ナンパ男
夕食後、部屋に戻って最初に思った。ここ三日くらいの疲労がヤバい、と。
っていうかいろいろな出来事が一気に起きすぎじゃない?
僕に今一番必要なのは十分な休養だと思った。が、施設での集団行動という縛りが僕を休ませてくれない。
この施設から出ると、よくわからない時代の日本に飛ばされるという話は聞いてたので迂闊に外に出る事もできない。
気絶から復活する時にかなり寝てはいたハズなのだが、そういう疲れじゃない。もっとこう、精神的な疲れだ。まず寝る部屋に女子2人(異性とは見てないが)、猫(神)一匹の時点でかなりストレスフルだ。
「変態マーン、出てこーい」
外套の男を呼んだ。
【なんですか、唐突に】
来やがった、やっぱりここにはプライベートの空間がないんだ。ってか、変態マンで出てくるっていうのはどうかと思うのだが、そこらへんは気にしていないようだった。
「明日の予定を教えて」
今日みたいに、次から次へと新しいイベントを起こされてしまっては対応ができない。知ることである程度対応できるし、そして、予定の内容によってはサボっちゃおうかなと思ったのだ。
【明日は休日です、好きなように過ごそう】
「おっやったぁ~」
「あれ、そっか、寝てたから知らされてないんだ。」
腹を叩きながらそう言って、祥子が部屋に入ってくる。その膨れ上がった腹部はゴリラというよりタヌキに近かった。
「今失礼な事考えたでしょ」
「考えてない考えてない」
休日かぁ、とは言っても家とは環境が全く違うので、暇つぶしに困ってしまうかもしれない。
それでも心と体が休まるのはいいことだと思った。
「あれ、兄ちゃんもう戻ってきてたんだ。」
真子が戻ってきた。
「ところで今日のゾンビ討伐数のランキング、僕何位だったの?」
0人とかがいるくらいだったから、僕はまだ中の下くらいかなと予想した。
【えっとですね、石田信夫、討伐数99位、3体。ついでにここに居る妹さんのも教えますね。
石田真子、討伐数25位、132体。】
えうそ、ここ、そんなに人が多かったかな?僕が中の下だとすると、アンデット討伐に行ったのは200人くらいって事か。
【ちなみに、石田信夫さん、あなたは後ろから二番目の順位だ。】
「はぁ!?嘘だろ!?あんなに石投げたのに!」
母数ではなく、そもそもの”僕が中の下”という仮定が間違っていた。最下位に毛の生えたような順位だった。
【あなたはそもそも魔法の使い方を間違ってる。だから弱い。石を投げるだけなら幼稚園児にもできる。】
ボロクソ言ってくる。自信がポッキリ折れてしまった。
今の日本で、魔法は7人に1人しか使えない。生活に何の役にもたたない魔法とは言え、使えるという点では他人より優れてると思っていた。
しかし魔法が使える集団ではここまで僕は非力なのかと、改めて悲しくなってしまった。
「まぁ兄ちゃんのは魔法というより、神の嫌がらせを利用してるだけだからねぇ」
なんだか目の前の妹さえ、自分より遥か高みに居る気分で憂鬱になってしまった。
「僕の神が悪い、僕は悪くない」
フリシャを指さして言う。フリシャは昨日のマタタビでまだ遊んでいる。あぁしていればただの猫なので無害なのだが、魔法使いとしてはあれを飼いならして命令を利かせないといけないのか。無理じゃない?
犬ならまだしも、猫に命令とか、聞いてくれる気がしない。
【誰が悪いとか言ってませんけど、とりあえず強くなるまでずっと今日みたいな夕食ですよ?】
ディクターは無頓着なんだろうか、僕が祥子から飯をもらっていたのを見てなかったみたいだ。
【幼馴染のおこぼれもらってて恥ずかしくないんですか?】
「そういう意味かよ!」
そういわれると、突然悔しくなってくる。が、よくよく考えてみたら僕の人生は祥子ちゃんのおこぼれみたいな物だったかもしれないと思えてきた。もともと、祥子ちゃんがいないとまともに生活できなかったわけだし。
「別に気にしなくていいわよ、裕福な私だから、いくらでも恵んであげるわ」
祥子ちゃんの発言がいやに鼻につく。これは強くなって見返すしかないんじゃないか?と闘気に似た感覚を覚える。憂鬱な気持ちを忘れるようにして、作戦を考える事にした。
「今に見てろよ!」
三下のようなセリフを吐き捨てながら、部屋を出ていった。
明日は休日だが、休んでいる場合じゃないと思った。
ーー
そこでやってきたのはG班の部屋。この施設はやけに広いが、部屋割がアホほどわかりやすいのですぐにたどり着けた。
なぜG班に来たかというと
コンコン
「すみませーん、メリーンさんっていませんかー?」
「はーい」
小柄な和服銀髪がドアから出てくる。そう、僕の目的はこの子。僕より討伐数が少なかったメリーンちゃん。彼女もまた、僕と同じくより強くなろうとしていて、かつ戦闘力はメリーンちゃんのほうが多分低いと見た。
魔法学校に通っているという事なので、その知識を少しでも盗もうと考えたのだ。
「明日って予定ある?」
まるで突然ナンパしに来た男のようになっているが、仕方ない。これも僕なりの努力なのだ。
「ちょっと待ってて」
班員と一言二言話して
「何かするの?」
ちょこちょこと戻ってきた。和服だから移動が大変そうだ。
「単刀直入に言うと、僕に魔法学校の知識を教えてほしい。」
超単刀直入に言った。これでフラれたら剛太にでも筋トレ術を教わりに行こうと割り切っていたからだ。
「そういう事ならOK」
アッサリとOKをもらってしまった。逆にどういう事ならNGなんだろう。
「私、知識はあるから大丈夫」
無い胸を張って自慢げである。しかし、彼女は知識があってもアンデットは倒せないみたいだから、その知識を役立てるかどうかは本人次第という事になりそうだ。
一番手っ取り早いのは剛太みたいにムキムキになる事なのだが、そうなるまでに時間がかかるし、何より文科系の僕にとっては、理詰めで勝負したかった。
「ありがとう、じゃあ、朝食が終わったら話しかけに行く」
軽く会釈をして別れる。
ーー
「あ、戻ってきた。」
ドアを開けると祥子ちゃんが居た。
「泣いて帰ってこないかと思った」
「そこまで弱くはないわい」
「さっき真子と話してたんだけど、建物の外って色々なアトラクションがあるみたいよ」
「えっなにそれ」
どんなトンデモ空間なんだろうか。研究施設の外に遊園地があったら、絶対僕だったら集中して研究できない。
「ってか建物の外出てもいいんだ」
「アンデット討伐の時も外だったでしょ?用は空間の境界からでなければ、どこ行ってもいいみたい」
消滅の魔法を使う祥子は、別空間の感覚があるみたいだった。僕にはわからないので、外に出る時は間違っても出ないように空間を触りながら進む事にした。パントマイムみたいに。
「兄ちゃんも行こうよ、休日はみんなそこで遊ぶらしいよ」
「へーいいな、って僕はダメだ」
「えーなんでー」
祥子が地団駄を踏む。やめろ、建物が倒壊する。しないけど。
「僕は君たちみたいに休日を無駄に過ごすつもりはないのサ」
妹や祥子ちゃんたちが見せる魔法が嫌味に見えるのは、僕が魔法が使えないからだ。が、この僕の発言が嫌味に聞こえたのだとしたら、彼女たちが休日を上手く使えていない証拠だろう。
「なんかウザいんだけどー」
祥子ちゃんが真子のところに戻りながら僕を指さす。ハッハッハ、なんとなく勝った気持ちだった。
「兄ちゃんこういうところがあるから魔法つかえないんだよネー」
フリシャを見て同意を求める
『ネー☆』
「お前のせいだお前」
フリシャが同意してるのが半端なくウザかった。こいつさえ願い事をバンバンかなえてくれれば最強になれるのに。
『神様は道具じゃないのよ、もっと扱いを考えなさい』
手をペロペロしながらフリシャが言う。
なんだかもっともな事を言われてる気がしたが、祥子ちゃんなんかはどうなんだ。何もなしにバンバン消滅魔法みたいなチート能力を連発して。神を酷使しすぎなんじゃないのか。
『消滅の神は女の子に弱いのよ』
「そういう理由?」
要は神に気に入られるか、気に入られないかが魔法の強さにかかわってくるという事なんだろうか。
「あたし自分の神と喋った事ないわよ」
「天才肌め」
「え、私もー」
真子までか。神様はどんだけ女の子に優しいんだ。僕も女の子に生まれればよかった。
『私は男女問わずいじめるよ』
「この神クソすぎる」
コンコン
「シャワーのお時間でーす」
白衣のナースの人が知らせてくれる。昨日はオニキスが居たから怖くて知らせられなかったんだろうか。
「そういえば僕ずっとこんな患者服だけど、ちょっとはオシャレしたいなぁ」
「何、突然」
祥子にツッコまれる。僕がオシャレを意識したらいけないとでも言うのだろうか。
「だって、シャワー浴びて、また患者服だよ?あれでもメリーンちゃんは着物着てたな」
「一部の魔法能力者は服作ったりできるみたいで、それを売ったりしてたよ」
真子が教えてくれる。そういう情報をどこから取り入れてくるんだろうか。女子ネットってすごい。
「真子達はそれ買わないんだ」
「明日それもゆっくり見る予定。兄ちゃんはずっと患者服なの?」
「それはちょっとやだなぁ」
とは言っても、一般人の作る服を買うとなると、買う側のセンスも問われてくるだろうから、自分だけの独りよがりなセンスでは気持ち悪くなる可能性があった。ユ○クロとかなら適当に買って着るだけなのだが...。
患者服のままでもいい気がしてきた。今のところ皆そうだしね。
「そしたら私たちが買ってきてあげるよ」
祥子ちゃんが提案してくれる。
「いいの?おごり?」
「そんなわけないでしょ、後でキッチリもらいますから。」
僕が持ってるお金は、拉致された時にたまたまポケットに入っていた財布の中身くらいなもので、たかが二千円か三千円くらいしか持ってなかった。
そんなお金で服が買えるのだろうか?と思ったが、もしかしたらこの施設だけでの仮想通貨とかがあったりするのだろうか。
ーー
ナースについていくと、大浴場に案内された。
まさに大大大浴場という感じだった、君の名前が気になるくらいの大きさだ。
なぜか浴場なのにウォータースライダーやらジェットコースターのようなものがあるのだが、大丈夫なのだろうか。
「ひっろ」
「そりゃまぁ、この人数が入るわけだしな」
剛太が後ろから話しかけてくる、確かに、50人くらい野郎が居る。が、さすがにここまで広くする必要ないだろう。建築工学上こんな広くて不安になるくらいだ。
ってか剛太は本当にガタイがいいな、筋肉で体重が100kgくらいありそうだ。身長は僕と同じ170cmくらいなのだが、質量の差を感じる。アタタタタタとか言いそうな体型だ。
体を洗いながら、剛太に話しかける。
「剛太はゾンビ何体くらい倒した?」
倒したゾンビの数で人の強さを計る時代が来るとは、日本も進んだものだ。
「えー覚えてないなぁ、100体くらい倒したんじゃないかな。」
さすがはケン○ロウだった。お前はもうすでに死んでいるのだろう。ゾンビだから。
「僕もそんくらい強くなりたいなぁ」
「ダメダメダメダメ、今の俺を目標にしてちゃダメだよ。どうせ目標にするんだったらホワイトくらいにしなきゃ」
ホワイトというのは、まぁ言ってしまえば魔法能力最強の人だ。いくらディクターがこれだけの施設を仮想空間で作り出しても、単純な魔法対決では余裕で負けてしまうだろうと思った。
なにより、ディクターの攻撃って眠らせるくらいしか知らないんだよね。
ホワイトは僕のあこがれの人だが、目標にするには高すぎる。
ホワイトの強いところは、そもそも魔法耐性が高すぎて魔法が効かない事と、圧倒的な火力だった。彼と普通の魔法使いの戦いを例えると、「ボクシングで戦おうとする人を戦車で吹き飛ばす」みたいな戦いになるのだ。一方的すぎてただの虐殺と化す。
この施設で息巻いてるゴリラ女子の祥子ちゃんも、ホワイトを相手にしたら、魔法耐性が高い事でまず消滅が効かないだろう。ただのゴリラ女子と化してしまう。ゴリラ女子も戦車には勝てない。
耐性を破るにはそれを上回るだけのパワーが必要なのだ。祥子ちゃんが地球ごとホワイトを飲み込んでしまえばまだワンチャンあるかもしれないが、それはそもそも論外だ。
「ホワイトは目標というか夢だな」
正直な感想を言った。僕とホワイトでは月とすっぽんどころか、塵とアンタレスくらい違う。
「そうだったとしても、今の俺を目標にするのはやめておくんだな」
”俺はホワイトを目指している”という剛太の野望を僕は感じた。
僕はそんなの遠すぎる。
「さて、風呂入るかな...おっとっと」
床がつるつるだったみたいで剛太が滑る。転んだと同時に、彼の上空から岩が降ってきた。
「ぬわーーーーーー!!!」
そうか、こいつの発動条件は、強く地面を打つ事なんだな。それで足を踏み鳴らして岩を落としていたが、今度は地面に体当たりをした事で岩が降ってきた。
そしてその岩をつかって体を鍛えてきたんだろうな、とそこまで冷静に考えたところで助けなくてはいけない事に気づいた。
「ありがとう、だが、助けるのが遅いぞ...」
岩をどかして剛太を引っ張って立たせた。こういう時祥子ちゃんが居れば岩を消せるんだが、あいにくの男湯なのでそれはダメだった。
というより、彼、タフだな。漬物石くらいの岩が1mくらい上から降ってきたのに、骨折どころか打撲すらしてなさそうだ。
慣れているのかな。僕だったら死ぬ。
「けがとかしてない?」
「俺は岩なんかより硬い筋肉があるんだな」
...岩の魔法を使うより、殴ったほうが強そうだなコイツは。
確かに剛太は目標というより、ライバルだと思った方がよさそうだ。
目標にするには少し頭が足りない気がした。
ーー