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食事を終えた二人は、移動を再開した。
今までと同じく、リィンが外来種クリーチャーを見つけてはポポンがハンマーで駆除していく。
そのうちに足場はいっそう悪くなり、ぬかるみが水たまりと化している場所も点在するようになってきた。
背の低いポポンは、泥から足を引き抜くのも苦労するようになった。
「よいしょ、よいしょ。よっ、と!……ねえ、リィン。これ以上進むの厳しいよ。迂回しない?」
リィンは首を横に振った。
「水たまりが増えてきたってことは、ここらがエペさんの言ってた場所なんだろう。どうしても無理、ってとこまで進むぞ」
「は~い。……ちぇっ」
「っと、言い忘れてた。後ろから泥男がついてきてるぞ。外来種だ」
「へっ?」
ポポンが首だけで振り返ると、真後ろに人の形を成した泥の怪物が彼女に手を伸ばしていた。
「わわ、とりゃー!」
ポポンは泥にはまった長靴を置き去りにして跳び上がり、泥男へハンマーを振り下ろした。
泥男を叩き潰すと同時に、泥の中へ頭から墜落するポポン。
むくりと起き上がった姿は、たった今倒した泥男そっくりだった。
「おいおい、大丈夫かよ」
「遅い!言うの遅いよ、リィン!」
「悪い、悪い」
「もう!……ぺっ、ぺっ!」
ポポンは口に入った泥を吐き出す。
そして顔についた泥を拭い、首元の泥も落とそうとあごを上げたとき。
頭上の景色に違和感を覚えた。
「……リィン。糸がある」
「あん?何があるって?」
「いーと!ほら、ここからだと見える。枝の上だよ」
ポポンは自分の頭上に張り出した太い枝を指差した。
リィンはポポンのそばに顔を寄せ、彼女と同じように見上げた。
「……確かに糸だ。よく見つけたな」
「何となく上を見たら、泥飛沫が空中に止まってたの。あれあれ?と思ってよーく見たら、うっすら糸が見えたんだ。なんだろうね?」
「調べてみる」
言うが早いか、リィンは枝に跳びついた。
枝はわずかも揺れず、リィンの体は枝の上に消えた。
(わお。さっすが、森エルフ)
ポポンが感心していると、すぐにリィンが枝から顔だけ出した。
「単純なくくり罠だ。糸に触れるとロープの輪っかがすぼまって、足を捕らえて吊し上げる」
「ふうん……なんか、聞いてたダンジョンの罠とタイプが違うね」
「ああ、エペさんの罠じゃない」
「えっ!?じゃあ、前にリィンが仕掛けた罠?」
「だったらわざわざ調べたりしないさ」
「じゃあじゃあ、いったい誰が何のために?」
「わからん。が、枝の上に仕掛けられているのは大きなヒントだろうな」
リィンは枝にぶら下がり、そのままふわっと着地した。パシャンと水音を立ち、わずかに泥飛沫が跳ねる。
「この足場だ。泥男みたいな例外を除いて、たいていのクリーチャーは木の上を移動するだろう」
「クリーチャーも泥塗れは嫌だもんね」
「そして、それはスミロドンも同様だ」
「っ!それって、この罠がスミロドンを狙った罠かもしれないってこと!?」
「ロープの頑丈さから見て大型クリーチャーを狙った罠だ。このダンジョンにおいて木の上を移動できる大型クリーチャーとなれば、スミロドンで間違いないだろう」
「待って!じゃあ、私達の追ってる外来種って……人間なの?人間じゃないとこんな罠、仕掛けないよね!?」
「そうだな」
リィンは口をキュッと結んだ。
「犯人は人間、あるいは人に近いクリーチャーだ」
◇ ◇ ◇
犯人に目星をつけた二人は、更に南東へと移動した。
水はけはますます悪くなり、水たまりは池や沼と呼ぶべき大きさになっている。
枝葉を打つ雨音に交じり、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「生き物の気配がそこら中にある。エペさんの言ってた場所はこの辺りだろう」
ポポンが頷く。
「で、どうするの?」
「人とわかれば捜しようはある」
「……で、見つけたらどうするの?相手が人間なら駆除は無理だからね?」
そう言って、ポポンはハンマーを背中に隠した。
「わかってるさ。それもやりようはある」
「なら、いいけど」
「相手はおそらく猟師だ。スミロドンばかり狩ってるってことは、腕もいい」
ポポンが口をへの字に曲げる。
「う~、見つかるかな?ハンターって隠れるの上手そう」
「上手いだろうな。だが、ハンターなら潜伏先は読める。なんせ猟が生業なのは森エルフも同じだからな」
そう言って、リィンはパチリとウィンクした。
「そっか!じゃあ、ついてく」
「おう、ついてこい」
そこからはリィンを先頭に探索を始めた。
相変わらず木々で視界が悪く、足場にいたっては極めて悪い。
だがリィンは、何かに導かれるように迷いなく進んでいく。
やがて二人は、湿地帯にあって乾いた地面が続く場所に出た。
「エペさんの言ってた場所から出ちゃった?」
ポポンがそう問うと、リィンは首を振って否定した。
「むしろど真ん中だ。ハンターが休むにはうってつけだな」
「……水の中で休む人種だったりしない?」
「ないとは言わないが。トカゲ人でも陸上で休むからなあ」
「じゃあ、半魚人とか!」
「ああ、サハギンなら――サハギンってわざわざ陸上で狩りをするかあ?」
「あっ、そっか」
「用心して風下から探索すべきか……」
「あっ!見て見て!」
突然ポポンは走り出し、太い木を指し示した。
「リィン、これ!」
ポポンの指さす木の幹には、大きな爪痕が残されていた。
「スミロドンのじゃない!?」
リィンはじっ、と爪痕を見つめ、一つ頷いた。
「間違いない、スミロドンのマーキングだ」
「スミロドンの気配もある!犯人に近づいてる証拠だよ!」
手がかりを見つけたポポンは、得意気にリィンの元へ戻る。
そして大股で数歩、歩いたとき。
ポポンの長靴の下から、パキッ!と乾いた音が響いた。
「ひゃっ!?」
やけに甲高く響いたその音に、ポポンは身をこわばらせる。恐る恐る足元を覗きこみ、それから照れ隠しに笑った。
「えへへ。何かの骨、踏んづけちゃったみたい。びっくり――」
「しっ!静かに」
リィンが口元に人差し指を当て、黙るよう促す。
その真剣な表情に、ポポンは石のようにその場に固まった。




