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 二人はジャングルの南東方面に向かって移動を始めた。

 来たときと同じようにぬかるみの中を歩いているが、一つ違うのはポポンが先頭を歩いていること。

 やる気漲る彼女は、大きなハンマーを担いで意気揚々と進む。後ろを歩くリィンは外来種を見つけてはポポンに伝え、それを彼女がハンマーの一撃で叩きのめす。

 すでに何種も外来種を見つけているが、肝心のスミロドンの姿は確認できていない。


「屋外型ダンジョンってのも、なかなかいーね!」

「そうか?」


 ポポンは左手を真っ直ぐ前に突き出した。


「壁がないから、目的地まで一直線でしょ?」

「ああ、確かに。迷宮型ではこうはいかないもんな」

「でしょでしょ?」

「だが気は抜くなよ?クリーチャーがいるのは言うまでもないが、罠や仕掛けもあるからな」

「えっ。罠あるんだ」

「底なし沼とか、猛毒のイバラとかな」

「即死級の罠じゃん!リィンが先を歩いてよ!」

「見つけたら教えるから、心配するな」

「ほんとに教えてよね?」

「大丈夫だって。っと、その縞模様のヒュージスパイダーは外来種だ」

「りょーかい!ふんっ!」


 ポポンは振り下ろしたハンマーを何事もなかったかのように担ぎ直し、再び歩き始める。


「それにしても……リィン。私、感心しちゃった」

「唐突に何だよ」

「エペさんだっけ?女の私でもクラクラきちゃうくらい、すごい色気だった!なのにリィンは毅然とした態度でさ」

「あー。見てなかったからな」

「うん?見てない?」

「視点をずらしてた。エペさんの向こうの木を見る感じでな」

「なあんだ。……ってことは、リィンでも見たらクラクラしちゃう?」

「無論だ。あの色気は一種のスキルだからな。魅了や催眠スキルを持つクリーチャーは、直視しないのが鉄則だ」

「ふうん。でももったいなくない?エペさんのあの態度。リィンに気があるんじゃないかなあ」


 リィンは苦笑いを浮かべた。


「そうじゃない。その気がなくても男に対してああなってしまうんだ。アルラウネの本能だろうな」

「そっか、そういうもんなのね」

「そういうもんだ。運営者の特性を理解して、上手に付き合うのもウチで働くには大事なことだ」

「ん。覚えとく」

「ちょっと待て。あれは――」


 リィンが目を細める。

 木々の向こうを複数のクリーチャーが、体を波打たせながら移動していた。


大ナメクジ(ジャイアントスラッグ)の群れ。森にとって厄介な外来種だ」

「おっけー!」


 ハンマーを振り回しながら、ポポンが走る。


「でぇぇい!どりゃぁぁ!」


 リィンはこの様子を眺めながら、呟くように言った。


「今、このジャングルで一番ヤバい外来種はポポン(コイツ)だな……ん?」


 ジャイアントスラッグの群れをあっという間に叩きのめしたポポンが、じいっと足元を見つめている。


「どうした?」


 リィンが近寄ると、ポポンは足元を指差した。そこには全長四~五十センチくらいの、紅色のカニがいた。


「ねえねえ、こいつは?」

「それは駄目だ。赤星ガニは在来――んっ?珍しいな、えんじ星ガ二だ。外来種だな」

「ようし!」


 ポポンはハンマーを振りかぶり、そこで動きを止めた。そしてまた、じいっと足元のカニを見つめている。


「……今度はどうした」


 するとポポンは、もう一度えんじ星ガニを指差した。


「これ、食べられる?」

「ああ、旨いぞ。……そうか、昼時をだいぶ過ぎたな。メシにするか」

「やたっ!」


 二人はまず、乾燥した木の枝を探すことから始めた。次に乾燥した地面を探し、次に湿気をたっぷり含んだ空気の中での火起こし。

 オレンジ色の炎が焚火と呼べる大きさに育つまでに、ゆうに一時間はかかった。

 リィンは仕留めたえんじ星ガニをそのまま焚火に投げ入れ、続いてポケットから葉っぱに包まれた塊を取り出した。

 ポポンが興味深げに見つめる。


「それ、なあに?」

「保存用に硬く焼き締めた木の実パンだ。味はイマイチだが、遠火で炙ればいくらかマシになる」

「へえ~」


 リィンは木の実パンを二つに割って枝に刺し、焚火のそばに置いた。


 そして、待つこと三十分。

 辺りに香ばしい煙が漂う。


「リィ……ン。わた……し……死んじゃう……」


 地面に力なく横たわるポポンを、リィンが呆れたように見る。


「一食抜いたくらいで死ぬかよ」


 リィンは枝を使って、焼きガニとなったえんじ星ガニを焚火から取り出した。


「よし。食おう」

「いただきますっ!」


 跳ね起きたポポンは、焼きガニに飛びついた。大きなカニのハサミをもぎ取り、黒く焼け焦げた殻を割る。

 そして中から出てきた真っ白な身にむしゃぶりついた。


「あつ、むぐ……うまっ!えんじ星焼きガニ、熱いけどうまっ!」

「だろう?焼いただけで、なんでこんなに旨いかね」


 リィンは細い枝を器用に使って身をほじくり出し、口に運んだ。


「ん~!木の実パンも香ばしくて美味しいよ!」

「そうか。よかったな」


 いくらか食べて落ち着いたポポンは、焚火を見つめてしみじみと言った。


「ねえ、リィン。私思うんだけど」

「なんだ?」

「ダンジョンで食べるご飯って、すっごく美味しくない?」

「ああ、旨いな」

「でしょでしょ!冒険者時代から思ってたんだー。ハイキングで食べるご飯とも、またひと味違うんだよねー」

「騙されてるからな」


 リィンの思いもよらぬ返事に、ポポンが固まる。


「騙さ――えっ?何言ってるの?」


 リィンは木の実パンを飲み込み、自分の頭を指差した。


「頭がな、騙されてるんだ。暗くてジメジメ、寒い、あるいは暑い。クリーチャーがうろうろ。一瞬の油断が命取りになる罠や仕掛け。快適とはほど遠い場所。それがダンジョンだ」

「それはそう、だね」

「そんな中で食べる、ささやかな食事。環境の悪さとの振り幅(・・・)がデカすぎて、この上もなく上等なものに感じるんだ」

「うう、そんなこと……」

「昔ダンジョンで、カビに覆われたパンを幸せそうにほおばる冒険者を見たことがある。『カビが生えたパン』じゃないぞ?『カビに覆われて緑一色のパン』だ。もはや、パン食ってるのかカビ食ってるのかわからないようなシロモノだ。それをこう、目を細めて頬を緩ませて涙浮かべて食ってたんだ。さすがの俺もドン引きだったな」

「……」

「ここもなかなかの環境の悪さだ。余計に旨く感じるのだろう」


 ポポンは食べかけの木の実パンを悲しそうに見つめた。


「……急に美味しくなくなった」

「食え。味は変わってない」


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