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 ポポンの長靴の下から、パキッ!と乾いた音がした。


「ひゃっ!?」

 やけに甲高く響いたその音に、ポポンは身をこわばらせる。

 恐々と足元を覗きこみ、それから照れ隠しに笑った。


「えへへ。何かの骨、踏んづけちゃった。びっくり――」

「しっ!静かに」


 リィンが口元に人差し指を当て、黙るよう促す。その真剣な表情に、ポポンは石のようにその場に固まった。

 遠くで聞こえるけたたましい鳥の鳴き声。

 騒々しいくらいに枝葉を打つ雨の音。

 だがポポンには、自分の高鳴る鼓動の音が何よりうるさく感じられた。


「リィン?」


 か細い声でポポンが問う。

 リィンは眼球だけをしきりに動かしていたが、やがてふうっと息を吐いた。


「鳴子だ。音で侵入者を報せる罠だな」


 リィンはあちらこちらの地面を次々に指差した。


「あそこも。あそこにも。上手く隠してあるが、良い場所(・・・・)にだけ骨が落ちてる」

「たまたま動物の骨が転がってただけじゃ……」

「この湿気の中であんな音が出るほど乾いた骨が落ちてて、それをお前が都合よく踏んだって?……それはないな」


 ポポンは小さく頷き、そのまま項垂れた。


「ごめん、リィン。私ドジっちゃったんだね」

「謝らなくていい。俺だって気づかなかったし、それに……鳴子があるってことは、聞こえる範囲に仕掛けた奴の寝床があるってことだ」

「あっ、そっか!」

「さて、問題だ。この鳴子を仕掛けた奴は誰かな?」

「スミロドンハンター!」


 リィンは満足げに頷いた。


「ここからは、俺の後ろをぴったりついて歩け。鳴子地帯を抜けたら次は罠地帯ってのが相場だからな」


 ポポンがぶるっと武者震いする。


「う~、なんかダンジョン攻略みたいになってきたね」


 リィンはニヤッと笑った。


「だったら俺達の得意分野だ」


  ◇       ◇       ◇


 二人は初めて訪れるダンジョンを探索するように、一列になって慎重に動いた。

 草陰に隠れた罠も、見えにくい糸を使った罠も、集中力を高めたリィンの前には意味をなさなかった。

 やがて、少しだけ開けた場所に出た。

 ここだけ落ち葉がたまり、地面全体を覆っている。

 頭上では木々の枝が重なり合い、天然の屋根を形成していた。

 リィンは立ち止まり、ぐるりと辺りを見回した。


「雨がしのげて鳴子の音も聞こえる距離だ。風だまりになってるから周囲の臭いも集まってくる。……ここだな」

「ここに、いるの?」


 ポポンがごくりと唾を飲む。

 リィンはそれに答えず、ゆっくりと歩き出した。

 そして再び足を止めたのは、高さ三メートルほどの岩の陰。


「寝床はここだ。足跡もある。……やはり人間か」

「えっ?どこどこ!?」


 ポポンはリィンの元へ駆け寄り、地面に目を凝らす。


「それだ」


 リィンが落ち葉の上を指差す。


「……どれ?」

「だから、それだって」

「これ?」

「どこ見てんだよ。そ、れ!落ち葉が潰れてるだろう?」

「あ、わかった!これだ!」

「それはお前の足跡だ」

「あう」


 リィンは呆れたようにため息をついた。


「もういい。……足跡はまだ新しい。ついさっきまでいたようだ」

「ひょっとして、私の鳴らした音で逃げられちゃった?」

「いや。慌てて逃げたような足跡じゃない。あの頃には留守だったんだろう」


 それを聞いて、ポポンはホッと胸を撫で下ろした。


「俺はもう少しここを調べる」

「ん、わかった」


 安堵したポポンは寝床の調査をリィンに任せ、自分なりに辺りを調べ始めた。

 落ちた枝を持ち上げたり、石をひっくり返したり。

 大きな木をゆさゆさと揺らしてみたり。

 そうして寝床からずいぶん離れたとき、地面に異変を見つけた。


「リィン!」

「なんだ?」


 岩陰から顔を出すリィン。


「ここ、地面が黒い!」


 リィンはすぐさま立ち上がり、ポポンの元へ急いだ。


「ここっ!ここだよ、リィン!」

「ああ、見てる」


 ポポンの指差す地面だけ落ち葉がなく、また土の色が不自然に黒かった。


「ここで火を焚き、食事してるようだな」

「寝床から離れてるよね。なんでだろ?」

「用心したんじゃないか?食事の匂いがクリーチャーを呼ぶことがあるから」

「あー……思い出した。冒険者のとき、口うるさいリーダーによく言われたなあ。食べ残しをテントの横に捨てるな!って。ほんと口うるさいリーダーだった!」

「俺はそのリーダーに同情するよ。……食べ残し、か。ふむ」


 リィンは焚火跡を離れ、近くの茂みをかき分けた。


「あった」

「なになに?」


 ポポンが茂みを覗くと、そこには動物の骨が山と積まれていた。


「げげっ。すごい量だね」

「頭蓋骨をよく見ろ」

「ずがい――ああっ!」


 動物の骨はすべて大型の獣のもので、上あごから特徴的な長い牙が飛び出していた。


「これ、全部スミロドンの骨!?」


 リィンは頷く。


「こんなに発達した犬歯を持つのはスミロドンしかいない。……決まりだな、ハンターがスミロドン減少の原因だ」

「そのハンターはどこに行ったのかな?」

「そりゃあ狩りだろう。ハンターだし」

「ということは、今も近くでスミロドンを狩ってる……?」

「近くで、かはわからないな。勘だが、寝床の近くで狩りをしないタイプな気がする」

「でもでも、あんまり遠いと寝床に帰るの大変だよね?」

「だな。遠すぎず、近すぎず……」


 そこまで言って、リィンは頭上を指差した。


「ちょっと上から見てくる」

「うえ?」


 首を傾げるポポンをよそに、リィンは周辺の木を物色し始めた。

 そして最も高そうな木を選び、重力に逆らうようにスルスルと上っていく。

 幹を伝い、枝を渡り、空を隠す枝葉をかき分け、あっという間に木の最上部まで上ってきた。

 だがここからでも、鬱蒼と茂る木々に邪魔され遠くまで見通せない。

 リィンは木の最上部からひょろりと伸びる、か細い枝に目を向けた。

 他の枝と同調するのを嫌ったかのようなその枝は、たった一本で雨雲に向かって伸び、頼りなく風に揺れていた。

 リィンはこの枝に上ることにした。

 体重をかければ一瞬で折れるであろうその枝を、赤子に触れるように優しくゆっくりと上る。

 やがて枝のてっぺんまで達すると、その突端に足裏を乗せる。

 そしてそのまま体をぐうん、と持ち上げた。

 大木のてっぺんに突き出た枝先に、直立している格好だ。

 リィンは揺れる枝に合わせて体を揺らしながら、再度辺りを見渡した。

 先程よりもずっと遠くまで見通すことができる。


(さて、どこだ……?)


 リィンが自慢の視力を働かせる。

 しかし、木々に遮られて地表の様子はあまりわからない。


(想像しろ。俺がハンターならどうする?)

(……鳴子圏の内側では狩りをしない。他のスミロドンが拠点周辺に寄りつかなくなったら、拠点を移さなきゃならなくなる)

(だから、鳴子圏の外で場所を変えながら狩る)


 リィンは更に自問する。


(では鳴子圏の外で、具体的にどう狩りをする?)


 リィンはポポンが泥塗れになった辺りに視線を移す。


(まず、狩猟用の罠のチェックだな。それが空振りだったら……)

(水場で張る。スミロドンだってそこらの泥水啜るより、きれいな水を飲みたいはずだ)


 水場を探すのは容易だった。

 池や沼の中は木が生えていないので、上から見るとぽっかりと穴が空いたように森が途切れていた。


(大きい水場のほうが泥が沈殿しやすいか)


 水場から水場へと目を移し、リィンはとりわけ大きな池を見つけた。

 雨水がたまりにたまったその池は、今まで見たジャングルの水たまりと違って澄んだ水を湛えている。

 リィンは池の縁をなぞるように瞳を動かす。

 草むら、岩陰、枝の上……そして枯れ果てた大木に目が留まる。

 黒ずんだ大木は幹の真ん中からぽっきりと折れていて、幹と根っこだけになっていた。

 幹は空洞化が進んでいるようで、暗い(ウロ)が覗いている。

 そして……(ウロ)の中に浮かぶ、二つの眼光。

 リィンは思わず呟いた。


「見ーつけた」


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