※サハラ_サイド
ブラックアウトぎりぎりのところで、耐Gスーツが脳への血流を保ってなんとか凌いでいる。亜音速まで速度を上げて急降下していると、風防が切り裂く空気の発する轟音すら聞こえなくなるほど鼓膜への負担も掛かる。
四つめの速射砲を真上から狙うと、砲手が我先にと逃げ出すのが見えた。伍式が射出した二〇ミリメートル榴弾は対空砲や周囲の地面に大穴を開けた。
伍式を狙った炸裂弾は、高速で飛来する伍式に少しも対抗できていなかった。低速域で狙われないように、速射砲を破壊した後、すぐには機体を起こさずに『船』の横をすり抜けて、敵から見えない高度になってから上昇させた。
『船団』の側面を抜ける時、丸や四角に縁取られたいくつもの窓が見え、それらの多くから『天の火教』の信者たちがこちらを不安そうに見詰めていた。
彼らはおそらく非戦闘員であり、カワムラや教団を信じてこの『船団』で暮らし、彼らからすれば俺たちは侵略者でしかない。
対空砲が設置されたこの『船』にも同じように多くの窓があって、つまりは『客船』を改造してこんな風に要塞化したことがわかる。
この『船団』の無数の窓のどこかにホヅミは居るのだろうか?『船団』から少し離れて高度を上げている時、怒りの表情で拳を握り、伍式に何か叫ぶ初老の男の姿が見えた。『お前ら何者だ!なんで俺たちの邪魔をするんだ!』そう言っているように俺には見えた。
伍式の大馬力ですぐに高高度に達した。もう一度急降下して、あと二基の対空砲を照準したが、すでに戦意が喪失しているのか、砲手の居る気配が無かった。それだけでなく、どこか損壊しているようにも見えたので、対空砲への攻撃は終了し、浮上しているいくつかのヘリに狙いを変えた。彼らは一様に何かを狙って激しく銃撃しているのが確認できた。
ヘリが上空から取り囲むように集中砲火を浴びせている物体は黒い大きな塊で、それは白装束を薙ぎ倒し、吹っ飛ばしながら凄まじい速度でどこかへ突き進んでいる。近くでそれを援護するように弐式が段幕を張っていて、その漆黒の物体がヤマシタであることはすぐにわかった。
俺はヘリを真上から狙い、そのメインローターや機体のどこかに着弾した榴弾は小さな爆発とともに敵の姿を大きく歪めた。
一回の突入で三機墜としたが、ほかのヘリの射撃手は上陸したヤマシタを執拗に狙っていて、伍式を迎撃する者は誰もいなかった。
急降下しながらの流れ弾をヤマシタに当ててしまってもいけないので、俺は弐式に続いて旋回しながらヘリを墜としていくことにした。
さらに四機を墜としたところで、前方に見えるヘリの射撃手がロケット弾をヤマシタに向けて発射したのが見えた。
ヘリはその余韻を楽しむかのように大きく横揺れしている。あれが直撃したらヤマシタであっても無事では済まないかもしれない。
自分の中に湧いてくる怒りにも似た感情を抑えきれず、至近距離まで飛んで二〇ミリメートルの榴弾を少し過剰に撃ち込んだ。ヘリは形を大きく変え、コントロールを失って激しく回転しながら降下し、『船』の外周付近に墜落して炎上した。
その炎は夕闇の迫る空間を明々と照らし、ロケット弾の着弾点付近の爆煙も色づいた。
その爆煙が次第に晴れると、湾曲した巨大な盾で着弾の衝撃を受け流したヤマシタが、再び敵を求めて走り出したのが見えた。しかし、その強烈な一撃にも耐えた大男を見ていた白装束たちは完全に戦意を失い、我先にと逃げ出した。
ヤマシタはヘリからの銃弾をものともせずに要塞の中へと通じるであろう扉から、その内部へと突入した。
それからそう時間が掛からずに、不快な雑音ばかりだった電磁通信が澄み切って、回線が復旧した。ヤマシタがジャミングの装置を破壊してくれたのだろう。
『伍式!側面狙われているぞ!』
通信の復旧を待ちわびたように弐式から発信された音声に、俺は慌てて左右を見回した。先程までヤマシタを狙っていたヘリのいくつかが目標を俺に定め直したのがわかった。
ヤマシタの任務を見届けている場合では無かった。俺は本能的にヘリから遠ざかる方向に旋回姿勢を取ったが、これは良くなかった。着弾する面積を増やすことになってしまったから、射撃手からすれば狙いやすくなっただろう。
ガリガリといくつもの銃弾が命中した感覚があった。スロットルを上げるが、思うように速度が上がらない。なおも銃弾を受ける不気味な金属音がコックピット内に響いた。前方にはほとんど沈んだ夕日を浴びて、西側だけ紅く染めている積乱雲が見える。
右からまた違った銃声が聞こえた。とりわけ大きいその音量に、俺はいよいよ死を覚悟して身を縮ませた。しかし、その銃弾が着弾したのは伍式を撃っていたヘリだった。
音のした方を見ると、零式が全速力で旋回しながら次々にヘリを撃ち落としている最中だった。その機体もひらりひらりと旋回する度に、西側だけを紅く紅く染めていた。




