食事
食堂に行くと、これがまたやけに広い。
僕ら三人しかいないのに、これはどういう間取りの取り方なのだろうか、広さで言ったらサッカー場3面分くらいの大きさがある。
かなり大きい大学でもここまで大きい食堂はないと思う。椅子も大量に用意しているようだし、かなりの大人数で食事をとることが想定されている事がわかる。
「ひっろ」
「こんなに広かったら有名な建造物だと思うよ、なぜここまで人がいないかはわからないけど」
真子が言う。有名な建造物で、病院みたいな風貌に食堂がかなり広い建造物...?
全く特定できなさそうだが、とりあえず超デカい病院というような印象を持った。
「こんなに広いと走りたくなるわね」
「出た、ゴリラ的発想」
「ゴリラっていうのやめて」
「お食事をお持ちしました」
白衣のナースがトレーを机の上に並べていく。ここに座れという命令じみた意思を感じた。
素直に食事のトレーの前に座る。食べ物の見た目は普通の中華料理という感じだ。
オレンジ色の餡かけがかかった揚げ物だったり、これでもかというくらい細く切られた野菜に濃いタレがかかっているものだったり、食欲をそそるような出来である。専属のシェフなどがいるのだろうか。
「おいしそ、いただきまーす」
「「いただきまーす」」
やはりおいしそうな食べ物を目の前にしてしまうと、人は警戒心を失ってしまうらしい。毒とかそんなん検証のしようがないので素直に食べてしまう事にした。
「おいしい...」
祥子ちゃんが目を輝かせて言う。
「めっちゃうまいな...」
「なにこれ...」
僕を含めて三人とも、さっきまでの物騒な雰囲気を全く忘れて食事を楽しんでしまった。
いつもは頬張りながら喋って下品な祥子も、目の前のご馳走を前に無言で平らげていく。
魔法がかかったみたいにおいしい料理だと思った。
【楽しんでもらえているようで結構】
突然どこからやってきたのか外套の男が現れた。飯がまずくなったような気がした。
【やはり魔法というのは人々を楽しませる為に使わなくてはね】
「さっきまでよくわからん気絶魔法使っておいてよく言う」
飯が口の中に入っているが、脊髄反射で喋ってしまう
【僕のこの魔法だって不眠症治療に使ったら良いものでしょう...?】
確かにそうだ。そう考えると僕は目の前の外套の男よりも、人の役に立たない男という事になる。
【さて、あなたたちのチーム名はI班とします】
「ん?」
【ショータイム!皆さん自分達の仲間たちとご対面してくださーい!】
バサァと空間にかかっていた透明な布が無くなる。まるで光学迷彩のようだった。
周りの席にもほかの人が居た。さっきまでいなかったので突然現れたようにも見えるが、隠されていたように感じた。
「うおっビックリした」
「わあ、あ、どうも」
隣のガタイが良いお兄さんに挨拶をした。なんかこの人とは気が合いそうな気がした。
周りを見渡すと年齢は12~20歳くらいの若い男女が集められている事に気が付いた。人数は100人近くだろうか、3~5人でまとめられて座っている。
僕も含めて少し見た目が奇抜な人が多い。
祥子と真子も周りの人と気まずそうに挨拶している。そりゃ突然人が現れたらどうすればいいかわからないってものだ。
「すいません、あなたも拉致られたんですか?」
隣のガタイの良いお兄さんに質問したが、我ながらアホみたいな質問だと思った。こんな日本語を使う機会なんてそうそうないだろう。
「いえ、私は自由意志で来ましたけど...拉致られたんですか?」
へえ、自由意志で来る人もいるのか。
「そうなんですよ、家の屋根をこうバリバリってこう」
【皆さんには魔法能力テストと題しまして、戦ってもらいます!】
「「「はあ!!??」」」
異議を唱えようとしたのは僕と祥子ちゃんと真子の滑稽トリオだけだった。
【もちろん死んでも蘇生させますのでご心配なく】
魔法ってそんな事もできるのか、もはや人徳がどうこういってる医療より進んでるっぽいぞ。
人徳に反しまくってるが。
ーー
というわけで、食事途中なのに戦闘が始まってしまった。僕らI班と呼ばれる滑稽トリオは、突然拉致られた上に、戦えと言われてもはやどうすればいいのか全くわからない状況。
「すいません一発イかせてもらいます」
さっきまで仲良く話してたガタイのいいお兄さんが豹変したように乱暴に足を踏み鳴らし、頭上から突然岩が降ってきた。
「危ない!」
祥子ちゃんが上手く岩だけを消した。僕まで消さないか本当にヒヤヒヤしてしまう。
周りも各々戦闘を開始しているようだった。僕としては魔法が弱すぎるのでさっさとこの場から退散したかった。
【最初の死者が出ました!別室待機となりまーす】
外套の男を見ると、足元に女性の死体があった。見るも無残に体中に縫い針のようなものが刺さって痙攣している。真っ赤なその肉の塊を白い竜が食らいつくしてしまった。あの男は運営サイドだよな。
っていうか蘇生してないんだが、死んでるんだが、これアカンやろ。
「うわーーー!!!」
一人の少年が発狂したかのように叫んだ。人が死ぬのなんて怖くて見てられないし、僕も声が出ない程怖かったが、他の人達はなんとも思ってない様子だった。なんておかしい施設なんだろう。
足がガクガク震えてしまって動けない、腰も抜けてしまったかもしれない。立ってるだけでやっとだ。
場に充満する殺意と大勢の人間の迫力に負けて、ついにへたりこんでしまった。
「立って!」
真子に引っ張られて我に返る。
「ここで死んだら、どうしようもないよ!」
真子はなんて強い子に育ったんだろう、ちょっと泣きそうになってしまった。だがそうも言ってられない。こうして僕らが五体満足で立っていられるのも、祥子が相手の武器や攻撃手段を消滅させて無力化してるからだった。
先ほど来た扉は消えてなくなっているが、光学迷彩の魔法で消えてるように見えているだけかもしれない。
「さっきのあの扉に逃げよう!」
二人は黙ってうなずいてくれた。距離としては25m程でそこで会敵するであろう人は5人くらい。扉さえ本当に消えてなければ、生きて帰る事も可能かもしれない。
「あっちだ!」
僕の掛け声と共に三人で扉の方向へ走り出す。しかしその声のせいで人々の注目を集めてしまった。皆何故か無言で殺しあっているので、すぐに僕の声が響き渡ってしまった。
先ほどまで5人だと思っていた障壁が、10人20人と増えてしまう。これを真子が息を思いきり吹きかけて、回転させて吹き飛ばしたが、依然人が減らない。
「くそくそくそくそ!!!」
イライラしてやけくそになってしまい、今ある産毛をすべて抜いてしまった。するとそこらへんに大量の石ころが生成され、邪魔くさくなった。
「こういう時は覚醒して周りの人間が吹き飛んだりするものだろうが!」
仕方ないので攻撃手段として石を投げつけて人をどかして、道を作る。
投げるのがへたくそすぎ&威力がなさすぎて誰も気にも留めない。
「貸して!」
祥子ちゃんが僕の石をすべてぶん投げた。なんて筋力なんだろう。そして真子がそれに息を思いきり吹きかけ、高速回転させた。
全日本優勝駒選手の回転力はすさまじく、触れただけで服が破け、食らった本人は吹き飛んでしまう超威力だった。
回転力もそうだが、飛んでいく石に届く息の肺活量の方が僕はすごいと思ったが、感心している場合ではなかった。
「行こう!」
人々を蹴散らし、僕らは扉の方向に向かって全力疾走した。