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 良く晴れた森の朝。

 美しい小川のほとり。


「たー、たりらー、たーらー」


 ポポンは小川の際に立つ若木の日陰に座り、鼻歌交じりに手を動かしている。

 右手にはボロ布。

 左手には愛用のつるはし。

 ボロ布に油を染み込ませ、つるはしの金属部分に伸ばす。


「たー、たりらー、らー」


 次に布を持ち替え、磨き上げていく。


「たー、たりーら、たー、らー」


 ただひたすら、丹念に。


「たー!たりーららー……できたっ!」


 ポポンは手入れを終えたつるはしを掲げる。

 木漏れ日を浴びて、つるはしはギラリと輝いた。


「うーん、完璧……!」


 つるはしをうっとりと見つめるポポンの元へ、リィンが歩いてきた。


「ここにいたか」

「おはよ、リィン!何か用?」

「仕事が入った」

「おっけー!準備するね」

「その前に聞きたいことがある」


 早くも一歩踏み出していたポポンは、その体勢のままクルリと振り返る。


「聞きたいこと?」

「お前、得意な得物はなんだ?」

「得意な得物……これかなあ?」


 ポポンがつるはしを見せると、リィンは大きく首を横に振った。


「武器だ、武器」

「これも武器になるよ」

「そりゃわかるが……お前、冒険者時代もつるはしで戦っていたのか?」

「あ、冒険者時代は斧使ってた」

「斧、か……あったかな」


 リィンは記憶を辿りつつ、頭を掻く。


「どうしてそんなこと聞くの?」

「今回は荒事になりそうだからな」

「えっ!まさか、運営者と決闘!?」

「なんで顧客と決闘すんだよ。とにかく、武器庫に案内するから自分で選んでくれ」

「ここ、武器庫なんてあるんだ?」

「武器庫という名の、ただの物置だがな。ところで……妙な歌、うたってたな?」

「ああ、あれ?『威風溢れるドワーフ戦士』っていうの。いい曲でしょ?」

「……ずいぶんといかついタイトルだな」


 二人は世界樹の麓まで移動した。

 巨大な世界樹はその根もまた巨大で、地に張る根の上部二割ほどが地上に露出している。

 その張り出した根と地面との隙間を埋めるように、木造の集合住宅(アパートメント)が詰まっていた。

 大樹の乙女に仕える森の住人やモール族が寝泊まりする場所で、ポポンもこの中の一室に住んでいた。


「こっちだ」


 リィンは迷路のような集団住宅を右へ左へと進んでいく。


「ここ、結構広いよねえ。武器庫あるなんて知らなかった」

「お前、自室とモール族の部屋しか行かなそうだもんな」

「ムッ。食堂も行くもん!」


 口を尖らせるポポンのほうを、リィンが片眉を上げて振り向く。


「工房なんかもあるぞ?」

「へえ!今度探検してみようかな」

「やめとけ。俺でもたまに迷う。……っと、ここだ」


 リィンは通路の途中の、くたびれた扉の前で足を止めた。


「ここ?なんだかボロっちいね」

「大事なものは、案外こういうところにあるもんだ」


 リィンがドアノブを握り、囁くように言った。


「――リィンが命ず。鍵よ、開け」


 すると扉の裏側からカチャカチャッ、と連続で音がした。

 音が静まってから、リィンは扉を開けた。


「おおー!」


 ポポンが感嘆の声を上げる。

 飾り彫りの入った曲刀、黄金色に輝く弓、三又の霊槍……。

 まるで芸術品のような武器の数々が、部屋中に飾られていた。

 内装やインテリアも格調高く、部屋の内部はドアから受ける印象とかけ離れたものだった。

 ポポンが部屋の中を指差し、リィンに問う。


「好きなの選んでいいの?」

「ああ。一つだけだぞ?」

「やたっ!」


 ポポンは部屋に飛びこむと、あれやこれやと物色し始めた。

 武器を手に取って掲げたり、ポーズを取ってはまた元の位置に戻す。

 その繰り返しである。


「……まだか?」

「う~ん」

「斧でいいだろ、斧で」

「ここにあるの、手斧なんだよね。私、もっと大きいのじゃないと馴染まないの」

「そうか。とにかく早くしろ」

「急かさないでよねー」


 そうしてリィンが壁にもたれ、ため息を十回はついた頃。


「デデーン!ようし、キミに決めたっ!」


 ポポンが高々と両手で掲げるのは、戦鎚(ウォーハンマー)。それも打撃部分が酒樽くらいある重量級ハンマーだった。


「……本当にそれにするのか?」

「えー、ダメ?カッコいいじゃん!」


 そう言いながら、ポポンはハンマーをぶんぶんと振り回す。


「よく振り回せるな。……まあ、扱えるならいいんだ。あとは靴を履き替えて出発だ」


 ポポンが右足を持ち上げ、靴を指差す。


「靴?私、これしか持ってないよ?」

「長靴貸してやるから」

「なんで長靴?」

「そりゃ、必要になるからさ」


 ◇       ◇       ◇


「うわー、降ってるねえ」

「ああ」


 ユグドラシル樹海を発ち、空を旅すること数時間。

 二人は旋回するヒッポグリフの背から、鬱蒼と繁るジャングルを見下ろしていた。

 ジャングルの上空は低く厚い雲で覆われ、白糸のような雨が絶え間なく降り注いでいる。


「雨が上がるの待つ?」

「待たない。ここは年がら年中雨だからな」

「じゃあ、なんでグルグル飛んでるの?」

「下はぬかるんでいて移動が面倒なんだ。だからできるだけ目的地に近い場所に下りたくてな」

「そっかそっか。ダンジョンに近いところに下りなきゃね」

「いや、目的地ってのはダンジョンの中心部って意味だ」

「……んっ?同じことでしょ?」

「違う。このジャングルの中にダンジョンがあるんじゃない。ジャングル自体がダンジョンなんだ」

「ええっ!?そんなのアリなの!?」

「アリだ。屋外型ダンジョンってやつだな」

「そんなダンジョンあるんだ……」

「気づいていないだけで、わりとあるぞ?……よし、あそこに下りるか」


 リィンが手綱を下げると、ヒッポグリフは降下を始めた。

 ジャングルの端へ二人を下ろしたヒッポグリフは、雨を嫌がるようにすぐに上空へと飛び立っていった。


「嫌だなあ、もう」


 ハンマーを担いだポポンが、早くも長靴にこびりついた泥を見て言う。


「中心部に直接下りちゃダメなの?」

「ダメだ。勝手に外来種を持ち込むことになるからな」

「がいらいしゅ?」

「後で説明する。まずは、これを着ろ」

「これって……げげぇ、やっぱり」


 リィンに手渡されたのは、背中に大きく『ダン工』とと書かれた防寒着だった。


「……あれ?なんか前のと違う?」


 受け取ったポポンは、生地の厚さが違うことに気づいた。

 広げてみると前より丈が長く、フードまでついている。


「同じものだ。これも魔道具(マジックアイテム)でな、気温や天候によって形を変える。今はレインコート状態だな」

「へえ、そうだったんだ!名前は?」

「名前?」

魔道具(マジックアイテム)なら、それっぽい名前あるんでしょ?凄そうな、いかにもな名前が!」

「〈全天候型ダンジョン工務店ジャンパー〉、通称ダン工ジャンパーだ」

「……へえ」


 反応の薄いポポンに、リィンがイラついた様子で言った。


「なんだよ。言いたいことがあるなら言え」

「名前もダサい」

「悪かったな。行くぞ」


 リィンはフードを目深に被り、ジャングルへ歩き出す。


「待ってよ、リィン!怒っちゃった?」


 ポポンはあたふたと〈ダンジョン工務店ジャンパー〉のボタンを留めながら、リィンを追った。

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