休日
朝食を終え、メリーンと施設の外に来ていた。外を出てすぐにアトラクションがあったが。これでは魔法の勉強の邪魔になるという事で、荒野に来ていた。
昨日ゾンビと戦った荒野と同じような場所なのだが、ゾンビが沸いてこない。時間帯的な問題なのか、そもそも場所が間違ってるのかはわからなかったが、ラッキーだった。
「戦闘における魔法には種類があって、防御魔法と攻撃魔法と強化魔法の三種類」
拉致された時にたまたまリュックサックに入っていたメモ帳に、メリーンの言ったことをメモしていく。
「三種類といっても、使い方を変えるだけ。例えば炎を出す魔法なら、相手の魔法に向かって炎を出したら防御魔法。攻撃につかったら攻撃魔法。風の魔法に合わせたりしたら強化魔法って事。」
「魔法の耐性っていうのもあるんだけど、これは防御魔法と違って、相手の魔法の発動形態を知って、うまく受け流す事でダメージを軽減させてる。」
「例えば、あなたと仲のいい剛太は、自分の岩の魔法に関しては感覚があるから、ほかの人の岩の魔法のダメージが少なかったりする。」
そうだったのか。てっきり体が頑丈なだけかと思っていた。
「多種な魔法を使うやり方は未だにハッキリとわかってないんだけど、顔を洗ってたら水の魔法を思いついたり、登山してたら岩の魔法を思いついたりするらしい」
「そんなに曖昧なのか」
「だってそもそも自分達がなんで魔法能力がつかえるようになったか、思い出せないでしょ?」
僕の場合は単なる神の気まぐれだったらしいが、魔法学校では魔法は自分で制御して使う考え方らしい。
神がどうとかっていうのはまた別の魔法の種類になってしまうのだろうか。
「中には、自分の中に別の人格が居て、そいつが魔法を使ってくれてるって考える人もいる。別人格の事を神とか精霊とか呼ぶ人もいる。」
タイムリーな話題が出てきた。
「僕にも神が居るぞ」
ポンッとフリシャが出てくる。呼んだりしなくても出てきてほしいと思ったら、戦闘時以外なら出てくるみたいだ。
『よろしく』
突然空中から猫が出てきたので、メリーンはビックリしていた。
「神なの?昨日の猫でしょ?」
『一応神よ、全部の神の魔法が使えるね。』
「嘘だ」
聞いたことがない、という風にメリーンは否定してくる。確かに、フリシャは全ての魔法が使えない事もないのか。
『花の魔法も使ってあげようかしら、ほい』
空中から多種多様な花がバラバラと出てくる。牡丹、バラ、チューリップ、朝顔、ヒナゲシ、ナスタチウム...
「そんな...嘘...」
メリーンは顔を真っ青にしている。自分しか使えないハズの魔法が他人に使われるのは、きっとつらいんだろう。自分のアイデンティティだから。
そういう事を考えずに平気で魔法自慢するこの猫は性格が悪いと思える。
「猫が魔法を使うなんて...」
「そっちかよ!」
フリシャは魔法が使えるという固定観念が、僕には強く植え付けられていたらしい。確かに猫が魔法を使うのなんて聞いたことがない。
「そんな強い猫が居るんだったらアンデット討伐ももっとうまくいったんじゃないの?」
「いや、こいつは戦闘してくれないんだ。面倒くさがって。」
戦闘にさえ参加してくれれば本当に最高な神なのだが、そこがないのでただの意地悪な猫である。
「そうなんだ...でもそしたら石田の魔法耐性はかなり強い事になるよ。使える魔法の種類がそのまま耐性になるから。」
「そんな事もないんだよね。剛太の岩で死んだり、祥子の魔法で消滅させられたりするし。」
「えぇ...」
神が使える魔法と、僕自身が使える魔法が違うのはよくよくわかっていた。きっとフリシャは岩にもつぶれないタフな猫なんだろう。
「じゃあ、石田自身が使える魔法は、髪を抜いて石を出すだけなんだ。」
「残念ながらね。」
「じゃあ、私が使える魔法も教えるね。私はね、こうやって指をピンと伸ばすと...」
そうやって胸の前の手の指を反らせた。
直後、指先から花びらがボロボロと出てきた。
「おお、キレイ」
率直な感想を述べた。
「でもこの魔法、戦闘にはあんまり使えないの。戦闘以外には結構つかえるけど。例えば染料にして絵を描いたり、着物を染めたり。食べれる花なら食べちゃったり、お風呂に浮かべたり。」
「それで着物着てるんだ。」
メリーンはうなずく。なるほど、魔法を戦闘以外で応用させるのはうちの妹もやっているが、僕の石ころを出す魔法はどうやっても応用できる気がしない。
石焼き芋を作るくらいだろうか、でも石なら別に川から拾えばいいし...。
「先生は、魔法には適材適所があるから、自分に合ったように使いなさいっていうんだけど、でも結局魔法能力は戦闘能力で測るのが一番簡単だから、そっちで成績をつけられちゃうの。」
「矛盾してるな」
「学校教育の限界って感じ」
魔法をそもそも、成績に当てはめて考える事なんてできないんじゃないかと僕は思うのだ。が、人は比べて考えるのが好きだから、一般的なやり方に沿って優劣をつけさせられるんだろうな。
僕はどう考えても劣っているのだが。
「学校の戦闘能力ってどうやって計るの?」
疑問だった、この施設のように蘇生できるならまだしも、どういうルールで戦闘をするんだろうか。死人が出たらどうするんだろうか。
「私だったら出てくる花びらの量で魔力が計測されるのだけど、それが直接戦闘能力に比例しないから、ほとんど無視されちゃう。炎の魔法とかのほうがよっぽど良い成績をつけられちゃうの。」
「なるほどね」
そういえば、この施設でまだ炎の魔法みたいなメジャーな魔法を見ていない気がする。そういう強い魔法能力者はこういう強化施設に来ないのだろうか。
青白い光玉を出す今井琉人が今一番似たような魔法だろうか。
「でも私も一応防御魔法が強いっていう特徴があるのよ、試しに石を投げてみて。」
「わかった。」
一体どんな芸当を見せてくれるんだろうか、花びらをぶつけて弾道を反らしたりするんだろうか。一応キャッチできるくらいの速さで投げてみた。
「はい」
...なんと、空中で石が花びらに分解されてしまった。石が割れて、その破片が花びらになったという感じだ。
「すごい!」
素直に褒めてしまう。
「石は、簡単な物体だったから、それを花びらに変換できた。けど、人みたいに複雑な物体はお花にできないの。」
「それができたらアンデットも狩れるのにね。」
前、メリーンが僕に似たものどうしだと言った事があったが、確かにそうだなと今になって思える。
僕もフリシャが言うことを聞いてくれればアンデッドが狩れるのだ。
ーー
結局メリーンから教えてもらった事は、すでにわかっている事ばかりだった。学校が既に魔法について知っている事より、ディクター(外套の男)達が研究とやらで知っている事のほうが多いみたいだった。
それとも、国としてはもっと掘り下げた事を知っているが、それを教育で使うのは許されないという事なのだろうか。
例えば、人を殺すと強くなるとオニキスは言っていたが、それが全員に知れたらとんでもない事になってしまうだろう。そもそも真実かどうかもわからないが。
まだ魔法という概念がこの世界に生まれて10年やそこらしか経っていないので、あやふやな部分も多く、定理や法則として宣言するにはまだデータが足りないんだろう。
魔法の教科書をメリーンから見せてもらったが。「こういう魔法がありますよ、こう使えますよ」みたいな事しか書いておらず、出てきた重要単語を覚えさせるだけのような従来の教育方式に則った教え方だった。
でもこの施設に来てはや3日程経ったが、髪の毛が不意に抜けても石が出ないようにコントロールできるようになってきた気がする。出てきても、邪魔にならないところに出すみたいな。気のせいかもしれないが、少しだけ強くなったような気もする。
同じ魔法能力者たちで集まって切磋琢磨する事で意識が高まるのかもしれない。
僕自身、1日や2日で祥子たちに追いつこうとは思っていない。今日だって知識を得たら突然強くなるかもしれないという期待はあったが、すでに持っている才能が違いすぎるので、その差をすぐに埋められるとは微塵も思っていなかった。
徐々に強くなればいいんだ...とそう思った。
『おや、祥子たちが来たよ』
いつの間にか頭に乗っかってるフリシャが言う。なんか肩がこると思ってたらお前のせいか。
ハゲてツルツルの頭によく乗れるもんだ。
「おーい」
確かに、祥子ちゃんと真子が手を振りながら遊園地から走ってくる。
フリシャに言われなかったら気づかない遠さだった。祥子ちゃん達もフリシャも目がよすぎか。
こっちも手を振り替えす。
「どうせ暇なんでしょ?遊びに行こうよ」
祥子に言われる。そう、メリーンから教えてもらったとは言っても知りたい事を聞いていっただけなので、特訓勉強というより質問タイムになってしまい、早くに終わってしまったのだった。
「いいよ、どれが楽しいの?」
遊園地を見下ろすようになってるこの荒野は、遊園地の全体像を見るのにピッタリの場所だった。ライトアップとかをするのであれば絶好のデートスポットだろう。
...遊園地に隣接されてる研究所が雰囲気をぶち壊しまくっているが。
一応景観は崩さないように装飾はしているようだった。窓がカボチャのような形になっていたりして、研究所が半分夢の国に侵食されたみたいな風貌になっていた。
作った人間の遊びたい欲求と、真面目に研究しなきゃいけないという心の葛藤がそのまま建物に投影されているように感じた。
というか、ここが別空間じゃなくて普通に設立された遊園地と研究所だったとしたら維持費がとんでもない事になっていただろう。と改めて思う。
「えーっとね、兄ちゃんは早い乗り物無理だから観覧車とかいいんじゃないかな」
真子が言う
「失礼な、俺だってジェットコースターくら乗れるぞ、フリーフォールとか余裕だ。」
「言ったな~」
ーー
「もうダメだ...帰ろう、家に...」
自分の発言をここまで後悔する日が来るとは思わなかった。祥子ちゃんも真子も乗り物耐性が半端ではなく、3回ずつ絶叫系のジェットコースターを全種類乗せられた。
僕も半ば意地になってしまい、女子に負けるわけにはいかないと付いて行ったのがバカだった。
勉強してからゆっくり休もうと思ってた休日が、こんなにつらい結果に終わるとは思わなかった。
「なんでそんなになるまで乗ったの...」
真子が言う。乗り物に夢中で、僕がゲッソリしていたのが見えてなかったらしい。それはそれでプライドが守れてよかったのだが、そのせいで精神がゴッソリと削られてしまった。
もう日も落ちかけているし、ゆっくり休む時間なんて部屋に戻って寝るくらいしかとれなさそうだった。
これでフリシャにイタズラでもされて目が覚めようものなら発狂するところだ。
「ほんとに石田って変なとこプライド高いよね、休んでればよかったのに」
ベンチで休んでいると、祥子ちゃんがアイスを持ってきてくれた。
「サンキュー」
僕のはバニラで真子がチョコミント、祥子ちゃんはソーダのガリガリの奴を買った。
「冬にガリガリ系は信じられない。」
率直に感想を言ってしまう。僕のアイス観は、冬はチョコかバニラのような口あたりが優しいもので、夏はガリガリ爽快系が至高だと考えている。
「えー、叫んだから喉かわいて、こういうのが今は一番なんだよー」
なるほど、叫ぶ事で恐怖を紛らわしてるのかもしれない。黙って乗っているのは愚策だったかもしれない。
「そういえばここの通貨って何なの?普通にお金を使うの?」
ジェットコースターは無料で乗れたが、アイスの方はお金がかかったんじゃないだろうか。
「えっとねー、はい」
突然”イシダ ノブオ”と書かれたクレジットカードのような物を渡される、裏面には小さく「4,266」と書いてある。
「これで施設内の物を買ったりできるみたいだよ、班の代表者だけ集めて渡されたの。なんでもこれも成績がいいと金額が増えるみたいよ。」
なるほど、裏のは残高だったのかな。
「私5万円も持ってるー」
真子に自慢される。妹の癖に、俺より十倍以上持ってるじゃないか。
「アタシ100万ー」
「は!!?よこせ」
祥子のカードをぶん獲った。
「残念、アタシ以外にそのカードは使えませんー」
スペアがあったようで、祥子は新しいカードを持っていた。なくなると再生成されるんだろうか、あれ、手元から祥子のカードが消えてる。
「兄ちゃんきったねぇ男」
真子に軽蔑のまなざしを向けられる。本当に使おうと思っていたわけじゃないが、確かに下衆い行為だっただろう。
「でもこの施設でしか使えない通貨だから、現実世界では何の意味もないのよね。」
三人で夕日を眺めながらアイスを食べた。昔もこんな風にしてよく過ごしたな、とノスタルジーに浸った。
あの頃はまだ祥子がゴリラではなかった...
「なんか言ったかゴラ」
ーー