3.世界一楽しいスポーツ
「……え」
意味が分からなかった。
「四人って、人数足りないじゃないですか」
「そうなんだよ」
ばつが悪そうに呟いた校長は苦笑いを浮かべ、
「彼女たちが、五人目には当てがあって絶対に入ってくれると言うもんだから、つい、な」
「ついって、でも結局その五人目は入ってくれなかったってことですよね?」
「入ってくれないと確定したわけではないんだよ」
校長は可能性を残した言い方をしたが、その声音から期待薄なのは明らかだった。
「でも、四人でも、試合はできないかもしれませんがバスケをするくらいならできます。来年の新入生に期待してもいいし、何なら練習をしながら地道に勧誘でもいいと思います」
冷静になって考えてみれば、例え現段階で部員が四人だとしても、そんなに悲観する必要はないと思う。できることからひとつずつやっていけばいい。工夫すれば実りのある練習はいくらでもできる。監督としての腕の見せ所だ。
そんな感じで、俺はこの現状をどこか楽観的に捉えていたのだが、
「それでは他の部活に示しがつかないんだ。これまでの練習スペースを新設のバスケ部のために分けてくれた部活……特にバレー部に」
確かにそうだ。体育館のスペースは無限にあるわけではない。新しい部活ができるということは、既存の部活の練習スペースを奪うということでもある。
また、桜ヶ丘学園はバレー部の強豪校として知られている、と学園のことを調べている時に知った。そんなバレー部が練習場所を提供してくれたにも関わらず、メンバーが四人しかいないなんて、ふざけているにもほどがある。お遊びだと取られてしまうかもしれない。
「つまり、バスケ部が存続するためには、五人目を探さないといけない。ということですよね」
「そういうことになる」
状況が切迫していることは、校長の切実な声が物語っていた。
「それ、俺がやります。俺が絶対に五人目を引き入れてみせます」
俺は何も考えずに、ただ脳に浮かんだ言葉をそのまま口から垂れ流していた。メンバーが足りないというだけで、バスケに対する情熱を持っている人間がバスケをすることを諦めなければいけない。そんなのは理不尽すぎる。バスケは世界一楽しいスポーツだ。その魅力が伝わらない人間がいるはずがない。
「だから猶予を下さい。お願いします」
校長に向けて深く頭を下げる。
「ありがとう渡邊君。彼女たちにも一ヶ月は待つと言ってあるから」
顔を上げると、申しわけなさそうに微笑む校長と目が合った。
「そんな顔をしないでください。俺はバスケが大好きですから、こんなの当然です。それに一ヶ月もあれば十分です。絶対に五人目の部員を見つけてみせます」
メンバーを連れてくることが監督の役目なのかと言われれば、それは違うかもしれない。けれどバスケが好きな生徒のために尽力することは俺にとって苦痛ではない。バスケが大好きで、バスケに成長させてもらった身としては、当然するべき恩返しのようなものだと思っていた。
***
体育館の裏手にある部室棟には、一階と二階に六つずつ、計十二の部屋がある。我が女子バスケ部の部室は一階の右から二番目だ。二十回は見直したので間違いない。ちゃんと扉にはバスケ部というプラカードが張りつけられてある。間違えて他の部室に入ってしまうと、警察沙汰になっちゃうもんね。
扉の前で深呼吸を二回、三回と繰り返す。この中でバスケ部員たちが俺のことを心待ちにしている、と校長は教えてくれた。お世辞ではないと信じていいのだろうか。
ねっとりとした汗が背中に滲む。覚悟というか、まあ、とりあえずいい加減、目の前の扉を開けよう。動揺したって、照れたっていいじゃないか。だって俺は男子大学生なんだもの。
ようやく決心して、ドアノブを掴んだところでノックをしていないことを思い出す。慌ててコン、コン、と扉をたたいて返事を待った。
「あっ、きたきた。どうぞー。お入りくださいましー」
明るい声が聞こえてくる。よかった。尊敬はされていなさそうだが、歓迎はされているらしい。結果オーライだな。相手が女子高生だと考えれば、若干の生意気な返事も当然と言えよう。目くじらを立てる必要はない。大人の余裕ってやつだな。
「し、失礼しま――」
パーン! と軽快な破裂音と共に火薬のにおいが鼻腔に広がっていく。ドアノブを持ったまま固まってしまった。使用済みクラッカーを持った女の子が目の前でくすくすと笑っていることと、部屋の奥の畳の上で、残りの三人の女子がちゃぶ台を囲うようにして座っていることは確認できた。