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――〈妖花の密林〉。
ジャングルの姿をした屋外型ダンジョンであり、上空を覆う雨雲もその一部である。
高温多湿の気候のため、大きく育った広葉樹が重なり合うように密集している。
鬱蒼と茂る木々の狭間には、蔦性植物や菌類など多種多様な植生も見られる。
降り続く雨により、地面のほとんどはぬかるみである。
ぬかるんだ地面を歩く、レインコートを着た二人。早歩きすることさえ困難な足場と、まとわりつくような湿気が、二人の体力を奪っていく。
「リィン、暑い~」
「ああ」
「ムシムシする~」
「そうだな」
ポポンはリィンの反応の薄さに頬を膨らませ、声のボリュームを上げた。
「つーかーれーたー」
「……そんなデカいハンマー担いでるからだ」
「今さらそんなこと言われてもー。まだ着かないのー?」
「もう少しだ」
「さっきもそう言ってたー」
「ついさっきだからな」
「お腹減ったー」
「ったく、要求だけは一人前だな。……これでも食ってろ」
リィンがおもむろに、ポポンの口に何かを突っ込んだ。
「ムグ……ウグ……?何これ、変な味。舌がピリピリするー」
「ありゃ、毒キノコだったか?食えそうな色してたんだが」
「うえっ!?ペッ、ペッ!……酷いよ、リィン!」
ポポンは口の中のものを吐き出し、リィンに不満をぶつけた。
だがリィンは悪びれもせず、眉間に皺を寄せて言った。
「黙って歩け。もう少しだから」
「……ぶー」
再び二人は歩き出す。
しばらく歩くと、リィンの言葉を裏付けるかのように周りの様子が変化してきた。
少しずつ周囲の木の数が減り、視界が開けていく。
木々は更に減り続け、ついには木の一本も生えていない空間に出た。
空間の中心部は小さな丘になっていて、毒々しい色の花々が乱れ咲いている。
そして――。
「リィン、久しぶりね?」
艶めかしい少女の声に、ポポンは丘の頂上を見上げた。
そこには声の主たる紫色の巨大花が咲き誇っていた。
花弁の一枚一枚がポポンの背丈ほどもあり、それが幾枚も重なって花を形成している。
花は太い茎でこれまた巨大な球根へとつながっている。
球根は地中から半分ほど露出していて、そこから根とも蔦ともつかぬものが無数に生えて蠢いている。
そして何より特徴的なのは、花の中心。
本来なら花芯があるべきその場所に、少女の上半身が生えていた。
頭上に花の冠だけを身に着けた裸の少女は、ポポンでも胸が高鳴るほど美しく、また色っぽく見えた。
(なんだっけ、このクリーチャー。えーと、確か……)
ポポンの戸惑いを察したリィンが、囁くように言った。
(アルラウネだ)
(そっか、そうだった!)
リィンは花畑の中を歩き、アルラウネの前でお辞儀した。
「ご無沙汰してます、エペ=リロさん」
「もう、リロでいいって言ったでしょ?リロっちでもいいよ?」
「御冗談を。これでも依頼主との距離の取り方くらいは、わきまえてます」
「つれないなぁ」
「仕事の話をしましょう。外来種駆除だとおっしゃってましたが」
(また出た、がいらいしゅ!)
ポポンがリィンに「説明しろ!」と目で訴える。
だがリィンは「後でな」と手振りで答え、エペ=リロと話を続けた。
「具体的に駆除してほしい種はいるのですか?」
エペ=リロはあご先に人差し指を当て、体をくねらせた。
「外来種すべて、というのはダメ?」
「申し訳ありませんが難しいです。ここみたいな屋外型は四方八方から入ってきますので」
「それもそうね。……無理言ってごめんねリィン。許してくれる?」
エペ=リロは心を蕩かすような微笑みを浮かべた。
リィンはこくりと頷き、
「では、いかがしましょう」
と問うた。
「あのね、剣虎が減ってるの」
「スミロドン……長い犬歯を持つ、虎型クリーチャーですね」
「このダンジョンでも上位に入る力を持ってるクリーチャーよ。なのに、彼らばかり減ってるの。クリーチャー作成が追いつかないくらいに、ね」
「ふむ」
リィンが顎を指先で撫でる。
「彼らだけを狙う外来種がいると思うの。それを駆除してくれない?」
「他に減った種はいないのですか?」
「うん。減っても想定の範囲内。でもスミロドンの減り方だけが極端なの」
「スミロドンはダンジョンのどの辺りに生息していますか?」
「ジャングル全体に分布してるけど、南東が多いかな。水はけ悪くて水たまりが多い場所があるの。ほら、そういうところって、生き物達が喜ぶから」
「エサに困らないってことですね……わかりました、すぐに取りかかります」
「お願いね、リィン」
リィンは一礼し、踵を返した。
ポポンもペコリとお辞儀し、リィンの後を追う。
しばし無言で歩き、エペ=リロの姿が木々に隠れて見えなくなった頃。
ポポンは我慢できなくなり、リィンを問い詰めた。
「リィン、がいらいしゅって何?そろそろ教えてよ!」
リィンは立ち止まり、ふうっと息をついた。
「ダンジョンにいるクリーチャーは二種類に分かれる。在来種と外来種だ」
「ざいらいしゅと、がいらいしゅ……」
「おいおい、ここで詰まるなよ?在来種ってのは、ダンジョン由来のクリーチャーだ」
「ダンジョンゆらい……」
「運営者がマナを使って作成したり、元々その地に生息していたクリーチャーだな」
「クリーチャー作成……?」
「言葉通りの意味だ。迷宮運営者はダンジョンに溜まったマナを使って、クリーチャーを生み出すことができる」
~ダンジョンの掟~
迷宮運営者はクリーチャーを作成できる。
※ただし、生み出せるクリーチャーはダンジョンの環境と運営者の種族によって限定される。
「たいていの運営者はダンジョンが一つの生態系を形成するように調整する。そのほうが管理が楽だからな。クリーチャー作成を使えば、そう難しいことじゃない」
「せいたいけい……」
「だが、上手く調整したはずなのに生態系が乱れることがある。その原因のほとんどは外来種だ」
「みだれて、がいらいしゅ……」
「おい、ほんとに聞いてるか?」
たどたどしく繰り返すばかりのポポンの頭を、リィンがコツンと叩いた。
ポポンが頭を両手で押さえる。
「痛いなあ、何するのよっ!」
「いや、真面目に聞いてるのかわからなくてな」
「私は口で繰り返したほうが覚えが早いタイプなのっ!」
「あ、そういうことだったのか」
「今のショックで忘れたらリィンのせいだからね!」
「はいはい、悪かったよ。……で、どこまで話したっけな」
「乱れて外来種!」
「ああ、そうだそうだ。……外来種ってのは、ダンジョンの外から来たクリーチャーだ。エサを求めて入り込んだり、住処を追われて逃げ込んだり。そんな理由で運営者の許可なく住みついた連中だな」
「もとめておわれてきょかがない……」
「で、ここからが今回の依頼の説明だ。在来種であるスミロドンの減少理由を突き止め、原因を排除する」
「……ん?外来種が原因なんでしょ?」
「おそらくな。だが今の段階では断定しない。スミロドンだけがかかる病気とか、そういう可能性もあるからな。とりあえずはスミロドンを見つけて、その周囲を探ることにする。ついでに移動中に見つけた外来種も駆除していく」
「わかった!」
ポポンは両手を握り締め、ブルッと小さな体を震わせた。
「うー、ドキドキしてきた!」
リィンが首を捻る。
「なんでだ?俺はぬかるみを歩き回る未来が、うっとおしくて仕方ないが」
「だってさ、スミロドン減少の謎に犯人探しだよ!?何だか、これぞ冒険って感じしない?」
「あー。お前、元冒険者だもんな」
ポポンは重量級ハンマーを軽々と掲げ、ジャングルに向かって吼えた。
「待ってろスミロドン!ダンジョン工務店筆頭、ドワーフのポポンが目にもの見せてやるぞ!」
そんなポポンの背中を見つめ、リィンはため息をついた。
「スミロドンに目にもの見せちゃダメだろう……」




