意識
昨日、洞窟から持って帰った宝箱を、真子と祥子と僕で開けてみた。
中身は
「...なんだこれ?」
中には香水のような物が入っていた。色は赤色で、ハートマークの瓶に入った如何にも女性向けな雰囲気の物が入っていた。
【説明しましょう、I班に与えられた宝箱の中身は"ホレ薬"です!】
「えー面白!!」
祥子ちゃんが一瞬で箱の中身を取り上げ、僕に吹きかけてきた。
「うわっあっぶね!!」
空中で霧散する気体を吸わないように、手で振り払った。
すると真子に掛かってしまったらしく、大変な事をしてしまったと思った。
「すごいいい匂い...」
【なぜI班にホレ薬を入れたかといいますと、ズバリ、この班は協調性に欠けるからです!もっとお互いを好きになって、協力しましょう!】
「お前は昨日の戦いの何を見ていたんだ。」
僕が思うに、昨日の洞窟探索も含めて、僕らの班は非常に良いコンビネーションでやっていっていたと思う。
そうじゃなければ、僕が何もないところで即死していたハズだった。
【あなた達には、お互いを守ろうとする必死さというんですかねぇ...それが足りない!ホレ薬さえ摂取してしまえば超最強の班となるでしょう。】
こいつの理論はメチャクチャだ。今に始まった事ではないので、もはやつっこみを入れる気力すら失う。
こんな物の為に僕らは死にかけたのか。
「えーでも、すごいいい匂いだよー?」
今度は真子が僕に香水をひっかけてくる。
「うわーやめろ!」
走って逃げた。
「こらまてー!」
ーー
「助けて剛太!」
僕がボディーガードに選んだのは剛太だった。
彼は非常に屈強だし、それに祥子ちゃん達とは面識がないハズなので、ホレ薬をかけたがらないはずだ。
「なんだいきなり、って、祥子たちじゃないか」
「え?知ってるの?」
「石田がメシの後の殺し合いで死んでた時、こいつらとよく話してたぞ」
なにそれ聞いてない。
「剛太どいて!そいつに今から殺虫剤を掛けるから!」
祥子ちゃんが言う。なるほど、そういう作戦か。
「剛太!助けてくれ!あいつら、僕が弱いからって、殺虫剤を掛けて強くしようとするんだ!」
今思いついたメチャクチャな理論で抵抗する。これなら"より強くなりたい"を思っている剛太は、僕に同情して守ってくれるハズだ。
「殺虫剤を掛けると強くなるのか?」
「あいつらおかしいだろ!そんなわけないのに!」
「じゃあ俺にも掛けてくれないか」
そういう話になってくるかー。でもこれは逆にいい展開かもしれない。
「だめよ!これは石田にしか効かない殺虫剤なの!剛太のは今度作ってあげる!」
真子がまたもや今思いついた理論で返してくる。
「そうかー、そういうわけだから、素直にかかったほうがいいと思うぞ」
「なんでだ!!」
剛太はそもそも殺虫剤が何か知ってるのか!?絶対知らない。きっとプロテインくらいにしか思ってないぞこの脳みそ筋肉野郎は。
なぜか剛太が後ろから羽交い絞めにしてくる。
「くそ!口裏を合わせていたのか!?卑怯だ!!」
「まぁまぁ」
祥子ちゃんに香水を掛けられる。あぁ、確かにいい匂いだなぁ...
ーー
「あれ?何も効果がないぞ?」
「嘘!」
嘘だった。なんか祥子ちゃんがすごくかわいく見えるが、ここは嘘をついてやりすごそうと考えた。
香水の類だと思うし、1時間くらいすれば効果が切れるだろうと考えたからだ。
「もらいー!」
剛太の羽交い絞めが弱まったので、香水を取り上げた。
「しまった!」
ここで自分に振りかければ、自分の事がカッコよく思えてしまい、結果祥子ちゃんの事なんてどうでもよくなるハズだ。プシュー
「はっはっは。これで無効だ。自分が好きすぎて、祥子たちなんか、ゴリラにしか見えないぞ。」
実はあんまり意味がなかったのだが、これでナルシストになった設定で行こうと思った。
ナルシストは自分が好きすぎて、女の子に目もくれなかったので殺された王子の話だったと思う。
僕は今ナルシストなので、すべての女の子がゴリラに見える。そういう設定で行こう。
「なんてこと!今石田はナルシストすぎて私達に目もくれない!!」
『なにやってるのかしら』
「フリシャ!ネタバラシはダメな」
突然フリシャが頭の上から出てきた。彼女なら一瞬で状況を判断してしまうと危惧して、口止めをした。
『はー、なるほど、面白い事するのね』
何に対しての面白いなのかわからなかったが、これ以上何も言わなそうだったので助かった。
【そろそろ昼食なので、食堂に集まってくださいねー】
なんだかディクターがニヤニヤしていたが、気にしない気にしない。
ついでに何か意図があったわけじゃないが、祥子ちゃんと真子に後ろから香水を掛けてやった。
あまり効果はなかったようだった。気づかれなかったのでよしとしよう。
ーー
【バトル開始ー!】
殺し合いは、その日の3食のうちのどれかの後にすることになっているらしい。大体昼食後なのだが、たまに予定が狂ったりして夕食の後になったりする。
多分この殺し合いの目的は、技術の向上というのもあるだろうが、人を殺す事の抵抗を低める事が大きいと思う。
これから軍隊として利用するためにも、兵が人を殺すのを躊躇っていては使い物にならないという考えなのだろう。
僕はそもそも拉致された人間だし、人を殺すのなんてまっぴらごめんなのでいつも殺される側に回っていたが、皆があまりに楽しそうに殺しあうので、今回は参加してみる事にした。
どうせ、僕の攻撃で死ぬ人間なんていないだろうし。
「せいっ!」
剛太がよそ見をしていたので石を投げた。
なぜか石はメチャクチャな速さで飛んでいき、剛太の後頭部の頸椎を正確に射抜いた。
殺す気がなかったのに、殺してしまった。といっても気絶してるだけだとは思うが、やはり人を倒してしまうのは罪悪感があった。
なんだろう、あの洞窟でオニキスを思いっきりぶっ倒してから少し強くなった気がする。
さすがに憎悪の感情は思い出せないので、2mくらいある大岩を時速130kmで飛ばしたりはできないが。
魔法は人を殺すほど強くなるとオニキスが言っていたのを思い出した。その法則が僕にも適応されたとしたら、蘇ったとはいえ人を殺した事実は変わらないという事だった。
「何よそ見してんだ!」
琉人が青白弾幕を撃ってくる。コイツも前より強くなったと思う。前まではガスバーナーのように直線的に玉を連射するだけだったが、今はまるで節分の豆を撒くようにバラけた玉を高速で撃ってくる。
しかも一粒一粒が前よりもデカい。
「おっと!」
髪を10本程同時に抜いて大岩を繰り出す。サイズにして3m程の立方体。これは投げる事はできないので壁として利用する。
...この岩、なんだか蹴ったら飛びそうな気がした。
「オラッ!」
ガツーン。足を思いきりぶつけただけだった。オニキスを倒した時とはやはり勝手が違うようだった。
人間、怒らないと本気にならないみたいで、何もない時は何も起きないのだ。
「いてぇ!」
「何やってんの?」
真子が息を吹きかけてくる。あれに当たるとマズイ。一瞬で高速回転しながら壁に激突するハメになる。しかも真子も風を上手く操るようになり、吹いた息をまるで触手のように形を変えながら飛ばしてくる。吹いた後で軌道を変えられるし、10m程なら余裕で伸ばせそうだった。
「危ないっ」
縄跳びを飛ぶようにして、真子の息光線を避けた。
「バカね」
どうやら真子が本当に狙っていたのは背後にある大岩だったらしい。岩が高速回転し、僕は真子の方向に吹き飛ばされた。
僕は真子の息に当たったので、高速回転しながら真子に激突した。
「きゃっ」
ついでに真子の後ろにいた祥子ちゃんまで巻き添えになって、壁まで吹き飛んだ。
「ぐっ!」
壁に激突して、すぐに体勢を整えようと思ったが、祥子ちゃんと真子が乗っかっていて動けない。
今までは絶対に意識しなかったハズだったが、香水の効果で祥子ちゃんがすごくかわいく見える事で、変な事まで意識してしまいそうだった。
顔がすぐ近くにあり、耳元で苦しそうな呼吸音が聞こえる。上に真子が乗っているので苦しいんだろう。
彼女のセミショートの髪からすごくいい匂いがする。胸元に当たる感覚も心地が良い。動けない事をいいことに、このまま感触を楽しんでいようかなと思えるくらいだったが、下半身のマイサンが作動しそうになったので、これは本格的にどかないといけなかった。
「どいてくれ!」
突然軽くなったので、僕はゴロゴロとローラーのように回転する事で祥子ちゃんをなんとか上からどかす事に成功した。
その後、真子が消えている事に気づいた。
気絶したので、戦闘不能状態と判断されて、回収されたんだろうか。祥子ちゃんはまた体をぶつけて骨折してしまったんだろうか。回復魔法をかけられたとはいえ、まだ病み上がりだったんだろう。上手く動けていない。
【彼女をぶん殴ったら、あなたの勝ちですよ?】
突然ディクターが出てきた。こいつは分身でもできるのだろうか、そこらでリタイアする人を回収しながらこちらに話しかけてくる。
僕がこの戦闘に参加したのは、楽しそうだったからだ。苦しんでいる人にとどめを刺すような戦いをするためじゃない。
祥子ちゃんは立ち上がったが、僕を消さなかった。
「これで引き分け」
わけのわからない事を言って、僕の横を通り過ぎようとしたが、祥子ちゃんは倒れた。
咄嗟に受け止めたが、ディクターによって回収された。回収されると、消滅してしまうので少しもったいないなと思った。
【なるほどね】
「何がなるほどねだ」
僕自身が考えている事もよくわからなくなって、ディクターが言っている事もわけがわからなくなって、今この状況でわかる事は殺し合いをしているという事だった。
「見つけた!」
また琉人がこちらめがけて青白玉を撃ってきた。あの魔法、何を飛ばしてるんだろう。
避けてから、少し触れてみる事にした。
「あっつ!」
まるで熱湯に触れたような感覚だった。あれが本当の炎だったら服に燃え移るはずなのだが、そうはならなかった。100度くらいの炎って感じだった。
「よっしゃ当たった!」
自ら触れにいっただけなのだが、ヒットした事で琉人はかなり喜んでいる。すると、僕の指が燃え始めた。
「うわあああ!!」
指が燃え始めた事で、あまりに驚いて叫んだが、温度自体はそこまで高くなかった。
むしろぬるま湯くらいの感覚だった。
指が燃えているので、服のボタンを留めなおしたりはできなくなったが、これにより攻撃力は増すだろうなと思った。
走って琉人の方へ向かう。
「くんな!」
琉人は青白玉を撃ってくるが、一度触れたほうの指で相殺していく。さすがに体に触れたりしたら服に引火して死ぬので、指だけに被害は抑えたかった。
琉人のところまでたどりついた。
「僕の勝ちだな」
そう言って琉人の首に指を触れようとした瞬間、意識を失った。
ーー
『おはよう、目覚めは?』
「僕はさっき死んだのか?」
戦闘の最中、意識を突然失ったので死因がわからなかった。
『違うわ、あのホレ薬、内容はドーピング剤だったのよ。』
「なんだそれは」
聞いていた話と違う、そもそも何の話だ。そう言おうとしたが、フリシャが遮った。
『きっとホレ薬っていえば面白がって着けると思ってたんでしょ。だけどドーピングしすぎて意識を失っちゃったのね。ディクターはアンタ達の本気を見てみたかったのだと思うけど、残念ね。』
「でも僕は祥子ちゃんがかわいく見えたぞ」
言い終わってハッとして口をふさいだ。
『正直ね。』
フリシャが笑い出す。
『多分それは偽薬反応よ、そういう効果があると思ってると、本当にそうなっちゃうの』
「なんじゃそれぇ...」
祥子ちゃんとのあの感情はなんだったんだろう、最初からあんな奴はゴリラとしか思ってなかったハズなのに。
...なんだか、自分の中にある感情を無理やり引き出されたみたいな感じで少し嫌だが、認めざるを得ない。
僕はもともと祥子ちゃんの事をかわいいと思ってたし、多分好きなんだろう。
意識すると、今まで通りにいかないだろう。だから、これからも彼女は僕の中でゴリラとして生き続けてもらう事にした。
『複雑なのね』
「心の声を読まないでくれないか」
ーー