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5.適材適所ってよく考えると褒め言葉じゃないよな

「なべっちはどうして私たちの監督をやることになったんですか?」


「高校時代の恩師に薦められたんだよ。俺が長年指導してきた生徒の中で、お前が一番そういうのに向いてるからってな」


「え? それってすごいじゃないですか。ポジションどこだったんですか?」


 美玖の怒涛の質問攻めに、最初は戸惑いしか感じていなかったが、裏を返せば興味を持ってくれていると気づいてからは、気が楽になって会話も弾むようになっていた。


「スモールフォワードだったよ。背も百八十ちょっとしかないし」


 一般的に言えば、俺は身長が高い部類に入るだろう。しかしバスケ競技者としてみると、俺は超平均的な身長しか持ち合わせていない。


 ちなみに、フォワードとはドライブで相手のディフェンス網を切り裂いたり、アウトサイドからシュートを決めたりと、オールラウンドな動きを求められるバスケの花形ポジションだ。もちろん俺はそんなすごいプレーはできなかったけれど、まあ嘘はついていない。


「私と同じだ。じゃあスッて敵を置き去りにしてシュートとか決めてたんですか?」


 美玖は胸の前で両手を合わせて、キラキラと表情を輝かせる。共通点って女子にとってはすごく大事な要素なのだろうな。そんなことを思いつつ、場の空気が重くならないように冗談っぽくすることを心掛けて、


「もちろん万年控えのベンチプレイヤーだったよすごいだろう!」


 胸を張って自信たっぷりに宣言する。みんながさーっと引いていくような印象を受けた。やばい、と思ってももう遅い。


 おそらく彼女たちは、俺を天才か何かだと思っていたのだろう。監督に選ばれるくらいだからね。冷や汗で背中がぐちょぐちょだ。そうでなくても万年ベンチって言葉は印象悪いよなぁ。


「でも試合を見ながら戦術とか考えて提案して、みんなからは博士ってあだ名で呼ばれてたし。監督からも頼られてたと思う」


「ああ、なら納得」


 知佳の声と共に、みんなの興味も戻ってくる。なら、ってことはやっぱり期待していたんですねごめんなさい。


 けれどバスケの才能がなかったからこそ、頭を使って自分の居場所を見つけ出すことができたし、その経験は監督業に活きてくると思う。


「下手は下手なりに考えたってわけ。俺はバスケが大好きだから」


「つまりなべっちは、限界を感じてもバスケをやめなかったってことだね?」


「ああ。だって俺バスケが好きだから。みんなよりも下手だからそれがどうしたって感じだった。そんなの、好きなことをやめる理由にはならないだろ?」


「そっか。なべっちやるじゃん! 劣等感に負けなかったんだね! 適材適所ってやつだね!」


 破顔している美玖に背中をバシバシと叩かれる。ってか美玖さんは完全になべっちで呼ぶことにしてるのね。それを否定しない俺もどうかと思うけど。


 そんな感じで、彼女たちが用意してくれたケーキ――理由を訊いたら歓迎会といえばケーキでしょと当然のように言われた――を食べながら駄弁っていた。といっても会話をするのはほとんどが美玖で、ときどき知佳といった感じ。睦月は本日三切れ目のケーキを頬張っていて、俺に対して無関心なように見える。柚香は口を開くことはなかったが、俺の話を一番熱心に聞いてくれているように見えた。


「そういえばさ、俺もみんなに訊きたいことがあったんだけど」


「何? なべっち?」


 小首を傾げながら、美玖はフォークで一口サイズに切ったケーキを口に運ぶ。


「何って……あ、あれだよ。そりゃあ……」


 言いかけて、まずかったなと言葉を止めてしまった。

 俺が話そうとしたのは、足りない部員のこと。おそらくここにいる四人ともバスケ部の存続条件を知っているはずだ。ということは、こんな歓迎会をせずに必死で部員を探さなければいけないことも知っているに違いない。

 歓迎会という楽しい場に、暗い話題はそぐわないに決まっている。


「そりゃあ……?」


 フォークの先端を口に咥えたまま、もごもごと訊き返してくる美玖。


「えっと、ま、まあ、バスケ部の今後について……だけど」


 けれどいずれは向き合わないといけないことではあるし、話し合うのであれば早いほうがいいだろう。プラスに考えて、曖昧にではあるが彼女たちにその話題を投げかけてみた。校長が五人目の部員に当てがあると言っていたことも、あわせて思い出す。その五人目は現状を見るに入部にまでは至っていないのだろうが、現実的に考えれば、その子を説得して入部してもらうことが、バスケ部存続の一番の希望のように思えた。


「今後……」


 ぼそりと呟いた美玖の表情が仄暗く染まる。美玖以外の三人の顔色も窺ってみると、やはり顔を曇らせていた。空気が一瞬にして停留し、硬くなってしまう。


「ああ、でも五人目の当てはあるんだろ?」


 場の空気をほぐすために、過剰なまでに明るい声音を意識して言った。こういう時、俺の質問に答えるのはやはり美玖だろうと思い彼女に視線を向けるが、美玖は俯いたまま喋ろうとしてくれない。


 代わりに返事をしてくれたのは知佳だった。


「実はその子、美玖と同じ中学ですごくうまかったんですけど」


「だったら入ってくれる可能性高いじゃん。春瓦さんと同じ中学なら」


 うまかった。過去形に一抹の不安を覚えたが、同じ中学であるならば誘いやすいし、入部してくれる可能性も十分にあるように思えた。


「えっと、何ていうかその子、怪我でバスケはもうできないらしくて。……そうだったよね。美玖」


 助けを求めるように、知佳が美玖の方を見る。

 

 美玖はすっと顔を上げ、ぎこちなく笑いながら、


「医者から無理だって言われてるらしくて」


「そう、なんだ」


 返す言葉がなかった。


 怪我。


 スポーツ選手につきまとう冷酷無比な悪魔。自分の力ではどうすることもできない絶望。こいつのせいで、今までどれほどの人が好きなことを諦めてきたのだろう。


「だから私たちも八方塞がりなんだよね。あ、最後の一個もーらい」


 睦月がちゃぶ台に身を乗り出して、中央に置かれていたケーキの最後の一切れを素手で掴むと、そのまま口に運んだ。ケーキの上に乗っていた苺に鼻先が当たって、苺が少し傾く。その一連の動作があまり自然すぎて、堂々としすぎていて、ケーキって手掴みで食べるものだったんだと、新たな常識を埋め込まれそうになっていた。


「うーん。やっぱこのケーキ最高。……あれ? どうしたのみんな?」


 睦月は舌鼓をうちながら、懐疑の視線をみんなに向ける。ケーキをようやく自分の皿に置き、人差し指と親指についていた生クリームをぺろりと舐める。


「どうしたのじゃないだろ。女子なんだからもっと行儀よく」


 見かねた知佳が注意するも、


「おいしいから早く食べたかっただけ。それにもうお皿に置いてるし、ほら」


 睦月はこれみよがしにお皿に乗っている食べかけのケーキを見せびらかす。


「まったく……」


 知佳は目を閉じ、眉間を抑えてうなだれたが、


「くふ。ふははははは」


 すぐに吹き出して、笑い始めた。それを皮切りに、美玖も柚香も笑い始める。そして、何故か睦月までもが三人につられて笑い始めた。


 俺はいまだにきょとん、だ。何が起こっているのかさっぱり分からない。


「何それ、もうお皿ってに置いてるって。ばかじゃないの?」


 美玖が睦月の二の腕をバンバン叩く。今にも笑い死にそうな勢いだけど、え? 何か面白かった今?


「確かに。今お皿に置いたって、さっきまで持ってたから」


 知佳が目尻にたまった涙を拭いながらツッコむと、俺を除く三人が爆笑し始める。いや、少し前にあったケーキは冷めないの件は面白かったけど、今のはどこが面白いんだ? 誰か説明してくれ。これが女子高生の力ってやつか。私たちってどう考えても最強だから、私たちが笑えばそれは世界一面白いものだっていう法則が成り立っているのか。あ、でもこんな光景、電車やファストフード店でよく見るなぁ。


 その後も俺は彼女たちの笑いについていけず、一人置いてけぼりを食らっていた。五分経っても彼女たちは、クソつまらないお題で盛り上がり続けている。映画館でスベり続けているコメディ映画を見ているような気分だ。


「あ、でもそういえば五人目の部員の話、私、一人だけだけど心当たりあった」


 突然、睦月が何の前触れもなく話題を変える。

 それは、喉から手が出るほど欲しかった情報だった。



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