洞窟
【今日はとある洞窟に探索に行ってもらいます】
朝食を食べていると唐突にディクターがそう言った。そういう突拍子もないイベントは前日より前から言うべきだと僕は思った。
【洞窟といっても、私の作った仮想空洞です。死んでも戻ってこれますが、例によって夕食が残念になります。】
「何が、例によってだ」
その制度で得をする人が居ないので、さっさと廃止するべきだと思うのだが。
【朝食が終わりしだい、班ごとに用意した空洞に転送します。】
「フリシャはついてくるのか?」
『一応見守っててあげるわ』
【洞窟の奥に豪華な宝箱が用意されています。中身は班によって違うので、楽しみにしててください。】
「なんだろう、純金のダンベルとかかな」
剛太が言う
「純金である必要性はあるのか?」
「そっちの方が見てて飽きないだろ」
何を言ってるんだという表情で言い返される。そっちこそ何を言ってるんだ。という表情で返してやった。
【しかし奥に進むにつれて、モンスターも強くなっていきます。覚悟してね。】
モンスターはそもそも居るのが前提の話だった。
「私が居りゃ大丈夫よ」
祥子ちゃんが言う、確かに、この子が居ても倒せないモンスターはほかの人も倒せないだろう。
ーー
ー洞窟入り口ー
洞窟の見た目は本当に雑で、土で作ったかまくらのような造形だった。
「なんだこれ、崩れて出てこれないとかないよな?」
「さぁ、行きましょ、宝が待ってる」
祥子ちゃんが想像する宝とやらが本当にあるのかはわからないが、行ってみるしかない。
「それじゃあ、生きて帰るぞ!えいえい」
「「「おー!」」」
ーー
洞窟に入ると、ご丁寧に階段が用意されていた。土の洞窟なので、土でできた階段だが、雨が降ったらドロドロになって登れなくなりそうだとも思った。
キュルキュキュキュル!!
「きゃあ!」
真子が大量のコウモリに襲われてしまう。
「バニッシュ!」
ヴン!という音とともに一瞬で消え去った。
「バニッシュって何?」
祥子ちゃんの掛け声が妙に中二くさくて突っ込んでしまう。
「技名決めておこうと思って、まだこれしか使えないけど、あった方がいいでしょ?」
「なるほど、じゃあ僕も。クリエイト石ころ!」
掛け声と共に髪の毛を抜く。手のひらに石が出てくる。
「わぁ!かっこいい!!!」
祥子ちゃんが嫌味ったらしく言う。
「やるんじゃなかった。」
「いいから行こ!」
真子が怒っている。コウモリに襲われてご立腹なんだろう。
ドンマイ。
ーー
洞窟の奥に進んでいくにつれて、どんどん暗くなっていった。
「暗い~見えない~」
祥子ちゃんはこの班員の中でも特に鳥目だった。夜盲症っていうんだっけ。
「これじゃあ先に進めない、引き返すしかないな」
そう言って引き返そうとすると、突然足元が照らされた。
「兄ちゃん達スマホ持ってこなかったの?」
「その手があったか、あ、置いてきてた」
「あ、私もだ。」
真子がため息をつきながら列の先頭に移動してきた。さっきのコウモリのせいで先頭は嫌だったみたいだ。
「スマホ貸してよ、僕が先頭行くから」
「いいの?」
スマホを受け取って、前に行く。僕カッコいい?
...かっこつける相手がいなかった。
スマホを足元から、地面と平行方向に傾けた。
すると
「Zzzzzz」
頭だけで僕らくらいあるドラゴンが寝ていた。
「うわぁ!!」
「!!」
どうやら今の僕の声でドラゴンが目を覚ましてしまったらしい。
「バニッシュ!」
「ガオオオオオオオオオオオォォオオオオ!!!」
「嘘!消えない!」
「フーーー!!」
真子が息を吹いた。さっきのドラゴンの咆哮に比べると貧弱すぎて、泣きたくなってくるくらいだったが
「ウオガアアアア!!!!」
ドラゴンは回転しながら洞窟の奥に吹き飛んでいった。
「やった!効いた!」
さもうれしそうな様子で真子が言う。
この洞窟、ドラゴンが入ってこれるようには思えない。ディクターが転送させてきたんだろう、かわいそうに。ドラゴンの平穏な日々を返してやってほしい。
吹き飛んだドラゴンは、すぐに立ち上がったが逃げる素振りをする。相手が謎の攻撃をしてきたから怖くなったんだろう。
「もう一回!フー!」
距離にして50m程離れているように見えたが、息は着弾してドラゴンが吹き飛んだ音がした。
「届くのか、それ」
「練習したので」
胸を張っているのがライトを照らさなくてもわかる。っていうかさっきのドラゴン、祥子の魔法が効かなかったという事は、消滅系の魔法を使ってくる可能性があったということだ。
ディクター、何を考えてこんな強いモンスターを入り口に配置したんだろう。
だが真子というトリックスターを計算に入れていなかったようだ。ここから先は真子が大活躍する事だろう。僕は活躍しない。他人の努力で食えれば十分なのだ。
ドラゴンは奥で倒れたまま、起き上がってこなかった。咬ませ犬ってかわいそうだよな。つい弱いもの代表として同情してしまう。
ーー
「お?明るい」
そこからはコウモリだのスライムだの、雑魚みたいなモンスターが沸いていたが、すべて祥子が消して余裕で先に進めた。これが僕だけだったらかなり苦労するどころか、ここまでたどり着けなかっただろう。
壁伝いに松明が等間隔で設置されており、奥には高さ5mほどの門が用意されていた。スマホを真子に返して、壁の松明を取った。
「いかにも、ボス部屋って感じね」
「どんなもんでもかかってこいだぜ」
真子が似合わない男口調で喋る。ドラゴンを倒して調子に乗っているのだろう。僕はできるだけ調子に乗らせておいて、楽をしようと考えている。
『結構相手は強いみたいよ』
「フリシャ、居たのか」
『いなくても見てるから、安心しなさい。』
願いの神が見てくれてるのは安心できるな、と思ったが、コイツ面倒くさがりだから何にもしてくれないんだよなぁ。
『祥子、あなたは雑魚以外にその魔法は通用しないから、落とし穴作るとか工夫しながら攻撃しなさい』
「はい」
なるほど、祥子ちゃんの魔法は耐性のあるモンスターにはほとんど効かないのか。じゃあ魔法の使える人にも通用しないって事なのかなぁ。
『真子、あなたの魔法は肺活量に依存するから、過呼吸にならないようにね』
「はーい」
『信夫、あんた弱いからできるだけ安全なところで隠れてなさい』
「はーい、って、もうちょっと言い方変えてくれ」
適切な指導で恐れ入る。もう少しオブラートに包んでほしいが。
「いくよ?」
祥子がドアに手をかける。うんうんと石田兄妹はうなずく。
ーー
「ひっろいなぁ...」
扉を開けると、東京ドームかと思うくらい広い空間があり、そこの壁伝いに松明が掛けられていた。
『ようこそ』
聞き覚えのある声が響き渡る。
「お前は!」
...オニキスだった。部屋が広いので、どんなデカいモンスターが居るのかと思ったら、体長120cmほどしかないチビ男が真ん中の椅子に鎮座していた。
周りには煌びやかなクリスマスの電飾のようなものが設置されており、ラスボス感を演出しようと努力した跡は見えるが、むしろこの広すぎる洞窟では子供の図画工作だった。
『俺を倒す事ができたら見事この宝箱を...』
「バニッシュ!」
祥子ちゃんがオニキスの足元の地面を抉るようにして消した。
『差し上げウァァアアアア!!!』
オニキスは残念な事に奈落の底に落っこちてしまった...かのように思われたが
『話は最後まで聞いてくれ』
白い竜に乗って戻ってきた。そうだった、こいつもドラゴンだった。
「フー!!」
『そんな、か弱い息じゃあ吹き飛ばない』
一瞬吹き飛びそうになってこらえた。
「クリエイト石ころ!からのスロウ!」
ついでに僕の石ころも合わせて投げてみた。真子の息の弾道に乗っているので超回転しながらオニキスの頭めがけて飛んでいく。
『話を聞く気がないみたいだから、もう始めちゃおうか』
ひょいと避けて攻撃体勢に入った。
しまった、不意打ちが戦略において最強の作戦なのに。
白い竜がこちらにめがけて、すごい加速度で向かってくる。
「うお!」
二人とも、うまくバラけて避ける事ができた。肝心の僕は、祥子ちゃんが落とし穴を作ったので、真ん中に居たが、ギリギリで避けられた。
穴から上を見上げると、竜の白い腹が見える。腹が弱点だったりしないかと、石ころを投げた。
『なかなかうまく避けるじゃないか...おや、石田はもう脱落か、まぁ予想通りだが。』
何が予想通りだ、と言おうと思ってこらえた。どうやら本当にひき殺したと思っているらしい。
石ころが効かなすぎて、見事隠れる事に成功したのだ。このチャンスを上手く使いたい。
竜のサイズは目視で50mくらいと予想できる。超デカいが、逆にデカすぎて足元の僕の穴が見えてなかったり、ひき殺した感覚を確認できていなかったりしている。
このデカさを上手く利用して倒したいものだ。
今持っている物は松明、石ころ、そして財布。
...これをどう利用しても勝てる目算がない。チャンスが訪れるまで待つしかないか。穴からチラチラと様子をうかがいながら考える。ハゲが幸いして、髪の毛でバレる事がない。
『だがこれならどうか!』
オニキスは竜から降りて、竜が天井の土を抉る。
洞窟全体が揺れるような感覚がした後、土塊が降ってくる。
「無駄よ!」
降ってくる土塊を祥子ちゃんが消滅させていく。僕は僕で石ころをぶつけて軌道をずらして生き延びる。
『こっちが本命だ。』
壁から竜が出てくる。祥子ちゃんと真子に向かって竜が迫る
「危ない!」
祥子ちゃんが、真子だけでもと思ったのか、真子を突き飛ばした。そして真子は祥子ちゃんに息を吹きかけて吹き飛ばした。
祥子ちゃんは思いっきり吹き飛んで、これは骨折してしまったんじゃないかと思うくらい強烈に体を地面にぶつけ、真子はドラゴンに轢かれてしまった。真子は超高速で洞窟の壁にぶつかり、バケツのインクをぶちまけたみたいな赤色になってしまった。竜の左目は、真子の血で真っ赤に染まっていた。
「くっ...」
祥子ちゃんは立ち上がれないようだった。僕も、足がすくみそうになるが、妹を目の前で殺されてしまった事で憎悪の方が勝った。穴から体が勝手に出て行ってしまう。
穴に隠れて祥子ちゃんと真子が勝つのを見て居ようと思っていた自分を恨んだ。竜よりも、自分が憎かった。思いきり自分の頬を殴った。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す
恐怖と、憎悪が混ざり合って体が震えまくる。まっすぐに歩くのがやっとだったが、オニキスの白骨面が正面に見えた時、何かが外れた。
『生きていたのか。だが、それも終わりだ。』
竜を祥子ちゃんではなく、こちらに使わせたのが音でわかる。後ろから轟音がする。だが、その方向は見ない。オニキスを真正面から殴りたい。その一心で地面を蹴り、一気に間合いをつめて顔面を左手でぶん殴った。
『ぐっ』
オニキスが後ろに吹っ飛ぶ。自分の頭をなでる。最近、髪の毛が異様に抜けやすくなって、なでると4~5本まとめて抜けるようになったのだ。そして、抜ければ抜けるほど。出てくる石がデカくなる。
「終わりは、そっちだ。」
右手の石のサイズは、剛太が出す岩よりも大きく、そして腕力は今までで最強だった。
半径50cmはあるだろう石でできた球体を、全力で振りかぶって投げる。時速120kmは出ただろうか、どうでもいい。目の前のチビがつぶれてくれれば、それでいい。潰れろ、潰れろ、消えろ、消えろ。
反動で僕の体も後ろに飛ぶ、バック宙をするようにして着地した。
空中で吹き飛んでいたオニキスに、更に超質量の石が飛んでくる。体長120cmのチビ男は、まるで流星にへばりついたゴミのように身動きが取れなかった。
やがて壁に着弾し、オニキスもまた、妹そっくりな血の川と化した。
いい気味だと思った。血の川が広がって湖のようになっていく様子を、しばらく眺めた。
ーー
「大丈夫か」
祥子ちゃんのところに向かって、安否を聞く。
「え、えぇ...ちょっとアバラが折れちゃったみたい...」
「しゃべらなくていいよ。」
アバラが折れたと言っていたが、腕も折れているように見える、先ほどからプルプル痙攣するばかりで動けていない。こういう時無理やり起こして動こうとすると痛いだけなので、放っておいてあげる事にした。
意識があってよかった...いや、逆によくないのだろうか。
真子の事は考えたくなかった。自分のふがいなさが招いた最悪の結果だった。
後で復活するとディクターは最初に言っていたが、肉親が死ぬのはそういう問題じゃない。
復活するからって、死んでいいのか?それはおかしいだろう。目の前で殺されるのを見る人と、殺される人。よっぽど精神がイカれた人でもない限り、こんなの慣れっこない。
ショックで地面を見つめたまま動けない僕と、ダメージを負って動けない祥子ちゃん。
『いい戦いだったんじゃない?』
フリシャが僕に言う。いつから居たんだろう、居ても居なくても一緒か。
「ありがとうフリシャ」
祥子ちゃんが光に包まれながら言う。回復魔法の類だろうか。
「ぜんぜんいい戦いなんかじゃ、なかった。」
ーー
それから、オニキスが椅子の下に隠していた宝箱を奪い取って、洞窟から帰ってきた。穴の底にあったので、フリシャに取らせた。
これは真子が復活してから、一緒に開けようと祥子ちゃんと約束した。
【本当にオニキスを殺してしまったのは、I班であるあなた達だけです。おめでとう】
友人にも等しいだろう人を殺されて、この反応ができるディクターも相当狂ってると思うが、部屋で寝ていた真子を見てどうでもよくなった。
この施設において道徳という概念は無いらしい。最初からわかってたけどね。
それから昼食を取り、恒例行事かのように殺し合いが始まった。
僕は何もかも面倒くさくなってしまい、殺し合いが始まったら僕を消してくれるように祥子ちゃんに頼んでいた。
「本当にいいの?」
「ディクターかフリシャが戻してくれるだろうし、いいよ。」
祥子ちゃんは渋々僕を消した。この願いを祥子ちゃんに頼むのは酷だっただろうか。
消滅された空間で、今日あった出来事を考えていた。
吹き飛んで、グシャグシャの真っ赤になった真子を思い出してしまった。
つらくて飯も喉を通らなかった。オニキスを殴った左手の感覚も、石を思いきりぶん投げた右手の感覚も、すべてが嫌だった。
しかし確かに、恨むべきオニキスを殴って吹き飛ばし、石ですりつぶした時、快感があった。したやったぞと、心の中でガッツポーズをしていた自分が居た。
何がそんなにうれしかったのだろうか、人が死んだのに。
復活できるという制度は、死ぬ側も救われるが、殺す側も救われるものだと思った。もしオニキスがあのまま蘇らなかったら罪悪感で自殺をしていたかもしれない。
昼食時には復活していたオニキスを見て、ほっとした半面、妹を殺された時の風景が蘇ってしまって複雑だった。
もう一度殺そうかとも思った自分もまた怖かった。幸せそうにカレーパンを口に運ぶオニキスに、また石を投げそうになった自分が居たのを思い出した。
それを祥子ちゃんも真子も止めようとはしていなかった。それとも気づかなかったのだろうか。
他の人間がおかしいのだろうか、僕がおかしいのだろうか。この施設で心穏やかに生活できる他人が何より信用ならなかった。
ーー