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そこは、暗くて狭い横穴。
闇の中でいくつもの人影が蠢いている。
ザクッ、ザクッと土を掘る音が響く。
人影はどれも一メートルほどの背丈で、ずんぐりとしていた。彼らの手にシャベルはなく、発達した指と爪を頼りに穴を掘り進めている。
彼らは、モグラの獣人モール族。
生まれながらにしての穴掘りの達人だ。
だが先頭を切って穴を掘っている人物は、モール族ではなかった。
「後ろの通路の埋め立て、完了しやした」
「ん。ご苦労さま!」
「……お嬢。ここまでくれば逃げおおせたはずでさあ。一度、地上に出て休みやしょうぜ」
お嬢と呼ばれた人物が、腰を屈めたまま振り返る。
モール族よりいくらか背が高く、だが人にしては小柄。豊かな赤毛はくせっ毛で、ふんわりと背中に届いている。
土に塗れた顔を袖でグイッと拭うと、あどけなさの残る顔が現れた。それはくりくりした目が愛らしい、ドワーフの少女だった。
「ガレンティンの金貸しを甘く見ちゃダメ!地の果てどころか海の底まで追ってくるんだから!」
そう言うと、少女の顔に暗い影が差した。
「……前に借金踏み倒して悲惨な目に遭った人を知ってるわ。顔に性別、種族まで変えて逃げたのに、呆気なく捕まって。そして――。やだやだ!絶っっ対、あんな目に遭いたくない!」
モール族が呆れたように言う。
「お嬢……そんなとこだと知ってて借りたんですかい」
少女はムッと眉を寄せた。
「あなた達のためでしょ?」
「……失言でやした。おめぇら!掘って掘って掘りまくれい!」
彼はモール族のリーダーらしく、彼の檄に残りのモール族たちは爪を打ち鳴らして応えた。
だが、そうして穴掘り仕事が再開されたのもつかの間。
すぐに作業の手は止まることとなった。
「むぅ。硬いわね」
「お嬢、この岩盤は俺たちの爪でも歯が立たねぇ。一旦戻ってルートを変えやしょう」
「……つるはし持ってきて」
「お嬢?」
「戻ってる間に借金取りに追いつかれたらどうするの!?いいから持ってきて!」
モール族の一人が少女につるはしを手渡す。
赤毛の少女はスコップをつるはしに持ち替えると、思い切り硬い岩盤目がけて振り下ろした。
ギィン!と硬質な音とともに火花が飛び、横穴が一瞬明るくなる。
そして再び横穴が暗闇に包まれたとき、少女はつるはしを取り落としていた。
「うう、痺れた……」
「お嬢、大丈夫ですかい?……お嬢の馬鹿力に耐えるなんて、これはオリハルコンの岩盤か!?」
「馬鹿は余計よ!――んっ?」
少女がピタリと動きを止める。
モール族たちも、すぐに異変を察した。
その場の全員が不安げに頭上を見上げる。
狭い横穴の天井からは、パラパラと土が落ちてきていた。
「……揺れてるぜ」
「地震?まずいぞ、このままじゃ生き埋めだ」
「だが、何かおかしい……っ!お嬢、岩盤だ!目の前の岩盤が動いてやがるっ!」
「えっ?」
少女が目を戻すと、硬い岩盤が生き物のようにうねって襲いかかってきた。
「わわわ、冬眠中のドラゴンでも掘り当てちゃった!?」
少女の戸惑いなどお構いなしに、岩盤は触手のように彼女を捕らえた。
抵抗も虚しく、少女は地中に引きずり込まれていく。
「ああっ、お嬢!お嬢ーっ!!」
遠のくモール族の叫びを聞きながら、少女の意識は次第に薄れていった。
◇ ◇ ◇
「ん……んむむ」
意識を取り戻した少女は、首を振りつつ体を起こした。
「……ここは?」
少女がその大きな瞳を忙しく動かす。
だがほとんど何も、情報は得られない。
長く暗闇にいたため、眩しくてよく見えないのだ。
わかったのは、眩しいがゆえにそこが屋外であろうこと。そして視界の大半が緑色に染まっていることから、森の中であろうことだけだ。
「――気がついたかしら?」
突然の声に、少女の肩がビクンと跳ねる。
「あらあら、驚かせてしまった?何もしないから、ね?」
小さな体をすくませていた少女だったが、その柔らかで包み込むような声色に警戒を解いた。
「あなたは……?」
少女はようやく慣れてきた目を細め、言葉の主を見る。
微笑みを浮かべた優し気な顔。
腰にまで届きそうな、ウェーブがかった金髪。
その人物は母親のような、あるいは姉のような優しさと親しみやすさを纏っていて、そして――その全身が透けていた。
(人じゃない)
再び少女の体を緊張が支配する。
(精霊……それとも)
投げ出していた両足を引き寄せ、腰のダガーに手を伸ばす。
(悪霊の類い……?)
半透明の女性は微笑みを浮かべ、少女を見つめたままだ。
「よせ、ガキ」
ふいに遠くから男性の声がした。
それも地上より、ずっと高い場所からだ。
少女は声のほうを見るが、男性の姿は捉えられない。
その代わりに目に飛び込んできたのは、巨大な樹だった。
城の塔でもこれほど大きく高いものは存在しない。
そう断言できるほど太い幹の、巨大な樹。
樹のてっぺんは枝葉に遮られて見えないが、雲を貫いていても不思議ではない高さだった。
男性はこの樹のどこかにいるようだ。
「このお方は大樹の乙女様。原初の三人にして、人ならず神ならざる者。この世界樹の護り手だ。敬意を払え」
未だ男性の姿は見えないが、声の発生地点がさきほどより低かった。
どうやら巨大な樹を下りてきているらしい。
半透明の女性――大樹の乙女が振り返る。
「リィン。心配しなくても私は大丈夫よ?」
「礼儀の問題です、大樹さま」
一陣の風が吹き抜けた。
周囲の木々の枝葉が揺れる。
風がおさまると、少女の目の前に一人の男性が立っていた。
整った顔立ちに尖った両耳。
華奢な体。
陽射しをはらんだ若葉のような翠色の髪。
首元には金属製のプレートを何枚も吊るした、奇妙な首飾りをしている。
(エルフ……髪の色からして森エルフってやつね。目つき悪い……きっと性格も悪いわ。って、そんなことよりも!)
少女は立ち上がるなり、叫んだ。
「あんただってガキじゃない!」
少女の言う通り、男性は幼さの残る少年だった。
「ガキじゃない。エルフは長生きなんでな」
「それはドワーフだって同じよ!」
「そうだったか?ま、お前はチビだから俺が年上ってことでいいだろう」
「ムッ……あんただってエルフにしてはチビなんじゃないのぉ?」
「なんだと?」
「なによっ!」
睨み合う二人を見て、大樹の乙女と呼ばれた女性は両手のひらを口元で重ねた。
「あらあら、もう打ち解けたのね!」
「「どこが!?」」
ピッタリ声を重ねた二人に、女性は花がほころぶようににっこりと笑った。
「ほうら。うふふっ」
エルフの少年は腕組みしてそっぽを向き、ドワーフの少女は口をへの字に曲げて座り込んだ。
大樹の乙女は膝に手を置いて、少女の顔を覗きこんだ。
「ねえ、ドワーフのお嬢さん。そろそろお名前を教えてくれないかしら?」
少女は口を曲げたまま、呟くように答えた。
「……ポポン」
「まあ、なんてかわいらしいお名前!ポポンちゃんね、覚えたわ」
そして女性は自分の胸に手を置いた。
「私は大樹の乙女。世界樹――あの大きな樹の守護者なの。みんなは大樹様と呼んでくれるわ。よろしくね。……ほら、リィンも」
少年はそっぽを向いたまま、短く言った。
「……リィンだ」
「もう、リィンったらそっけないんだから。……それでね、ポポンちゃん。あなたはどうしてこの森にいるのかしら?」
「そうだ、そのことだった!」
リィンは慌てて向き直り、ポポンに詰め寄った。
「お前、何者だ!?どうやってこの森に入り込んだ!二つ半の手先か!?」
ポポンは目を丸くして固まった。
リィンの勢いに驚いたのと同時に、自分が責められている理由に心当たりがなかったからだ。
「リィン。いつも冷静なあなたらしくないわ。落ち着きなさい」
大樹の乙女がたしなめるようにそう言うと、リィンは無言で頭を下げ大樹の乙女の後ろへと控えた。
「ポポンちゃん。話してみて?あなたはどこの誰なの?」
ポポンは促されるままに話し始めた。
「私はガレンティンの街の冒険者――ううん、元冒険者です」
「ぼうけんしゃ?」
小首を傾げる大樹の乙女に、リィンが補足した。
「ダンジョン探索を生業とする人間のことです。……以前から何度もご説明しておりますが」
「う~ん、そうだったかしら?」
リィンはため息をつき、ポポンの前へ歩み出た。
「……やっぱり俺が問い質します」
「優しくよ?ポポンちゃんが怖がっちゃうから」
「わかりました」
リィンはひとつ咳払いして、ポポンを見下ろした。
「それで、世界樹に何をしようとしていた?」
「何もしてないもん!穴掘って逃げてたら、動く岩盤に捕まって。気がついたらここにいたの。……どうせ動く岩盤とか信じないんでしょうけど」
「ふむ」
しかしポポンの想像に反し、リィンに疑うそぶりはなかった。
振り返って巨大な樹――世界樹を見つめながらこう言った。
「動く岩盤ってのは、おそらく世界樹の根っこだ。お前たちは外敵と判断されて、地上に放り出されたんだ」
「……そうだ!あいつらは!?」
ポポンは慌てて立ち上がり、モール族の姿を捜した。
「日光が苦手なようだったからな、木陰に避難させてる」
「……そっか」
安堵のため息を漏らすポポンに、リィンが質問を重ねる。
「で、何から逃げてた?」
「ガレンティンの借金取り。あいつらを奴隷商から買い取るのに借りたの。返せる額じゃないから返すつもりはない」
「そんなに大事な連中なのか?」
「奴隷商で見かけたのが初対面だけど。……他人の気がしないの。私、穴ドワーフだから」
「あなどわーふ?」
再び小首を傾げる大樹の乙女。
「地下に集落を作って住むドワーフのことです。……話が進みませんのでちょっと黙っていてください、大樹様」
「はあい……」
しゅんとする大樹の乙女。
リィンはもう一度咳払いをして、ポポンに視線を戻した。
「さて、これが肝心だ。どうやってこの森に入り込んだ?諦めて白状しろ!」
「私だってわかんないのっ!」
「そんなわけあるかよ。現にこの森にいるじゃねーか」
「そんなこと言われても、わかんないものはわかんないもん!私達はただ、ずぅーっと穴掘って逃げてただけだもん!」
「……ん?ちょっと待て。どこから地下を掘り進んでいたんだ?」
「だから、ガレンティンの街!」
「は?街からずっとか!?」
「そうよっ!」
リィンは信じられないといった顔でポポンを凝視した。
「……リィン。喋っていいかしら?」
おずおずと手を挙げる大樹の乙女に、リィンは目を見開いたまま頷いた。
「がれんてぃん、って遠いの?」
「遠いです、大樹さま。ここからだと、直線距離でおよそ三百キロ。人の足で十日ほどでしょうか。もっともヒッポグリフなら小一時間で――」
「それはすごいわ!ポポンちゃんは穴掘りが上手なのねえ!」
「そりゃあ、まあ。穴ドワーフですから」
ポポンは口を尖らせたままだが、満更でもない様子だ。
説明を途中で遮られたリィンが三度、咳払いをする。
「重要なのは、ガレンティンはこの森の外だということです」
「それはそうよ、この森に街なんてないもの。リィンたら何を言ってるの?」
「わかりませんか?こいつらはひたすら地下トンネルを掘り進めて、大樹様の結界を突破したのです」
今度は大樹の乙女が目を見開いた。
「そうか、私の結界は地中までは及ばない……すごいわポポンちゃん!こんな方法で私の結界をすり抜けるなんて!」
興奮した大樹の乙女は、ポポンの両手を取って飛び跳ねた。
当のポポンは彼女に合わせて飛び跳ねながら、困惑の表情をリィンに向ける。
それに応えるように、リィンは説明を続けた。
「この森は小さな国なら丸々一つ入るほど広大だ。そして森全体が大樹さまの結界でもある。人間は侵入どころか森の存在にも気づけない、不可侵の聖域なんだ。ところがお前たちときたら、そこに聖域があるとも知らず地中を掘り進み、ついには森の中心部である世界樹までたどり着いてしまったわけだ」
「……なんとなくわかったけど。この人はなんで喜んでるの?私、結界とやらを破っちゃったんでしょ?」
飛び跳ねながら問うポポンに、リィンは首を傾げた。
「さあ?単純に『すごいものを見た!』って感じだろうか」
そしてリィンは初めて笑みを浮かべた。
「偶然なら話は早い。俺が森の外まで送るから、お前たちは森のことをきれいさっぱり忘れてくれ。それで万事解決だ」
それを聞いたポポンは跳ねるのをやめ、俯いた。
大樹の乙女が心配そうにポポンの顔を覗く。
「不満なのか?」
リィンの言葉に、ポポンは土に汚れた服のすそをギュッと握った。
「……ここにいちゃ、だめかな?」
「あん?」
ポポンは顔を上げ、すがるような目でリィンを見つめる。
「言ったでしょ、私たち借金取りに追われてるの!捕まったら、またあいつらが売られちゃう!私だってどんな目に遭うか!……この森には人間は入れないんでしょ?気づかれないんでしょ!?お願い、匿って!」
ポポンは必死に頼みこむが、リィンはすぐに首を横に振る。
「ダメだ」
「そこをなんとか!このとーり!」
両手を合わせて拝むポポンに、リィンは長いため息をついた。
「この森はな、特別な森なんだ。役割を果たす者しか住むことを許されない」
「……どうしても?」
「だダメだ」
リィンは腕組みし、目を閉じた。
ポポンも目を伏せて黙りこむ。
「じゃあ、こうしましょう」
沈黙を破ったのは、大樹の乙女だった。
「ポポンちゃんに役割を果たしてもらいましょうよ、リィン」
「はあ。……って、まさか!?」
動揺するリィンをよそに、大樹の乙女はポポンに向き直った。
「あのね、ポポンちゃん。リィンにはあるお仕事をやってもらっているの。その仕事をポポンちゃんも手伝ってくれないかしら?そうしたら、ポポンちゃんもあの子たちもこの森に置いてあげられるわ」
「大樹様、それは俺が困ります。仕事がやりにくくなる」
「あら、ポポンちゃんは穴掘りがとっても上手なのよ?それってリィンの仕事にも役に立つでしょう?」
「う。まあ、それは」
「どうかしら、ポポンちゃん?」
ポポンの決断は早かった。
仕事の内容さえ聞いていない。
だが、この森で匿ってもらえる。
モール族を安全な場所に住まわせてやれる。
決めるには、それで十分だった。
「やります!やらせてくださいっ!」
ポポンは深々と頭を下げた。
大樹の乙女は笑顔で頷き、リィンを見た。
「リィンも。いいわね?」
彼は後頭部をガリガリと掻きながら言った。
「俺が大樹さまのご決断に逆らったことなんてないでしょう」
「じゃあ、決まりね!……うふふ。あなたたち、とっても良いコンビになると思うの」
そうして大樹の乙女はポポンに向けて両腕を開いた。
「ようこそ、ダンジョン工務店へ!」
悩みましたが、単位は現代のものでいきます。