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「なんで『船』を探そうと思ったんだ?」
僕たち三人はカワゴエでの最初の訓練を終えて一旦帰宅した七月三一日の昼過ぎに、『喫茶ハナノキ』の合成コーヒーとサンドウィッチで遅めの昼食を摂っていた。
「お前ってホヅミと仲良かったっけ?」
ヤマシタが幼馴染みに確認している。
「いや、こいつと違って、特にそういうわけじゃない。残念ながら特別な想いを持っているとかそういうわけでもない。こいつと違って」
僕は妙な呼吸をしてしまったせいで、サンドウィッチの断片を気管に詰まらせかけた。
「じゃあどうして?」
「理由はいくつかあるんだけど」
むせている僕の状態とは関係なく彼らは話を進めているが、僕は念のため早く否定しておきたいと焦るあまり、余計に呼吸状況を悪化させている。
「結局、これがイースタシアの『どこか』で起こっていることなら見過ごせても、自分のクラス、自分の隣で起きている事件だってことだよな」
僕はコーヒーに口を付けるが、我慢できない咳が液体すらも満足に摂取させてくれない。
「うちもBVを盗まれたんだ。いとこの所もやられたらしいし、たぶん『天の火教』だ。もちろん最初は関係があるなんて思っていなかったけど、とにかく何かが盗られて泣き寝入りなんて嫌だと思ってさ」
ヤマシタはその言葉を神妙な顔で聞いている。サハラはヤマシタのその顔に気付いて、目を逸らした。僕は相変わらず咳き込んでいる。
「二〇年前にはちょっとした物が盗られても大事件だったって言ってたね」
「でも最近はBVくらいじゃニュースにもならない。だからこそ『天の火教』が暗躍しやすい、どれだけの資材を集めているかわかりにくい状況なんじゃないか?」
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
横を通り過ぎる際に、店主は毎回声を掛けてくれていた。
「大丈夫ですか?水か何か要りますか?」
その申し出は明らかに僕に向けたものだった。水があったからといって解決するとは思えなかったので、僕は仕草によってその提案を辞退した。店主は心配そうに、その色素の薄い目で僕らを見渡していたが、やがてほかの客に呼ばれて僕らの席から離れた。
「でもどうしてこんなに報道規制が厳しいんだろう?『天の火教』なら規制する理由もないように思うんだけど」
「まだ他国の軍事行為という線も捨て切れていないのと、『天の火教』だとしても、混乱を防ぐためじゃないか?」
「それでもクーデターに備えるよう注意喚起した方が良いような気がするけど」
「備えるって、食糧を買い込むとか、お金を下しておくとか、どこかに避難するとかか?それこそパニックになるだろ。俺が軍の幹部だったら、秘密裏に決着を付けるよ」
僕はようやく落ち着いて、合成コーヒーを口に含めた。
「世の中から賞賛されなくても、その方が良いに決まってる」
「逆に言えば、軍は動いている可能性もあるってことだよね?」
ヤマシタの問い掛けに、サハラは少し重い表情を作った。
「その可能性はあるし、その方が『船』を救出できる可能性は高まるとは思うけど、気を付けないとな」
「何を?」
僕はようやく息を整えた。
「軍からしたら、俺たちだって立派な所属不明機だ」