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 突然の姫の帰還、それも地下からの帰還に、城の中は殺人蜂(キラービー)の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 すぐに宴の準備が始まったが、エリシャ自身の「すでに夜半ゆえ、宴は翌日に」との言葉により、翌日に持ち越されることとなった。


 そうして、一夜明けて。


 リッターラ城、エリシャの自室。

 出窓に腰かけるリィンが天井を見上げながらつらつらと話し、その言葉を机に向かうエリシャが書き記していた。


「ダンジョン法についてはこんなところだ」


 エリシャはふうっ、と息を吐き、ペンを置いた。


「リィン様、重ね重ねありがとうございます」


 リィンは壁にもたれ、気にするなというふうに手を振った。


「それにしても。私、『クリーチャー作成』なんてことができてしまうのですね」

「そりゃ、運営者だからな。……っと、そうだ」


 リィンは思い出したように体を起こす。


「報酬をいただきたい。悪いが相場の二倍、な」

「はい、それは勝負の結果ですし納得していますが……マナを支払うとは、具体的にどうすればよいのでしょうか?」


 リィンは腰に吊るした鮮やかな刺繍入りの袋を手に取り、その口を開いた。


「この上で対価を払う意思を示してくれ」

「意思を、示す?」

「代金を相手の手の上に落とすような。そんな感じだ」

「はあ……」


 エリシャは何かをつまみ上げるような仕草をし、袋の口の上で手を開いた。


「あっ……何か、力が抜けていきます」

「ダンジョンに溜まったマナがエリシャを通して俺に譲渡されたんだ」


 リィンは袋の口を閉じ、エリシャに頭を垂れた。


「確かに。毎度あり」

「……これがダンジョン工務店の仕事なのですね。何だか不思議なご商売です」

「そんなことはないさ。代金が金かマナかの違いでしかない」


 そのとき。

 ドンドンドン!と、部屋の扉が乱暴に叩かれた。

 驚きのあまり飛び上がったエリシャが、怖々と問う。


「ど、どなたですか?」

「あ、エリシャ様?そっか、ここはエリシャ様の部屋だったのね」


 扉が開き、赤毛の少女が顔を出す。


「私、ポポンです!」


 リィンが呆れ顔で言う。


「お前な。それじゃ、ノックの意味ないだろ」

「あっ、リィン!やっと見つけた!」

「なんだ、俺に用か?」

「宴の準備ができたみたいだから、一緒に行こうよ!お城の宴だから、きっとすっごいよ!」

「モール族と行けよ」

「あいつら眩しい所では動かないんだもん!ほら、行くよ!」


 ポポンはリィンの腕を取り、部屋の外へ引っ張っていく。


「おい、いてーよ馬鹿力!行くよ、行くから!」


 バタバタと出ていく二人を見送り、エリシャはプッと吹き出した。


 ◇       ◇       ◇


「うわお!」


 扉を開けたポポンが、感嘆の声を上げる。

 宴の催される大部屋は、祝いに相応しいきらびやかな飾りつけが施されていた。部屋の中央には長い長い机が置かれ、その上をたくさんの料理が彩っている。

 ポポンがキョロキョロしていると、すでに着席していたアントニオが二人の席を指し示した。


「もう、食べてもいいのかな?」


 席に座るなり、料理を物色するポポン。

 すると後ろに立っていた女中が笑顔で頷いた。


「どうぞ、温かいうちに」

「やたっ!」


 ポポンが料理に手を伸ばしたのをきっかけに、宴が始まる。

 宴席に連なる人々は年も身分も様々のようで、しかし一様に晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 アントニオ以外の騎士達の姿もあった。

 そんな人々の様子を肴に、リィンは蜜酒(ミード)をチビリ、チビリと飲んでいた。

 そして一通り眺めてから、隣の席に目を移す。


「お前……すげえな」

「ふん?ふぁにが?」


 頬を丸々と膨らませたポポンが問い返す。

 彼女の口の中を満たしているのは巨大な丸パンだ。

 表面には格子状に切れ目が入っていて、そこにチーズがこれでもかとかかっている。

 そんな枕くらいあるパンを目の前に置いたポポンは、両手で千切っては食べ、千切っては食べている。

 その速度たるや尋常ではなく、リスが木の実を齧る速度に迫ろうかという勢いだった。


「いや……よく食べるな、と思ってな」

「ほむるこほいっへはひで」

「ほれ、水」


 ポポンはリィンに手渡されたグラスをチーズ塗れの手で受け取り、一気に飲み干す。


「んぐんぐ……ぷはっ!そんなこと言ってないでリィンも食べなよ。蜜酒(ミード)ばかり飲んで、虫じゃないんだからさ」

「そ、そうだな」

「ほら、フルーツなら食べる?」

「あ、ああ」

「はい、これ。これも、ほいっ」

「……」


 自分の皿にフルーツが山積みされていく様子を、ただ呆然と見つめるリィン。


「んっ?」


 宴席にざわめきが起こった。

 皆の視線を辿ると、その先の扉から二人の人物が入ってきた。


「あっ、エリシャ様だ!」


 一人はリッターラ王女、エリシャ。

 そしてもう一人は王冠を被った、骨と皮ばかりの老人であった。

 左腕をエリシャに支えられ、右手は杖をついている。

 どちらかが欠ければ満足に歩けない、そんなおぼつかない足取りであった。

 その弱々しさゆえに、豪華な王冠が余計に重々しく見える。

 リィンが囁く。

(あれが老王か。確かに余命幾ばくもなさそうだ)

(リィン!めっ!)

 老王は危なっかしい動きで上座に腰を下ろす。

 続いてエリシャが隣に座ると、老王はピンと背を伸ばした。

 そして口を開く。


「皆の者。長らく心配をかけた」


 それは痩せ細った体から出たとは信じられない、低くよく響く声だった。


「ここに我が愛娘にしてリッターラ国後継のエリシャが帰ってきた!」


 大部屋に大きな拍手が巻き起こる。

 国王は静まるのを待ち、それから続けた。


「騎士団をはじめ、城の者達には本当に苦労をかけた。心から感謝する。……特に、ダンジョン工務店の二人」


 一同の視線が二人に集まる。

 まだ口元を動かしていたポポンの体が、ビクンと跳ねる。


「今、王様に呼ばれたよ!?どうすればい――」


 動揺したポポンがリィンを見ると、彼はすでに起立し姿勢を正していた。


「まことに世話になった。礼を言うぞ」

「勿体なきお言葉。リッターラ国の一助となれたこと、誇りに思います」


 そう淀みなく述べ、恭しく一礼した。

 ポポンも慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「えと、えと、へへーっ!」


 大部屋が再び拍手に包まれる。

 頭を下げたまま、ポポンが囁いた。

(さっきはあんな無礼なこと言ってたのに!ずるいよリィン!)

(空気を読んだまでだ)

 国王は満足げに頷き、次の言葉を投げかけた。


「二人の功績は大きい。ついては両名にリッターラ名誉騎士の称号を授けたい」


 先ほどまでの拍手がざわめきに変わる。


「どうかな、リィン殿?」


 国王の問いかけにリィンは逡巡し、そして答えた。


「……恐れながら国王陛下。私どもはすでに、エリシャ姫より報酬をいただいております。これ以上の対価を受け取れば、強欲者のそしりを受けてしまいます」


 国王は「ふむ」と頷き、ポポンに視線を移す。


「ポポン殿はどうかな?」

「はい!受けます!騎士になります!」

「おいっ!」


 リィンはポポンを引き寄せ、声を潜ませ問い詰めた。

(わかってんのか!?こんなの貰ったところで面倒事が増えるだけだぞ!)

 対してポポンは瞳を星のように輝かせ、リィンを見つめた。

(ねえ、リィン)

(何だよ!)

(騎士ポポン……良い響きだと思わない?)

(おまっ、それだけの理由で!?)

 エリシャがコホン、と咳払いした。


「リィン様。名誉騎士の称号は、その名の通り名誉職に過ぎません。特別何か義務を負ったりすることはありませんので、その点はご心配に及びません」

「……はっ。では、謹んでお受けいたします」


 エリシャはにこやかに微笑み、席を立った。

 そして女中から銀のトレイを受け取った。トレイの上には勲章が二つ、並んでいる。


「では、国王陛下の御前に」

「っ!後日ではなく、今からですか?」

「うふふ。だって今を逃したら、お二人にいつ会えるかわからないでしょう?」


 先に逃げ道を潰されたリィンは、後頭部をガシガシと掻いた。そして仕方なく、といった足取りで国王の元へ向かう。

 一方のポポンは、今にも踊り出しそうな足取りだった。

 二人は国王の手前で立ち止まり、ひざまづいた。


「では、略式ではあるが……ダンジョン工務店、リィン」

「はっ」


 リィンが立ち上がり、国王のそばで片膝をつく。


「そなたの働きを評価し、名誉騎士の称号を与える」

「はっ。ありがたく」


 エリシャがリィンの胸元に勲章をつけ、リィンは元の位置に戻る。


「続いて……ダンジョン工務店、ポポン」

「はいっ!」


 ポポンは意気揚々と国王のそばへ歩いていく。

(お父さん、お母さん!ポポンはついに騎士となります!なんとなーく憧れていた、あの騎士様に!)


「そなたの働きを評価し、名誉騎士の称号を与える」

「はいっ!ありが……とう?」


 首を捻るポポンの胸元に、エリシャが吹き出すのを堪えながら勲章をつける。

 ポポンが元の位置に戻ると、国王が高らかに宣言した。


「ここに二人の名誉騎士が誕生した!皆の者、祝福を!」


 万雷の拍手の中、勲章をつけた二人が並び立つ。


「えへへ。やったね、リィン!」

「ったく。先が思いやられるぜ」


 拍手がおさまると国王がエリシャに目配せする。

 エリシャは微かに頷き、リィン達の前に歩み出た。


「皆の者。長く留守にして申し訳なく思います。お二人のご尽力により、ようやく戻ってきました」


 再びの拍手。

 エリシャが右手を挙げて静める。


「私は城へ戻ることはできましたが、迷宮運営者(ダンジョンマスター)となってしまいました……それでも皆、私についてきてくれますか?」


 大部屋がしん、と静まり返る。

 一同が待ち望んだ姫の帰還。

 だが同時に、その姫が迷宮運営者(ダンジョンマスター)となってしまったという事実を測りかねていた。

 その無言の反応に、エリシャはうつ向いた。


「ま、そう難しく考えることはないさ」


 一堂の視線がリィンに集まる。


「運営者になったところで、別にクリーチャーになるわけじゃない。迷宮に縛られていることを除けば、ただ強く、年を取りにくくなっただけだ」


 リィンの言葉に、一同がざわめく。


「年を……取りにくい……?」「姫様が?」「強い?」


 エリシャがぽかんとした顔で振り返った。


「私……年を取りにくいのですか?」

「ああ。ダンジョンに溜まったマナの恩恵を一身に受けるからな。ダンジョンの寿命とエリシャの寿命がつながったと考えてくれればいい」


 臨席する騎士達の中に、得体の知れぬ感情が渦巻く。

 ついに一人の騎士が我慢できなくなり、立ち上がって叫んだ。


「麗しき姫様が、永遠に麗しき姫様となられた!」


 すると他の騎士達も立ち上がり、口々に叫ぶ。


「永遠の姫様、万歳!」「永遠のリッターラ!」


 騎士達の熱が一同に伝播する。

「永遠」という言葉が乱れ飛び、宴席は熱狂の渦と化した。

 その様子を眺めつつ、リィンが呟いた。


「俺、永遠なんて言ってないぞ?」


 ポポンがふるふると首を振る。


「まあまあ、水を差すのはよそうよ。ほら、エリシャだって皆が喜んでくれて嬉しそうだし」

「……そうだな」


 困り顔で笑うエリシャに、ポポンの頬も緩む。

 ポポンは胸元の勲章を指で撫で、それから誇らしげに胸を張るのだった。

これにて『姫騎士の試練場』閉幕です。

明後日より、次章『妖花の密林』を開始します。

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