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2.見惚れてしまった

 バスケットゴールの後ろにあるベンチに座って靴ひもを結ぶ。公園内には心地よい清涼感が漂っていたけれど、はるちゃんが横にいるせいで心が全然休まらない。


「怪我してるって言っても、シュートくらいは打てるだろ?」


「それくらいなら」


「じゃあシュート勝負しよう」


 バスケットコートへ向かう途中にそれとなくシュート勝負を持ちかけたら、はるちゃんは了承してくれた。本当は怪我をしていないことを知っているけれど、まだそれは伝えない方がいいと判断して、シュート勝負という形式にした。


 隣に座っているはるちゃんも背中を丸めて靴ひもを結んでいる。前傾しているせいで、胸元の肌色と少しのふくらみが深くきわどいところまで露わになっている。スカートの裾から伸びる健康的な太ももも、きっとさすればシルクのような肌触りがするのだろう。小学生のころのはるちゃんはやはりそこにはおらず、可愛く清楚な雰囲気を携えた女性として俺の隣に君臨していた。


「あ、ダメだ。やっぱりシュート勝負はなしにしとこうか」


 そんなはるちゃんを見ていて、とあることに気がついたので、シュート勝負の撤回を試みる。周囲を確認すると、大勢とは言わないまでも散歩をしている人はいる。男は俺以外にもいる。


「え? 何で?」


 靴ひもを結ぶ手を途中で止めて、はるちゃんは前かがみのまま顔を上げる。


「その、見えちゃうから」


「見えちゃうって?」


 小首を傾げて問い返してくるはるちゃん。


「だから、スカート。捲れるから……中が」


 視線を明後日の方に向けて、恥ずかしさを抑え込みながら必死で伝えた。


「大丈夫だよおにい。別に見えても」


 大胆発言が飛び出す。横目でちらと確認すると、はるちゃんはきょとんとした顔でこちらをじっと見つめている。


「見えてもって、え? ジャンプとかしたら、慣性の法則? 的な力が」


「だから見えても大丈夫。心配いらないよ」


 それは俺になら見せてもいいということですか? そういう解釈でいいんですか?


「だって、ほら……」


 はるちゃんがスカートの裾を両手でつまんで持ち上げようとする。どうしよう。はるちゃんが公然わいせつで捕まってしまう。いや俺の方が売春的な何かで捕まるのか? 見せても大丈夫ってことは、はるちゃんには露出狂的な、そういう趣味があるのかもしれない。そういう意味でも大人になってしまったのかはるちゃんは。いやいや、そもそもそんな趣味を躊躇いもなく暴露するだろうか? 俺がそれだけ信頼されてるってことでしょうかね。


「下に短パン穿いてるし」


「ああ、ですよね……」


 スカートを腰のあたりまでめくられる。ジーンズ生地の短パンが露わになった。ポケットの裏面が短パンの裾から出るくらい短くて、そりゃあその生地のさらに下にあるものを想像しても仕方ないよ。


「もしかしておにい、期待した?」


 いたずらに笑いながら肘で小突いてくるはるちゃん。


「いいや。別に止めようとしてたし。ってかそんな服着て来るのおかしくない?」


「え? おかしい……」


「ああ。普通着てこないだろそういうの」


 別にいじられた腹いせとかではなく、普通に考えて、スポーツをすると分かっているのだからはるちゃんの服装はおかしすぎると思っただけだ。スカートなんて穿かずとも、最初から短パンでくればいいし、そもそもワンピースはバスケをするという目的にそぐわない衣装だと思う。ジャージでいいのだ、俺みたいにジャージで。


 はるちゃんも、指摘されたことを分かってくれたのか、しゅんと俯いた。


「やっぱりこんな可愛いの私には似合わないよね。せっかく新しく買ったんだけど」


「何言ってるんだよ? ワンピース自体は似合ってるし可愛いけど、バスケするんだからワンピースを選ぶのはおかしいってことだよ」


 勘違いを指摘すると、はるちゃんの顔がぽっと明るくなる。


「え? あ……まあ、そうだよね。ごめん。でも普通はバスケする時こういうの着ないから」


「じゃあなんで今日は着てきたんだよ?」


「それは……柚香の練習につき合うだけだから軽く動くだけだし、その……オシャレはしておこうと思って」


 聞いて納得した。年頃の女の子だからオシャレしたいのも当然か。


「はるちゃんもそういうところ気にするんだ。やっぱり女の子なんだな」


「やっぱりって何? 私を女として見てないってこと?」


 急に機嫌が悪くなってしまう。え? こんな感情の起伏が激しい子だっただろうか。


「違うよ。だってはるちゃんははるちゃんだから。子供のころからずっと知ってるし」


「やっぱりそうなんじゃん。あの時と同じだよ」


 いじけるように言ったはるちゃんを見ていると、心にずきずきと痛みがやってくる。


 転校する時に、はるちゃんが最後に見せた悲し気な顔が脳裏をよぎった。


 あなたのことが好きです。


 ぶつけられた、純粋でまっすぐな衝撃は今も細胞レベルで覚えている。


 小学生なんか好きになるわけないだろ。


 勇気を出したはるちゃんのことを、俺は誠意を持って受け止めもせず、茶化すようにして断ってしまった。同級生がちらほらと周りにいて俺自身が恥ずかしかったのもあるし、なにより中学生が小学生を好きになるなんてありえないと、当時の幼稚な俺は考えていたのだ。ロリコンじゃねぇかそんなの、って。


「ごめん。はるちゃん」


 俺は恋愛面で何も成長していないのか。


 そうは思いたくない。


「でも今日は久しぶりに会って、大人になったなって思ったよ。だからあの時は本当に悪かったと思う」


 だからこそ、あの時のことをきちんと謝ることにした。


「……え?」


 はるちゃんは驚いたような顔をしてから、ゆっくりと目を伏せる。


「べ、別にあの時のことを謝って欲しいわけじゃないし。ってかそれよりシュート勝負するんでしょ?」


 ふんと顔を背けるようにしてベンチから立ち上がったはるちゃんは、


「どこから打つの?」


 背を向けたまま訊いてきた。


「はるちゃんの一番得意なところでいいよ。はい、ボール」


 鞄からボールを取り出して、はるちゃんにパスする。振り向きざまにボールを受け取ったはるちゃんは、慣れた手つきでドリブルをしながらスリーポイントラインの外側まで進み、


「じゃあ右の四十五度の位置から、スリーポイントシュートで」


「オッケー」


 そこは俺の得意なエリアでもある。もちろん現役時代の話だ。当時と同じ確率で今もシュートを決められるかと問われれば答えは否だが、はるちゃんは言っても女の子だ。勝てる自信はあった。


「少し練習してからにする?」


「俺はいつでもいいよ」


「そんな余裕こいてて負けたら、罰ゲームね」


「はるちゃんが受けることになるかもよ」


「じゃあ決まりね」


 余程自信があるのだろう。はるちゃんは自慢げににやりと口角を上げる。バスケットゴールへ向かってドリブルで直進し、リズムよくステップを踏んでレイアップシュートを決める。その一連の流れの鮮やかさ、流れるような四肢の連動性を見ていれば、はるちゃんの実力はすぐに分かる。


 すごく、うまかった。


 体のさばき方や重心移動に一切の無駄がない。


 ドリブル中にボールが手に吸いついているように見えるのは、強くドリブルをするというバスケの基礎ができている証拠だ。ふわりと浮き上がった髪の毛もスカートも、肩に反射する陽光も、彼女の華麗さを見事に引き立たせている。


 初めて、バスケをしている人間を見て見惚れてしまった。彼女のウォーミングアップする姿を永遠に眺めていたいと思った。

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