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「自分でもよくわからないんですが、目が覚めたら積乱雲の中でした。どうやら俺は電気を貯める能力があるみたいで、被弾したバッテリーの代わりに、俺自身がプロペラやら計器やらに電気を供給していたようです」


 辺りが闇に包まれた頃、僕らは『天の火教』反乱軍とイースタシア軍の援護、誘導の元で、彼らがサンクと呼ぶ『船団』に着陸した。


 ようやく訪れた休息のひとときに、僕らは三人とも焼き菓子をかじり、水筒の飲み物を口に含んだ。


「そうか、あの積乱雲、やけに光ると思ったらお前が中で避雷針になってたってわけか」


 笑いながら、祖父も今は文句も言わずに焼き菓子を口に運んだ。


 サンクを取り囲むように焚かれているたいまつが僕らの横顔を照らし、航空眼鏡に光っている。


 着陸していたイースタシア軍の戦闘機から、軍人がひとり近付いてきた。航空眼鏡を着けたままで、いかにも厳しい雰囲気を纏っている。


「あの零式に乗っていたのは?」


 軍人は僕の零式を指さした。僕らは顔を見合わせた。


「僕ですが、どうかしましたか?」


 零式だけを対象にしているのは不思議だったが、僕らは無届けで出発した。航空管制上なにか罰則があってもおかしくはない。


「やられたよ。見事だった」


 軍人は航空眼鏡を外した。力のある目をしている。


 その言葉の意味がすぐにはわからなかったが、祖父が何かに気付いたような声を出した。


「お前の声、聞き覚えがあるぞ!弐式を追い掛け回していた戦闘機のパイロットだな!?」


 軍人は照れたように笑った。


「いかにも。私は最新鋭機で零式に墜とされかけた恥ずかしいイースタシア軍人です」


「墜とされかけた?」


 僕が慌てて取り繕おうとした時、少し離れたところから僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。そちらを見ると、白装束の若者たちが、ヤマシタの巨大な体躯を担架で運んでいた。


「……ヤマシタか?」


 僕らは駆け寄った。その白装束がどうやら敵ではないことだけはわかったが、うやうやしく運ばれるその様子に不吉なものを感じた。


 担架で運ばれるヤマシタは、一見外傷はないように見えたが、目をつむって微動だにしない。


「ヤマシタは?」


 担架に寄り添うように歩いていた少女が僕らを呼んだようだった。僕らは彼女に尋ねた。


「至近距離で銃弾を受けて……」


 僕らはヤマシタを確認した。その銃創はどこにあるのだろう。血は拭われたのだろうか?


「あ、大丈夫です。骨折はしているかもしれませんが、命に別状はありません」


「え?」


 祖父が安心したようににやりと笑った。


「俺が作った防弾インナーだ」


「あなたが作ったんですか!?」


「そうだ。薄いから着弾の衝撃や熱はほとんど吸収できねえが、とにかく弾は通さねえ。普通の人間じゃそれでも致命傷だが、こいつならイケると思ってな」


 少女は熱のこもった瞳で僕らを見ている。


「あなたたちはヤマシタさんのお仲間ですよね?」


「そうです。あなたは?」


「私はイナバと言います。私たちはヤマシタさんのおかげで団結できました。ヤマシタさんが来てくれていなかったら、イースタシア軍が進駐してきた時に、もっと混乱していたと思います。こちらにも多数の死者が出たでしょう。ヤマシタさんのおかげなんです」


 語気を強め涙ぐむ彼女は白装束を脱ぎ捨てると、体のラインがわかりやすくなった。


「……ッ……」


 ヤマシタが覚醒しかけている。山のような体が担架の上で動く度に、それを白装束が懸命に支えるのがなんだか滑稽で、なぜか戦いが終わったことを強く実感した。


「おい、気分はどうだ?そろそろ起きる時間だぞ!」


 サハラは敢えて乱暴にヤマシタを叩き、揺すり、覚醒を促した。サハラはいつも、自分が悪者になることでヤマシタがただそこにいることを周囲に許容させる。席替えの時と同じだ。日常が戻りつつある。


「お前、いつの間にこんな可愛い子引っ掛けてきたんだ?俺が撃墜されて雷に打たれてた時に」


 目を開けたヤマシタは僕らを見回して、最後にイナバと名乗った少女を確認した。


「ん?……え!?」


 ヤマシタが起き上がろうとして、担架はいっそう揺れた。


「私、イースタシアに行くよ、ヤマシタさん」


「あ、ああ」


「『お前は絶対に守る』って約束、破らないでね?」


「おい!お前!俺なんて雷に……!」


 周囲が勢いよく盛り上がる。だが、僕はそれを素直に楽しめていなかった。


「どうした?浮かない顔をして」


 軍人が話し掛けてくれた。


「『天の火教』が攻撃したイースタシアの都市が心配で。それに、行方不明の『船』も」


 軍人は僕の背中を叩いた。彼にとっては軽い動作だったのかもしれないが、僕は強い衝撃に転びそうになった。


「大丈夫だ。カワムラが謎の反転をしてくれたおかげで、今のところ大きな被害は報告されていない」


「え?でもそんなことが?」


 カワムラが二〇年掛けて準備してきた計画が、二〇年前よりもあっけなく失敗するような見込みに、僕は違和感を覚えた。


「軍もXデーについては把握していたから、主要都市は守りを固めていたんだ。『天の火教』が二〇年で付けた力以上に、軍の装備が進化したという面もあるし」


 僕は安心したような、気が抜けたような気持ちになった。


「とはいえ、二〇年前のように長引かなそうなのは、やはり君たちのおかげだと確信しているよ。カワムラは今でも『天上人』への強い影響力を持っている。敵を寝返らせ、味方の士気を極大化する不思議な力だ。その彼が後方を突かれることを嫌って反転してくれたからこそ、防衛隊は優位に立てた。君たちの元に、カワムラから通信の類いは入らなかったかい?なぜ反転したのか、個人的にはとても興味がある」


 熱を帯びて話す軍人の声が大きくなり、その言葉が耳に入ったヤマシタが応えた。


「二〇年前の教訓だというようなことを言っていましたよ。その時、小さなほころびのせいで失敗したからと」


 軍人は目を見開いてヤマシタを見詰めた。


「君はカワムラと通信したんだね?」


「通信というか、カワムラが操った人がそう言っていたんです」


「やはり噂どおり、カワムラは人を操ることができるのか……」


 難しい顔をして軍人は考え込んでしまった。


「行方不明の『船』はどうなっていますか?」


「七月に拿捕された『船』かい?それなら、あれだよ」


 軍人はサンクに接岸した『戦艦』に曳かれている『船』を指さした。カワムラとの戦闘中もずっと傍らにいた『船』だ。戦いが終わって、今はどちらもイースタシア軍が管制下に入っている。ちょうど今しがたサンクに横付けしたところだ。


「カワムラ自らが人質交渉に使うつもりで曳航していたらしい。それにしても、あれを探していたってのに、気付かなかったのか?」


 軍人は意外そうに笑ったが、厭味なところは無かった。


「軍の情報統制が厳しかったから『船』の名前すら俺たちは知りませんよ」


「そんなこと言われても、私がそうしたわけじゃないんだ」


 サハラのぼやきに、軍人は冗談か本気か計りかねる回答を、律儀にこなした。


 接舷した『客船:ツバキ』から、弾かれるようにひとりの少女が駆け出してきた。


 少女は時々ふらつき、足がもつれそうになりながら、僕らの方へ弾丸のように向かってくる。


 彼女がホヅミだということは直感的にわかった。


 ホヅミはまた少し伸びた髪を振り乱し、駆け寄る勢いを収めもせず僕に抱きついた。


 僕は支えきれずに、ほとんど何の抵抗もできずに尻餅をついた。その瞬間に到るまで、彼女のスカートの丈や、耳に付けた装飾品などについて、記憶が鮮明に補完されていくホヅミの制服姿との比較を、どこか冷静に、念入りに検証していた。


 僕の胸に顔を埋めながら震える彼女の背中を、僕は手でさすった。


 もう零式に乗ることもないのだろう。少し寂しいが、その方が良い。そう考えたら、僕も肩が震えた。


 家に帰ろう。


 イースタシアへ。


 仰向けのまま見上げた夜空は、トウキョウでは見られないほどの数の星が光り、どこまでも遠く、どこまでも深かった。

 さしあたり、天の果て、地の果て。第一部はこれにて完結です。


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。


 感想等をいただければ嬉しく思います。


 第二部や、次作について鋭意制作して参りますので、どうぞまたお会いしましょう。

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