「どういう意味だ?」
「俺はな、群れの仲間に言ったんだよ。村を襲うのはやめないか、狩りをしながら静かに暮らさないか、ってな。人間はひ弱だが数が多い。村を襲い続けてりゃ、いつかこっちがやられるのは目に見えてる」
リィンは目を見開いてマルスを見つめた。
「……お前、変わったライカンだな」
「仲間にもそう言われた。俺に賛同するやつなんていなかった。果てはひ弱な人間を恐れる臆病者、なんて言われる始末さ。さすがに頭にきてな、群れの集落を飛び出しちまった」
「ふんふん、それでどうなったの?」
いつの間にか話に聞き入るポポンが、続きを促す。
「三年くらいか。あちこちを放浪してから集落に戻ることにしたんだ。もう一度説得してみようと思ってな。……だが戻ってみたら、集落は酷い有り様だった」
マルスの声が悲哀の色を帯びる。
「家屋はすべて焼け落ちていた。槍や剣の残骸があちこちに落ちてて、その傍らに仲間の亡骸が転がってた。まるで、石ころみたいにな」
「酷い……」
声を震わせるポポンに、マルスが言った。
「酷くはねえ。やったことをやり返されただけの話さ」
マルスが視線を落とす。
「俺は亡骸を数えて回ったよ。四十四。全滅だった」
そしてマルスは自嘲気味に笑った。
「亡骸はすべて首が落とされていた。でもな、それでもどれが誰かわかっちまうんだよ。笑えるよな」
そうしてマルスは天を仰ぐ。
「そのとき気づいたよ。あいつらはやはり俺の仲間、家族だったんだ。だが、もう二度と戻ってはこない」
泥と雨と涙が混じり、顔をグチャグチャにしたポポンが訴える。
「ぐすっ。リィン、こいつ悪いライカンじゃない。良いライカンだよ!」
「……お前、騙されやすいって言われないか?」
「えっ、なんでわかるの!?」
「あー、もういい。――マルス、まだ俺の疑問に答えていないぞ。その仲間を失ったライカンが、なぜこのジャングルに居座る?」
「放浪していたとき、流れの吟遊詩人に聞いたんだよ。ダンジョンには迷宮運営者ってのがいて、そいつはクリーチャーを好きに生み出せるんだ、ってな」
マルスは立ち上がり、大声で宣言した。
「俺は迷宮運営者になる!そして人狼を大勢生み出し、ライカンの帝国を作る!!」
その熱量にあてられたポポンも立ち上がる。
「すごい!私も応援するよ!」
一人冷めたリィンが呆れたように二人を眺める。
「で、どうやって運営者になる気なんだ?」
マルスは自信満々に答えた。
「運営者を倒して、ダンジョン乗っ取るのさ!」
それを聞いたポポンがリィンに身を寄せる。
(そんなこと、できるの?)
(いや、運営者を倒しても乗っ取れるわけじゃない。乗っ取り自体は不可能ではないが)
マルスはコソコソと話す二人に構わず、話を続ける。
「だがなあ……いねえんだよ。運営者の野郎がいくら探しても見つかんねえ。きっと俺にビビって隠れてやがるんだ」
そしてマルスは二人の手を取った。
「あんたら運営者に会ったんだろう?どこにいる!?教えてくれ!」
ポポンがマルスの手を振り払う。
「ごめん、マルス。応援するって言ったけど、依頼者は売れないよ」
「あっ、そうだな。そうなるか。……すまん、今のは忘れてくれ」
するとリィンは無言で二人の元を離れ、歩き出した。
「どこ行くの、リィン?」
リィンはポポンの問いかけには答えず、マルスに目配せした。
「ついてこい」
「どこへだ?」
「運営者に会わせてやる」




