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6.医者の子とバスケの神様

「え? 氷川さんそれ本当?」


 俺はすぐに食いつく。

 

 睦月は、身を乗り出して尋ねた俺のことを不審者でも見るような目で見ながら、


「私が中学校の時のバスケ部の……いや、入って二年経ったころに突然やめたから、まあ可能性は薄いかもしれないけど」


「でも氷川さんは可能性を感じたんだよね? どうして?」


「え……」


 睦月は押し黙ってから小さく息をはく。髪を指先でくるくるしながら答える。


「まあ、何ていうか……その子背高いし。百七十五はあると思う」


 それはあまりに単純すぎる理由だった。


「理由って……背、だけ?」


 もっと他にあるだろうと睦月に続きを促す。


「いや別に……まあ、私の勝手な想像なんだけど、多分まだバスケやりたいって思ってるはずなんだよね。やめた後も私によく試合楽しかった? とか練習楽しかった? とか訊きに来てたし。ってか手当たり次第に声掛けなきゃいけないんだから、理由なんてどうでもいいでしょ」


 睦月の言うことはもっともだった。確かに、今はなりふり構っていられる状況じゃない。一度バスケ部に入っていたことがある、ということはバスケに興味を持ったことがあるということだ。それは誘うには十分すぎるほどの理由ではないだろうか。


「それに背の高い子が入ってくれたら、チームバランス的にも最高だと思うし」


 それも睦月のおっしゃる通りだ。現在のメンバーで一番背の高いのは知佳だが、それでも百六十センチ程度しかない。一般的な女子と比べたら少し高い止まりだ。バスケは背が高ければ高いほど有利――そんなに単純ではないが、やはり背が高いのは大きなアドバンテージである。オフェンスディフェンス共にワンランクもツーランクも強化することができる。


「でも何でそんな人がやめちゃったんだろう」


 柚香が遠慮がちに呟く。


「あ、別に反対とかじゃないよ誘うの。ただ純粋に気になっただけ」


「何か勉強がどうとか言ってた。その子の親、医者だし」


「つまり氷川さんの知ってる子は親に言われたからバスケをやめたってこと?」


「……だと思う」


 俺の問いに、睦月はゆっくりと頷いた。


「なるほど。つまりはその子をというより、親を説得しないとダメということ、か」


 ふうーと大きく息を吐いて、後ろの壁に寄りかかる。中々に厳しい条件だ。親を説得する時間があるなら、他の子を探した方が早いかもしれない。


 そして、どうやら知佳も俺と同じことを思ったらしく、


「他の子にした方がいいんじゃない? 無理だと思う。だってあの背の高い子って確かスパ特でしょクラス。部活やってる人ほとんどいないって聞くよ」


 一瞬、スパ特? っと思ったが、スーパー特進クラスの略か、それに近いネーミングのコースの略称だろうと納得した。つまりその彼女は頭がよく、学校からいい大学に進学することを義務づけられているクラスに在籍しているということだ。余計に無謀じゃないかそれ。


「じゃあ知佳には心当たりあるの? 入ってくれそうな人」


「それは……」


「そもそも四人もさらっと集まったことが奇跡みたいなものじゃん。しかも経験者が三人もいるなんて、奇跡の最上級だよ。柚香も完璧な初心者ってわけじゃないし」


「うん。私もバスケ部のマネージャーやってたわけだし、完璧な初心者よりは敷居低かったと思う」


「ってか中学校でバスケやってて、もとからバスケ続けようと思ってる人って、バスケ部のある高校選ぶよね」


 睦月の口から不意に出てきて言葉は、核心をついていた。


「私たちの方がある意味特殊なんだよね」 


 柚香の沈んだ声を最後に誰も発言しなくなる。正論に次ぐ正論が飛び交うと、得てしてこういう重い空気になってしまうものだ。


 バスケ続けようと思ってる人って、バスケ部のある高校選ぶよね。


 睦月の言葉の裏を返せば、桜ヶ丘学園に来ている時点で、その学生たちにはバスケをする気がないということになる。四人そろった時点で奇跡なら、五人目を迎え入れるのは限りなく不可能なのではないか。


「ちょっとみんな空気重いよ! しっかりして! 絶対大丈夫だよ!」


 どんよりとした空気に風穴を開けたのは美玖だった。手をぱんぱんと叩きながら、みんなを鼓舞するように前向きな言葉をかけてくれる。


「元からダメもとで集まった四人でしょ? 監督だって絶対無理だって思ってたところから、こうやってなべっちが来てくれたじゃん。これって奇跡の連鎖だよ。だから絶対に睦月が言ってた子を説得してみせようよ!」


「美玖、お前ってやつは……本当に馬鹿だな」


 知佳が呆れたような笑みを零す。


「だって私たちが諦めたらバスケの神様に失礼じゃん」


 びょんと立ち上がり胸を張った美玖は、みんなを見渡しながら高らかに宣言する。


「私たち、バスケが好きで集まったんでしょ?」


 それを聞いて、俺は弱気になってしまった自分を恥じていた。バスケの楽しさをみんなに教える。もっとバスケを好きになってもらう。そう誓ったじゃないか。


 親のせいでバスケができない子がいる。ありえない。バスケが好きなら好きだって言えばいいんだ。睦月が言ってくれたような子にバスケをさせることが、俺がここに存在する意味ではないのか。


「ってかなべっち! さっきからあり得ないんだけど!」


「はいっ!」


 いきなり美玖にドスの利いた声で名指しされる。どうして不機嫌そうに睨みつけてくるのでしょうか。俺、何かしましたか?


「さっきから氷川さん氷川さんって。睦月でいいの! それに私のことも春瓦さんって呼んだよね? 長い! 春瓦は五文字! 美玖は二文字! 圧倒的に言いやすい! 知佳も同じ理論! 柚香は三文字だけど、なんか柚香の方が可愛いから!」


「……え?」


 虚を突かれて、返す言葉もなかった。


「もう、なべっち察しが悪い。私が言いたいのは苗字にさんづけは何か違うってこと。なべっちは監督なんだから呼び捨てでいいの。その方が私たちもやりやすいし」


「おい美玖。監督が引いてるだろ?」


 知佳が俺の心を代弁してくれたが、美玖は気にもとめていない。


「だってそうじゃない? それとも知佳はこのままさんづけで呼ばれたいの?」


「いや……まあそう言われると確かに、監督だしある種の威厳は必要ではあるが」


 美玖に言いくるめられてしまう知佳。


 しかし俺も二人のやり取りを聞きながら、もしかすると美玖の言い分が正しいのかもしれないと思い始めていた。部員のことをさんづけで読んでいる監督なんて見たことがない。


「そうそれ、威厳ってやつだよ。睦月も下の名前で呼ばれたいでしょ?」


「ん? 監督の好きにすればいいんじゃない?」


「知佳も睦月も賛成っと。柚香は?」


「私も、なべっち監督に任せていいと思う」


「ほらほら四対一。民主主義の大勝利」


 どうだと言わんばかりの勝ち誇った笑みを湛える美玖。


「だからなべっちも私たちに遠慮しないこと、呼び捨て決定。ほら呼んでごらん。美玖って。み、と、く、で美玖ですよー。ちゃんと言えまちゅかー?」


 そのからかいに若干いらっときてしまったので、


「俺は赤ちゃんか! 美玖だけダッシュメニューをみんなの五倍させるからな」


 仏頂面を意図的に作って脅す。


 美玖の顔が一瞬にして真っ青になり、


「それはなし! ごめんってちょっとからかってみただけ!」


「もう遠慮はしないぞ俺は。監督としての威厳だ」


「そこは遠慮してよ。いや、してくださいってばぁ。なべっち監督っ」


 涙目の美玖を見て、睦月も知佳も柚香も笑ってくれた。おおまかではあるが、それぞれのキャラが分かってきたし、これから監督として頑張っていけそうだ。

第一章終了です。

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