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2.バスケ部廃部の危機!?

 紺色のブレザーに、赤と黒のタータンチェックのプリーツスカート。それが桜ヶ丘女学園の制服だ。桜ヶ丘駅の西口を出て、正面にある商店街を通り過ぎると、それと同じ服装の女子高生としかすれ違わなくなった。


 貴賓漂う石造りの橋を渡った先に、これから通い詰めることになる桜ヶ丘女学園がどっしりとそびえ立っている。桜ヶ丘駅は俺の住んでいるところから電車で三駅なので、通うこと自体は確かに苦労ではなさそうだ。


 ただ、それはあくまでも肉体的な話である。


 高校に近づくにつれて、精神がゴリゴリと削られていく。穏やかな春の日差しを浴びているのに回復が間に合っていない。橋を渡っている時にはすでに瀕死状態だった。


 自分の理性を信じてはいるけれども、俺だって男だ。しかも男子大学生だ。


 荘厳さを備えた濃い深緑色の校門の前に立った時は、全てを放棄して引き返そうと考えた。校内から途切れることなく出てくるのは当たり前のように女子、女子、女子ばかり。俺を訝しげに見つめてくる生徒だっている。女子高の前で男が呆然と立ち尽くしていればその視線は当然なのだが、足がすくんで動かないのだ。


 背中をいくつもの汗が流れ落ちていく。


 このまま帰ってしまおうか。監督の顔に泥を塗ってやろうか。


 そう思ったけれど、本当にそうしてしまおうと何度も思ったけれど、女子高生の群れが途切れた一瞬の隙を見計らって、校内に潜入した。


 俺を突き動かす最大の理由は、バスケ好きの子たちがこの学園で待っているという事実だ。


 とりあえず教師用の昇降口から秘密の花園――校舎内に侵入する。俺が通っていた高校と構造的に大して違いはなかった。普通の下駄箱に、普通の廊下。ちょうど目の前を通った女子高生に校長室の場所を尋ねると、嫌な顔一つせず教えてくれた。校長室へ向かう廊下で複数の生徒とすれ違ったが、変な反応はされなかった。


 もしかすると、女子高に生徒以外の男がいることなんて珍しいことではないのかもしれない。いや、女子しかいない校舎に若い男が入って振り向かれたりしないというのは、俺がイケメンではないことの証明になっている気がする。やめよ考えるの。


 校長室の前に到着し、心の中で、よし、と呟いてから扉を二度ノックする。


「どうぞ」


 低く穏やかな男性の声が聞こえてきた。この学園の校長には、今日の放課後に俺が訪ねてくることを監督が伝えてくれている。気心知れた幼馴染の推薦とはいえ、つい最近まで高校生だった男をバスケ部の監督として認めるなんて、この学園の校長はただものではないのかもしれない。単なる馬鹿なのかもしれない。


「し、失礼します」


 若干噛んでしまったが、そこをもし突っ込まれたら若さで押し通すことにしよう。恐るおそる扉を開け、中に一歩だけ足を踏み入れる。部屋の中央には、茶色い革のソファと、大理石か、それによく似た素材で作られたローテーブルが置かれてあった。壁際に設置されている棚にはトロフィーやら分厚い本やらが所狭しと並べられており、部屋の一番奥では、校長が黒革の椅子に座って何やら書類にサインをしていた。その校長の禿げた頭を背後の窓から差し込む陽光が照らす様は圧巻で、ボケとしては百点満点だと思う。


「君が渡邊君だね。中々の好青年じゃないか。山梨から君のことはよく聞いているよ」


 校長がつと顔を上げる。深いしわの刻まれた優しげな顔で笑いかけてくれたので、ほっと胸をなでおろす。


「は、はい。未熟者ですがよろしくお願いします」


「そんなにかしこまる必要はない。とりあえず座りなさい」


 校長に促されるままソファに腰を下ろす。想像していたよりも沈み込みが激しくて、両足の裏が一度床から離れてしまった。


「さて、渡邊君はまだ大学生と聞いたんだが、本当かね?」


「はい。大学一年生です」


 はきはき元気よくを心掛けて受け答えをする。


 それを聞いた校長の目がぎろりと不気味に光った。


「ほぉ……、一年生……とな?」


 声にも不穏が含まれている気がする。品定めをする鑑定士のような視線を向けられ、不安は最高潮を迎えていた。


 ここは嘘でも大学四年とか言ったほうがよかったか。そんなすぐばれる嘘をついても意味がないのか。じゃあどうしたらよかったんだ。


「はい」


 認めるしかなかった。

 とりあえず姿勢を正して、年齢の割にはキッチリしていますアピールをしてみる。


「そうか」


 校長はゆっくりと目を細くしていく。それから、はっはっはっ、と童話に出てくる王様のように笑い出した。


「山梨の考えそうなことだ。しかし、歳が近いというのは逆にいいことかもしれない」


「僕もそう思っています」


 肯定的に捉えてもらえたようだが、油断はできないと身を引き締め直す。やっぱり断られてしまうなんてことにはなりたくないから、これ以上のマイナス発言は控えたい。


「自信があってよろしい」


「ありがとうございます。僕は世界中の誰よりもバスケが好きな自信があります。そしてその楽しさを女子バスケ部のみんなに伝えていく自信もあります」


 校長先生の目をまっすぐ見つめ、力強く宣言する。


「その言葉を聞いて安心したよ」


 腕組みした校長は満足げに何度も頷いてくれた。しかし、すぐにその柔和な表情が嘘だったかのように翳ができ、深刻そうに顔を伏せる。


「……だが渡邊君は、我が校のバスケ部が今年から発足した新しい部活だ、とだけしか山梨から聞かされていないんじゃないか?」


「はい。それもプラスの要因として捉えていますが、だけ、というのは?」


 訊き返すと、校長は呆れたように、でもどこか楽しそうに表情を緩ませた。


「やはり聞いていないか。まあ、山梨のことだからそうだろうと思ったんだが」


「すみません。話が見えてこないんですが」


「ああ、すまない。いやぁ……実はな」


 言葉を止めた校長は渋い表情を浮かべる。

 いいことではないと直感的に悟った。


「何か悪いことでもあるんですか?」


「別に悪いという表現は適さないのだが」


 誤魔化すように呟いた校長は、小さく嘆息を漏らした後で、


「現時点で女子バスケ部は、君の力ではどうしようもない問題を抱えているんだ」


「それは俺が監督の経験がない若造だからですか?」


 単刀直入に訊く。そういった類の言葉を掛けられることは分かっていたけれど、俺も一度覚悟を決めた身だ。ここで引き返すなんてできない。


「いや、そういうわけではないんだ。私は君にぜひ我が校のバスケ部の監督になって欲しいと思っている。それ相応の報酬も出したいと思っている」


 校長は椅子を回転させて背を向ける。どうやら俺が思っている以上に、校長は俺のことを認めてくれているらしい。でも、だったらどうして、先程のような否定的な言葉が出てくるのか。


「もしかして、バスケ部の生徒から反対されてるんですか?」


「いや、君のことを話したらもちろんみんな喜んでくれた」


「だったら、何も問題は」


「四人しかいないんだよ。現時点で、バスケ部の部員が」


 もう一度こちらに振り返った校長は、神妙な面持ちでそう告げる。


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