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 リィンとポポンは茂みに身を潜めていた。

 目の前には大きな池。

 そしてその手前に枯れ果てた黒い木。


「……いよいよだね」


 ポポンがハンマーの柄をギュッと握り締める。


「お前はここに隠れてろ。俺が一人で行く」


 リィンの言葉に、ポポンは目を剥いて反論した。


「どうして!?私も行くよ!」

「しっ!……こっちの手札を見せる必要はない。いざとなったら出てきてくれ。いいな?」


 ポポンは渋々ながらも頷く。


「リィンはどうするつもりなの?やりようはある、なんて言ってたけど」

「ダンジョンから出て行ってくれと交渉するだけだ。流れによっては商談になったり、脅迫になったりするかもしれないが」

「戦闘はナシ?」

「基本的にナシだ。襲われた場合はその限りじゃないがな」

「……そっか。ちょっと安心したよ」

「ま、油断せず見ていてくれ」


 リィンは立ち上がり、


「行ってくる」


 と言い残して歩き出した。

 リィンはぬかるんだ足場を、わざと音を立てながら歩いていく。

 すると(ウロ)に潜むハンターもすぐに気づいたようで、木の陰から半身を覗かせた。

 二十代前半の男性。

 格好は猟師のそれで、腰の剣鉈に手をかけている。

(思ってたより若いな。……弓はなし、か)

 リィンは明るい調子で話しかけた。


「よう!あんたがスミロドンを狩ってる猟師だな?」


 ハンターがリィンを鋭く睨む。


「誰だ、お前?」

「俺かい?俺は絶滅危惧クリーチャー保存会のリィンってもんだ。あんたは?」

「……マルスだ」

「マルス!良い名だ。実はな、マルスさん。あんたの狩ってるスミロドンは年々数が少なくなっていてな。うちで保護対象になっているんだ」

「こちらには関係のない話だ」

「そう言わんでくれ、マルスさん。うちはそれなりに大きな組織でな、有力なパトロンも多い」

「何が言いたい」


 脅されたと感じたマルスが目を細める。


「おっと、誤解しないでくれ。タダで止めろなんて言わねえ、って意味だ」


 リィンは両手を広げ、更に近寄った。


「迷惑料を払おう。しばらく生活に困らないくらいは払ってやれる。どうだ?狩りを止めて、このジャングルから出て行ってくれないか?」


 すると、マルスは突然明るく話し出した。


「本当か?それはいい話だ!」


 マルスは木の陰から全身を現し、リィンに歩み寄った。


「だがな、出れねえんだ。恥ずかしい話なんだが……迷っちまって」


 そう言って、マルスは頭を掻く。


「何!?それでスミロドンを狩って飢えをしのいでいたわけか!……わかった、この俺がジャングルの外まで案内しよう!」

「いいのか!?そいつは助かる!」

「お安い御用さ。さあ、ついてきてくれ!」


 そう言ってリィンは背中を向け、心の中で悪態をついた。

(迷って出られない?この大ウソつきめ!腕の良い猟師がこの程度の森で迷うかよ!)

 そのまま数歩あるいたとき。

 目の前の茂みからポポンが立ち上がった。


「リィン!危ないっ!」

「わーかってるって」


 リィンは余裕たっぷりに振り向き、そして驚愕した。

 予想をはるかに上回る速度で迫ってきたのは、人間の腕ではなく毛むくじゃらの獣の腕。

 刃物のように鋭い爪がリィンを襲う。


「チッ!」


 リィンがバックステップでかわすと、続いてもう片方の腕がかち上げるように下から迫る。

 それも持ち前の反射神経で、紙一重で避ける。

 だが、次の瞬間。


「グハッ!」


 獣らしからぬ蹴り技がリィンの胴を捉えた。

 リィンは自ら後ろに跳んだがその勢いは殺しきれず、ぬかるみを無様に滑る。


「リィン!」


 泥に塗れたリィンに、ポポンが駆け寄る。


「大丈夫!?」

「ゼハッ、ゼハッ……息が詰まる……が、大丈夫だ」

「あいつ、何なの?」

人狼(ライカンスロープ)だ。人に化けて……ゼハッ、村に入り込み、人を食らう」


 見事な毛並みの人狼と化したマルス。

 彼は両手をだらりと下げ、天に向かって吼えた。


「アオォーーーー!!」

「なんであんなのがジャングルにいるの!?」

「知るかよ!……ゼハッ。あー、クソッ!人にしてはよく食うな、って思ったんだよ!」

「もう!なら、そのときに気づいてよ!」

「お前の食いっぷり見てるから、そういうもんかと思ったんだよ!」


 マルスはブルリと震えて毛についた水を飛ばした。そして前傾姿勢をとってリィンとポポンを睨む。


「……来るぞ。俺の息が戻るまで一人でやれるか?」

「よーし……まっかせといて!」


 ポポンはレインコートを脱ぎ捨てるや否や、ハンマーを担ぎ上げマルスに突貫した。


「どりゃー!リィンの仇ー!」

「まだ死んでねえぞ」


 助走から放たれた、ポポンの大振りの一撃。

 だがマルスは迫り来るハンマーを事も無げにかわす。


「ヒュウ!おっかねえな、お嬢ちゃん!」

「むむっ。おらー!」


 ポポンはそのまま体ごと回転し、更にもう一撃。しかしマルスはこれもかわし、ポポンの胴を蹴り上げた。


「きゃん!」


 先ほどのリィンと同様に、ぬかるみに転がるポポン。むくりと起き上がったポポンを、マルスが嘲笑する。


「クハハッ!まるで泥男(マッドマン)だな!」

「うるさいっ!行くぞー!」


 それからポポンは突撃しては転がされ、またむくりと起き上がっては突撃する。

 何度も。

 何度も、何度も。

 転がしては立ち上がってくるポポンに、マルスは苛立ちを募らせた。


「まだまだー!てぇぇい!」

「かーっ、しつけえ!嬢ちゃん頑丈すぎんだろ!」

「きゃん!」


 吹っ飛ばされたポポンが、またむくりと起き上がる。


「むー!こんちくしょー!」

「だから当たらねえって!おらっ!」


 渾身の横蹴りを放ったマルスだったが、またしても起き上がるポポンを見て天を仰いだ。


「きりがねえな。……ここらでお暇させてもらうぜ」


 マルスはググッと身を屈め両脚に力を蓄積すると、空高く跳び上がった。


「待てー!逃げるなー!戻ってこーい!」


 高い木の枝に着地したマルスは、ぬかるみでハンマーを振り回して怒鳴るポポンを見下ろした。


「……戻るわけねーだろ」


 そう言って再び両脚に力を溜め、次の跳躍に備えるマルス。

 だが。


「冷たいこと言うなよ。仮にも女性が『待って』と言ってるんだから」

「ッ!?」


 マルスが頭上を見上げる間もなく、リィンが上からマルスの両耳をむんずと掴む。

 そして掴んだ両耳を軸にして半回転し、マルスの顔面に膝を見舞った。


「グアアッ!」


 マルスは枝から墜落し、ぬかるみの上を転げまわった。


「痛え!くそっ、痛えー!」


 絶叫しながら、耳と鼻を代わる代わる触って確認するマルス。


「糞エルフが!鼻が利かなくなったらどうしてくれるッ!」


 樹上のリィンが笑う。


「また上がお留守になってるぞ?」

「上?」


 マルスの上に、ハンマーの丸い影が射す。


「確!殺!ポポンストラーイク!!」

「うおぉっ!?」


 マルスは間一髪、体を転がしてハンマーから逃れた。

 ポポン渾身の一撃が地面をとらえた。

 地響きと共に泥が爆ぜる。

 泥飛沫が治まると、地面には大穴が空いていた。

 マルスは口元を引きつらせてハンマーの跡を見ている。その顔は泥に塗れ、灰色だった毛並みは見る影もない。


「もう!リィンってば、なんで教えちゃうの!」

「悪い悪い。だが、技名を叫ぶのもどうかと思うが」

「えっ、普通言うよ。言う言う」

「そう、か?……まあ、いい。奴はもう満足に動けない。あとは時間の問題だ」


 マルスは泥を振り払い、大声で笑った。


「クハハハッ!何言ってんだ、糞エルフ!俺が満足に動けないって?むしろ絶好調さ!」


 そうしてピョンピョンと、その場で野生の跳躍力を披露する。

 しかし、リィンは余裕たっぷりに語りだした。


「ライカンとわかったとき、不思議だったんだよ。なんで人目もないジャングルの中で人の姿でうろついてんのか、ってな。身体能力の高い人狼の姿のほうが狩りもしやすいはずなのに。……だが考えてみりゃ簡単な話だった」


 リィンはマルスを見つめ、ニヤッと笑った。


「毛が濡れるのを嫌ったんだろ?水を吸って重くなるもんな。ジャングル由来のクリーチャーと違って、狼の毛がこの気候に合ってないわけだ」


 それを聞いたポポンが両手を打つ。


「そういえば、犬みたいにブルルッて何度もやってた!」


 リィンはポポンに満足げに頷く。

 一方のマルスは、黙ってリィンを睨みつけるだけだった。

 リィンはその様子に自らの仮説の正しさを確信し、ポポンに指示を出した。


「奴は雨でずぶ濡れな上に泥塗れだ。確実に動きは鈍ってる」

「うん」

「お前はとにかくハンマーをぶん回せ。逃げようとしたら俺が叩き落とす」

「うん!」

「お前のハンマーなら一発当たれば十分だ!さあ、仕留めるぞ!」

「うんっ!」


 油断なくハンマーを構え、にじり寄るポポン。

 樹上から一挙手一投足も見逃すまいと、鋭い視線を向けるリィン。

 そしてマルスはぐっしょりと濡れた己の毛を見つめ、頭をガリガリと掻いた。


「あー、くそっ!やめだ、やめ!」


 そうしてドカッ、とぬかるみに腰を下ろす。


「煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」


技解説

【確殺!ポポンストライク!】

重量級ハンマーによる無慈悲な一撃。

(ただの上段振り下ろし)


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