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6.昔のことを話すと疲れるものだねぇ

「レギュラー落ち?」


「はい。それで……」


 なぜか言い淀み、喉元まで到達していたであろう言葉を飲み込んでしまった。そんなに言いにくいことだったのか? でもその先を聞かなければ、夏希さんと睦月のためにならない。鈍感力だ鈍感力。鈍感が成功のもとだって、どっかの年老いた芸能人がテレビで言ってた。


「それで……?」


 言葉と目で続きを促す。


 睦月は一瞬だけ顔をひきつらせて戸惑いを露わにしたが、やがて自嘲の笑みを浮かべながら話しをしてくれた。


「まあ、それで……その時にレギュラーになったのが、私なんです」


 才能。


 レギュラー落ち。


 バスケ部をやめる決断。


 何となく、一本の線で繋がりそうな気がした。


「もしかして夏希さんがやめたのって、レギュラー落ちして自分の才能に限界を感じたってことじゃ……」


 夏希さんは勉強に才能があることに気がついていた。けれどレギュラーであったことから、自分にはバスケの才能もあると思うこともできていた。


「確かに、辻褄はあう。じゃあ楓がさっき言ってたことも全部が全部嘘ではなかった」


 睦月は明らかに動揺していた。瞳が小刻みに震えて始める。


「そしてさっきついた嘘も、それは私のためについた嘘」


 夏希さんは睦月にやめた理由がばれないように、気にしないように配慮してくれていた。中学の時から言い張り続けていた、勉強だから、という言葉は、レギュラー争いのことを隠すために、睦月を思いやる気持ちから出た嘘だったのかもしれない。


「私のせい……だったんだ。やめたの」


 睦月は哀切を多分に含んだ声で自分を責めるが、元も子もないことを言ってしまうと、仕方がない、で片づく問題である。レギュラー争いなんて、正直どの部活でも起こりえることだ。しかもバスケは五人とスタメンが非常に少ない。そこに選ばれるのは至難の業である。だからこそみんなスタメン入りを目指して努力を積み重ねるのだ。


 ただ今回に限っては、そのレギュラー争いが夏希さんにとって非情な現実を突きつけるものとなってしまった。しかも俺の予想が正しければ、夏希さんが受けたショックは、はるかに大きかったはずだ。


「中学の時って、睦月は、センターやってたわけじゃないよな?」


 センターというポジションはオフェンスでもディフェンスでもリング下にいて、リバウンドを取ったり、ディフェンスの最後の要になったりする非常に重要なポジションだ。大抵は背の高い人がその役割を務めるため、夏希さんのポジションはセンターであったはずだと、バスケのことを知っている人であれば容易に推測ができる。


「まあ、そうだけど」


 身長と今日の練習中の動きから考えて、睦月がセンターではない別のポジションであったことも確定している。中学の時も違うと分かった。


「じゃあ夏希さんがスタメン落ちして、スタメンにセンターっていなくなったってことだよね?」


「スモールバスケットをするって、監督は言ってたから」


 もし同じポジションの人間にスタメンの座を奪われたのなら、まだ納得できたのかもしれない。けれどポジションの違う睦月にレギュラーを奪われ、そしてスモールバスケット――あえてセンターを置かず機動力で勝負をする戦術――をすると監督に言われてしまった。お前はセンター失格でチームが勝つために必要ない存在だと言われたと、夏希さんが捉えても仕方がないかもしれない。


「そうか……。それで勉強か」


 夏希さんがバスケをやめた理由がようやく分かった。睦月には少々酷ではあるけれども、過去を紐解くことで判明した。


 しかし判明したことで生まれた違和感もある。


 それは、ここまで簡単に推測できるような嘘だったという違和感だ。睦月が一つの出来事を思い出すだけで、そこからするすると理由に結びついていく。本当に隠したいのなら、本当のことを半分も嘘の中に含めない。全て嘘で塗り固めればいいだけだ。そもそも親のせいという嘘でもよかったはずである。勉強だからという発言から、俺も睦月も夏希さんが親に気をつかっていると勘違いをしたわけなので、わざわざ否定してあんな大仰な例え話をなんかしなくても、はいそうですと話を合わせていればいい。才能のことに触れる必要なんかなかった。


 その考えにたどり着くと、一つの仮説が浮かび上がってくる。


 夏希さんはやめた理由を本当に隠したかったのだろうか?


「でも、それもやっぱりおかしい。だって楓はすぐレギュラーに復帰した」


「え?」


 困惑をそのまま口から吐き出す。


「復帰? どうして?」


「それは……まあ。いや、やっぱりあんまり関係ないかも」


 睦月は髪の毛を人差し指にくねくねと巻きつけながら、言葉をぼかした。


「復帰できたなら関係なくはないだろ。だって努力して自分のポジションを取り返したってことだろ?」


 煮え切らない態度に、ついつい追及の手を強めてしまった。口調がきつくなってしまった。


「それは……」


 睦月は顎を引いて、肩を震わせている。怖がらせてしまったかもしれない。冷静にならないとだめだ。心を落ち着かせようと俺が深呼吸をしていると、


「そうじゃ、ないんです」


 反対側のホームに電車が到着し、轟音と突風が俺と睦月を包み込んだ。今、聞き取りにくかったが睦月はそうじゃないと否定したはずだ。


「どういうことか教えて?」


 その声はホームが降車した人の足音やアナウンスの声に紛れてしまったかもしれない。儚げに目を伏せる睦月の姿を見ているだけで、心が罪悪感で苛まれていく。もしかすると睦月にとてもきついことを求めているのかもしれない。だからこそ声に最大限の優しさと柔らかさを込めて尋ねたつもりだが、伝わっただろうか。


「……」


 睦月は何も答えてくれない。


 反対側のホームに止まっていた電車も走り去り、それから三十秒もすれば、俺たちと同じ方面の電車に乗るために、スマホを扱いながら時間を食いつぶしている人たちしかいなくなる。もとの空気に逆戻りだ。


「まあ、端的に言うと」


 その空気を待っていたかのように、睦月はゆっくりと口を開く。


「私がバスケに対するやる気をなくしたので、すぐレギュラーから外されました」


 両手で缶コーヒーをぎゅっと握りしめている睦月は、どうぞ軽蔑してください、と言わんばかりの荒んだ笑顔を浮かべていた。場が暗くなり過ぎないようにするためだけの痛々しいその笑顔が、余計に切ない。


「まあ、私も悪かったんですけど、私その時いや……」


 何かを言いかけて、はたとその言葉を止める。戸惑いを隠すように上を向いて、


「でも、そっか。そういうことなら、そういうこと、だったのかも……なんだ」


 睦月が一人で何かに納得して幻滅した、ということだけはその自嘲めいた声音から判断できた。薄く笑って、視線をゆっくりと足元にまで落としていく。


「そういうこと、って?」


 尋ねると、睦月は目を見開いて驚きを表現する。まるで俺がこの場にいることを忘れていたみたいな反応だった。


「それは……」


 唇を噛んでいる睦月の表情がさらに仄暗くなっていく。それでも健気にふわりと顔を上げ、口元だけが笑っている中身のない笑顔を浮かべて、


「私、実は双子の妹がいて、こっちの方が割と理由で……」


 そこでまた言葉が止まる。諦観の吐息がふっと口から漏れ、一瞬にして表情が冷めていく。


 その変わりように恐怖すら感じた。


「妹が、どうかしたのか?」 


 続きを促すと、睦月は「別になんてことないんですけど」という、大事なことをこれから言いますからねを意味する枕詞を言ってから、視線を上へ向けて、錆の目立つホームの屋根を見つめる。


 薄く不気味に笑う睦月は、しばらくそのまま動かなかった。


 ようやくその口を開いたと思ったら、また無表情に戻っていた。


「私と妹は小学校からミニバスをやってたんです。同じ日に始めたのに、その時から私より妹の方がはるかにうまくて、はたから見てもそれは明らかでした。本当に同じ親から生まれた子供なのかよって、私はそう思わないとやっていられなくて」


 自虐ネタのつもりだったのだろうか。いつの間にか睦月の顔に笑顔が張りついている。開き直ったのか、 言葉が堰を切ったかのように飛び出していく。


「私はいつも美咲の姉だって言われ続けてきたから、内心嫌だった。しかも美咲は私と違って明るいし友達も多いし、やっぱりみんな私と美咲とでは接し方が違う。双子でほぼ同じだから、一人と仲良くなればそれでみんなはオッケーなんです。だからそれに反抗したくて必死に練習して、美咲と同じレギュラーになったと思ったら、それもぬか喜びで……」


 声が一気に沈んでいく。周囲の明度もそれに伴って落ちたかと錯覚するほどだった。


「どうして?」


 その理由を尋ねると、睦月の缶コーヒーを握る手が震え出した。空いた方の拳でジャージの裾をわずかに握りしめている。


「監督から、お前は美咲の姉だから一番コンビネーションが取れるって言われたんです。何そのおこぼれの、私が美咲の姉じゃなかったからレギュラーに選んでなかったみたいな言い方。ムカついたし、正直萎えた。今まで必死に取り繕っていた気持ちが、砕けて識別できないくらいの粒になっていくような感覚だった」


 彼女が発する声の正体が憤りなのか後悔なのか諦めなのか、はたまたその全てなのか、俺には判別がつかない。単色ではなく、きっと様々な色が混ざっているのだろうが、混ざってしまえばもう元の色が何色なのか、分かるはずなんてないのだ。


「だからバスケはもういいや、やめよう……って、そういう、緊張の糸が切れた的な感じで、よくある挫折ってやつですけど」


 睦月は一気に話し終えると、昔のこと思い出すのって意外と疲れるものだねぇ、と言いながら背もたれに寄り掛かり上半身をぐっと逸らせる。っくふぁわ、と心地よさそうな吐息が聞こえてきた。俺のことを気にしてか、昨日見たテレビ番組の感想とかを話しましたよ的なオーラを振りまき始めている。


 それが余計に切なく感じた。

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