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『こちらオセアニア空軍。識別コード不一致につき停船せよ。停船しなければ撃墜する』


 弐式に届いた電磁通信はオセアニアからのものと思われた。オセアニア語、イースタシア語、ユーラシア語でそれぞれ同じ意味合いと思われる警告が繰り返し響いている。接近する機影を確認できないまま、弐式は国境に近付き過ぎたのだ。


『失敗?』


 僕は弐式に近距離通信を送った。


『さすがに空軍機が出てきたら勝てねえが、まだオセアニア軍機の影も見えねえ。それともミサイルで狙ってやがるのか?』


『こちらオセアニア空軍。停船しなければ撃墜する』


『まだ国境までは距離がありそうなんですけどね』


 操縦桿を握るヤマシタの声が漏れ聞こえた。


『乗ってみますか?』


 サハラも近距離通信を送った。


『オセアニア軍なら、何か掴んでいるかもしれませんよ』


『話してわかる相手じゃねえと思うが……』


 弐式は速度を下げた。揚力が得られず、フロートの適正高度まで緩やかに滑空して行く。


『停船せよ。停船しなければ撃墜する』


『この通信って、どこから来ているんですかね?』


 ヤマシタは怪訝そうに呟いた。


『そんなもん詳しくはわからねえ。ラジオみてえなモンだからな』


 突然、高い電子音がヘッドフォンから響いた。弐式のレーダーに機影が出現したことを告げたものだ。


『東から二機来るぞ!この速度だと、オセアニアの『軍艦』か?いや……ヘリだな』


『東?』


『なんだ?二機が離れた。旋回してやがる。これじゃあまるで……』


『不審船に告ぐ。国際周波数四五一八に合わせて座標を報告せよ』


『こっちの場所がわかっていないのか?』


 祖父は少し考えた後で、周波数を合わせて応答した。


『教えちゃって良かったんですか?』


『まあ見てな。と言っても、お前らにはレーダーの画像は見えんか』


 祖父は豪快に笑っていると、ヤマシタが驚いたような声を上げた。


『あれ?離れていきますよ』


『……やっぱり引っ掛かった』


『どういうことです?』


 サハラは少し苛立たしげに弐式へ尋ねた。


『俺が教えてやったのは、ここより四キロメートルほど北西のでたらめな座標だ』


『え?』


『奴らオセアニア軍じゃねえ。軍なら、居所もわからねえのに撃墜勧告するはずがねえ。こっちはほとんど停船しているような速度だってのに、いつまでも停船勧告しているのも、こちらを捕捉できてねえ証拠だ』


『それじゃあ『天の火教』ですか?』


『おそらくな。だが、哨戒の雑魚を打ち落としても意味はねえ。泳がせて案内させるぞ』


 弐式は再び速度を上げて、雲の裏側に隠れた。僕とサハラも高度を保った。


『座標が誤っている。報告し直せ。撃墜されたくなければ正しい座標を報告せよ』


『はっはっは!ニセ座標の位置でホバーリングしてやがる。作戦通り行くぞ!』


 祖父の号令で、僕は雲間での旋回をやめて高度を上げた。スロットルを目一杯開いて駆け上がるように零式を上昇させた。サハラは高高度に待機しているはずだ。


『正しい座標を報告せよ』


 向こうはまだこちらを捕捉できていない。僕は螺旋を描くようにヘリとの距離を詰めると、上手い具合に浮かんでいた厚めの雲の陰に入ることができた。


『イースタシア語がお上手ですなあ』


 祖父は周波数を合わせて挑発した。


『……座標を報告せよ』


『どちらの基地にお勤めで?』


『いいから座標を報告しろ』


『お前ら『天の火教』だな?』


『!?』


 それが合図だ。僕は雲を突き抜けて一機のヘリを正面に捉えた。お互いの通信は切断されたが、合図に対する向こうの混乱が確認でき、どうやら彼らが想定通りの相手であることはわかった。ヘリもこちらを向いていたので、零式を発見したのだろう、すぐに旋回行動を始めた。


『民間機に見えるよ』


 ヘリの輪郭は丸みを帯びていて、軍用機には見えなかった。


『だが、機関銃くらいは携帯しているだろう。反撃には気を付けろよ』


 敵はこちらに側面を向けるような姿勢で東進している。ヘリから幾筋かの光りがこちらへ高速で飛来した。ヘリの乗組員が零式を狙っているようだ。


『撃って来た!』


『被弾したか!?』


『わからないけど衝撃はなかった』


『上昇して真上に付けろ。敵に戦意はありそうか?』


 遠くのもう一機も向きを変えて東を向いたのが見えた。


『戦意はなさそうだよ。二機とも東に機首を向けて……』


 僕は視界が狭まって行くのを感じた。ゆっくりとした空気の流れの中に身を置いて、操縦桿を左、そして下に倒した。


 無音の空間を切り裂いて零式が旋回した。フロートを放棄していないので零式の挙動にはいささかの重さがあったが、姿勢を直すとヘリの後部上方を正面に捉えていた。


 ラダーとエレベーターで機首を微調整して、僕は一三.二ミリメートル機銃のトリガーを引いた。と言っても、ほとんど触れるような操作で弾丸は発射される。


 精度のよい照準器の中心に捉えたヘリに向かって、何発かの弾丸が放たれ、曳光弾がタイミングをずらして二発、ほとんどまっすぐに突き刺さった。それを目の端に確認しながら、僕はすでに二機目のヘリを照準していた。


 頭の半分では、たしか右の機銃は一発目、左の機銃は五発目が曳光弾だったなと記憶をたどり、先程実際に感じた左右五回ずつのゆったりとした振動を思い出していた。僕が再びトリガーを引こうとした刹那、急降下してきた伍式が目の前を高速で通過した。音速に近い速度で飛ぶ伍式はその周囲に衝撃波を纏っていて、零式も強く揺られた。


 僕ははっとしてスロットルとプロペラピッチを下げて、弐式の方角へ旋回した。僕は事前の作戦に従い、再び雲の陰に隠れた。視界と時空は元に戻ったが、急激な疲労に耐えられず高度を落とした。


 滑空しながらモーターエンジンを切って、かろうじて空中姿勢を保ちながらフロートの不思議な浮遊感に身を委ねた。


 通信の音声はヘッドフォンから鳴り止まないが、少しも聞き取れなかった。


 静止すると弐式のレーダーでも捕捉が困難になるので、とにかく相対座標だけは発信して、僕はヘッドフォンを外した。


 目から涙が溢れて止まないのは、自分自身が重大な命令違反をしたからではなく、ヘリを撃墜したからでもおそらくない。どちらかと言えば、それは今しがたの暴走状態と同じく、理屈もなく、止めようもない類いのものに思われた。


 僕は天蓋を開けて、どこまでも青い空気を機内に、そして体内に取り込んだ。

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