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1.女の子はどうしてこんなに成長が早いんだよ!

 地下鉄、素城野駅のA3出口の階段を上って外に出る。中央に植栽のある片側二車線の道路を多くの車が行き交っていた。道路の向こう側には素城野公園の入口があって、家族連れがちょうど入っていくところが見えた。


 穏やかな春の日差しに包まれた素城野公園は、豊かな自然で彩られているとても大きな公園だ。現代アーティストが設計した巨大な噴水が公園のシンボルとして建設されており、それを囲むようにして、アスレチックスペースや、テニスコート、グラウンド、美術館までもが存在している。植えられているさまざまな草花が季節の移ろいを見事に表現しており、春夏秋冬問わず、来訪者たちに落ち着きや安らぎを与えてくれる。


 そんな公園の入り口をぼんやりと眺めながら、隣にあった電信柱に寄りかかった。ジャージ姿で、バスケットボールが入った大きめのショルダーバックを持っているから、周りからすると高校生に見えているかもしれない。さすがに無理か。集合時間の五分前なので、もうすぐ二人もやって来るだろう。


 はるちゃんがバスケ部に入っていたことを柚香から聞いた時は、胸が熱くなった。バスケを続けてくれていた、ボール拾いに仕方なくつき合っていたのではなく、はるちゃん自身がバスケを好きでいてくれたことが、本当に嬉しかった。


 けれど今、はるちゃんはバスケをしていない。


 だからこそ、今日はそれを知るために、柚香に頼んではるちゃんを連れてきてもらった。素城野公園を選んだのは柚香で、バスケットリングが四基も公園内に設置されているらしい。はるちゃんがバスケをしているところを目撃したのもここだと言っていた。確かにこの公園は疲弊した心を癒してくれるオアシスかもしれないが、高校生が遊びにくるような場所ではない。周りに商業施設やお洒落なカフェ、ファストフード店はない。あるのはコンビニエンスストアくらいである。


「おにい。おはよ」


 後ろから声が聞こえ、振り返る。白を基調としたオフショルダーの花柄のミニワンピースを着たはるちゃんが立っていた。ワインレッドの鮮やかなスニーカーに続けて目が引き寄せられる。今日は気温が少し高めなので薄着だとは思わないが、露出が多すぎな気がする。肩から掛けられた光沢のついたピンク色の小さな鞄が春らしさを醸し出している。


 何というか、はるちゃんも大人になっているのだと、しみじみと感じる。はるちゃんという子供じみた呼び名で呼ぶことが失礼な気がしてきた。はるさん? はるさま? とにかく、ジャージ姿の俺とは大違いだ。


「おはよ。ってかもうこんにちはだろ」


「そう、だね」


 はるちゃんは口に手を添えて上品に笑う。その姿が妙に可憐で思わず目を逸らしてしまった。なぜこんなにも意識してしまうのだろう。まあ当然か。やはり気まずい。昔はこんなことなかったのに、やはり緊張が先に来てしまう。


「あ、人来てる」


 はるちゃんの後ろに階段を上ってくる老夫婦の姿が見えたので、はるちゃんの手首を握って、こちら側に引き寄せる。


「え?」


 はるちゃんは口をぽかんと開けて、頬を紅潮させる。「あ、ありがとう」ぶっきらぼうに言ったはるちゃんは、なぜかそっぽを向いている。はるちゃんの手首をしっかりと握っている俺の手が視界に入った。


「あ、……ごめんいきなり」


 慌てて手を離す。そのままはるちゃんから離れようとしたが、電信柱にぶつかって離れられなかった。


 肩が触れるか触れないかくらいの、微妙な距離間。


 ふと、横断歩道の前にいる先程の老夫婦の姿が目に入った。二人の繋がれた手をじっと見つめてしまっていた。


 ざらざらとやすりで心を削られているような気がする。


 さらさらとした絹で心を優しくなでられているような気もする。


 すごく、もどかしくて、むず痒い。


 恐るおそる視線を横に向けると、頬を赤くしたはるちゃんと不意に目があった。


「……あ」


 という本当に小さな声が、俺の口からもはるちゃんの口からもこぼれる。


 気まずさが一気に加速する。


 体が火照っているのは、じりじりとした日差しのせいだ。


「あれ? 柚香は?」


 何とか話題を見つけ出すも、声は完全に上ずってしまった。


「あ、柚香は今日来れなくなったって」


「来れなくなった!?」


 思わず大きな声で反応してしまう。さっきの老夫婦がこちらを振り返ってくすくすと笑っていたので、慌てて頭を下げて何でもないことをアピールする。


「で、来れなくなったってどういうことだよ?」


 顔をはるちゃんに近づけて、ひそひそ話でもするかのような声量で訊く。さっき大声を出して注目を浴びてしまったためにやってしまった行動なのだが、その結果はるちゃんの顔が今、俺の目と鼻の先にあることに遅れて気がついた。


 まただ。この体の自由が利かなくなる感じ。狂熱に取りつかれて自分が溶けていくような感覚。大きな瞳に綺麗な二重瞼、色白な肌、細い首筋、膨らんだ胸。目の前にいる大人へと成長したはるちゃんの姿に圧倒され、心が蹂躙されていく。


 そのままいったいどれくらい見つめ合っていただろうか。


 ほんの数秒だったのかもしれない。永遠より長かったような気もする。


「え! えっと、何か急用って。私も今朝知って」


 はるちゃんは顔を真っ赤にしてそう言い、体をぐっと後ろに移動させた。


「そ、そそうだったんだ。へぇ」


 噛みまくった。勢いで誤魔化すことにする。


「でも、俺には連絡なかったけど」


「伝えといて、ってさっき電話で」


 急用ならば仕方ないが、俺のところにも連絡くらいは欲しかった。事前に柚香が来られないことを知っていれば、心構えもできたというのに。


「そっか。まあ、でも今日ははるちゃんと話したいなと思って柚香に頼んでたから」


「え? 柚香の練習のためじゃないの?」


 はるちゃんの声音が少しだけ高くなる。そういえばそうだった。今日は柚香のバスケの練習につき合うという名目で呼び出していたんだった。


「それは、ほら。肝心の柚香がいないからさ、結果的に俺とはるちゃんの二人で久しぶりに遊ぶことになったわけだし、色々と話したいなって」


「そういう、こと」


 苦し紛れの弁明だったが納得してくれたようだ。はるちゃんの話を聞くというのが本当の目的だったわけなので、結果だけみれば嘘はついていない。


「話したいって……その…………あのこと?」


 たっぷりと時間をかけて言葉を紡いだはるちゃん。はるちゃんからその話を持ち出してくるとは思わなかった。触れられたくない話かと思っていたので、少し意外だ。


「うん。バスケのこと」


 同意すると、はるちゃんは目を見開いてから、不満げに唇を尖らせ、少し棘のある声で、


「この前柚香の練習につき合ってた時に、おにいが監督になったことは聞いたけど?」


 最後の疑問形はどういう意味だろう。なった理由が知りたい、ということだろうか。


「まあ色々あったんだよ。でも一番の理由は、やっぱりバスケが大好きだから、かな」


「そっか……大好き、だったもんね昔から」


「まあな。はるちゃんが引っ越すまでは練習によくつき合ってもらってたし」


「信号変わった」


 はるちゃんの視線の先に目をやると、歩行者用の信号が青に変わっていた。うまくはぐらかされたような気がしてしまう。昔のことを、しかもバスケのことをいきなり話題にしてしまって、そりゃあそうしたいよなと納得した。


「じゃあ、行くか」


「うん」


 俺の少し後ろをはるちゃんはついてくる。歩くペースを落として、はるちゃんの歩幅に合わせることにした。二人で並んで歩いているところを、停まっている車の運転手たちからじろじろと覗かれているような気がして、できれば早く公園内に足を踏み入れたかった。が、前を歩く手を繋いだ老夫婦を追い越すことがなぜか憚れた。言い方は悪いがあんな歳にもなって手を繋いでいるバカップルを、はるちゃんを横に連れた状態で追い越すことはできないと思ったのだ。この感情の正体は分からないが、心がどうしようもなくざわついている。

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