不慣れな日常
...朝起きて、真っ先に視界に移ったのはあの外套の男だった。
【おはよう、昨日オニキスから話は聞いたようですね、遅れて申し訳ない。】
「あーいいよ、そういうの。何か言いたい事があるんでしょ?」
こういう人種は、謝罪のためだけに人の元に訪れたりしない事はよくわかっていた。
【お察しがいいようで。君には今から朝食をとってもらう。石田真子と常磐祥子はもう終わらせた。】
「また殺し合いをするのか?」
【左様、死んでも復活するから安心して。】
この外套男はいつまでたっても口調が安定しないなと、嫌悪感に似た感覚を覚えた。
ーー
前とは違う食堂に案内された。この研究所、食堂が何個あるんだろうか。
そして前回と違うのは、他の人が光学迷彩で隠されてないというところだった。
「おっす。」
「よお、こんちわ。」
昨日のガタイの良い兄ちゃんもいた。
ずいぶんフランクになっている。殺し合いをすることで分かり合うみたいな筋肉バカに思えた。
「自己紹介が遅れた、俺は岩田剛太だ。」
「僕は石田信夫だ、なんか名前が似てるな」
「田しか合ってないぞ」
談笑しながら着席し、他の人が来るのを待った。
ーー
【全員揃ったな、それじゃあ、い た だ き ま ー す】
小学校かよと思ったが、号令をかけられると人間不思議なもので、皆「いただきまーす」と合わせていた。
「剛太はどういう経緯でここに来たんだ?」
パンにバターを塗りながら聞いた。僕は小食な方なのだがこれくらいなら食えそうだ。剛太には少し量が少ないかもしれないと思ったが、剛太の方には多めによそられていた。
「俺は、もっと強くなって家族を守りたいと思ったんだ。今って物騒だろ?だが、家が貧しくてジムとかに通う事もできなかった。だけどここでは無料で魔法と肉体を強化してくれるそうじゃないか。それで来た、お前は?」
へえ、参加費無料なのか。どうやって経営してるんだろうか。別空間とか言ってたし、もしかしたら維持費諸々がかからないのかも知れない。魔法って便利だなぁ、とパンを食べながら思った。
「俺は拉致されてきた。問答無用で、家の屋根を引っぺがされて、気絶させられて、強制的に。」
「それはご愁傷様だ。だがここに来れるのは一部の魔法耐性のあるエリートだけだから、お前はスカウトを受けたようなものだな」
魔法耐性がある=エリートという考えを持っているらしい。ここは別空間だから、魔法耐性が無いと来れないと言っていたが、だからといってエリートではないと僕は思う。
「強引すぎるスカウトだった、二度とあんな目にあいたくない。」
ガハハと剛太は笑った、見た目通りの豪胆な性格なのだと思った。
「ところで、その傍にいる猫みたいなのはなんなんだ?」
猫...?
『おはよう、卵もらうわね』
「ああああ、お前帰ってなかったのかよ!」
声を荒げてしまう。そのせいで、いろいろな人に見られてしまった。
「うわあ猫ちゃんだかわいい」
昨日死体を見て叫んでいた少年がやってきた。
「あ、僕今井琉人って言います、猫触っていいですか?」
今井琉人は身長が140cmくらいの、オニキスよりは少し大きい背だが、まだ小学生くらいだろう。どういう経緯でここに来たのか気になるところだ。
金髪で目が青色だ、多分少しヤンキーの入った親なんじゃないだろうか。小学生の髪を染める親なんて、そうそう居ないと思うのだが。
キラキラネームじゃなくてよかったな。
「俺は石田信夫、その猫怖いからやめといたほうがいいかもよ」
警告はしたからな、と思ったが気にも留めずに琉人はフリシャを撫で始めた。おお怖。
『もっとお尻の方を撫でて』
「うわぁ喋った!!」
「普通はそうなるよなぁ」
宝石が浮いてる猫とは言え、普通は喋るとは思わない。
「うわあかわいい」「私にも触らせて」
人がどんどん集まってきてしまった。
『整列!』
フリシャが号令をかけると、猫っかわいがりの女子たちがピシッと整列した。
「強い猫だな...」
そういえばこいつは神だった。人々をまとめることくらい造作もないんだろうな、いざとなったら願いの魔法があるし。
【おや皆さん、食事はもういいんですか?】
外套の男が出てきた。なんだよ、女子が集まって少しモテ期が来たみたいな気持ちでいたのに、邪魔されてしまった。
【なら、今日のパーティーをもう始めてしまいますか?】
パーティーというのは、まさか、殺し合いの事だろうか。
【その通り!それでは、レッツパーティー!】
今まで、猫の列に居た人達や、剛太や琉人まで目つきが変わった。切り替えの早い奴らだと思ったが、それどころではない。扉まで急いで走ろうと思ったが
【扉は使えないよ、昨日のは救済措置だ。】
「何が救済措置だ!」
と、言ってる間に、空中から岩が降ってくる。
「あぶねっ!」
「チッ」
剛太を見ると楽しんでいる様子だった。ここに居る俺以外の人間は皆蘇った事があるから、余裕そうだが、俺はまだ信じ切れていない。怖い、ハッキリ言って。
「いくよ!」
琉人が掛け声と共に青白い光の玉のような物を連射してくる。
「うわあ!」
とっさに落ちてきた岩の後ろに隠れる。どうやらあの光の玉、見た目ほど攻撃力はないようだ。岩を削る事すらできていない、触れるとパチパチと消えていくだけだ。
『うわ、ダッサ』
「フリシャ、助けろよ!俺死んじゃうぞ!」
『蘇らせてくれるんでしょ?私が出る幕じゃないわ』
フリシャは飽きた、という様子でフッと空中霧散してしまった。
「なんの役にもたたねぇ!!」
髪の毛を抜いた、石ころの魔法が発動した。
「くらえ!」
剛太に投げつけた。
「イテッ」
全然効いていない。むしろ岩を沢山落として反撃してきた。
「あっ」
よけられない。死んだ。
ーー
気づくと朝起きたベットの上だった。
「俺、死んだのか...?」
【いえ、気絶しただけですが。戦闘不能と判断して回収したわ。】
こいつの口調はなんとかならないんだろうか。
【討伐数0、まさに雑魚だな】
「うるせぇなぁ。どうしようもなかったんだよ」
【中にはあなたよりも弱い人が居ますよ、石ころが出せるだけありがたいと思ってください。例えば花を咲かせるだけの女の子とか。あなたにもチャンスはあります。】
「そういう、自分より弱いヤツを殺せってか?絶対嫌だ。」
『少女殺してくれた方が私の供物が増えてうれしいんだけど?』
【こちらで蘇生いたしますので、間違っても回収しないでくださいね。】
「出た、妖怪猫」
いつの間にかフリシャが出てきた。戦闘時には面倒くさくなって消えてしまうらしい。なんのために居るんだろうこの猫は。
【なんだかんだ言って、かなり助けられてますよ、あなたは。もっと自分の神に感謝した方がいいぞ】
こんな神を否定したみたいな風貌の奴に言われても説得力が皆無だ。
【この後はアンデッド討伐に向かってもらいます、3,2,1】
「おいなんだそr」
ーー
突然荒野のような場所に飛ばされてしまった。
「え、ここはどこ...?私は誰...?」
「大丈夫?」
隣には祥子ちゃんが居た。
「なんの説明もなしに飛ばされたんだが。」
「そりゃだってもう始まっちゃうからじゃない?」
「何が」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
「なんだこいつら!」
突然、包帯を体中に巻き付けた、いかにもなマミーの集団に襲われそうになる。地面から生えてきたのか?こいつらは。
が、祥子が全部消してしまった。
「実験の失敗で出てきたゾンビたちなんだって、勝手に交配して増えまくるから倒して、ついでに経験値を稼いで来いって事らしいわよ」
「意味がわからん」
ゾンビが交配?それって普通の人間と何が違うんだ、ゾンビって事にして人殺しさせてるんじゃないだろうな。
「これは人じゃないわよ、言葉は理解しないし、攻撃手段もかみついてくるだけ。知能のかけらもない奴らだわ。害虫みたいなものよ。」
そう言いながら次々にゾンビを消していく祥子。俺いらないじゃん。
「祥子ちゃん居ればほかの人いらないんじゃないの?」
「そんな事ないわ、アタシだって一度に消せる人の数が決まってるもの。全部一気に消そうとしたら地面ごと抉っちゃうわ」
制御の方に問題があるみたいだ。強すぎる魔法というのも考え物だな。石ころを生成してアンデッドに投げる。
「ウオ?」
...全然効いてねぇ。弱すぎる魔法も考え物だ。
「ちょうどいいじゃない、蘇生してもらえるらしいし、そのゾンビと本気で殺りあってみなさいよ。」
「ええ?無理無理無理!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
めっちゃ早い、え?このゾンビ、俺より足早いぞ!
「ウワアアアアアアアアアアア!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ゾンビとの鬼ごっこになってしまう。しかも向こうのが足が速い。どうしようか
「ウアアアアアアア、あ?」
石ころを足に投げつけて、転ばせればワンチャンあるんじゃないだろうか。
石を生成して、ゾンビの膝らへんを狙って投げる。
「ウオアアア!!」
結構近くまで来ていたみたいで、危なかったが、近かったお陰で石が当たった。
ゾンビが盛大にこけたので、こっちに飛んできたが、華麗に躱す。
ズサッゴロゴロゴロゴロ...
ゾンビは転んだが、起き上がる素振りを見せない。倒れて痙攣して、変な動きをしている。
「おらっおらっ!」
そこの頭をめがけて一生懸命蹴りをかます。すごい罪悪感があるのだが、それ以上に目の前のゾンビが気持ち悪いのでプラスマイナスゼロである。
蹴った時の感触は、人の頭を蹴っているというより、グシャグシャの泥を詰めた袋を蹴っているようだった。
頭は蹴る度に形を変えていたが、やがてゾンビ全体が消滅した。
「このゾンビ、消えるのか。」
「魔法で出来てる個体もあるみたいね。とにかくゾンビには色んな種類があるわ。私の消滅が効かないゾンビは居なかったけど、燃えないゾンビとかも居るみたいで大変らしいわ。」
「助け合いが重要ってことか」
「あんたが助けられる人がいるかどうかわからないけどね。」
魔法ゴリラに毒づかれる。
「うっさいわねハゲ」
「何も言ってないじゃんかぁ。」
「あ、ちなみにゾンビの討伐数で今夜の夕食が決まるみたいよ。」
「先に言えゴリラ」
急いでゾンビ討伐に向かう。
「おらおら!」
髪の毛のストックはまだ300本くらいあるみたいだ。300本あってもハゲ?と思われるかもしれないが、生えかけでちっさいし細いからハゲにしか見えないのだ。
ストックの30個くらいを開放して、一気に石を生成して投げつける。
「ウオオオオアアア!!」
ゾンビの中でも弱い個体が居るみたいで、石ころに当たるやいなや死ぬゾンビも居る。ゾンビが死ぬっておかしいな。アンデッド(死なない)なのに。
【討伐終了です。皆さんおうちに帰れ。】
気づいたら、もう夕方か。蘇生で時間がかかったみたいだった。
今日ほとんど寝てたって事か。
ーー
食堂に飛ばされた。ここが僕の席という事なんだろうか、隣に剛太が居る席。
トレーがあるが、食器と食べ物はまだないようだった。
【結果発表、討伐数1位、1504体。常磐祥子さん。おめでとう!】
ワアー!と盛り上がる。恒例の、みたいになってるが皆順応性高すぎだ。
ってか1500体も消したのか。そんだけ沸いてくるゾンビもすごいが。
【最下位、メリンさん、0体。次からは頑張ろう!】
次からはって、なんて無責任な励ましだろうか。
彼女が花を咲かす少女かな?皆の視線を追って見つける。
髪の毛に花のかんざしをつけた白髪の女の子だ。青い和服を着ているが、そのせいで少し浮いている。
動きづらくないんだろうか。
【ではディナータイム!討伐数に応じたグレードの夕食ですよ!】
ボンッ!
目の前に出てきたのは、ニボシ3匹の乗った白米。
...見た目のショボさがすごい。せめて味噌汁が欲しいところだ。
『にぼしもらいー』
「あっこら!」
フリシャにニボシをすべて取られてしまった。もはや白米そのものと化してしまった。
「お前それでも神かよ...」
『神だから許されるんです』
人から物を奪い取る事が大好きなフリシャは、俺のなけなしのニボシを取ってご満悦のようだった。猫という別種族でもわかる悦楽の表情をしている。
「...しゃーないわね、私のわけてあげるわ」
目の前の祥子様が小皿にわけてステーキをくれた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
祥子様の夕食内容を見てみると、なんだこれは。
船のような器に鯛一匹がそのまま生け作りになって、その横にはあらゆる豪華な海鮮がズラりと並んでいる。
そしてその横には鍋があり、しゃぶしゃぶのような物がつくられ
スペースが足りなかったのか、席の後ろにBBQセットが展開され、ステーキやら焼き鳥やらが焼かれ...って
「おい、それ全部食えるのか?」
「食べれないからあげたのよ。みんなー、食べたりなかったら私の食べていいからねー!」
やったー!と大勢の人がたかってくる。総勢20人くらい。もっと来るかと思ったが、食べ物に困っている人はそれくらいだったらしい。
なぜか、その人込みのなかにメリーンはいなかった。
「おい、ステーキもう一枚よこせ」
「いくらでもやるわよ」
ステーキとおまけに焼き鳥を持ってメリーンの元へ向かう。
案の定、メリーンの夕食は...白米。白米だけは保証されているようだった。
俺が倒したゾンビの分って、にぼし3匹分だけだったのか。
「やるよ、腹減るだろ?」
まるで、自分のを分けてやるみたいな顔をしてみる。これ全部祥子様の分け前なんだがな!
「同情なの?あなたも3体くらいしか倒してなかった...」
「ぐっ」
「でも、ありがたくもらうわ。私はメリーン、よろしくね」
「俺は石田信夫、よろしく。」
異国の人なんだろうか、名前しかないようだった。
「私は別にわけがあってアンデッドを倒さなかったわけじゃないわ、単純に弱いの。
でも、その弱さをなんとかしたくてここに来たんだけど、結局同じね」
「弱い?普通に生活してて弱いのが気になったりするのか?」
メリーンはしまったという顔をしたのを見逃さなかった。なんだろう、戦闘集団にでも居るんだろうか。
「...私は魔法学校に入学したのよ。そこでは魔法の強さが成績にそのまま反映されるの。一般入試で点数を取って入ったような私には厳しい場所なのよ」
「それを気にしているのか。」
メリーンは黙って食事を始めた。よっぽど厳しい学校なんだろうか。
「あっ」
髪の毛が抜けて、石ころがメリーンの頭に乗ってしまう。
「...なにこれ」
「いやごめん、髪の毛が抜けると、石が出てくるんだ。そのせいで生活がままならない事もある。」
「...似てるのかもね」
何が、と聞こうと思ったがやめる事にした。
「それじゃあ、また機会があったら。」
ーー
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