※ヤマシタ_サイド
サハラが手を払うような仕草を何度か行って、俺たちも手を上げてそれを受けた。つまりはそれが解隊の合図だ。伍式と零式は追い風を苦にもせず急角度で上昇し、すぐに目視困難なほどの高度に達した。
「大丈夫でしょうか?」
「あいつらか?それとも俺たちか?」
俺は、特にどちらとも考えずに呟いていた。
「両方です、たぶん」
おじいさんは言い淀むように、少しだけ間を置いた。
「あいつらは大丈夫だ」
おじいさんは揺れる飛空艇の中で器用に弾丸を磨いている。
「俺はお前が心配だ。お前が一番危険な役割なんだぞ」
「おじいさんが作ってくれたドラゴンプレートがあるから大丈夫です。信頼してますから」
「もちろん、その防弾プレートは最強だ。それに盾もな。だが、守るだけじゃ勝てねえんだぞ」
おじいさんは弾丸の整備を終えて、俺の背中を真っ直ぐに見詰める、そういう視線を送った。
「あいつらの場合、ヒコーキが弾を撃って、ヒコーキを撃ち落とす。だがお前はその手で、あるいはその銃で人を殺さなきゃならねえ」
俺はその可能性についてはなるべく考えないようにしてきた。とはいえ、俺がこの作戦に参加した時点で、俺の使命がそれであることは潜在的にはわかっていた。
「どうしてお前とサハラは戦うんだ?」
「サハラと俺は生まれてからずっと一緒なんです」
「だからって……」
「生まれた病院、幼育園、初等部、中等部。でも一緒なのはそれだけじゃない。僕らは二人とも親が居ないんです」
「『天の火教』か?」
「それはわかりません。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、そうだという気はしています。今でも覚えています。幼育園から帰った時の、なんとも言えないニオイ。両親と、来訪した誰かの残り香の入り交じったような、不快で、悲しいニオイです。同じ日に、サハラの両親も失踪しました」
「二〇年前の『宗教戦争』で、『天の火教』が終わっちゃいないと言われてるのは、そのせいだ。それ以降も『天上人』の失踪や、資材の盗難が細々とだが続いた。特に『天上人』は、まるで自分の意思で消えたかのように、争った痕跡も残さずに消えちまう。それは『宗教戦争』前の大規模な失踪でもそうだった……だが、そうすると、より厄介なのは」
俺にはおじいさんが何を言いたいのかすぐにわかった。
「俺は親の顔なんて忘れました。……でも、やはり俺はなるべく人を殺さずに戦い切って見せます」
「たとえお前やサハラの両親であっても、銃を構えた白装束は掃討させてもらうぞ」
おじいさんは哀しげに、しかし毅然とした口調で、今整備したばかりの機銃を構えた。
「おじいさんは、どうして『ワキさん』と呼ばれているんですか?理事や社長に」
近付く『船団』の方へ機銃を向け、照準機を確かめているおじいさんは、わずかな沈黙を選んだ。
「俺の名はヤマワキだからな」
「違うんですね、あいつと」
「……うちもいろいろあってな」
それ以上は聞かない方が良さそうだった。レーダーを念入りに確認していたおじいさんは、天蓋から双眼鏡で伍式の様子を窺った。
「始まったぞ」
東から夜が、西から積乱雲が迫る八月三日の一七時五〇分、伍式が西日をぎらりと反射させて、最初の急降下を開始した。日の入りまでは約一時間。完全に暗くなるまではそこからさらに三〇分ほど。それが俺たちに残された時間だ。