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        ※ヤマシタ_サイド

 狭い通路での戦闘は困難だ。それはすぐにわかったが、俺はまだここで闘っている。


 撤退して『船』の甲板で闘えば自由度は高い。それもわかっている。


 当初の作戦であるブリッジの奪取についても、カワムラが戻って来てしまった以上、それを成し得てももはや意味が無いことはわかっている。


 だが、俺は進まなければならない気がしていた。この狭い通路を進み、なにかを得なければ勝ち目は無い。そんな予感がする。


 俺は敵を薙ぎ倒し、吹き飛ばしながら進んだ。緩やかな螺旋を描いて下降していく通路は、途中にいくつも部屋があった。それらのいくつは扉が開いていたので中を確認できたが、弾薬庫や武器庫のようだった。


 扉はどれも頑丈そうだったので、そのどれかに飛び込んで籠城する作戦も頭をよぎったが、取り囲まれれば脱出は難しいだろう。なにもしなければ滑走路を確保できず、俺は取り残されてジリ貧だ。


 この船の中でなにかできることがあるはずだ。なにか……。なにか……!


 いくつ目かの扉を通り過ぎる瞬間に、その奥で怯えたようにたたずむ少年と目が合った。少年は俺を見ていっそう怯えたのがわかったが、とにかく彼はマインドコントロールされていない。


 俺は追っ手との距離があることを確認して立ち止まり、少年に話し掛けた。


「お前は操られていないんだな?」


「そ、そうです。教祖様は私たちを操ることができないみたいで」


「私たち?」


「はい。私や、私と年齢の近い友人たちです」


 追っ手の気配が近付いてくる。ここに立ち止まっていては追い付かれる。俺は少年に近付いた。


「ひっ!なにするんです!?」


「絶対に危害は加えないし、悪いようにはしないから、一緒に来て欲しい」


 俺は少年の体を抱えて、また螺旋を下りはじめた。


 軽い……。左手に持つ盾と比べると、ほとんど重さを感じないほどに軽い。


「人質ですか?」


 彼は逃れようともがいた。


「人質を取ったくらいで止まってくれる相手じゃないんだ、お前の仲間たちは」


「ちょっと、痛いです。それなら自分で走りますから下ろしてください」


 俺は鎧の隙間から彼の顔を見た。誠実そうな表情で俺を見返している。耳には他の教団員もしていた金色のピアスを付けていて、髪はそれを覆う程度に長い。


 特別な確信や確証があったわけではないが、俺は少年を信じることにした。今から逃げても、あの暴走する白装束は彼をも無差別に攻撃するように思えたし、彼自身もそう感じているような気がした。


「お前は絶対に守る。だから案内して欲しい」


 俺は彼を下ろして、向かい合った。


「……どこへです?」


 どこへ?俺はどこへ行けば良い?ブリッジか?ブリッジに行って、この状況がどうにかなるだろうか?


「お前の仲間のところだ。洗脳されていない、お前の友人たちのところへだ」


「…………わかりました。では居住区に行きましょう。こっちです」


 少年は走り出した。


「何日か前から物々しくて、大人たちは出払って戦の準備をしていたので、居住区には私たちしかいないはずです。居住区を監視していた何人かの大人も、三〇分ほど前にあんな調子で出て行ってしまったので、実を言うと私は、どこへ向かったのか見届けようと偵察に来たところだったんです」


「で、運悪く俺に出くわしてしまったんだな」


 少年はまだ声変わりしていない鈴のような音で笑った。


「運悪く?それはどうでしょう?少なくとも、彼らが向かった先があなただってことはすぐにわかりましたから、目的は成せました」


「居住区は、それじゃあ普段は監視されているのか?」


「そうです。なぜなら私たちは操られないので、教祖様がそうしたのか、他の方がそう決めたのかはわかりませんが、転送管の前や、主要な通路なんかに銃を持った兵士がいます」


「転送管というのは?」


「電磁転送管……。カプセルのような物で、中に入ると、なにかこう、バシュッと打ち出されるようにして目的地に着くんですそれ以外に居住区へ行く方法はありません」


「……それは、どれくらいの大きさなんだ?」


「え?あ、そうですね、うーん」


 彼は走りながら後ろを振り向いて、俺をつま先から頭までまじまじと確認した。慣れた道なのだろう。前を向いていなくともカーブに合わせて巧みに曲がって走った。


「あの、すみません、名前を聞いても良いですか?名前を知らないのも何かと不便なので」


「ヤマシタだ。お前は?」


「イナバです。まあ、ヤマシタさんが私を呼ぶ機会は今後もあまりないような気もしましけど」


 先を走るイナバの髪は汗で湿って、洗髪料の香りを漂わせている。


「お前はずっとここに住んでいるのか?」


「そうですよ。生まれた時からなのかな?物心ついた時にはここにいました。だからここ以外の世界は知りません」


 彼は振り向きもせずにそう答えた。


「『船』を降りたいと思ったことは無いのか?」


「『船』?……ああ、サンクを出て大陸へ、とかってことですか?……うーん、考えたことも無かったですね。でも、大陸も浮いているんですよね?」


「そう。大陸も浮いている。俺たちはイースタシアの、トウキョウに住んでいるんだ」


「大陸も浮いているなら、あんまり変わらないんじゃないですか?広いんですか?」


「広い。それに学校がある。銃を持った兵士もいないし。お前、歳はいくつなんだ?」


「一六です。学校ならここにもありますよ」


「一六!?」


「ええ……顔は見えませんが、薄々気付いていましたよ。ヤマシタさんって、歳近いですよね?声でなんとなくそうかなって」


「そうみたいだな。いや、お前は体格が小さいからてっきり、もっと……」


「私の体格は平均的な一六歳のそれだと思いますけどね、ヤマシタさんが少し大きいだけで」


 俺はあらためて前を走るイナバの白装束を眺めた。きっと食糧が不十分なせいで『天の火教』の平均は、トウキョウの平均よりも小さいのだろう。


「……私の両親も、トウキョウに行けますか?」


 小柄ながらはつらつと走るイナバの背中が少し寂しげに見えた。


「もちろんだ。それを望むなら」


「教祖様が瞑想に入ると、父も母も人が変わったようになるんです。それも……治るでしょうか?」


「……俺の両親も、ここに居るはずなんだ」


「え?」


「カワムラを倒せば洗脳が解ける。そう信じて俺は来た。治ってもらわなきゃ困る」


 少しだけ、イナバは何も言わずに走った。どのような思考が巡っているのか俺にはわからなかった。『カワムラを倒せば』という言葉に、拒絶反応を示すだろうか?彼が裏切れば、俺はこの『船』を生きては出られないだろう。


「ここです。これが転送管」


 イナバは息を切らして、とにかくその事実を俺に伝えてくれた。電磁転送管はやはり小さく、俺の体は納まりそうになかった。


「俺は入られそうにないな」


 彼は薄い唇の端を上げた。ピアスが足下の照明を反射して光っている。


「大丈夫ですよ、その盾と鎧を置けば」


 確かに盾と鎧が無ければ、窮屈ながらも入るかもしれない。だが、それは大きな賭けだ。この盾、この鎧が無ければ敵の弾は防げない。


 とはいえ俺には、そうすることにあまり抵抗が無かった。この男を信じること、この男と同じようにここで暮らす、俺と同世代の若者たちを信じることは、難しいことではなかった。


 俺は盾を置き、ドラゴンプレートを脱いだ。


「やっと会えましたね」


 イナバは一瞬、不思議な笑みを浮かべた。すぐに消えたその表情の意図についてはよくわからなかった。


「私が先に行きます。ヤマシタさんは転送管が戻って来たら、私がしたように乗って来てください」


「……わかった」


 彼は転送管に乗り込んで、何かを簡単に操作すると、扉が閉まってわずかな揺れがあった。転送が作動して、彼は居住区へ行ったのだろう。


 『転送管が戻って来たら』とイナバは言った。戻って来なかったらどうなる?戻って来たとしても、銃を持った兵士が乗っていたら?彼の残した笑みは何を意味する?


 俺は考えるのをやめた。盾も鎧も脱ぎ捨てた今の俺は、彼を信じるしかない。


 やがてまた転送管が揺れたような感覚があって、扉が開いた。中には誰も乗っていない。


 追っ手が徐々に迫る気配を感じる。


 俺は転送管に乗り込んで、イナバが何か操作していた付近に触れてみた。すると彼の時と同じように扉が閉まり、少し振動しながら作動した。打ち出されるように高速で移動しているのがわかる。


 再び扉が開くと、目の前にはイナバと、何十人もの白装束が転送管を取り囲むように群がり、俺に拳銃を突き付けていた。


「居住区へようこそ。ヤマシタさん」

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