13
良く晴れた森の朝。
美しい小川のほとり。
「たー、たりらー、たーらー」
ポポンは小川の際に立つ若木の日陰に座り、鼻歌交じりに手を動かしている。
右手にはボロ布。
左手には愛用のつるはし。
ボロ布に油を染み込ませ、つるはしの金属部分に伸ばす。
「たー、たりらー、らー」
次に布を持ち替え、磨き上げていく。
「たー、たりーら、たー、らー」
ただひたすら、丹念に。
「たー!たりーららー……できたっ!」
ポポンは手入れを終えたつるはしを掲げる。
木漏れ日を浴びて、つるはしはギラリと輝いた。
「うーん、完璧……!」
つるはしをうっとりと見つめるポポンの元へ、リィンが歩いてきた。
「ここにいたか」
「おはよ、リィン!何か用?」
「仕事が入った」
「おっけー!準備するね」
「その前に聞きたいことがある」
早くも一歩踏み出していたポポンは、その体勢のままクルリと振り返る。
「聞きたいこと?」
「お前、得意な得物はなんだ?」
「得意な得物……これかなあ?」
ポポンがつるはしを見せると、リィンは大きく首を横に振った。
「武器だ、武器」
「これも武器になるよ」
「そりゃわかるが……お前、冒険者時代もつるはしで戦っていたのか?」
「あ、冒険者時代は斧使ってた」
「斧、か……あったかな」
リィンは記憶を辿りつつ、頭を掻く。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「今回は荒事になりそうだからな」
「えっ!まさか、運営者と決闘!?」
「なんで顧客と決闘すんだよ。とにかく、武器庫に案内するから自分で選んでくれ」
「ここ、武器庫なんてあるんだ?」
「武器庫という名の、ただの物置だがな。ところで……妙な歌、うたってたな?」
「ああ、あれ?『威風溢れるドワーフ戦士』っていうの。いい曲でしょ?」
「……ずいぶんといかついタイトルだな」
二人は世界樹の麓まで移動した。
巨大な世界樹はその根もまた巨大で、地に張る根の上部二割ほどが地上に露出している。
その張り出した根と地面との隙間を埋めるように、木造の集合住宅が詰まっていた。
大樹の乙女に仕える森の住人やモール族が寝泊まりする場所で、ポポンもこの中の一室に住んでいた。
「こっちだ」
リィンは迷路のような集団住宅を右へ左へと進んでいく。
「ここ、結構広いよねえ。武器庫あるなんて知らなかった」
「お前、自室とモール族の部屋しか行かなそうだもんな」
「ムッ。食堂も行くもん!」
口を尖らせるポポンのほうを、リィンが片眉を上げて振り向く。
「工房なんかもあるぞ?」
「へえ!今度探検してみようかな」
「やめとけ。俺でもたまに迷う。……っと、ここだ」
リィンは通路の途中の、くたびれた扉の前で足を止めた。
「ここ?なんだかボロっちいね」
「大事なものは、案外こういうところにあるもんだ」
リィンがドアノブを握り、囁くように言った。
「――リィンが命ず。鍵よ、開け」
すると扉の裏側からカチャカチャッ、と連続で音がした。
音が静まってから、リィンは扉を開けた。
「おおー!」
ポポンが感嘆の声を上げる。
飾り彫りの入った曲刀、黄金色に輝く弓、三又の霊槍……。
まるで芸術品のような武器の数々が、部屋中に飾られていた。
内装やインテリアも格調高く、部屋の内部はドアから受ける印象とかけ離れたものだった。
ポポンが部屋の中を指差し、リィンに問う。
「好きなの選んでいいの?」
「ああ。一つだけだぞ?」
「やたっ!」
ポポンは部屋に飛びこむと、あれやこれやと物色し始めた。
武器を手に取って掲げたり、ポーズを取ってはまた元の位置に戻す。
その繰り返しである。
「……まだか?」
「う~ん」
「斧でいいだろ、斧で」
「ここにあるの、手斧なんだよね。私、もっと大きいのじゃないと馴染まないの」
「そうか。とにかく早くしろ」
「急かさないでよねー」
そうしてリィンが壁にもたれ、ため息を十回はついた頃。
「デデーン!ようし、キミに決めたっ!」
ポポンが高々と両手で掲げるのは、戦鎚。それも打撃部分が酒樽くらいある重量級ハンマーだった。
「……本当にそれにするのか?」
「えー、ダメ?カッコいいじゃん!」
そう言いながら、ポポンはハンマーをぶんぶんと振り回す。
「よく振り回せるな。……まあ、扱えるならいいんだ。あとは靴を履き替えて出発だ」
ポポンが右足を持ち上げ、靴を指差す。
「靴?私、これしか持ってないよ?」
「長靴貸してやるから」
「なんで長靴?」
「そりゃ、必要になるからさ」
◇ ◇ ◇
「うわー、降ってるねえ」
「ああ」
ユグドラシル樹海を発ち、空を旅すること数時間。
二人は旋回するヒッポグリフの背から、鬱蒼と繁るジャングルを見下ろしていた。
ジャングルの上空は低く厚い雲で覆われ、白糸のような雨が絶え間なく降り注いでいる。
「雨が上がるの待つ?」
「待たない。ここは年がら年中雨だからな」
「じゃあ、なんでグルグル飛んでるの?」
「下はぬかるんでいて移動が面倒なんだ。だからできるだけ目的地に近い場所に下りたくてな」
「そっかそっか。ダンジョンに近いところに下りなきゃね」
「いや、目的地ってのはダンジョンの中心部って意味だ」
「……んっ?同じことでしょ?」
「違う。このジャングルの中にダンジョンがあるんじゃない。ジャングル自体がダンジョンなんだ」
「ええっ!?そんなのアリなの!?」
「アリだ。屋外型ダンジョンってやつだな」
「そんなダンジョンあるんだ……」
「気づいていないだけで、わりとあるぞ?……よし、あそこに下りるか」
リィンが手綱を下げると、ヒッポグリフは降下を始めた。
ジャングルの端へ二人を下ろしたヒッポグリフは、雨を嫌がるようにすぐに上空へと飛び立っていった。
「嫌だなあ、もう」
ハンマーを担いだポポンが、早くも長靴にこびりついた泥を見て言う。
「中心部に直接下りちゃダメなの?」
「ダメだ。勝手に外来種を持ち込むことになるからな」
「がいらいしゅ?」
「後で説明する。まずは、これを着ろ」
「これって……げげぇ、やっぱり」
リィンに手渡されたのは、背中に大きく『ダン工』とと書かれた防寒着だった。
「……あれ?なんか前のと違う?」
受け取ったポポンは、生地の厚さが違うことに気づいた。
広げてみると前より丈が長く、フードまでついている。
「同じものだ。これも魔道具でな、気温や天候によって形を変える。今はレインコート状態だな」
「へえ、そうだったんだ!名前は?」
「名前?」
「魔道具なら、それっぽい名前あるんでしょ?凄そうな、いかにもな名前が!」
「〈全天候型ダンジョン工務店ジャンパー〉、通称ダン工ジャンパーだ」
「……へえ」
反応の薄いポポンに、リィンがイラついた様子で言った。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言え」
「名前もダサい」
「悪かったな。行くぞ」
リィンはフードを目深に被り、ジャングルへ歩き出す。
「待ってよ、リィン!怒っちゃった?」
ポポンはあたふたと〈ダンジョン工務店ジャンパー〉のボタンを留めながら、リィンを追った。




